表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/36

8話ー④

あり合わせながら、砦で新年のパーティーをして、暫し。1月も半ばを過ぎる頃、ネロは相変わらず野営地で戦場に立っていた。


目的のワイバーンはまだ討伐しきれていない。

長引く遠征に、流石に何名か体調を崩して離脱する者も出始めている。


今日も小雪の降る野営地は、夕暮れを少し過ぎたところで、まだ薄明るい。

そんな中に騎士たちの叫び声が響いた。


「もう一体来たぞ!」


「ワイバーンだ!」


久々の討伐対象の登場に戦場は色めき立つ。


騎士隊の前にはすでに魔狼が2体。戦場へ乱入しようとしたワイバーンは警報と捕縛の魔法に絡め取られて藻掻きながらゆっくりと地上へ堕ちてこようとしていた。


騎士隊の後ろで魔法の輪唱を手伝いながら、目まぐるしく変わる戦場相手にネロはどうしたものかと思案した。

部隊編成の関係上、今は魔法士の指揮権がネロの下にあるのだ。


現状、輪唱で騎士たちに強化魔法をかけているが3体の魔物が手に余るようであれば、結界で戦場を区切ったり、拘束することを考えたほうがいいかもしれない。


「詠唱変えよう。足場作ろうか。そこの2人は跳躍力の強化、こっちは空中板の魔法で。」


指示を出した後、ネロは騎士隊に向かって声を張り上げた。


「足場出します!」


「ありがたい!」


変更された輪唱によって、戦場の空中に六角形の大きな板が3枚出現した。

騎士たちのうちの何名かが板の上へ飛び乗る。

魔狼が届かないところへ跳んだ獲物を恨めしそうに見上げた。


狼は素早く地上を駆けるが、跳躍や木登りはそれほど上手くない。拘束の魔法で動きが鈍っていれば尚更だ。


段差ができたことで奇襲もかけやすくなり、2体居た魔狼のうちの1体が程なく倒された。


拘束魔法で地面へ堕ちたワイバーンも、すでに片翼が使い物にならなくなっている。


その時。


見慣れない人影がネロの視界の端をかすめた。

数はおよそ10人。前線とは反対の、野営用の天幕の方から突撃してくる。

騎士隊の制服とも魔法士団の制服とも違う装いの不審な集団は、あろうことか魔物との戦線の後方に居た魔法士4人に、脇目も振らずに襲いかかった。


先頭の男が狙ったのはネロだった。

気づいた時にはすぐ近くで、あっという間に腕を取られる。


「逃げて!」


叫ぶ。仲間がネロから離れようと動いた。

騎士隊の何人かがこちらを振り返る。


腕をつかんでくる手の力が強い。強化魔法か。

だがしかし、魔法の扱いならネロの方が上だった。


「うわぁ!!」


横から悲鳴。

魔法士の誰かだろうけど、助けてあげる余裕がない。


すでに使っていた強化魔法の出力を上げて、掴んできた腕を払い除ける。


そのまま体を反転させて、攻撃魔法を詠唱。

相手を押し倒すようにして、鳩尾に膝を叩き込む。蹴りの威力は大したことがなくとも、合わせて放った攻撃魔法の威力は折り紙付きだ。


重い一撃を食らった相手が、泡を吹いて気を失った。


「大丈夫か!?おい、救援を…」


「応戦しろ!魔物からも目を離すな!」


先頭の男に追いついてきた不審者達とネロとの間に騎士の背中が割って入った。


先程悲鳴の上がった方向を見る。魔法士のひとりが蹲っているのが見えた。怪我をしたのか。

騎士隊のだれかが隣で応急処置をしていた。


ネロは混戦の中で仲間の魔法士を探す。魔物を相手取る騎士と、不審者を相手取る騎士は、負傷者を挟んで前後に分かれていた。


「下がろう。」


魔法士達に声をかけ、負傷者の近くへ誘導する。ここが一番安全だ。固まっていたほうが騎士たちも戦いやすい。


輪唱が途切れたせいで空中の足場は消えている。騎士隊へかけていた強化魔法も途切れてしまった。ネロに襲いかかった不審者が魔法を使っていたあたり、相手にも魔法士が居る可能性が高い。このままではまずい。


