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君は僕の、座敷童  作者: 歩芽川ゆい
8/13

8:夜が明けて

秀麿君の出会い篇はこれで終わりです。


 ドタバタドタバタ!


 と廊下を走る重い音がして、ガラリ! と障子が開けられた。一気に眩しい光が秀麿を襲い、ううんと秀麿は呻いた。いつもなら飛び起きるところだが、今日は眠くてようやく覚醒しただけだ。


「おい! 起きろ秀麿! どうだった! ヤツは出たのか! おい!!」


 それでも眠い目をこすりこすり何とか開けてみれば、


「どわわわわ!!」


 目の前に当主のドアップがあって、秀麿は思わず手足を器用に使って後ずさり、ぬいぐるみの山に激突した。


「おい! 会ったのか! あいつに!!」


 当主は血走った目で、鼻を膨らませながら、秀麿ににじり寄る!

 うへえ、こええ! その汚い顔を近づけるなーーー! と内心叫びながら、何とか枕元を指さしながら答えた。


「会いましたよ、それ、貰いましたよ!」

「会ったのか!! 何を貰ったって……。おおお!!!」

「それを、あやめに、貰いました」


 当主は秀麿から離れて、枕元に近寄り、ありがたそうにその草履を両手で持ち上げていたが、秀麿のそのセリフで固まった。


「……今、なんて言った……?」

「それをあやめに貰いました」

「おおおおお……!!」


 さらに固まっている当主。騒ぎを聞きつけて両親がやってきた。


「どうしたんです。……秀麿、それは?」

「座敷童から貰った」

「出たのか!」

「出たよ。もうガッツリ出たよ」


 秀麿は思いついて、昨日のスマホ写真を確認する。

 写っている写っている。大量のオーブにでかいオーブ。そしてぬいぐるみの山を取った写真には、いまの今まで見直さなかったから気が付かなかったが、3匹の大きなぬいぐるみを抱えている、にっかり笑ったあやめの姿まで。


「これ。最後の写真に座敷童も写っているよ」


 秀麿はそれを父親に見せた。なんだと! と両親と当主がスマホに群がる。オーブの写真に歓声をあげた3人だが、最後の写真には黙り込んだ。どうしたのだろうと秀麿が見れば


「どれが座敷童なんだ? ぬいぐるみしかいないじゃないか」

「いるよ、その大きなキツネとトラと鳥を抱えるようにして」

「そんなぬいぐるみもいないし、座敷童もいないぞ!」


 当主がスマホを突き付ける。いや、いるじゃないか。得意そうな顔をして笑っているあやめが。


「これだよ。ここにキツネとトラと鳥、で、これが……」

「秀麿さん、お母さんにはそのキツネとかが見えないわ。もちろん座敷童も。小さいぬいぐるみと、普通のぬいぐるみがいるだけにしか見えないわよ。今そこにあるのと同じね」

「……」


 なるほど、それらは秀麿にしか見えないらしい。あやめのいたずらか、もしくは何らかの能力の違いか。


「俺には見えているんだけどな。みんなには見えないのか」

「ま、まあいいさ、これだけオーブ写真があれば、また座敷童目当ての客も増えるだろう! 草履もあるしな! よくやった、秀麿! 朝食にもう1品付けてやる!」


 秀麿は要らねえよ別に、朝からそんなに食えねえよと思ったが、賢明にも何も言わなかった。興奮状態の当主は、秀麿のスマホから写真を自分のアドレスに送らせると、プリントしてくる! と叫んでそのまま部屋からドタドタと出て行った。まったく、朝っぱらから煩いことだ。秀麿がため息をつくと、母親が言った。


