3.兎面の女
【新たな登場人物】
未亜のママとパパ
兎面の女 ツキ(月)
「その願いなら叶えられるよ」
二匹の子ぎつねがとんぼ返りを打つと、いきなり私の前にすっくと両親が立った。
『すぐ行くからね。未亜はおばあちゃんの所で待っていて』
出発する車のそばでそう言って別れたときと同じ、若草色のカーディガンを着たママがにっこり笑う。
「未亜、お誕生日おめでとう」
「え……」
ぽかんと見ている私の頭を、ママは優しくなでた。
「未亜、お誕生日おめでとう。どら、またひと回り大きくなったんじゃないか?」
Tシャツに紺のチェックの長袖シャツを着たパパは、ニコニコと私を抱きあげようとして、脇に腕を差しこんだまま……へちゃっと潰れた。
「パパ⁉️」
そして潰れたパパのお尻にはなんと、フサフサの白い尻尾が揺れている。
「しっぽ……」
「あっ……」
パパはあわててお尻を両手で隠すけど、白い尻尾はパパの大きな両手からもハミ出して、ぶんぶん勢いよく左右に動いた。
「もしかして……シン?」
ママが怖い顔で尻尾の生えたパパを叱り飛ばした。
「もう!シンってばへんげがヘタすぎ!」
「面目ない……ごめんな未亜」
へちょりと眉を下げて私を見上げるパパは、頼んでいたお土産を買い忘れて、いつも謝るパパとそっくりだけど。お尻でフサフサの尻尾が揺れている。
私の後ろからレンの声がする。
「まぁ、こいつら新米だしな。キャラメル一個で叶えられる願いなんざ、こんなもんだ」
「キャラメル一個……」
「ごめん、ごめんよ未亜。キャラメル甘くて、すごくおいしくて。俺、がんばったんだけど」
べそをかきながら、白い尻尾を生やしたパパが謝ってきて、若草色のカーディガンを着たママが目をキッと吊りあげた。
「シンがへんげの練習、まじめにやらないから!」
「すごい……」
「未亜?」
べそをかいてしょんぼりしている、尻尾つきのパパが顔をあげた。
「すごいよ、キャラメル一個でこんなことができるなんて!」
私はその場にしゃがんで、パパに手を伸ばした。
「シンとセツなんだね……ホントにパパとママにそっくり。ふたりともありがとう、私のお願いを叶えてくれて」
「だけど……俺、失敗した」
しょんぼりと眉をさげたままの尻尾パパに、私は笑いかける。
「いいよ、いいよ。キャラメル一個分のお願いだもん。ねぇ、手をつないで一緒に夜店を見て回ろう。きっと楽しいよ!」
「……うん!」
私の手を取るパパの顔がパァッと輝いた。
セツのママは食べ物の屋台に近づくと鼻がピクピクして、光るビーズを見ると口がカパッと開いて長い舌がだらりと垂れる。
シンのパパは射的をすると尻尾がブンブン揺れるし、的を外すと地団駄して悔しがる。
どっちも私のママとパパとはちょっと違っていて、それでも握った温かい手の感触は同じで。私はふたりとしっかり手をつないで、あちこち指さしては大笑いして歩き回った。
「未亜、楽しい?」
若草色のカーディガンを着たママに聞かれて、私は笑顔で答えた。
「うん、すごく。ひとりで見て回っても、つまらなかったの」
「えへへ、未亜は俺たちと手をつないでるから、もうすぐみんなの声も聞こえるようになるよ」
そういってチェックの長袖シャツを着たパパは、ギュッと私の手を握る。
「あ、ねぇ。あの屋台見てみようよ」
私が指さした先に、とても煌びやかな屋台があった。櫛やかんざしといった髪飾りを扱う店らしく、白い兎のお面をつけた女の人が、濃い赤紫のナデシコの浴衣を着て、水色の帯に黄色いうちわを差して売り子をしている。
