9月26日①
昨夜の事もあって、授業中は「授業を受けているフリ」をするので精一杯なくらい、半日呆然としていた。何をするにも、何を見るのも、何を聞くのも耳や目といった諸々の器官がボイコットを決め込んだように塞ぎ込んでいた――それらが捉えるべき情報のことごとくが上滑りしていく。
……そうは言っても、私はその状態をいつまでも長続きさせられるほど、とんでもないショックを受けていた訳でもないし、もっといったら、そもそもそこまで感受性豊かな人間でもなかった。昼休みが終わり、5限目の途中で、私はすでに平常運転を取り戻し、放課後には存外けろっとしていて、いつもの調子を取り戻していた。
「おぅ」
帰り支度をしている私に聞き慣れたダウナーな一声がかけられる。丁度望月クンと青木クンにあいさつを返した後だった。
「帰りましょうや」
私は小さく頷き、ケイと一緒に教室を出ていき、昇降口まで向かった。
「そういやさ、昨日暇だったからTVCの切り抜き動画見たよ」
ケイは言いながら、気だるそうな様子で靴箱から外履きを取り出す。
「昨日言ってたやつ」
私は、ちょっと考えたフリをしてから、あぁ、とやや間の抜けた返事をする(まるで今、ようやく思い出しました、というような態度で)。
「あのしゃれこうべのやつ?」
「そそ。あの、倒したら確率で使い古しの弓ドロップしそうなやつ」
覚えてたんだ、と思ったが、これは言葉にせず内に留めた。ケイは歩きながらぼやくように続ける。
「インタビューの部分だけどさ、最後ってあの夫婦の部分?」
正門を通り過ぎ、私がどう返そうか迷っていると、彼女は私の方を見ながら、いつも半開き気味の瞼を一瞬、少し上に動かした……かと思えば、すぐにいつもの眠そうな表情で、「あの男の人の方って、確か中学生の頃二人で行ってた塾の先生じゃんね」と言った。
私は覚えていなかった。思い出そうと記憶を辿っていると、ケイが続けた。
「森崎センセ」
私はまた、あぁと間の抜けた返事をする。丁度良い情報だったので、その方向で話題を持っていくことにした。
「そうそう、うろ覚えで確かじゃなかったんだけどさ――あれ、やっぱり森崎先生だよね?」
「多分そだね。中学2,3年の頃だから……2年前くらい?」
「なんか見たことある顔だなーって。ちょっと懐かしいなぁ」
「ってか、災難だね。あのセンセ今35歳くらいでしょ。あの映像だと、最近家買ったっぽいのに。早速、屋根剥がれちゃってるじゃんね」
「課題出してた事を、当の本人が、次の塾の日に完全に忘れてた事あったし――ちょっと抜けた先生だったから、もしかしたら、騙されて買った物件だったりして」
ケイはそれを聞いてにやりとした。
「あの一緒に映ってた奥さんにも騙されてたり?」
それからしばらく、森崎先生の人生がいかに災難続きか、という妄想話が5分ほど続いた。結果的にあの奥さんには、先代の森崎家に土地と家を奪われて地元を追い出された挙げ句、一家は離散――離婚した両親に姉妹それぞれが連れられて生き別れ、その復讐として森崎先生に近づいた野心家、という取るに足らない設定が勝手に付け加えられた。
ひとしきり無責任に人をいじった後、ケイが「この後どする?」と聞いてきたので、サキちゃんの所の喫茶店にお邪魔する事にした。