表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/36

8話ー⑤

深夜の食堂。隣の休憩所の話し声が、壁越しに漏れ聞こえてくる。


“いやぁ、すごかったね。魔狼とワイバーンが一撃!恐ろしいよなぁ。”


野営地から戻った騎士たちが、休憩所で話し込んでいるらしい。


“すげぇよな。もう、あの人たちだけで良いんじゃね?みたいな。”


その話し声を聞くともなしに聞きながら、ネロは目の前でホットチョコレートがカップに入れられる様を眺めていた。作ってくれているのは手の空いている治癒術士の人で、遠征初期から提供されているチョコレートやワインは遠征部隊の良い息抜きになっている。


“ああいう人だけ集めてさ、こういう遠征もやってくれりゃいいんだよな。どうせ俺等が何やったって、あの人たちの魔力の足元にも及ばないんだから。”


“ばか、そういうこと言って訓練サボってるから強くなれないんだぞ。”


どっと笑い声。ノワールやカーニスの耳に入らなければいいなと思った。あいつら、こういう軽口にもちゃんと怒るから。


治癒術士の手元には、ホットワイン用のスパイスとドライフルーツがあった。

良いことを思いついて顔を上げると、目の前の治癒術士はやけに複雑な表情でネロを見ている。


そうか。

漏れ聞こえた会話は当然、目の前の彼にも聞こえている。

ネロがすぐ分かったように、彼らが天恵持ちの話をしているのは明らかだ。


ああいう軽口は、本人が居ないからこそ言えることだ。でもこの治癒術士の前で、当事者に近いネロが聞いてしまっている。

もちろん、心地良いものじゃ無いけど。


「気にしないで。慣れてるから。」


いつものように笑ってとりなして、でも心のなかで何かがポキリと折れた。

他人に気にして欲しくないのと、気にならないのは違うし、慣れてるのと平気なのも違う。


乱入者のせいで危ない目にあった戦闘から、丸一日が過ぎた。

負傷者を砦から治癒術士団へ送ったり、砦の牢屋に捕らえた乱入者を収容したり、細々と忙しかった後、通常シフトに戻った。

今回の怪我や長引く遠征による体調不良で、離脱者が出てきている分、人員に余裕がないのだ。シフト通りの細切れの休息を挟みつつ、今も野営地から戻ったばかり。


休めてないわけじゃないけど、疲れは抜けきらなくて、なんだかずっと寒いし、怠いし。


気まずそうな顔の治癒術士にネロは言う。


「ホットチョコレート、やっぱりもう一つお願いします。それから…」


疲れた。もう遠征とか止めて帰りたい。

でもそれは出来ないから。


ノワールに、会いに行こうと思った。

真夜中だけど、彼の班は救援要請待ちの出撃待機中だったから、起きているはず。

何処からも交戦連絡は入ってないから、きっとひとりでどこかにいる。


不機嫌そうに見られるノワールの側は、大体誰も居ない。だから、傷つけることも怖がられる事も、隔意に晒されることもない。


そういうところで、彼の側で、息抜きがしたかった。




―*―*―*―*―*―*―




砦の見張り台の端。

国同士の戦争のときは活躍するんだろうが、今は用もなく静かなその場所で、ノワールはぼんやり夜の森を見ていた。


有事でなくとも人の出入りがある砦は、いわば人間の縄張りだ。魔物は滅多に近寄らない。ましてこれだけ長期間、大人数が暮らせば尚更だ。


珍しく晴れていた。

冬の夜空は高く澄んで、そこを埋め尽くす星が降ってきそうだ。


人混みを避けてうろうろするうちに、こんなところへ着いたのだった。

天恵持ちで人混みが好きなやつは居ないだろうとノワールは思う。遠巻きにヒソヒソされたとか、うっかり怖がらせたとか、ろくでもない思い出がついて回るからだ。


ため息の煙が夜風に溶けて消えていく。


昨日の戦闘。

あの時の乱入者はとりあえず捕まえたが、調べれば調べるほどきな臭い。

彼らは野営地のアンカーへ直接転移してきて、そのままそのアンカーを破壊していた。それはつまり、野営地のアンカーを知っていたということだ。遠征部隊の中から漏れたか、どうにかして詠唱を盗み聞いたのか。


10人の乱入者のうち、3人は攻防の中で絶命していて、ひとりは隠し持った毒薬を飲んで死んだ。

服毒死した男は一番最初に魔法士を襲った者で、罪人用の魔力封じの手枷を3対持っていた。


何をしようとしていたかは謎だ。単純に魔法士の頭数を減らしたかったのか。だが、殺さずに捕らえる意図も読めない。

何よりあの場にはネロもいた。天恵持ちの魔力量はそんな汎用の手枷ではどうにもならないし、味方につけられた手枷も壊してしまえる。


人質でも取るつもりだったのか?

あんな魔物の居る戦場に乱入しておいて?


