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2話ー魔物討伐①

当日。集合した討伐隊は総勢15人だった。騎士が10人、治癒術士が3人に、魔法士としてノワールとネロの2人だ。


国境付近、森に沿って作られた街道。

秋の深まってくる季節、森は色付いた葉を落とし始めている。

集合時刻はちょうど日没の前で、木々の間から赤く燃える夕日が見えていた。


通行や輸送の妨げにならないように、道の端に集められた討伐隊は、号令がかかるまで思い思いに休憩している。

同僚と話していたり、落ち葉の上に座り込んでいたり様々だ。


討伐隊の中に、ネロは同窓生の顔を見つけた。淡いブルーのふわふわの髪の小柄な女性。着ている服は治癒術士のもの。


声をかけようかな、と思っていると、一緒に来ていたノワールがの方が、ネロより先に彼女に歩み寄った。


「ウィーネ。」


「?…ノワール!久しぶりだね。」


彼女と視線を合わせたノワールは、珍しいことにーとても、すごく、珍しいことに、微笑んでいる。

周辺の何人かがざわついた。


「ああ、久しぶり。」


声音も常よりよほど柔らかい。


「魔法士さん少ないなと思ったら、ノワールが来たんだね。」


「ああ。まさかウィーネに会えると思わなかったな。」


笑顔が珍しい、だの、あの娘が噂の…だの。

外野がボソボソと囁き合うのを聞き取ってしまい、少し離れたところに居たネロは内心で頭を抱えた。


ノワールが熱心に思いを寄せている女性がいるというのは有名な噂で、しかも事実である。

そして外野の憶測通り、相手はウィーネなのだ。


「今日、危ないんでしょ?私たちもいるけど、気をつけてね。」


「俺に何かあると思うか?」


「そういうわけじゃないけど…」


困って眉を寄せるウィーネに、ノワールは本当に本当に珍しい笑顔を向ける。


「ありがとう、ウィーネ。」


そのままノワールが続けた言葉に、ネロは今度こそ額に手を当てた。


「あいつに泣かされてないか?ウィーネが望むなら、いつでも奪いに行くのに。」


ウィーネの眉がきゅっと吊りあがる。


「結構ですっ!カーニス、ちゃんと優しいもん。」


ウィーネには相思相愛の婚約者がいる。ノワールのあれは横恋慕なのだ。

ちなみに、ウィーネの婚約者もネロやノワールの同窓生だ。名前はカーニス。


ウィーネに怒った顔を向けられたノワールは、それすら可愛いのか楽しそうだ。


ノワールの生家は貴族の中でも地位が高い侯爵家だし、ウィーネの婚約者も爵位は同じだが、ウィーネ自身は子爵令嬢だ。次期侯爵2人に挟まれながら、後ろ盾の弱いウィーネの苦労が忍ばれる。


ノワールが話しているところへ割り込む度胸のある者も少ないから、止めに入る人影もないが、このままではウィーネが可愛そうなので、ネロは仕方なく2人に近づいた。


「困らせるのやめなよ。」


声を掛けると、ウィーネの視線がネロを捉える。


「ネロ!久しぶり。」


「久しぶり、ウィンディ。」


「ウィーネでいいのに。」


「こっちのほうが慣れてるんだ。」


学生時代の習慣で、ネロは魔法名で彼女を呼んだ。魔法名は魔術を行使する時に使う名前で、日常使いするものではないが、彼らが机を並べた王立学園の魔法科の中では魔法名を呼び合うのが慣例だ。


