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君は僕の、座敷童  作者: 歩芽川ゆい
9/13

9:平安時代

過去編です。ここからシリアス&ホラー展開です。

ざっくりと平安時代を想定していますが、書き手が詳しくないので、「ふいんき」でお願いします。

 その昔、まだ、人間が日の出とともに起き、日の入りとともに休んでいたような、のんびりとした生活をしていた頃のはなし。


 京都の帝に使える貴族の中に、焔乃山家と杜若家があった。

 焔乃山家は正六位で、左右近衛府で警護の仕事についていた。

 杜若家は正七位下で雅楽寮に勤める者を何人も輩出してきた、楽人の家柄だった。さらに女性陣の見目も良く、歌詠みも美味かったので、宮中で女官にとりあげられていた。

 両家は偶然にも敷地が近かったので、職種が全く違うにも関わらず、交流があった。


 そんな中、焔乃山家の分家と杜若家、ともに同時期に子が生まれた。焔乃山の本家にはすでに跡取りがいたが、分家でも子は大切だ。この時代の子供は死亡率が高い。ひとりでも多くの子が必要だった。


 二人には他の者には見えないものが見えていた。それを互いの屋敷の者たちが気味悪がったので、それぞれ一人で外に出てひっそりと遊んでいたところで知り合った。

 

 杜若家の子ども、あやめは人見知りだったが、自分しか見えないものたちと遊ぶのが好きだった。

 ふよふよと飛んでいたり、道端を跳ねている彼らは、あやめが手を出すと寄って来たり、中には襲ってくるものもいたが、転ばされて泣く程度で大きな被害はなかった。

 あやめは一緒に遊んでくれるそれらといつも一緒だったが、大人や他の子どもには見えないので、気味が悪いと人間の友達はいなかった。


 そんなある日、あやめは道端で倒れているそれを見付けて、担ぎあげて運ぼうとしていた。だがそれはガリガリに痩せてはいるが、あやめより大きく、ちっとも持ち上がらない。

 腕をひっぱったり、それの腕を肩に担いで起こそうとしているが、うまくいかない。

 それが見えない周りの大人は「またおかしなことをしている」と見て見ぬふりをしていたが、そこに一人の子供が近づいてきた。


「どうしたの?」

「……川に運ぶの」


 あやめは話しかけてきた子供に、警戒しながら答えた。するとその子供はあやめが抱えている反対側のそれの手を掴んだ。


「ひっぱれるかな」


 よいしょ、と掛け声をかけて引っ張るので、あやめも一緒に引っ張った。痩せているからか、二人の子供の力でそれはずずず、と動いた。


 川はちいさな土手を降りればそこにある。子供の足でも歩けばすぐだ。

 二人はよいしょ、よいしょとそれを引きずって土手を降り始めた。下りなら力も少なくてすむ。1人で引っ張ろうとしていた苦労が嘘のように、すぐに川べりに到着した。


「ありがとう」


 あやめはにこりと笑って言うと、えい、とそれを川の中に落とした。


「えっ! 落としちゃうの!?」

「うん。水が必要だから」


 それでも大丈夫なのかと焦った子供だが、ざぱんとそれが立ち上がったのに目を見開いた。


「ああ、生き返った! ありがとう、ぼっちゃん」

「倒れてるの、3回目だよ。もう干からびないでね」

「へい、気を付けます。おや、今日はお友達もいたんですか」

「うん、一緒に運んでくれたんだよ」

「そうでしたか、そちらのぼっちゃんもありがとう。今度うまいきゅうりを持ってきますからね」

「いらな~い」


 あやめのその答えにははは、と笑いながら、それはそのまま川に浮かんで流れて行った。

 手を振ってそれを見送っているあやめに、開いた口が塞がらない子供がその顔をみた。


「あれはなに?」

「河童だって。頭が乾くと干からびちゃうのに、よく土手の上に上がってくるの。手拭いがあればそれを濡らして頭に乗せるんだけど、きょうは手拭いがなくて」

「河童……あれが」

「うん」

「きゅうりっていうのは?」

「河童の好きな食べ物なんだって。一度貰ったけどおいしくなかった」

「そうなんだ」


 それが焔乃山家の分家の子供、秀麿との出会いだった。


 秀麿も人ならざるものが見えていた。家の庭でそれらに話しかける秀麿を、使用人たちが気味悪がるので、秀麿も一人で外で遊んでいたのだが、あやめとは外に出る時間が違っていたので、これが初めての接触だった。