「本当に、座敷童に逢ったの?」

「うん」

「何時ごろ?」

「夕飯が終わったあと。庭で探し物したり、いろいろ遊んだ」


 父親と母親は顔を見合わせた。


「……お母さんたちもごはん食べたらいつの間にか寝ちゃっていたけど、物音なんてしなかったわよ?」

「あの写真と一緒で、アイツが何かやったんだろう。俺たちは、結構騒ぎながら遊んでいたんだから」


 秀麿は面倒くさそうにそう言うと、よいしょと起き上がった。あのあやめの写った写真はあとでスマホの壁紙にしよう。あれはかわいく撮れているから、飾っておきたい。他人に見えないなら、なおさら好都合だ。

 秀麿は無言で帰り支度を始めた。予定では朝食を終えたら、すぐに帰るのだ。両親も、じゃあ朝食食べたら出るわよ、と言って部屋に戻っていった。


 服を着替えて、洗面を終えて部屋に戻れば、ちょうど朝食の準備をしてくれている所だった。秀麿は杜若さんに話しかけた。


「おはようございます。昨晩あやめに会いました」

「おはようございます。ええ、聞きましたよ。嬉しそうに報告してくれました」

「本当にいたんですね。座敷童」

「いますよ。文目は」

「ずっと、この屋敷にいたんですか」

「ええ。ずっと」


 杜若さんが穏やかにほほ笑む。あやめに会った今、昨日メンヘラとか電波とか思ってごめんなさい、と秀麿は心の中で謝罪した。


「あの、あやめに言い忘れた事があるんですが、伝言お願いできますか?」

「なんでしょう?」

「もう、俺の記憶を消すな、と。前回の記憶は封じられていたので。今回は嫌だと伝えてもらえませんか」


 杜若さんは吃驚した顔をして、そして破顔した。


「ええ、お伝えしましょう。ふふ、きっと喜びますよ」

「そうかな……」


 杜若さんは、次は両親の部屋に、と支度を終えると出て行った。秀麿は静かに食事を頂き始めた。京都風の薄味はとても美味しい。秀麿はふと思いついて、宙に向かって話しかけてみた。


「あやめ、一緒に食べないか?」

「ええの?」

「ってうわああああああ! びっくりした吃驚した!!!」


 いきなり横にあやめがいて、秀麿は思わず箸を落としてワタワタと暴れる。


「おっまえなあ! 湧くときにはひと声かけろって、言っただろうが!」


 ドキドキとうるさい胸を押さえながら、秀麿は言った。


「だから甲虫やないとあれほど……。ちゃんとひと声掛けたやん、ええの? って」

「そのあと、俺が返事してから出てきてくれ! 心臓に悪いわ!」

「ふうん。気ぃ付けるわ。取り敢えずそのミカン、ちょうだい」


 デザートの、半分に切られたミカンを指さす。秀麿は皿ごと文目に差し出してやると、嬉しそうにかぶりついた。


「ミカン、好きなのか?」

「うん、果物と漬物は大好物や」

「漬物? ならこれもやるよ」

「って梅干しやないかーい! 貰うし好き」

「貰うのかよ……!」


 文目は梅干しを、酸っぱいと言いながらもちびちびと食べて喜んでいた。味噌汁も欲しいというので少し分けた。秀麿はこんなふうに人と分けて食べるのは初めてだったが、楽しいものだなと思った。

