9月28日④
買い物を終えた私たちがparadisoに着いた頃には、時間は17時を回っていた。入口の扉を半分開けた所で、店内に(信じられないことに)、結構な数のお客さんが寛いでいる姿が見受けられた。そこから店内の様子をひっそり伺い見たサキちゃんは、両手いっぱいにぶら下げた紙袋をあちらこちらに振り回しながら、申し訳無さそうに笑う。それから、ささやき声で「ごめんね!」とウィンクした。
「お客さん沢山いるみたい! あたしはお店手伝うから、後は二人でゆっくりしていって! また明日ね!」
そう言って彼女は、紙袋を無闇やたらに左右の壁に擦りながら、3階に消えていった。
私とケイはいつもの窓際の席が辛うじて空いていた事に安堵しながら、席につく。日が沈んで肌寒い日だったので、私はホット・ミルクティを頼んだ。
注文が済み、一息つく。ゆっくりと店内を見渡すと、斜向いのテーブル席で談笑する制服の4人組が目に留まった。そのうちの一人は同じクラスの幸田さん。
部活の練習の帰りだろうか、などと考えていると彼女と目が合った。すると、そのくりっとした両目を輝かせながら、猫みたいな口の形でこちらに元気よく手を振ってくるので、私も小さく返した。一緒にいた3人も、やおら手を振る幸田さんを見てこちらを振り返り、軽く会釈する。挨拶が済むと、4人はまた自分たちの会話に戻っていった。その間、ケイは私や彼女たちの事をほとんどガン無視して、ソシャゲのガチャを回していた。
「お待たせしました! ミルクティとカフェオレで~す」
それから少しして、黒いシャツの制服を着た店員さんが飲み物を持ってきてくれた。その店員さんの眩しい笑顔に向けて、私とケイは「ありがとうございます」と、100%完璧な他人行儀で、感謝の言葉を告げた。
……相変わらず、制服を着たサキちゃんはカッコいい。他のお客さんの席を飛び回る彼女を見ていると、自然とそんな感想が頭に浮かぶ。
店内ではジョン・メイヤーのアルバム、『ザ・サーチ・フォー・エブリシング』を流していた。2曲目の『絵文字・オブ・ア・ウェーブ』を何となしに聞きながら、ふとレヴの姿が見えない事に気がついた。きっと店の奥で寝てるのだろう。
私が黒猫の姿が見えないのを残念がっていると、幸田さん達が席を立って、ぞろぞろと店を後にした。帰り際に、彼女はまたこちらに手を振ったので、私はさっきとほぼ同じ仕草で返す。
扉が閉まり彼女たちの姿が見えなくなると、突然ケイが机に身を乗り出して、小声で私に聞く。
「幸田たちの話、聞いた?」
「何の話?」と、私もつられてひそひそ声。
「Y高校の七不思議、だそうだ」
突然聞こえてきた、古色蒼然な奥ゆかしい単語に私は少し怯んでしまう。
「へぇ、うちにもそんなのあったんだね。初めて聞いたよ」
私がそう言うと、ケイがしぶい顔で「いやいや」と首を振った。
「うちの高校、今年で創立3周年ですぜ。不思議が7つも定着する余地無いじゃんね」
私は確かに、と思った。
「--じゃなくて“七不思議を作ろう”って話、してたみたい」
「お、にわかに面白そうだね。ベタな悪ふざけだ?」
自分の顔が“にやり”と歪んでいくのを感じる……というかケイ、しっかり聞き耳立ててたんだね、と思ったが何も言わなかった。
「そそ、前もって学校に何か仕込んでおいて――んで、それを見つけた誰かが騒ぎ出して、噂になる様を観察しよう、ってさ」
「社会実験だね」
「最悪、無反応だったら自分たちで騒ぎ出せばOKだしね」
「っていう事はあの子達、何かやろうと計画してるのかな?」
「何個か候補、上げてた。んと――例えば、3階の視聴覚室の前の消火栓、ホースの入ってる扉内にセフィロスのアミーボを入れておくらしい」
私は一瞬“ん? ”と思った。
「片翼の?」
「片翼の奴」
私は少し考えてから、特に何も考えないで「なるほど」と唸った。ケイは話を続けた。
「で、そのアミーボを右手の甲の上に乗せて、左手でシャーペンを3回ノックして、伸びた芯を小指で折る――これを3回繰り返した後、シャーペンを床に落として、“自分から見て12時の方向”にペン先が向くように足で調節して7秒待つ。すると、視聴覚室の鍵が開くから、5秒以内に中に入る。中に入ったら、天井に備えてあるプロジェクターに、セロテープでアミーボを頭が下になるように固定して12秒待つと、翌日に想い人にその想いが伝わる、そうだ」
ケイの説明が終わった時、私の頭の中はほとんど空虚だった。私は自分の頭の処理能力が、とっくに追いついていない事を理解した。胸中に去来した「全部盗み聞きするじゃん」という感想は一旦、捨て置くことにして、私はシンプルに、最初に思ったことを尋ねた。
「……バグ?」
「あるいは」と、うなずくケイ。
なんだか夢心地の状態だった。というより――
「それじゃ、誰も方法なんて知らないし、噂になりようが無い気が――」
「知らないし。あいつらのプランだし」
でも、と彼女は真剣な眼差しを私に向ける。
「発見後、RTA業界で注目されてチャートにこのバグを組み込んだ所、クリアタイムが2分も縮んだっていう、画期的なものだったらしい」
……私が得も言われぬ顔で帰宅した後、よっぽど今日聞いた事をワザップに投稿しようと思ったが、既の所で食い止めた。
ベッドで横になっていると、頭の中をparadisoで聞いた『テーマ・フロム・ザ・サーチ・フォー・エブリシング』がリピート再生されて、それが妙に眠りに誘ってくれたので、無事、眠ることが出来た。




