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11話ー②

その日の夜、帰宅したノワールは、従事長から一通の手紙を受け取った。送り主は領地に暮らすエスターニュ侯爵ーつまりノワールの父親で、内容はざっくりとこんな感じだった。


戴冠式の5日間は王都のエスターニュ館へ行くので、そのつもりで用意をしておいてほしいこと。それから、婚約についても挨拶まわりにいい機会になるから、結婚するつもりがあるなら3日目の夜会にノワールとその婚約者を連れていきたいということ。


正直ノワールは、夜会に出なければならないかもしれないなんてすっかり失念していた。両親が王都へ来る件はともかく、夜会は警備のことしか考えていなかったのだ。参加する日があるなら、シフトを組まれる前に届け出を出しておかなければならない。


「侯爵様はなんと?」


執務室で手紙を読むノワールに、片眼鏡の男が問いかける。彼はモルフィス。ノワールの領地に関する仕事の手伝いと、業務管理などをしてくれている侍従で、いわゆる側近にあたる。ちなみに年はノワールよりだいぶ上だ。まだ四十にはならないのだったか。


ノワールが手紙の内容を簡潔に伝えてやると、侍従はふむふむと頷いた。


「侯爵様のご滞在についてはお任せください。お部屋の用意、食材や日用品の買い出し等こちらで指示を出しておきます。」


「ああ、頼む。必要なものは俺も確認するが、手配に時間のかかるものは待たずに発注してくれ。」


「承知いたしました。」


モルフィスが頷いたところでノックの音がした。入室を促すと、コーヒーを持ったメイドが入って来る。休憩用に持ってきてくれたのだろう。芳ばしい、いい香りがしている。


「夜会の方はお断りされるのでしょう?」


すでに決まっているような言い方をされて、ノワールは面食らった。


「いや。何故そう思う?」


今度はモルフィスが驚いたような顔になる。


「…なぜって…ご友人を助けるための婚約で、ご結婚されるわけではないでしょう?」


「…この年で婚約すれば、結婚を急かされるものだと思っていたが。」


実際、父親からの打診にもこのまま身を固めてくれなかな、という期待が見え隠れしている気がする。今のうちに周りに紹介して外堀を埋めてしまえば、ノワールは逃げられない。


「あなたの意に沿わないものを強制するものではないでしょう。それに…」


モルフィスは少し言いづらそうに口籠った。


「あの方はその、青年のようなお人でしたので。」


魔力の補充の関係で、ネロは何度かエスターニュ館を訪れている。その時にモルフィスも対応をしていたから、いつも通りにローブ姿の彼女を見たはずだった。

友人を訪ねる魔法士としては普通だが、確かにあれは間違っても婚約者を訪ねる女性の装いではない。


「まぁモルフィス、コニーの話を聞いてないのね?」


生真面目な顔でやりとりをしていた男二人の会話に軽やかな女性の笑い声が割り込んだ。口を挟んだのはコーヒーを持ってきた侍女だ。

彼女は中年の恰幅の良い可愛い人で、マリーという。


「コニーの話とは?」


モルフィスが問い返す。

コニーはこの屋敷の従僕の一人で、馬車の馭者なんかを務めることも多い男だ。


コニーの話、とやらはノワールも心当たりはない。マリーはノワールとモルフィスを見てニッコリと笑った。


「この間の宴の帰り、なんだかいい雰囲気だったって。」


「えっ!?」


モルフィスは驚きの声を上げ、ノワールは顔を手で覆ってため息をついた。

そういえばあの時も馭者はコニーだったか。

いい雰囲気だったと言われると、かなり気恥ずかしいものがある。


それはそうと、モルフィスの驚きようもそれはそれで納得がいかない。自分の主人をそんなに朴念仁だと思っているのか、はたまたネロの印象がそんなに色恋とはほど遠いのか。


ノワールのため息を不機嫌と取ったのか、マリーが慌てた様子で言い募る。


「ああ若君様、コニーのことは怒らないでやってくださいませ。その、悪気があって言ったんではないですし…」


ノワールは無言のまま、マリーへ向けておざなりに手を振った。怒っているわけではないのが伝わったのだろう。彼女はほっと息をつく。


気恥ずかしさを紛らわすための言い訳ならいくらでも思いついた。友人が体調を崩したから介抱していただけ。ネロは天恵持ちで、ノワールが触れても怪我をしないから、手を貸してやっていただけ。実際、そういう言い訳が効くのを分かっていて自重しなかった部分はある。


でもその言い訳をここで口に出すのは悪手だろう。じゃあやっぱり婚約は形だけなんですね、とモルフィスに言われたいわけではない。


いい雰囲気、を否定しないノワールを見て察したのだろう。モルフィスはさらに目を丸くした。


「本気ですか?若君様。」


「悪いか。」


「まぁ!」


開き直ったノワールを見て、マリーが目を輝かせる。


「綺麗な方でしたよねぇ。あれ以来、私達はお見かけする機会もありませんが、白皙の美青年だって、若い侍女()たちも大騒ぎで。」


そうだわ、と彼女が手を叩く。


「好きな女の子を夜会に誘うなら、ドレスの一着も贈るものでしたわね。そうとなれば忙しいですよ、もうひと月と少ししかないもの。」


マリーの勢いに気圧されつつも、ノワールはうっかりネロがドレスを着たところを想像した。

見たことが無ければイメージからも離れているから具体的な想像は全然つかないけれど、それこそ白皙の美青年と言われるくらいだ。目鼻立ちは整っている方だと思うし、あの長い髪も美しい。着せたらきっと綺麗だろう。ドレスを贈って着飾らせて連れ歩くのは、素直に男心をくすぐられる。


「贈るか、ドレス。」


「だったら、あちらのお宅にサイズをお聞きしませんと。お任せくださいな。使用人づてに内緒で教えてもらえば、きっといいサプライズが出来ます。」


では早速、とばかりにうきうきと出ていく彼女の背中を、男二人はうっかり引きとめ忘れて見送った。


「…いいんですか?あれ。」


モルフィスが言う。服のサイズを調べてくれるのは構わないが、あの勢いはちょっとまずいかもしれない。


「…まぁやりすぎないようには、見ておいてくれ。」


「…わかりました。」




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