 そしてふと、先ほど自分が大声を上げたのに、両親が何も言ってこないのはおかしいな、と思った。


「ああ、僕がいる時は結界張ってるさかい、声やら外に漏れへんで」

「それでか……! ってお前、俺の心を読んだのかよ!?」

「そんな”さとり”みたいな事するかい。君の顔に書いてあっただけや」


 そんな分かりやすそうな顔していたかな、と秀麿は顔を両手で撫でた。


「さとり?」

「心を読む妖に、そういうのがいるんや。心の中で考えたことがぜーんぶ筒抜けになる。こわーい妖や」

「へえ、他には?」

「会いたくないナンバーワンなら、ふすまかな。上空に住んでて、飛行機ごと人を喰う」

「やめろよ、飛行機乗れなくなるじゃねえか……」

「ま、実際はムササビや言われてるけどなー」

「おい!」

「そんなもんやで、妖と言われているモノの実態なんて」

「なら、お前は? 本当にお前にあった人は、幸福とやらになれるのか?」


 その秀麿の質問に、あやめは真顔で、秀麿の目を見つめた。


「あんな。例えば、この旅館の最盛期は、1日12部屋全部に客が来とった。一部屋に2人としても24人や。それが、毎日。例えほんまもんの座敷童がおったとして、それだけの人数に幸福を与える事なんてできる思うか? しかも一人一人の幸福はちゃうんやで? 全員宝くじに当たるやらならあり得るかもやけど、ほんでも毎日12人高額当選するわけあらへんやろ」

「……確かに」

「幸福になれるかは、その人の気持ち次第や。全てにおいてネガティブな人間のもとには、幸福が来ても気ぃ付かへん。そやけど、座敷童に会うた、音を聞いた、ってことで前向きになれたら。何らかの幸運見つかるんやあらへんか?」

「そうか。例えば受験生がお前に会って、合格すればそれが幸運、なわけだ。油断して勉強しなきゃ別だけど、お前に会えた、って事で勉強意欲もわく、その結果、どこかは受かると」

「そんな感じや。ま、俺に会うたって、幸福なんてそうそう与えへんけどな~~」


 そういってあやめはキャハハと笑ながら、部屋を出て行こうとした。秀麿は慌てて呼び止める。


「ちょっと待ってくれ、あやめ!」

「なんや?」

「……また、会えるよな?」


 文目はきょとんとして、やがて、破顔した。


「もちろん!」

「そっか。あ、あと、俺の記憶、消すなよ!」

「オカンから聞いた。消さんよ。もうその必要がない。ほなな~」


 文目は軽やかに手を振って、部屋を出て行ってしまった。パタパタパタ、子供の軽い足音が廊下に響く。と同時に、隣の部屋の障子がガラリと開けられた。


「なに? 今の音! ウチの他にお客さんなんていないわよね! もしかして、座敷童!?」

「出たのか!」


 同時に両親の興奮した声が聞こえたと思ったら、ドタドタと二人が秀麿のいる部屋に入ってきた。


「ちょっと今の足音聞いた!? あれが座敷童!?」

「お前も聞いたよな! な!」

「聞いたっていうか……。今までここにいたから」

「「はあ???」」

「これ、食べてった」


 種だけになった梅干しと、皮だけのミカンを指し示せば、二人はあんぐりと口を開けていた。



**


 その後はバタバタと慌ただしくチェックアウトの準備をした。混むだろうからと早め時間の、10時の新幹線を予約しているのだ。早く出なくてはいけない。当主は少しだけ顔を出し、いい写真を貰ったとニヤリと笑って、またこいよ、と言って奥に消えていった。購入したお土産の会計は杜若さんがやってくれた。全ての業務を行っているようだ。万能な人だなあと秀麿は思い、お世話になりましたと挨拶をして、両親ともども、旅館を出た。


 文目は出てこないのかな、とキョロキョロと見回したがどこにもいなかった。

 だが玄関先に来てくれたタクシーに乗り、最後に屋敷を振り向けば、あやめとその後ろに3匹の妖が並び、あやめが両手を大きく振っていた。秀麿もそっと手を振り返し、その姿が見えなくなるまで見続けた。



 駅に着いたら着いたで、ひと騒動あった。父親が事前に受け取っていた帰りの新幹線の切符が、12時のものだったのだ。そんなはずはない、10時で指定席を予約した、往復発券した時はちゃんと10時だったと言っても、何度確認しても12時の切符だし、ゴールデンウイークの余波で電車は激混みだし、今から変えるなんて不可能だ。仕方がなく時間まで土産物でも買おうと、各自12時半に集合だけ決めて、散っていった。


