3話ー③
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夕方、ちょうど日の沈みきった頃。
緊張の続く対面をこなしたネロはすっかり熱が上がって床に伏していた。
肩の傷がじくじくと痛む。頭も痛くてぼうっとしていて、体の芯は凍えているみたいに寒かった。魔力をー生命力そのものを抜かれているから、必要以上に寒いのだ。寒いからより熱も上がる。熱が出たところで、呪いが原因の悪寒には何の効果もないけれど。
普通なら親族以外の面会は断りたい容態だ。でもそうはいかない人が、いる。
「入るぞ。」
寝ているかもしれないのに。事実、ネロは今日まで会った記憶がないのだから、寝ていたんだろうに。
律儀にノックをして声をかけて、ノワールはネロの病室へやってきた。
「のわーる…。」
顔を見て、起き上がって出迎えようとすると、ノワールの眉間に皺が寄った。
「そんな顔で起きようとするな。寝てろ。」
カツカツと靴を鳴らして、ノワールがベッドの近くへやってくる。
そんな顔って、どんな顔だろう?赤くなってる?浮腫んでるかも。
「今日は起きてるんだな。」
小さな声でノワールが言った。
「ん…」
いつも寝ててゴメン、とネロは思って、でも声に出す元気はなかった。
つい、とノワールがネロに手を伸ばす。汗かいてるよな、とかそんなことを考えだしてしまって、握られそうになった手を引っ込める。
「こら。」
小さく低い声がネロを叱った。
「俺相手に退くな。…平気だ。」
手が掴まれる。触れている場所を通して、ノワールの魔力がほんの少しネロに流れ込む。
俺相手にって、なに?ああ、魔力制御が狂って怪我させるかもって?思うわけないじゃないか。ボクと君は同じもので、君だけは、ボクが“うっかり”触れても怪我はしない。それにこんなボーっとしてて、暴走なんかしない。
ネロは熱に浮かされてぼんやりした思考のまま、軽く目を伏せたノワールの顔を見つめた。
難しい顔してる。
かっこいいなぁ…
呪いの様子を見られているのが流れ込む魔力の軌跡でわかる。怒っているみたいな、困っているみたいな顔でノワールはネロから手を離して、ベッドの下を覗くような仕草でネロの視界から消えた。
魔導式を直しているのだろう。消費された魔力を注ぎ足したり、場合によっては式そのものを描き直したり。
あんなに辛かった悪寒が和らいでいく。傷の痛みも少し軽くなった。
ほっと息をつくと、ノワールが立ち上がった。彼はベッドの側へ椅子を引き寄せて座り、もう一度ネロの手を握る。
凍えるようだった寒気が、ぴたりと消えた。
「俺がいる間だけだ。」
不機嫌な表情は相変わらず。小さい声は優しい。
「今のうちに寝ろ。」
「…のわーる。」
「なんだ?」
「あしたも、くる?」
「?ああ。」
「このじかん?」
「…それがいいなら、そうする。」
「…はなしを、しよう。」
握ってくる手がひくりと震えた。
「わかった。」
ゆるゆると瞼が落ちていく。消耗した体は楽になった途端に睡眠を欲していた。暗くなった視界。呆れたように小さく笑う声がした。
「話せるように、ちゃんと寝とけ。」