序 魔王様は進軍する!
明らかに地球の風景とは異なる大森林地帯――。その地表を無数の、大剣を携えたメイドたちが走ってゆく。前方に在るは何千何万とも見える、異形の化け物の群れである。
それらは黒い霧を纏いながら、たった百騎程度のメイドたちへと襲いかかってゆく。しかし――、
「魔王真名――、ジードの名において権能を行使する!! ――天を飛翔し、地を疾走る、我らが大地の守護神霊たちよ! その意志と力を我が前に示せ! 【冥加】!!」
その声に反応するように、百騎に及ぶメイドたちはその身を薄く輝かせ初め――。
「突貫、突貫!!」「おおおおお!!」
もはや数百倍にも及ぶ悪鬼の群れへとメイド達は突撃してゆく。そして、それは押し潰されることもなく、異形の群れを小虫を散らすように、細切れに解体していった。
それを遥か後方より見つめる目がある。それは金髪碧眼で、かつ二本の小さな角を持ったエルフ――、天魔七十二姫。序列2番、ケロナ・アグレアスであった。
「前衛メイド兵部隊が敵下級幻魔群と接触――、まあ、あの調子なら10分もあれば殲滅できるね。アクイラ――、例の連中の動向は?」
その彼女の言葉に、隣に控える目隠しをした銀髪で銀の尾を持ったエルフ――、天魔七十二姫。序列3番、アクイラ・ヴァサゴが静かに答えた。
「ケロナ様――、今のところ彼女らには、全く動きは見られません。とりあえず――、あの方がその警戒に動いていらっしゃいます」
「ああ――、例のあの方ね。彼女なら元仲間がどう動くのか把握できるだろうね」
アクイラ返事に、ケロナはそう言って小さく笑う。――と、不意に、目前に巨大な轟炎が吹き上がるのが見えた。
「左翼――、あれはメディアか……。固有権能行使が見える……」
「あれは――、下級幻魔五百騎、そして中級幻魔三騎……。右翼にも同じものが展開中ですね……」
ケロナとアクイラが見つめる先――、その右翼に展開する異形の群れへと、紅蓮に燃える一筋の火柱が地を走った。
「ふむ……、メディアはまだしもヴール・アミィはせっかちだね。もう固有権能行使を使ったのか?」
「……まあ、現状、このタイミングがベストでは? アレで少なくとも中級二騎が灰になったようですし……」
この戦場で起こっている戦いは、敵数万騎に対し味方数百騎によるあまりに一方的な殲滅戦――。無論、殲滅しているのは数百騎しかいないはずの友軍の方であった。
メイド兵部隊の少し後方から、明らかに日本刀に見える剣を手にした、銀髪赤目、頭に一本角の大柄の女性が、両刃長剣を手にした魔剣士部隊と共に前線へと進んでゆく。その目前に彼女を待っていたかのように、巨大な狼にも似た異形の怪物が大地を割って出現した。
それを見た彼女はニヤリと笑って――、そして、刀をいわゆる霞の構えに固定して小さく息を吐いた。
「仮想魔源核――開放!」
その瞬間、女性の身体から炎のように魔力が吹き上がった。
【system LOGOS:――分割神核機能・個別世界律限定適用を開始致します】
【system LOGOS:――個体識別符名・天魔七姫将、ルーチェ・イブリース】
「固有権能行使!!」
【system LOGOS:――固有権能・|無音一閃《Silent Slash》】
その瞬間、目前の巨大狼が真横に分割されてその場に転がる。そのまま黒い霧と化して霞のごとく消えていった。
「魔剣士隊前へ!! このままクソ幻魔共を平らげるぞ!! 小僧――、いや魔王様が見てるんだ! 全員気合い入れろ!!」
全軍指揮官として最前列を歩むルーチェの言葉を受けて、その全軍――、数百騎の天魔族達は、今日も魔界の大地を進軍してゆく。
その遥か後方に、メイド総長にして天魔七姫将、オラージュ・ヴェルゼビュートを傍に控えさせた、おそらくは18歳ぐらいの少年が、漆黒の両刃長剣を腰に携えて真剣な目で戦場を睨んでいた。
オラージュはその頭を垂れて、少年に対して礼節をわきまえた様子で語りかける。
「魔王様、ケロナより入電、例の彼女らに動き有り……と」
「うん、わかった。じゃあその対応に当たる天魔竜姫、――彼女の援護に天魔七十二姫から、魔剣士、補助術師……、あと治療術師あたりを何人か向かわせて。相手は手強いから――、そうだな……、プリメラさんは?」
「ええ――、彼女はすでに……」
その忠実極まりないメイド総長オラージュの答えに、満足そうに頷く少年魔王は、しかし、笑顔を見せずに戦場の遥か果てを睨んだ。
「相手は、我々と同じかそれ以上――、そう考えて慎重に……、しかし全力をもって対応……。ここで、彼女らの何人かは仕留めるよ――」
「承知致しました魔王様――、全ては魔王様の御心のままに」
黒髪のメイド、オラージュ・ヴェルゼビュートは静かに、――そして恭しく頭を下げる。
少年魔王――、【天魔 総司】は天を仰ぎ――、空に浮かぶ満月を見つめた。
――静かに、そして、激しく、闇夜の戦場において、宿命の戦いが続いてゆく。
――そして、時間は数年前の過去へととぶ。