 秀麿は土産物屋を冷やかし、あのキツネや、トラ、鳥に似た妖怪の小さなぬいぐるみのキーホルダーを見つけた。しっぽも3つじゃないし、色も全員違うし、トラに至っては形も違うが、似ているだけでいいのだ。普段は買わないものだが、偶にはいいだろう。今度文目に会ったら見せてやろう。渡してもいい。

 秀麿はクスリと笑って、それを購入した。そのあとも、あちこちぶらぶらと見て回り、金平糖やら八つ橋やら買い回り、見つけた本屋であれこれ見ているうちに時間となった。駅の待ち合わせ場所に行けば、すぐに両親も合流した。


 そして今度こそ時間だと切符を分ける段階になって、またもや問題が起きた。


「指定席が2枚で1枚は自由席……? そんなバカな……!」


 秀麿は面倒になって、父親の手からさっさと自由席の切符をもぎ取って、さっさと改札に向かった。両親が慌てて付いてくる。


「何だか知らないけどさ、俺は自由席でいいよ。どうせすぐだろう? 向こうの駅に着いたら改札出た所で待ち合わせでいいよね」


 秀麿は一方的に話を進めて、一人自由席の方に歩いて行った。

 まったく、幸運を呼ぶ座敷童? 悪戯しかしないじゃないか! どうせこれもアイツのいたずらなのだ。きっと今頃、あの屋敷でニヤニヤしているに違いない。焔乃山は一つため息をついて、長い列の後ろに並んだ。


 電車が到着し乗客が乗り込む。座席はまだ空いているようだったが、秀麿はデッキ部分に立っていることにした。これから小さい子供も乗ってくるだろう。席を開けておいてやった方が良い。


 やがて電車が動き出す。さすがにデッキまでは客も来ない。秀麿は邪魔にならない所に背中を持たれかけ、ボストンバッグを肩から下ろして、ペットボトルを取り出しあおった。ふう、と一息ついていると。


「ぼくにもくれん?」

「いいよ。……っておい!」


 目の前には、あやめがいた。しかも、トラな野球帽に、キツネのイラストが入ったグレーのトレーナー、背中に鷲の絵の入った黒いジャケットを羽織り、下は青いGパンに運動靴。肩に新幹線の形のリュックを掛けている。どう見ても普通の5歳児だ。顔の縁取りも、手の文様もない。秀麿は思わずしゃがみ込んだ。