「ツキ姉様の屋台だね」
「ツキ姉様、とってもおしゃれなんだ」
そう言って私と手をつないだふたりは、ぐんぐんと私を引っ張っていく。いつの間にかレンは姿を消していた。
「……わぁ!」
近くに寄ってみれば、屋台はよりいっそう華やかだ。並んでいる黒や朱塗りの髪飾りには金や銀で線が描かれ、花や植物の模様には虹色の光沢を放つ貝が貼りつけられている。
やや子おばあちゃんが髪につけてくれた、蝶の髪飾りに何となく似ていると思って見ていたら、白兎の面をつけた女の人が柔らかい声で、私に話しかけてきた。
「髪飾りが気になるの?」
お店の人に話しかけられて私がびっくりしていると、女の人は桔梗の絵が描かれた髪飾りを手に取って差しだしてくる。
「つけてみる?どれでも好きな物を選んでいいわよ」
お面をかけた耳には光る銀の耳飾りがシャラリと揺れ、爪は夜店の明かりにも映える綺麗な赤で塗られていた。顔は見えないけれど、シンの言う通りおしゃれな人だと思う。
「ええと、でも……」
「秋の桔梗はイヤ?なら冬の椿はどうかしら」
次々と勧めてくる女の人に、私はあわてて断った。
「あの、私お金持ってなくて。だから見てるだけなんです……ごめんなさい!」
さっきシンは射的をしてたけれど、それはシンのお金だ。私はキャラメル一個でふたりにママとパパに会わせてもらっただけで、そのキャラメルだってもうない。
「未亜……」
心配そうにセツのママがギュッと手を握るけれど、夜店の屋台にならんでいる物はどれも高そうで、払えるお金がない私は恥ずかしくなってうつむいた。
「それなら交換してあげましょうか?」
「交換?」
思いがけない申し出にびっくりして顔を上げると、兎面の女性はやや子おばあちゃんがつけてくれた、蝶の形をした私の髪飾りを指さす。
「その蝶の髪飾り、もう古い物でしょう?それと交換してあげる。どう?」
兎面の女性がじっと見ている髪飾りを、私は手で隠すようにして一歩下がった。
「これは……おばあちゃんがつけてくれただけで、私の物じゃないの」
『髪をあげればお姉さんに見えるよ』
やや子おばあちゃんはそう言って、引き出しから木の薄い箱を取りだして、中に入っていた髪飾りをつけてくれた。だいじそうにしまわれていたから、きっと大切な物なのだろう。
兎面の女性が首をかしげると、光る耳飾りがまたシャラリと揺れた。
「あら、おばあちゃんだって喜ぶと思うけど。ここに並んでいるのはどれも新品だし、柄も綺麗でしょう?」
そして赤く塗られた人差し指の爪を、お面の口元に持っていき、女の人は内緒話をするようにささやいた。
「もしも怒られることを心配しているのなら、『失くした』と言ってしまえばわからないわよ。お祭りなんだもの、ここで何かを失くしたら見つけるのが大変」
「だけど……」
「ほら、見て。こっちの方がずうっとステキ」
私の手に押しつけるようにして手鏡を持たせ、兎面の女の人は私がつけている髪飾りの横に、自分が持っていた椿の髪飾りを合わせる。
「お店だから、タダではあげられない。でもその古い髪飾りと交換ならいいわ。どう?」
「きれい……」
兎面の奥からクツクツと低く笑う気配がする。
「でしょう?」
さっきはキャラメル一個で願いが叶ったのだ。
古くなった髪飾りを新しくて綺麗な物に交換してもらう、それはとても魅力的な申し出に思えた。
狐ということで妖と思われた方もいるようですが、白狐は稲荷大明神の眷属、神の遣いです。
雪「大兄様、ガラ悪いから」
深「うんうん、俺らもだよ!」
レン「新米だがな」