「強化魔法、ちょっと詠唱変えて輪唱するよ。消費重くなるけど頑張って。1巡目だけボクも読むけど、あとは任せる。」


「っはい!」


仲間たちが力強く頷く。


味方の騎士隊にだけ強化がかかるように詠唱を変更して輪唱を開始させ、ネロは魔物と対峙している前線へ向かった。魔物と交戦する者と、不審者と交戦する者と、騎士隊は二分してしまっている。

こちらで強化魔法を輪唱出来ている魔法士は2人。騎士の人数に対して少ないから、効果はそれほど高くないはず。

戦況はかなり苦しい。なんとか持ちこたえているが、いつ崩壊するかわからない。


「魔物はボクが拘束します。不審者の確保を優先してください。」


騎士隊に告げて、ネロは拘束の魔法を詠唱した。その最中、通信兵の叫びが戦場に響く。


「砦より応答あり!こちらの転移アンカーが破壊されている模様!救援不可!こちらのアンカーが破壊され、救援不可!」


最悪だ。


拘束がひとつ完成し、ワイバーンが光の十字で絡め取られる。ワイバーンと交戦していた騎士が、不審者との戦いに加勢しに行く。


もう一体、狼も拘束しなければ。

2つ目の拘束魔法を詠唱しながら、ネロは息が苦しくなっていくのを自覚する。この拘束の魔法は今のネロには消費が大きい。


魔狼を地面に縫い付けた瞬間、ぐらりと世界が回った。酷い目眩で視界が真っ白に飛んで、体温を引き抜かれる寒さに体が震える。


体内の魔力が減ったせいで、呪いが暴走している気配がある。魔法を使うための魔力が割り増しで消費され、その上呪いが魔力を引き抜いていく。


でもまだ膝をつくわけにはいかない。

壊されたアンカーを復旧しないと。

アンカーは魔導式だ。魔法士でなければ描けないし、この中ではネロが描くのが一番早い。


砦の救援部隊は、アンカーの復旧を待つか、この雪の中を無理やり野営地まで進むか判断を迫られているだろう。

今、救援用の出撃待機部隊にはノワールが居る。ノワールなら、ネロがアンカーを描き直すと思っているはず。


救援部隊が来れば、ノワールが来れば、なんとかなる。ノワールは強いから、きっと戦況をひっくり返せる。


チカチカする視界の中で敵の魔物を見定める。

このまま拘束魔法を維持するのは無理だ。魔力が持たない。

でも幸い、騎士達の配置が変わって、魔物の周りに人影はない。

厳重に拘束しなくても、もう結界に閉じ込めるだけで足りるはず。


拘束を解除し、動きの遅くなっている魔物が近づいてくる前に素早く結界内に隔離した。結界の方が魔力の消費が少ない。少なくとも目眩は収まった。


ネロは魔法士の集まっているところへ引き返した。輪唱を続ける魔法士の他に、怪我をした騎士が数名増えている。


「木製の…木製の盾をひとつ、使わせてください。」


声をかけると何処からともなく盾をひとつ、ネロ手元へ回してくれた。多分負傷した騎士のうちの誰かのものだろう。


指先に小さな光を灯す。攻撃魔法の一種だ。収束させて、威力を上げて、盾の端を指先で擦れば木に黒く焦げ目がついた。


これで盾が紙の代わり、指先の魔法がインクの代わりになる。


盾の裏側に魔導式を刻む。

アンカーの本質は各アンカーごとに定められた文字列だ。転移を行使しやすくするための細部まで書き込んでいる余裕はないけれど、この文字列を入れて魔導式としての形を整えてやれば、この盾はアンカーとして機能する。