「おいおい……。あ、お前だろ、切符の時間変えたり、1枚だけ自由席にいたのは!」

「大当たり~~v」


パチパチパチ、と手を叩いて見せるあやめ。このいたずら小僧め!と秀麿は睨んだ。


「お前、あの家を離れていいのかよ!」


 小声で言いながら、ペットボトルを渡してやれば、あやめはうまそうに二口飲んで、秀麿に返した。


「座敷童は家や人に憑いているっちゅうたやろ。本来、一か所にずっといっしょにおる必要はあらへんのやで」


 ニィーーーとあやめが笑った。秀麿はいや~な予感に襲われた。


「まさかお前、俺に憑いてきちゃったのかよ……!」


 あやめはアハハと笑いながら手を叩いた。


「ええね、その言い方! えらい気に入った! うん、憑いてきてもうた♪」

「あの3匹は?」

「近くにおんで。ここで姿を現したらめんどいさかい、出てきいひんけど」

「もしかして、お前、他の人にも見えているのか?」

「見えてへんかったら、君、一人でしゃがんでブツブツ言っている危ない人やで?」

「そんなことまで出来るのか!」

「ぼくは大妖おおあやかしやからな~」

「まさか、その服も作り出したのか?」

「これはオカンに買ってもろうた!」

「オカン……て杜若さんか?」

「そや。杜若夫妻がおかんとおとんや。そう呼んでる」

「お前が俺に憑いてきちゃったとなると、あの屋敷は?」


 あやめはニヤリと笑った。


「平気やで? 問題あらへん。ちゃーんとアイツの願いは叶えてきたし。誰も文句言わへんで」

「お前は、あの家から、解放されたんだな? ……もしかして、今度は俺んちに来るのか!?」

「いやいや、行かへん」

「じゃあどこへ行くんだよ。……やっぱり戻るのか?」

「杜若さんちに行くんや」

「えっ、彼らもあそこ、やめたのか?」

「あー、そやな、君には説明しとくか」


 そうしてあやめが語りだしたのは、長い時を掛けた計画だった。


「君に探して貰うた玉は、あの3匹の契約の玉やけど、それが同時に、彼らをあの家に縛り付ける結界の役目を果たしとったんや。それ壊せたことで、彼らは自由になった。ぼくからも、あの家からも。それに彼らが縛り付けられてるのに、ぼくがどっかへ行くわけにはいかへんさかいね。結果、ぼくもあの家に縛られとったわけや」

「なんで俺だったんだ、あの玉を探せるのが」

「焔乃山の血の中でも、”見える”人とちがうとあかんった。それが君やった。まあ、5歳の時点でやってもよかったけど、こちらも色々準備があったさかいな」


 それはあやめの戸籍を取ることや、現代の住民としてのさまざまな手続きをする事だった。そのため以前からあの旅館に来た有力者の前には姿を現し、自らの境遇を明かし、理解してくれた人に協力を要請していたらしい。


「小学校中学校、高校は来年やけど、ちゃんと卒業したことにせんとあかんやろ? その為にはある程度はねつ造せんとあかんし。その為に国会議員とか、財界の大物とかな、ずっとつなぎ作ってたんや。あ、もちろんアホはあかんで? 幸運目当てなだけのヤツは、信用ならんさかい。議員系は腹黒いけど、呪いやらに弱いさかいな、その辺うもう使うたら、しっかり動いてくれる」


 秀麿は思わず額に手を当ててしまった。見た目5歳児の言う事かこれが。


「学校へは通ってへんけど、彼らに頼んでは書類は作ってもろうた。あ、家で勉強はちゃんとしたし、夏には高卒認定も取る予定やで。すでに英検2級、漢字検定2級に、数学検定1級も持ってる。ちゃんと全国模擬試験やらも、あの屋敷で受けた。そないな手続きやらをな、彼らにはやってもろうとったんや」

「あの部屋でどうやって勉強したんだよ」

「君が泊ったあの部屋は、ショールームみたいなもんや。ここに出やすいどすえちゅう売りで、ついでに座敷童目当てのお客はんがくれたものを集めてあるだけ。ぼくは普段奥の部屋におって、そこには参考書やら問題集やらたっぷり山積みや。もちろんパソコンもTVもあるし、衛星での通信教育もやってる。お客はんのくれた最新鋭のゲーム機も何台もあるしーな!」

「俺よりいい環境じゃねえか!」

「その為の金は稼がしてやっとったさかいな」

「……」


 もうため息しか出てこない。なんだこの、見かけは子供、頭脳は大人を地で行くイキモノは。それでも気力を振り絞って聞いてみた。


「それでも。それならなおさら、5歳で逢ったあの時に家を出ちまえば、ちゃんと小学校にも通えただろう?」

「オカンたちをあそこにを残していくわけにいかんやろ」

「……?」

「杜若一族は、ずっとぼくの世話をしてくれた。ぼくがなんべんもたまに来てくれたらええ言うても、彼女たちは毎日ぼくの世話をしてくれて、勉強かて見てくれた。そやさかいあそこから解放されたら、彼らにも好きに生活してもらいたかってん。そやけどその為には、家も、資金もおるし、何よりぼくがおったんじゃ解放にならへんやろ。そやさかいぼくが一人で暮らしとっておかしない年齢、それまで待ってもろうとったんや」