 その後木陰で話をした二人はすっかり仲良くなり、次の日から時間を合わせて一緒に遊ぶようになった。

 

 今までと同じように、他人には見えないものを追いかけたりして遊んでいるのだが、一人から二人になった事で、周りは子供たち二人が仲良く遊んでいるのだと思い、暖かく見守ってくれるようになった。


 焔乃山家の本家は宮城内の警護だったが、その分家である秀麿の家は、それの下級官人だった。分家なので本家の手伝いに呼ばれることも多く、秀麿はそれで本家に連れてこられていた。

 この秀麿が、庭で一人で何かと喋っているという報告を受けた本家の当主は、もしかしたらと知り合いの陰陽師と秀麿を引き合わせた。すると秀麿が『妖』を見る能力があることが

判明した。

 当主は喜んだ。陰陽師自体の身分はさほど高くない―自分よりも低い―が、妖を見ることができ、それらを払う事が出来れば、帝に直に重用される可能性も出てくる。そうすれば上級貴族への出世も夢ではない。

 万一うまくいかなくても、相手は分家の子供だ。自分の評判が落ちることはない。自分の息子はすでにいるから、跡取りにする必要もない。

 そこで、当主は分家から秀麿をもらい受けることにした。そうして秀麿は、本家で暮らしながら陰陽師の弟子となることになった。


 それが秀麿、5歳の事だった。


 弟子とはいっても最初は師匠の身の回りの世話だったが、師匠の式神も見え、会話もできる秀麿に、師匠は興味半分で術を教えてみた。

 清めた半紙に自分の気を吹き込んで、簡単な式神にする。簡単そうに見えるが普通はすぐに出来るものではないそれを、秀麿は3回ほど試しただけで成功させた。

 これは見込みがある、と師匠は簡単な、身を守る術を教えてみた。呪文を覚えるのに1日、動作を覚えるのに1日、両方を合わせるのに2日かけ、術を発動させると、これも1日で出来るようになった。

 師匠も唸るほどの才能を見せつけた秀麿だが、過ぎる技は体に負担をかける。師匠はそれ以上は今は教えるつもりはなく、基本的な暦や天文などを少しずつ教えることにした。


 子供ゆえ毎日師匠の元に行くことはない。空いている日は、秀麿はあやめと遊んでいた。そうして自分の教わった事をあやめにも教えたのだ。するとあやめも、簡単に式神を飛ばすことができたのだ。

 

 秀麿は喜々として、師匠に報告した。僕の友達も、妖が見えるんです。だから師匠に教わった事を教えたら、あの子も出来ました、師匠、あの事二人で一緒に学びたいです。

 驚いたのは子供の師匠だ。簡単な初級の術とは言え、陰陽師としての才能がなければ出来ないものを、使えてしまったというのだ。師匠は秀麿に杜若の子供を連れてくるように言い、実際に会って確かめれば、その子は秀麿と同等、もしくはそれ以上の才能を持っていることが判明した。その報告に本家当主も驚愕した。