考えがまとまらず、ノワールはもう一度ため息をつく。情報が足りない今、あれこれ推測しても分かることはない。


生き残った6人の乱入者は、騎士隊の専門部隊に引き渡した。後は彼らが調べるだろう。


ネロは、どうしているだろう。

あの戦闘の後、疲れた様子だった。

いざとなると、呪いの影響はつい失念してしまった。自分と同じように魔法が使えるものと思ってしまう。


まあでも、それは当然だ。

ネロはそもそもノワールと同じものなのだから。


多すぎる魔力のせいで、ともすれば化け物になる危うい生き物。魔法を制御するために王立学園に入るしか無くて、他人を害さないと証明するために魔法士になるより他になくて。

ネロはノワールより器用だし、ノワールはネロより魔力も地位も高いけれど、それでも、同じところに立っている。

抱く感想は違っても、同じ景色を見ている。


今だけでなくて、これからもずっとそうだ。

顔を合わせなくても、言葉をかわさなくても、そう遠くもない場所で、同じような失敗をして、同じようなところで傷ついて生きていく。

そう、当たり前のように信じている。


もし、それが無くなったら?


事実、失いかけた。

肩口を濡らした赤と、死人のような白い面差しが脳裏を過る。


もしネロが死んだら、この世界でひとりぼっちなる気がした。

天恵持ちは他にも何人も居て、でもそういう理屈とは全く違うところで、一人取り残されてしまうと思う。


「こんなとこに居た。」


急に声がした。

今まさに思い浮かべていた人の声だった。


「寒すぎるだろ、ここ。」


足音と声が近づいてくる。肩越しに振り返ると、ネロはノワールがそうするのを待っていたように、2つ持っていたマグカップのうちのひとつをノワールに差し出す。


「君の分。」


何しに来た、とか何の用だとか聞くタイミングをうっかり失って、ノワールは無言でカップを受け取った。


香るのはチョコレートと、それからほのかにオレンジの匂い。


ネロはノワールの横まで歩いてきて、今にも星が零れ落ちてきそうな夜空を見上げて、静かに目を見開いた。

銀というには透き通った、灰黒の瞳が星を映して光る。


それから寒そうに首をすくめて、詠唱とともに手をひと振りする。


穏やかに吹いていた風が止み、寒さが緩和された。風よけの魔法だ。


ノワールが肘をついている見張り台の欄干に背を預けて、ネロはホットチョコレートに口をつける。

どうやら用があって来たわけでもないらしい。


同じようにカップの中身をすすると、チョコレートの甘みと温もりが喉の奥へ落ちていって、オレンジの香りが鼻に抜ける。何かつぶつぶしたものが少しだけ入っていて、それはオレンジの砂糖漬けらしかった。


「ワイバーンて、あと何体。」


ネロが聞く。


「最後の1体が残ってる。」


「……そっか。」


ノワールは隣のネロをじっと見つめた。

夜闇に浮き上がるような白い横顔。

カップを包んだ両手の細い指と、左手首に嵌った太い銀の腕輪。

肩を濡らした赤はもう無い。


「?なに?」


ネロの瞳が一瞬、ノワールを見る。


「いや。」


否定して、視線を外した。

あの時、意識を失う寸前の表情を、今も覚えている。


ネロは、ノワールを見て笑ったのだ。

ほっとしたように。

なにかに満足したように。


お前、あの時の何考えてた?

疑問は声にならない。

今更聞くことではない。

第一ネロ自身朦朧としていたはずで、覚えているかも怪しい。


でも、それが最期だったかもしれなかった。

ノワールを庇って致命傷を負って、まるでノワールが生きていることに満足したみたいに笑って。

ノワールの無事とネロの命とを、あっさり引き換えてしまうかのように。


もう一度ネロに視線を向けて、ノワールはその左手を掴んだ。


「わっ、なにを…」


腕輪に魔力を注ぎ足す。


「?まだいいのに。」


知ってる。補充したのは昨日の朝だ。まだ半分くらい残っているはず。


「……いいだろ、別に。」


置いていくなと言いたかった。

俺をひとりにするんじゃないと言いたかった。


腕輪に触れる口実で掴んだ腕は夜風に晒されて冷たくて、でも触れるうちに少し温かくなった。


生きてる。

生きていて、よかった。

失わずに済んで、本当に。


「いいけど…。」


困惑した様子でネロは呟いて、呆れたように、諦めたように小さく笑う。

それにほっとして手を離した。

ネロは欄干を背に、膝を抱えるようにして座り込む。


あたたかいな、と思った。


ネロが使った風よけの魔法のせいか、持ってきたホットチョコレートのせいか、失わずに済んだ、優しい時間のせいか。


盗み見た横顔は夜のせいか、いやに白くて。

こんな寒いところに居るのは良くないんじゃないか。


でも、言わなかった。

もうすこし、このままで居たかった。





朝日の昇る頃、最後のワイバーンが他の砦で討伐されたと連絡が入って、1ヶ月以上に及んだ長期遠征は終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