「でもさっき、杜若さんの所へ行くって……」

「うん、ぼくは独り立ちするつもりやったんやけど、オカンたちが自分たちの子供になってほしい、って言うてくれて」


 あやめは本当に嬉しそうにはにかんだ笑いを見せた。


「そやさかい、オトンとオカンと、新しい家で一緒に暮らすんや」

「……よかったな」


 満面の笑みを見せる文目。秀麿は思わずあやめを抱き上げた。軽いその体は、簡単に秀麿の腕に収まる。目線を近づけて秀麿は言った。


「なら杜若さん家に遊びに行けば、お前に会えるんだな?」

「うん。あとで住所は送るわ」

「うん、待ってる」


 そうして額を合わせようとすれば、あやめの帽子のツバがぶつかった。あやめが笑いながら帽子をくるりと回転させて、改めて額を合わせる。


「長年閉じ込めていてごめん、あやめ。これからは自由に、幸せにな?」

「もうええよ。それに今でも十分に、幸せや」


 そうして顔を離せば、笑顔のあやめ。本当に嬉しそうだ。3匹を解放したことで、あやめも自由になって良かった。


 そうや、名前なんやけどな、とどこからか紙と鉛筆を取り出して、車両の壁を利用して紙に書きつけた。


『杜若文目』


 はい、とその紙を貰って、秀麿はパチパチと目をしばたたかせた。


「かきつばた あやめ、や。ぼくの名前」

「杜若ってこう書くのか……。あやめも漢字だったのか」

「うん。覚えやすい名前やろ?」


 いずれアヤメかカキツバタ、という慣用句があったな、と思わず苦笑する。


「大昔、カキツバタの群生地に住んどったから、そう呼ばれてたんや。あやめは……おとんが面白がってつけた名前や」

「なるほど。まあいい名前じゃないか? お前、可愛らしいし、アヤメとつけたくなる気持ちも分からなくもない」

「うちの家系の女性陣は美人で有名やったしな~」

「色々いわれがあるんだな。また色々話聞かせてくれよ。お前、歴史に詳しそうだし。裏話とか知っているんじゃないのか?」

「それがな、そうでもないんや」

「うん?」

「今と違って、通信設備がないからな。伝わってくるのにすごく時間がかかるし、伝言ゲーム状態で何が何だかわからないし。昭和に入ってからの教科書で、そうだったのか! という方が多かったわ」

「そんなものかー」

「そんなもんやで。……そろそろ、時間や」

「え?」


 気が付けば、電車はそろそろ新大阪に着くころだった。パタパタと足を動かす文目を、秀麿はそっと下ろしてやった。降車する乗客たちがちらほらとデッキに現れる。秀麿は文目の手を引いて、邪魔にならない所に荷物と一緒に移動した。


「杜若さんたちは?」

「ホームで合流や」

「そうか、気をつけてな」

「うん、君も」


 電車が駅に滑り込み、そうしてドアが開いた。客が次々と下りていく。最後の方で文目はぴょんと飛び降りて、乗車する人の邪魔にならないように横に行き、リュックの肩紐に手を掛けて、秀麿を見ていた。乗車が終わるとドアに近づく。秀麿も思わず近寄った。


「ほな、またね」

「うん。またな」


 ばいばい、と手を振る文目に、秀麿も振り返した。そうしてプシュッとドアが閉まる。電車が走りだしても、秀麿はそこから離れられなかった。見える限り、文目を見ていた。文目もまた、秀麿にずっと手を振って見送ってくれた。


かわいくて生意気な座敷童と、その式神たち。そして杜若さんたちも。

どうか、どうか幸せに。元気で。


 秀麿はドアに額をつけて、そっと祈った。

お読みいただきありがとうございます。

次回から、文目の過去編が始まります。ここからホラー展開です。苦手な方はご注意ください。

過去編が終わったらまた現代の秀麿編に戻ります。

明日の夜に投稿予定です。

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