ちなみに魔法士団の魔法士たちも、常に魔法名を使うので、ネロにとっては本名の方が馴染みがない。


「魔法士さんのもう1人はネロだったんだね。そっか。だから2人だけだったんだ。」


「うん。」


「別に困らせるようなことはしてない。」


「自覚がないなら余計悪いよ。」


感心しているウィーネに返事をしつつ、頑ななノワールの言葉に、ネロは呆れて肩を落とす。


「フレアは元気?」


気を取り直してウィーネに向けて、婚約者ーカーニスの魔法名を出せば、彼女は花が開くように幸せそうに笑って頷いた。


ウィーネと対照的に、ノワールは一気に憮然とした表情になる。ノワールとカーニスの関係は旧友というよりは好敵手が近い。

もちろん、ウィーネを巡る恋敵同士でもある。


旧交を温めるうちに、各部門のリーダーに召集がかかった。今回作戦の最終確認が行われるのだろう。


ノワールがウィーネに向かって微笑む。


「行ってくる。」


士長と正では正の方が階級が上だから、ノワールが魔法士のリーダーだ。


「いってらっしゃい。」


ため息まじりのウィーネの返答を聞いて、彼が身を翻す。

ネロはウィーネを振り返った。


「相変わらずでごめんね?」


「仲良くしてくれるのは嬉しいのよ。」


渋い顔のウィーネに、ネロは笑った。


「まぁ、許してやってよ。…フレアと君が喧嘩しない限り、何もしないと思うから。」


ノワールを擁護するわけじゃないが、あれで多分初恋だろうから。


「…ほんとに?」


「…たぶん。」


ノワールにとって、ウィーネは特別だ。

それは、魔力の抑制が未熟で、周囲を威圧しまくっていた学生時代のノワールを、普通の人である彼女が理解しようと努力したから。ひとりぼっちで閉じこもろうとしていたノワールの、その心の扉を正面から叩いて開けたから。

それがどれほど得難いことか、同じ天恵持ちのネロにはわかる。


ノワールがどれほどウィーネを特別に想っているかを知っている。それは、ウィーネが誰を愛したとしても、きっと変わらないものだ。


もちろんそれを勝手にウィーネに伝えてしまうほど、ネロは野暮ではないけれど。


「一緒に来たってことは、ネロは今でもノワールと一緒に居るの?」


「職場で?いいや、仕事は別々。むしろボクとノワールも久しぶり。」


「…そっか。」


ウィーネの澄んだ青い目が、正面からまっすぐにネロを捉える。芯の強い優しさで、相手の心に寄り添おうとする。


ネロはこの目が、ちょっと苦手だ。


見返せなくて視線を逸らせば、討伐に参加する面々が、部門ごとに集合し始めているのが見えた。

そろそろ仕事だ。


「集まってるみたいだし、また後で。」


「ネロも一緒にいればいいのに。」


「いいよ。ノワールほどじゃないけど、ボクも色々言われる方だから。」


天恵持ちはなにかと注目を集める。天恵持ちの生まれる確率は、数世代に1人といったところなので、ネロとノワールが同学年なのは、実は結構珍しい。ノワールだけでなくネロとも過分に親しいとなれば、ウィーネの心労は増えるばかりだろう。


「じゃあ。」


手を振った。


「…うん。」


ウィーネが控えめに手を振り返すのを見て、ネロは彼女から距離を取る。すぐに治癒術士たちがウィーネを捕まえるのが見えた。質問攻めにされるのかもしれない。



ひとりになったネロは、ノワールが入っていった天幕に目を向けた。


ふと、学生時代のウィーネに言われたひとことを思い出す。


『ネロは、いつもノワールのこと見てるんだね。』


咄嗟に言葉に詰まったネロに、ウィーネはあろうことかこう続けた。


『私がフレアの、カーニスのこと見ちゃうのと一緒だね。』


逃げ場がなかった。否定してみたところでそれは誤魔化しでしかなかったし、真っ直ぐなウィーネの青い目に、そんな誤魔化しは通用しないと知っていた。


だから、ネロは内緒だよ、と笑っておくしか無くて、それ以来今に至るまで、それを知っているのはウィーネだけだ。



作戦の確認が終わったのか、天幕からぞろぞろと人が出てきた。ノワールの姿もある。


彼はウィーネの姿を探して、彼女に小さく手を振って、ネロの方へ歩いてくる。


「おかえり。」


「変更はない。」


作戦のことだろう。たしか索敵用として警報の魔法を張り巡らせた上で討伐対象の魔物をおびき寄せ、結界で拘束して魔法で一撃喰らわせる手筈だったか。その後は臨機応変に。うまくダメージが入れば騎士団に攻撃を引き継ぎ、傷が浅ければ魔法での攻撃が継続される。


「警報やろうか?」


ネロの問いかけに、ノワールは首を振った。


「俺がやる。お前は対象の拘束と、あと後ろを頼む。」


「あぁ。…了解。」

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