1.狐面の男
白狐がヒーローの和風ファンタジーです。モフモフヒーロー企画参加作品。
【登場人物】
室月未亜 ヒロイン(スタート時は小学生)
室月やや子 祖母
狐面の男 たぶんヒーロー
その夜、神社でお祭りがあって、私はやや子おばあちゃんに呼ばれた。
「未亜、おいで。浴衣を着つけてあげよう」
「お祭り、行っていいの?」
祭囃子の音が風に乗って流れてくるけれど、うちはもちゅうだから、お祭りには行かないのかと思っていた。
「せっかくだから、行っておいで」
「うん……」
ピンクの生地に赤い金魚と、ビー玉のような水玉がいくつも描かれた浴衣を着せられて、絞りのある淡い黄色のふわふわした帯を結んでもらう。
鏡台の前でくるりと回って見せれば、やや子おばあちゃんはニコニコして、柘植の櫛を手に取った。
「髪をあげればお姉さんに見えるよ」
髪をあげて蝶の形をした髪飾りをつけ、お財布とティッシュにハンカチを入れた巾着袋を持って縁側にでれば、赤い鼻緒の下駄がちょこんと軒下に並んでいた。
「行ってくるね!」
去年より少しだけ小さく感じる下駄を履き、元気におばあちゃんに手を振って、カラコロと音を立てながらアスファルトの道を上れば、すぐに神社の参道が見えてきた。
小さな神社でも夜店はいくつか出ていて、ブン……と唸りをあげて発電機のモーターが回る。いつもは暗い境内に煌々と明かりが灯り、綿あめやりんごアメ、かき氷にカラフルなトッピングをしたチョコバナナ、ソースせんべいの屋台に子どもたちが群がっている。
(……だれかを誘えばよかった)
ひとりが好きなわけじゃない。けれど新学期が始まってすぐに、事故で両親を亡くした私は、学校で友達を作るどころじゃなかった。ただ何となく学校に行き、だれとも話さずぼんやりと過ごしてから、やや子おばあちゃんの待つ家に帰る。
神社のふもとで茶店を営むやや子おばあちゃんは、私が帰るといつも聞いてきた。
『おかえり。学校は楽しかったかい?』
『うん……』
だれとも話さない私に、みんなが話しかけてくることはない。そんな毎日を過ごしていたから、夏休みに入って誰とも会わずにすんで、ホッとしたぐらいだ。
焼きイカに焼きトウモロコシ、金魚すくいにスーパーボールすくい、ヨーヨー釣りに射的……巾着袋をひとつさげ、屋台を見て回った私はふと、モーターの音が止んでいるのに気がついた。
石灯籠のなかでジジ……と音を立ててロウソクの炎が揺れる。気づけば静かになった神社の境内で、行き交う人も屋台にいる人も皆、動物のお面をつけている。
人々が無言のまま品物をやり取りして、四角い穴の開いた光るお金を支払っているのを見て、私は巾着袋の紐をあわててほどいた。
(私の持っているお金とちがう!)
やや子おばあちゃんにもらった、おこづかいは二千円。カキ氷を食べて暗闇で光るビーズを買い、金魚すくいをするつもりだった。
けれど千円札を差しだしても、鹿のお面をつけた屋台の人は、手を横に振って、受けとろうとしない。それなのに猿のお面をつけた男の人が、袂から紐を通した硬貨の束を取りだすと、美味しそうな臭いがする焼きトウモロコシの串を渡す。
「どうして売ってくれないの?」
食い下がっても何の返事もなかった。お祭りに来ている人たちの中で、私だけがお面をつけていない。
(お面……どこで売っているんだろう……買い物ができないのはそのせいかも!)
何も買えないなら帰ればよかったのに、私はお面を売っている店を探して、神社の境内を歩きだした。だってこのまま帰ったら、やや子おばあちゃんに聞かれるに決まっている。
『お祭りは楽しかったかい?』
買ったビーズや金魚を見せて、「楽しかったよ」と答えるつもりだったのに。そして空っぽだった水槽で、金魚を飼うつもりだった。
カラコロと下駄を鳴らして、急ぎ足でいくら歩いても、お面を売る店は見つからない。鼻緒に当たるところが擦れて赤くなり、じんじんと痛みだす。泣きそうな気分になったところで、私は狐のお面をつけた男の人がひとり、ひと筋の煙が立ち昇る煙管を手に、神社の社のそばにある岩に座っているのを見つけた。
白い狐の面には赤い筋が入り、金色に塗られた目は闇の中でも光っている。紺色の着物を着たその人に、私は思いきって話しかけた。
「あの、そのお面……どこで売ってるの?」
仮面を少し持ちあげ、手にした煙管の吸い口をくわえ、男はゆっくりと煙を吸いこんでから、コンと音を立てて火皿から灰を落とし、ふうと白い煙を口から吐いた。
「これは売り物じゃない」
お祭りに来て初めて聞いた声に、私は首をかしげた。
「でもみんな……動物のお面をつけているわ」
「……お前は人間だろう。なぜここにいる」
「お祭りだから。来ちゃいけなかった?」
やっぱりうちがもちゅうだからだろうか。けれど狐面の男は肩をすくめた。
「まあな。もう少し大人になりゃ、わきまえるだろうが。来てしまったものはしかたない」
「何か……買って帰りたいの。おばあちゃんが浴衣を着せてくれたんだもの。『楽しかったよ』って見せる物がほしいの」
「お前は楽しいのか?」
私は正直に答えた。
「今は、あんまり」
そこで初めて、男はククッと肩を揺らして笑った。
「だろうな」
私は来た方をふり向いた。境内は明るくたくさんの夜店があって、大勢の人がいるのに誰の声も聞こえない。
「なぜあなたしかしゃべらないの?」
「ちがう、聞こえないだけだ。俺はお前に声が届くように煙を吸ったからな。ここは『あわい』とも呼ばれる神域で、そもそも人間が来る場所じゃない。だがお前はここで願いを口にした。『楽しかった』と見せる物がほしい……だったか、俺が叶えてやろう」
着物の帯に煙管を挿し、すくっと立ちあがった男に私は目を丸くした。
「待って。ここでなら願いごとがかなうの?だったら何もいらないから、パパとママに会わせて!」
「それはさっき口にした願いと違うな」
腕組みをして首をかしげた狐面の男に、私は食ってかかった。
「だってさっきは知らなかったんだもの!」
「気をつけろ、あわいでは言霊が働く。うかつな願いを口にすれば、その代償は大きい」
そういってひょいっと私の体を抱きあげ、左腕に座らせるように抱えた男は歩きだした。白狐の面の向こうから、からかうような声が聞こえる。
「子どもは高いところが好きだろう。楽しいか?」
「ちっとも楽しくなんかない!」
文句を言っても男はククッと肩を揺らして、おかしそうに笑うだけだった。
続きます。