9月29日①
YC駅前にある大型歩道橋の広場で待っていると、サキちゃんがやたらめったらに手を振りながらこちらにやって来るのが見えた。わずかに他人のフリをしたくなったが、諦めて私は小さく手を振る。
待ち合わせの時間ピッタリ、9時半だった。私とサキちゃんはケイが一向に姿を見せない事に大した疑問を持たず、他愛の無い話に花を咲かせる。
10分ほどして、ケイが改札からやってくるのが見えた。彼女はやや項垂れながら、妙に粘着質な歩き方でこちらに向かってくるので、また他人のフリをしたくなったが、諦めておはようと声を掛けた。
「昨日は何時?」と、サキちゃんが歩きながらケイに聞いた。
「――3時にはちゃんと寝た」
地獄の底から長い年月をかけてついに蘇った“何か”の恨み節のような声が、ケイの喉からゆっくり吐き出される。
「ヨク、起キレタネ」
私が無感情に言葉をかけると、やけに得意げな表情で「おう」と返すケイ。
「ただおかげで、寿命はちゃんと半日縮まってる」
“能力”の代償として、かけがえのないものを支払ったであろうケイは、親指を立てた。私は口では「ありがとうケイ!」と感謝を伝え、内心では、心の底からどうでもいいと思いながら歩を進めた。
10分ほど歩いて映画館に着いた私たちは、飲み物を買い、三人揃って予約しておいた席に着いた。上映まであと5分ほどある。一番右の席だったサキちゃんはトイレに行った。真ん中に座ったケイは、一番大きなサイズのコーラをちびちび飲んでいる。
「映画館なんて久しぶりだよ」
ケイが言った。
「最後に劇場で見た映画って“ドラえもん”ですぜ?」
「――ってことは、最後に来たのって小学生くらいの頃?」
私が尋ねると、「たぶんね~」とサキが目を細めて言った。
「時代は配信ですよ、配信。サブスクなら何でも揃ってるかんね~」
「良いじゃん映画館。画面大きいし、音響も迫力満載だよ」
「――それから、自分の前の席にやたら背の高い人が座ってしまうスリルも味わえる」
私は「あぁ……」と間の抜けたため息をついてしまう。
「――それからそいつが、それはそれは良く音の響く、ポテチ的なお菓子をつまみ出す理不尽感もお楽しみ頂けます」
「……トラウマなんだね、それ」
「あれからさ、二度と行くまいと誓ったのは」
そんな話をしているとサキちゃんが帰ってきた。それから間もなく長い開演ブザーが鳴り響いた。
「――もう、大丈夫?」
ブザー音が鳴る数秒前、ケイは唐突に私を見つめながらそう言った。へ? と私が聞き返すと同時に、けたたましくブザーが鳴り出したので、ケイは“何でも無い”という風に自分の顔の前でゆっくり手を振った。