 その報告を受けた杜若家は喜んだ。雅楽寮と陰陽寮は、身分的にはあまり変わらないが、両方とも実力次第で上級貴族の目に留まることもある。そうすれば出世も夢ではない。

 そして焔乃山の本家が一緒に修行をさせないか、という誘いをしてくれたのに感謝し、二人の子供は少しずつ修行を始めたのだった。


 そんなある日、いつものように修行を終え、二人で手をつないで走って帰ってきた子供たちを呼び寄せて、焔乃山家の当主は言った。


「ひと月ばかりかかるのだが、二人に少し特殊な修行をしてもらいたい」と。


 本来は一人だけで行う修行だが、お前たちは仲が良いから、特別に二人で受けさせてやろうとも。


 二人は喜んだ。修行は楽しい。他の人に見えないものが見え、それと話をしたり、友達になる事も出来た。師匠が術を使うと、手から炎が出たり。まだ年が若いから、と週に二日程度しか修行させてもらえなかったのもあり、毎日修行できるという事に純粋に喜んだ。


 焔乃山家で行われるというその修行に、近くなら子供の様子も見られるだろうと杜若家も喜んで許可をした。そうして簡単な支度を済ませ、杜若の子供が焔乃山家の門をくぐった。


「よく来たね。これからひと月、つらい修行になると思うけど、頑張れるかい?」


 焔乃山家の当主がにこやかに話しかける。杜若家の子供、文目は、緊張しながらも元気よく、はい! と答えた。そうして友達はどこだろうとキョロキョロと見回す文目の手を引いて、当主は屋敷の奥に連れて行った。


 広い屋敷の長い長い廊下を進み、いくつもの扉をくぐる。するととても広い広間に着いたのだ。


 そこは窓がなく、入ってきた襖以外には出入り口もなかった。何よりあまりに広いその部屋は、部屋の途中から明かりが届かず、反対側が真っ暗で見えないほどだ。

 文目はその広さと暗さに本能的におびえ、当主の手にギュッと抱き着いた。その文目に当主は、ここで修行をするんだよ。と優しく語りかけた。広くないと危ないからね。ここでならどんな修行をしても大丈夫なんだよ、と。


 そしてパタパタと複数の足音が聞こえたかと思うと、秀麿が本当の父親に連れられて入ってきた。当主と父親は互いに頷きあうと、当主は文目の手を放して、その背に手を添えて、言った。


「少し中に入ってごらん。大丈夫、怖くないから。まずは君から。あとから秀麿も行くからね」


 文目は不安そうな顔をしながらも頷き、背中を押されて一歩一歩、中に進んでいった。

 十歩ほど歩いて振り返る。もう少し頑張ってごらん、と言われて再び歩き出す。一歩二歩……。

 常人には見えないものが見える文目だが、この部屋には何もいないのが、怖かった。この部屋に入るまでは、小さいモノが少なからずいたのだ。動物の形や小さな小さな人の形のモノ、大きさや形を自由に変えるモノたちが。


 焔乃山の家にはなぜか小さいモノしかいないが、街中などには大きいモノもたくさんいる。文目と秀麿の視界は、日常的にそういうモノが見えているので、この何もいない空間は逆にとても怖かった。

 両手を胸の前で握りしめながら、もっともっとと言われ、恐る恐る中に入る。そうして三人と文目の間に4丈(12m)ほどの空間ができた、その時。


 ガシャン!!!  という大きな音と共に、どこにあったのか、上から柵が落ちてきて、空間を分けてしまった。


 文目は慌てて戻ろうと柵に駆け寄った。だがどこからも出られる隙間も、入り口らしき物もない。これではまるで、檻だ。

 文目は両手で柵を握り、助けを求めた。同時に秀麿が父親の手を振りほどき、文目のもとに駆け寄る。だが、井から床まで隙間のない檻にはやはり入り口は見つからない。秀麿が当主を振り返ると同時に、当主が言った。


「杜若の子供よ。お前にはここでひと月の間、暮らしてもらう。せいぜい死なないように生き延びるのだ。ひと月したらここから出してやるから」

「当主さま! どういうことですか! 僕と文目と、一緒に修行するのではないのですか!」

「秀麿、これが修行だ。本来はそいつ一人で生き延びなければならないのだが、杜若家との縁もあるからな、お前もここにいることを許可してやる。あの子を死なせないように、お前も頑張れ。あの子を死なせずに済めば、一月後、お前ももっと強い呪文を使えるようになるだろうさ」