「アンカー、復旧しました。」


通信兵に伝えれば、程なくしてアンカーが光った。


来てくれたのは魔法士が5人と騎士が8人、それから治癒術士がひとり。

転移してきたノワールは、戦場を一通り見渡して状況を確認し、ネロに視線を向けて薄く笑った。


「流石だな。」


「もうクタクタだよ。」


つられるように小さく笑って、ネロは肩をすくめる。これで不審者に対して数の有利を得た。魔法の輪唱も潤沢にできる。もう大丈夫だ。


「警報渡せ。状況は?」


ノワールが言った。

ネロは首にかけていたアミュレットを外してノワールに手渡す。


「強化魔法の輪唱が人手不足。相手は人間だから、ちょっと詠唱変えてる。魔物はボクが閉じ込めてる。」


ネロの報告を受けて、ノワールが一緒に転移してきた魔法士たちを振り返る。


「強化魔法の輪唱に合流。詠唱変わってるから注意しろ。」


彼らが動き出すのを見て、ノワールは再びネロを見た。


「結界を魔力遮断に変えろ。中は俺が片付けてくる。」


魔力を通さないように結界を変更すると、消費が今より増える。ネロは渋い顔になった。


「やってもいいけど、拘束は手伝えないよ。ひとりで結界に入るのは危ない。それに…」


ノワールが驚いた顔をしたので、ネロは話の続きを飲み込んだ。苦笑する。


「言っただろ、クタクタだよって。」


魔力遮断の結界も、拘束の魔法も、ノワールからすれば、否、天恵持ちからすれば扱えて当然だから、彼の驚きはもっともだった。


「…いい。拘束は俺がやる。結界だけ変えてくれ。」


「…分かった。」


魔法士を狙えと、味方の声。

騎士隊にも魔物に戦力を避割ける程の余裕はないだろう。結界が破られる前に魔物を片付ける必要がある。


結界を変更する。同時にノワールが通るための小さな穴を開ければ、彼はローブを翻して結界の中へ入った。


魔物とノワールが対峙する。


結界の穴を閉じながら、ネロは自らにかけていた強化魔法を解いた。

ここで結界も長くは持たせられないなんて、かっこ悪くて言えたもんじゃない。寒さ避けの魔法も解いてしまったからか、寒くて凍えそうだ。日が暮れてきてしまって、明るさを感知して作動する照明用の魔法具に、明かりが点って浮いている。呪いに体温を奪われているのか、雪降る森が寒いだけなのか、もう良くわからない。


闇色の鎖が魔狼とワイバーンを捉えているのが見える。属性による見た目の違いはあるが、ネロが使ったのと同じ拘束の魔法だ。


「魔法士を捕縛したぞ!」


後ろから歓声が上がった。

少しだけ振り向けば、魔法による強化を失った乱入者と騎士たちが次々に捕らえられている。


結界の中で、ノワールがワイバーンにとどめを刺したのが見えた。


ああ、もう本当に大丈夫だと思った途端、目の前がふっと暗くなって、ネロは倒れる前にその場に座った。危ない。緊張状態が解けたら気を失いそうだ。


「ネロ士長、大丈夫っすか?」


直ぐ側で手当てを受けていた魔法士が声をかけてくる。見知った顔だった。腕に包帯を巻かれ、足を固定されている彼は夜会で話をした先輩さんだ。


「大丈夫。怪我は平気?」


「あ、はい。大したこと無いです。」


「そっか、よかった。」


彼はノワールのチームの人だ。軽傷で本当に良かった。


ノワールはワイバーンを仕留めた後、その闇魔法を魔狼へ向けている。


「手伝いますか?」


乱入者の捕縛を終えた騎士に問われて、ネロは首を振った。

ノワールは結界の中で魔力の抑制をしていないから、騎士隊を中へ入れるわけにはいかない。


「いや、もう終わると思います。」


ネロの声に応えるように、ノワールと対峙していた魔狼が倒れて動かなくなる。

味方を振り返ったノワールに目で合図をされて、ネロは結界を解いた。 


ぶわりと広がる、強烈な魔力の余韻。

流石の彼も慌てていたのか、抑制を解いていた名残が残っている。騎士隊の足が竦むのが分かった。


結界を解いたネロに残ったのは酷い寒気と倦怠感。強化魔法はまだ使える気がしないけど、一応気は失わなくて済みそうだ。


「ノワール。」


名前を呼びながら立ち上がる。彼の濃藍の目がネロを映す。


「残ってるよ。」


苦笑して指摘すれば、彼は一瞬はっとして、すぐに憮然とした顔になった。


「少しだろ。」

 

「少しだけど。」


溢れていた魔力が抑制されて消える。


「負傷者の搬送をお願いします。」


治癒術士が言った。


あたりはすっかり夜になっていた。


負傷者を先に転移させた後、魔法士の魔力回復のために3時間ほど休息を取り、砦へ戻ることになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