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12話ー③

「一度聞いておきたいんだが、お前ドレス苦手なのか?」


次の魔力補充のとき、いつものカフェテリアで、ノワールは割と軽い調子でそう言った。


「機会が…」


無かったし、ボクには似合わないだろ?

いつも通りに事実だけを答えようとして、ネロは途中でそれを思い留まった。そうじゃない。ノワールが聞きたいのは“ドレスを贈っても負担にならないかどうか”だろう。曖昧な事実が知りたいのではない。


「無かっただけか?」


ネロが言い淀んだ言葉の先をノワールが拾う。その声音の中に気遣いとか優しさとかそういう色を見つけて、うっかりときめいた。


「……それってやっぱり、夜会のお誘い?」


「まぁそうだな。」


問い返せばあっさり頷かれる。


「…君、ほんとにボクにドレス着せる気なんだ。」


「なんだ、知ってるのか。」


「うん。だって採寸とかされたもの。」


「…お前が本気で嫌がるなら、考え直すぞ。」


「嫌、じゃ、ないけど、今更…」


慣れてないし、柄でもないし。でもそうだ。嫌なわけではない。決して。


「……似合わなくても笑うなよ。」


渋い顔でため息をついたネロに、ノワールは楽しげに笑った。


「似合わないとは思ってないぞ。」


不意打ち。

こいつ。絶対、分かってやってる。

赤くなって顔を背けると、ノワールが声を殺して笑っているのが聞こえた。


「笑ってるじゃないか。」


揚げ足を取ってみる。


「今じゃないだろう。」


正直、照れているのを笑われるのはちょっと傷つく。どうせらしくないよと不貞腐れたくもなる。でも、こんなに楽しげにノワールが笑っているのは珍しいから、それはなんだか嬉しくて、うっかり目を奪われるうちに、ノワールが楽しいならまぁいいかと絆されてしまう。こういうのを惚れた弱みというのかもしれない。


諦めてため息をついて、ネロは話を先に進めた。


「君がそのつもりなら着てもいいけど、首元や肩が出るのは無理だよ。」


「?…ああ。」


一瞬怪訝な顔をしたノワールは、ネロの首元を見て得心がいったように頷いた。

彼が見ているのは肌に描かれた魔導式だ。


「晒して歩くわけにはいかないだろ。」


ネロはそう言って苦笑する。

異質な見た目だし、見るものが見れば痛々しい。傷跡と同じだ。好んで衆目に晒したいものではない。


「分かった。…衣装はこちらで用意するから買うなよ。」


「ほんとに贈ってくれるの?」


イブニングドレスは決して安いものではないのだが。


「夜会でエスコートするなら礼儀だろ。」


それはそうだけど。でも気心知れた仲だから、そこまで礼儀とか今更気にしないのに、律儀なことだ。


「…君がそう言うなら、ありがたく。」


「ああ。……それから。」


「なに?」


「戴冠式期間の3日目の夜会に出てほしいと、父…エスターニュ侯爵から言われている。」


ノワールの言い放った思いもよらぬ爆弾に、ネロは目を丸くした。


「えっ…後夜祭じゃなくて?」


「もちろん、後夜祭も出ないといけないがな。」


「3日目の夜って、それは…」


顔見知りの多い後夜祭よりよほど敷居が高い。

爵位を実際に持っている当人か、せめてその後継者くらいしか参加のできない格式の高さだ。そんなところへ参加したら、国内外の貴族に婚約しましたと触れ回るようなものではないか。