 二人はわけもわからず、ただ檻から手を出し合って互いの手を握るしかなかった。そうして、当主と父親は、笑いながら部屋をでていってしまったのだった。


 残された二人は、檻越しの手をつないだまま、そこにしゃがみ込んだ。


「秀麿くん、ぼく、怖いよう!」

「うん……。それにここ、なんか変だね。こんな所がこの家にあったなんて、僕も今初めて知ったんだ……。何とか出口を探そうよ。きっと、出られるはずだから」

「うん……」


 文目は震えながらも、ゆっくりと立ち上がった。


「じゃあ、僕は檻のこっちを見てくるから、文目は反対を見てきて」

「うん、わかった……」


 二人は部屋の右と左に分かれて、どこからか出られないかを探し始めた。部屋の中だというのに、その幅はとても広く、文目も秀麿も怖くなって途中で戻ってきてしまったほどだ。

 更に柵の間隔は狭く、五歳の子供でもすきまから出ることはできない。壁との接地面もぴったりとくっついていて、出られるような隙間はなかった。泣きながら怖いようと言う文目の手を握るしか、幼い秀麿にはできなかった。そうして。


 文目の居る空間の天井が、光ったかと思うと、音もなく割れた。


 それは空間が“割れた”としか、表現のしようがなかった。天井付近がいきなり開き、そうして、何かが大量に文目の居る空間にドサドサと「落ちてきた」。


 文目は檻に体を押し付け、秀麿は必死に文目の体にその小さな手を回して守ろうとした。


 長い時間に感じたが、実際は短い時間のうちの出来事だった。ドサドサ、ズゾゾゾと音ならぬ音と共に、大量にソレが落ち切ると同時に、空間が閉じた。


 ギュッと強く瞑っていた目を、恐る恐る開いた二人の目に映ったのは、有象無象の妖だった。


 いくら妖を見慣れている二人でも、その数と大きさに恐れおののいた。彼らもいきなり放たれたこの場に困惑しているようだ。文目は震えあがり、声も出せずに檻にしがみつく。秀麿も手の届く限り、文目を抱きしめた。


 その時、襖が開いた。助けが来た、二人ともそう思って、秀麿は文目から手を離し、当主のもとに駆け寄った。


「当主さま! 妖が上から降ってきました!!」

「ふむ、成功したか」


 当主は秀麿を無視して、満足そうな笑みを浮かべている。横には先ほど一緒に来た父と、見知らぬ術者姿の男がいた。


「当主さま!」

「秀麿、お前には見えているんだろう? あの中の妖が」

「はい、大きいのから小さいのまで……、あんなにたくさん!」

「そうか」


 当主は満足そうに秀麿の頭をポンポンと触り、檻の方に歩いて行った。秀麿は安心した。これで文目があそこから出られる、と。しかし柵の前までたどり着いた当主は、中の文目に言ったのだ。


「お前はこの中でひと月を過ごすのだ。奴らに殺されずに生き延びたら、約束通り、ひと月後にここから出してやる」

「いややああ! 出してええぇぇぇ!」

「食事は届けてやる。頑張るんだな」

「当主さま! 文目をだして!」

「お前はここからコイツを助けてやれ。食事もお前が運ぶのだ」

「あんな、あんな大きなのに来られたら、文目しんじゃうよ!! 出してあげて!! お願い!!」

「だから、それからお前が守ってやれと言っている。できないなら、アイツは死ぬだけだ」

「無理です! 出してあげて! 当主さま、出してあげて!」

「俺のいう事が効けないなら、お前もこの部屋には入れない。アイツが一人で死ぬだけだ」

「当主さま……!?」


 当主は冷たい目で、ニヤリと笑いながら二人に宣言した。


「これが二人の修行だ。乗り越えられなければ、杜若の子供は死ぬだけだ」


 そうして、その後ろから、術者も言い添えた。


「妖はあの柵で仕切られた空間からは出られない。こちら側は安全だよ」

「そんな……! だって、文目はあっちに……!」

「だから、あっちで妖がなにをしても、君は安全だ。私が保証する」

「でも、文目が……、だって文目が……!!」

「だから。あの子は、その中で生き延びればいいのだ」


 しがみつく秀麿に、イライラしながら術者は吐き捨てた。当主がいなければ秀麿も振り払っているところだ。秀麿はどうしていいかわからず、それでも術者にしがみつき、何とか文目を出してもらおうとしていると、ガチャン! ゴトン! という大きな音がして、文目が悲鳴を上げた。


「文目!」

「怖いよぅ!! 出してぇぇえ!」


 必死に檻にしがみつく文目、小さな妖——それでも幼い二人と同じくらいの大きさの——が逃げ出そうと檻にぶつかってくる。反応しているのは秀麿と術者と文目だけ。当主と父には音さえ聞こえていないようだ。


「当主さま!! 文目を出して!!」


 当主にしがみついた秀麿を、当主は事も無げに放り投げ、答えた。


「お前も分からない子供だな。これは修行なのだ。ひと月すれば出られる。お前もここにいるのが嫌ならいなくて構わない。おい、戻るぞ」


 そうして、二人をその場に残して、大人三人は襖をあけて出て行ってしまった。

 その間もガン! ガチャン! と音は鳴り響き、大小の妖が檻にぶつかってくる。もちろん文目にもぶつかっている。秀麿は慌てて、文目を守ろうと柵に手を突っ込んだ。


「秀麿くん、怖いよぅ!! 怖いよう!!」

「しっ、文目、大きな声を出さないで! 奴らに見つかる!!」


 妖たちは突然放り込まれた部屋に、理解できずに飛び回っているようだ。檻だけでなく、壁や天井にもぶつかっている。その音がひっきりなしに聞こえてくる。文目は声を押し殺して泣きながら、柵と秀麿にしがみついた。


「怖いよう、怖いよう……!」

「あやめ、あやめ……!」


 二人は震えながら、なす術なく、できるだけ体を小さくして檻にしがみついていた。どれだけ時間が経っただろう、壁や檻への激突が減ってきた、と思っていると。


 ギィヤァァァァァアアアア!


 言葉にできない音が聞こえてきた。二人は反射的に音の方を見て、驚愕した。


「妖が、妖を……」

「……食べてる!」


 大きな妖が手近な妖を鷲掴みにして、頭から喰っていた。それを機に、あちらでもこちらでも、共食いが始まった。小さく弱い妖は逃げまどい、文目や檻、壁天井にぶつかる。それを追って大きな強い妖が空間を飛び回る。数え切れないほどの彼らは、部屋の端が見えないほど狭くて広い空間の中で、殺戮を始めたのだ。


 秀麿は咄嗟に先日習ったばかりの守護結界の呪文を唱えた。自分の身を妖から見えにくくして守るだけの、触れている範囲しか効果のない初級の呪文だが、自分の手が届く範囲なら守れる。秀麿は必死に唱えた。その呪文を聞いて文目も一緒に唱え始めた。弱い結界だが、二人で抱き合って唱えれば、妖から文目がさらに見えにくくなるはずだ。二人は泣きながら震えながら、呪文を唱え続けた。


 どれだけ時間が経っただろう。少しだけ空間が静かになった。大方の強い妖は弱い妖を食べたことで満足し、部屋のどこかで休んでいるようだ。逃げ延びた弱い妖たちは静かに部屋の隅にでも隠れているのだろう。小競り合いは続いているようだが、先ほどまでのような阿鼻叫喚は収まったようだ。