言葉に詰まったネロに、ノワールは畳み掛けてきた。


「父からだけでなく、俺からも是非承諾してもらいたい。」


「っ……」


ノワールたってのお願いとなれば、もうネロに断る術はなかった。最近借りばかり増えていることだし、なによりノワールの力になれるのなら手を貸したいと思ってしまう。

それこそ惚れた弱みというやつだ。


「わかったよ。」


諦めて頷く。

久しぶりにドレスを着て参加するにしては、いささか敷居が高すぎる気はするものの、ノワールにエスコートされる夜会は、ネロにとって嬉しいものには違いない。


「恩に着る。」


「やめてよ。ボクの方がずっと借りが多いだろ。」


「お互い様だから気にするな。」


「どこが。」


「色々な。」


堂々巡りになる予感がして口をつぐんだが、ノワールに貸しなんてあっただろうか。どこがお互い様なんだか。


「そろそろ戻るか。」


時計をみたノワールが言う。


「残業?」


「ああ。お前は?」


「ボクも今日はもう少し。」


「そうか。」



―*―*―*―*―*―*―



その日の夜、ネロは自室の机で魔導書を開いていた。食事も湯あみも済んで、着ているのは寝間着で、あとは寝るだけだ。


「では、おやすみなさいませ、ネロ様。」


「うん。おやすみ、エイシア。」


ハーブティーを持ってきてくれたエイシアが出ていくのを見送って、ため息をつく。魔導書の頁を指先で弄った。


別になにか調べたいことがあったわけでもない。覚えていることの復習にはなるけれど、そのつもりもあまりなかった。

ただ、考え事がしたかっただけだ。


「婚約、解消するつもりだったのにな…」


息だけで呟く。

考えることといえば彼のことばかりだと、ネロは自嘲気味に笑った。


政略結婚なんてノワールにはまるで似合わないから、何が何でも破談にしよう。遠征に行くまでは、確かにそう思っていた。


でも、今日の夜会の誘いは、破談とは正反対だ。むしろ2人で着飾って公の夜会になんて行ったら、婚約どころでは済まない。結婚することになってしまう。


ノワールが義務や体面のためにそうしようとしているなら、止めなければと思っていたのだ。

でも。


「そうは見えないから困ってるんだよなぁ…」


最近のノワールのネロへの態度は、彼がウィーネに向けていたものによく似ている。ウィーネに恋する彼をずっと横で見てきたネロに、それが分からないはずもない。


あれはノワールが、大切な人に向ける目だ。

ネロにはずっと、向けられていなかった目だ。


そしてなにより、あの楽しそうな顔。

ネロが照れたり動揺したりすると、悪戯が成功した子供みたいに喜んでいる。


ウィーネに対しては、そういうことは無かった。ただもっと慈しむように、優しい顔で見ていただけだ。


「…反応が面白いのかな。」


だとしたら悲しい。浮かれている分だけ胸が痛い。

でもノワールが楽しそうなのは嬉しい。優しくされるのも、嬉しい。


もし、結婚することになったとして。


ネロの方はそもそも断る理由がない。

少なくとも結婚してしまえば、一生ノワールの側をうろちょろする大義名分が得られるのだ。嬉しい限りである。

見知らぬ誰かに打算で結婚を申し込まれて嫌な目に会うリスクも無くなる。


ノワールの方だって、悪いことばかりじゃない。

もちろん離婚となれば世間体は悪いけれど、その程度だ。

結婚相手がネロなら、一生ウィーネのことを諦められなくったっていい。もちろん、当のウィーネは困るだろうけれど。

互いに天啓持ちなら誰も子供なんて期待しないから、ネロをそういう目で見れなくても問題無い。


夜会に誘ってきたことからも分かるように、ノワールはどうもこのまま成り行きで結婚することになっても構わないと思ってる節がある。


反応が面白いのだとしても、隣に置いて楽しい存在だと思われているなら光栄だ。光栄だけど。


「ボクで、いいのかなぁ…」


だってウィーネの例がある。もっと可愛くて優しい感じの、ちゃんと女の子らしい人が好きなのではないのだろうか。


ノワールは優秀だし、顔も良い。

ちょっと無愛想で人付き合いが苦手で、人と触れ合うのが難しい天啓持ちだけど。

でもネロで妥協するには早いんじゃないだろうか。


「結婚かぁ…」


それでも彼がネロを選ぶというなら、それは嬉しいことだ。ずっと、側にいられるんだから。


でも、都合が良いだけなら、寂しい。


「欲張りだな。」


とんでもない強欲だ。

ネロの唇が自嘲に歪むのを、窓越しに白い月だけが見ていた。



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