「文目、文目、大丈夫?」

「うん……。うええん……」

「しっ、泣かないで! 奴らに気付かれる!」

「だって、だって、怖いよう怖いよう!」

「僕が守るから! 絶対、僕が文目を守るから!」

「秀麿くん……!」


 小声で会話しながら、秀麿は文目の泣きぬれたその頬を、手で拭ってやる。そうしながらも秀麿の目からも涙が流れてくる。


 父親も当主もダメだ、助けてはくれない。なんでこんな事をするのかは分からないが、自分を中に入れたのではなく、文目を中に入れたことに悪意を感じる。

 今も逃げ回る小さな妖怪が時折文目にぶつかってくる。呪文の効果で文目が壁にしか見えないだろうから、ただぶつかられるだけで済んでいるが、これが強い妖なら、こんな初級の呪文では効果がない。


 秀麿は決意した。今のうち。妖たちが少しだけ落ち着いている今のうちに、師匠に助けを求めようと。秀麿はグイと自分の涙を拭って、文目に話しかけた。


「文目、僕、師匠のところに行ってくる! お師匠様ならきっと、何とかしてくれる!」

「いやだ、行かないで! ぼくを一人にしないで!」

「文目、今なら妖たちも落ち着いているから大丈夫。呪文を唱えていて? すぐに戻るから。お師匠様と一緒にすぐに戻るから!」

「秀麿くん……。いかないで……」


 再び泣き出す文目の頬を拭いながら、秀麿は立ち上がった。


「すぐに戻ってくる。今行かなかったら、次に妖が暴れ出したら文目がけがをしちゃう。だから、行ってくるから!」

「……分かった。早く、戻ってきてね……!」

「うん!」


 文目の硬直したように開かない手を、そっと自分の服から離させて、秀麿はもう一度文目の涙を拭って、くるりと向きを変えて駆けだした。そのまま後ろを振り向かずに部屋を駆け出る。


 秀麿は泣きながら走った。この部屋の場所は初めて来たし道順も完全には覚えていなかったが、覚えている限り道順通りに走った。何としても外に出るのだと思いながらバタバタと走り回っていると、いきなり庭に面した廊下に飛び出た。周りにいた使用人の驚いた顔が目に入る。


「坊ちゃま!? ど、どこから出てきたんですか!?」

「お師匠様の所へ行ってきます!」


 使用人の質問には答えず、秀麿は裸足のまま、庭を駆け抜けた。父親に見つかって止められたら文目を助けられない! 秀麿は必死に道を走り続け、師匠の家に飛び込んだ。


 文目があの家に呼ばれたのは、昼ご飯を終えた後だった。だが今、走り抜けている風景は、すでに日が傾き始めていた。


 師匠の家の門には、師匠の式神たちが立っている。普段は彼らに取り次ぎを頼むのだが、今はそんな時間もなく、彼らを振り切って飛び込み、師匠の居るであろう部屋を目指した。 当然式神は秀麿を止めようとし、師匠にも連絡をする。庭でバタバタと暴れていると、師匠が出てきてくれた。


「……なんだ焔乃山の。……おい! 何があった!」


 さすがに師匠は秀麿にまとわり付いている妖の気に気が付いた。尋常でないその気に、縁側から飛び降りて秀麿の前に来てくれた。


「当主さまが、文目を部屋に閉じ込めて! そこに妖がいっぱい出てきて! みんなで殺し合いを……! お師匠さま! 文目を助けて! あそこから出してください!!」

「……詳しく話しなさい」


 秀麿は泣きながら今までの出来事を話した。5歳の子供のいう事だから、順番も滅茶苦茶だし語彙も少ないが、それでも師匠は状況を理解してくれたようだ。そうしてとても怖い顔で腕を組んで、言った。


「何という事を……! あれはただでさえ禁術なのに、それにまさか妖を使うとは……!」

「お師匠さま! お願い! 文目を助けてください!」


 秀麿が師匠にしがみつけば、師匠は頭をなでながらも、首を横に振った。


「残念だが術が始まってしまった以上、術が完成するまで文目はそこから出られない」

「どうしてですか!!!」

「今その檻を開けてしまったら、中の妖が一斉に出てくる。閉じ込められた怒りで、文目や焔乃山の家の者が全員殺されるだけでは済まない。この都が全滅してしまうだろう」

「そんな! でも陰陽師様なら、何とか出来るでしょう!?」

「いや、陰陽師たちが束になっても、たぶん無理だ。帝を救えるかどうかも分からない。こうなった以上は仕方がない。文目がひと月、なんとか生き延びるしかない」

「お師匠様……!」

「緊急事態だ、本来はもっと後に教えるつもりだったが、次の守護呪文を教える。それしか文目を守ってやる手がない。いいね?」


 師匠でも文目をあの空間から出せないという。駄々をこねても時間が過ぎるだけだ。ならば仕方がない。秀麿は師匠から離れて、涙を拭って頷いた。師匠は厳しい顔でうなずき、式神たちと共に秀麿を部屋に呼び、そうして呪文を教え始めた。




 文目は広い空間で、できるだけ身を小さくして檻に背を預け、呪文を唱え続けた。自分の目の前に来た小さい小さい妖が、それより大きな妖に捕まり、目の前で食べられる。怖くておかしくなりそうだったが、呪文を中断したら次は自分がそうなってしまう、と必死に呪文を唱え続けた。中にはそんな文目をじっと見て、ニヤリと笑いかけて去っていく妖もいた。文目は必死に、秀麿が戻ってくる、戻ってきてくれる、それまで頑張るんだ、と自分に言い聞かせて、精神をつなぎとめていた。


 それでもまだ五歳の子供に、体力も精神力も使う呪文を長時間唱え続けるのは無理があった。ただでさえ恐怖で体力が減っている。今まさに自分の目の前で口を大きく開け、ギザギザの歯を見せつける大きな妖を前に、気を失う寸前だった。

 もうだめ……と意識を失いかけた時、後ろから小さな手が文目を抱きとめた。さらにうしろから呪文がつぶやかれると、文目の目前にいる妖が不思議そうな顔をしながら、離れていった。


「文目、ただいま、遅くなってごめん」

「秀麿くん……!」


 呪文の合間に小さな声がした。秀麿が戻ってきていたのだ。


「文目、お師匠様は来れないけど、僕が新しい守護術を教わってきた。僕が唱えているから、文目は少し寝ていていいよ」

「でも……」

「起きたら呪文教えるから。ね、少し寝て?」

「うん……」


 体力の限界だった文目は、そのまますぐに気絶するように寝入ってしまった。


 間に合った。秀麿は新しい呪文を唱えながらホッと息を吐いた。

 新しい術を覚える時は、本来なら呪文だけ、動作だけ、そしてその両方、と日を置いて習得するものだったが、今回は緊急事態だからと師匠が一気に教えてくれた。そうして秀麿も必死に覚えた。もともとの能力の高さもあり、秀麿はすぐに術を習得し、発動も出来た。そうして、急いで戻ってきたのだ。


 裸足で家から師匠の家まで行ったから、秀麿の足の裏は擦りけて血だらけだった。それにも構わず術を覚え、急いで戻ろうとすると師匠の指示で式神が治療をして、さらに家の門まで飛んで連れてきてくれた。夕焼けが始まっていた空は、今はもうすっかり星空に代わっていて、月も天高く昇っていた。借りた草履はすぐに脱いでしまったけれど、屋敷の迷路のような道順をたどり、文目の居る空間に戻ったのは、丑三つ時に近い時間だった。


 そんな短い時間でふつうは術など覚えられないし、発動もしない。それだけ秀麿も必死だったのだ。力の抜けた文目の体を柵の間から手を入れて抱き留め、腰を下ろして足も差し込んで、捕まえる。そうして術を唱え続け。


 昼以来、食事もせず、走り回り術を学び。秀麿も疲れ果てていた。それでも文目を守る為に、秀麿は必死に術を唱え続けた。


お読みいただきありがとうございます。時代に関して、お詳しい方、ツッコミを頂けると幸いです。出来うる範囲で対応したいと思います。

ここからのあやめはかわいそう街道まっしぐらです。


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