7:夜の庭にて
玉探しがはじまりました。
座敷童は京都弁です。書いている人が関東住みなので、変換サイトを使っていますが、おかしなところがございましたら、誤字報告からご連絡いただけますと幸いです。
青白い月光の色に染まった庭は、とても幻想的で美しかった。横に座敷童がいる。見下ろせば、自分の腰まであるかないかの小ささだ。その座敷童がはい、と秀麿に草履を差し出す。座敷童のは小さい、子供サイズの青い鼻緒の草履。秀麿には大人サイズの赤い鼻緒の草履。秀麿はそれを履いて廊下のガラスを開け、直接庭に出た。
ホワンホワンとまあるい小さな明かりがそこかしこに揺れている。秀麿は記憶をたどりながら、庭を見回した。そうだ、たしか池のほとりに一つあったはず、と近づいていけば、記憶の通り今は鯉の居ない、水だけの池のほとりの木の根元が光っている。
「スコップとか、シャベルとかあるか?」
「もちろん。はい」
どこに持っていたのか、座敷童が軍手と小さなスコップを差し出す。小さすぎて心もとないなと思いながらも、それを勢いよく地面に突き立てようとした時、座敷童から待ったがかかった。
「万一にもその玉を傷つけたらあかんのや! えらい弱い物やさかい、慎重に掘り出して」
「面倒くせえな……」
「頼むで。君に小さな幸運来るようにしたるさかい」
「要らねえよ、そんなの」
秀麿はぶっきらぼうに言いながら、光っている周囲からそっと掘り始めた。
「手元が暗いな。懐中電灯とか、無いか?」
「そらあらへんけど、はい」
座敷童が手を振れば、ホワホワとした丸い光が周囲を取り囲んだ。呆然とそれを見た秀麿は気が付いた。
「あちこちにある明かりって……。これか?」
「そや。さすがにあらへんと暗いさかいな」
「いつも点けているのか?」
「まさか。今日は特別や」
「……5歳の時も、あったよな?」
「うん。あの時も、特別やったさかい」
自身の周りにも光を侍らせ、座敷童ははにかむ。それがまた可愛くて……。いや、それより早く掘らなければ。十分に明るくなった手元を慎重に掘っていく。地面自体が光っているので、その周りから。
しかし土は固く、傷つけないようにと思えば思うほどなかなか掘り進まない。少し肌寒い位の季節なのに、秀麿はいつの間にか汗をかいていた。少しずつ少しずつ。固い地面を慎重に掘り進める。あの時小さいと思った玉は、ソフトボールより大きかった。何気なく腕時計を見れば、たぶん掘り始めてから1時間近くは経っているはずだ。でもまだ半分くらいしか出てこない。
「休憩する?」
「いや、これを掘り出してからだ」
座敷童は静かに、秀麿の邪魔にならないように少し離れて真剣に見守っている。ちょっとおしゃべりをしたくなった秀麿は、掘りながら聞いてみた。
「その池、前は鯉がいたよな。なんで今はいないんだ?」
「みんな寿命でおらへんくなったんやで」
「新しく買えばいいのに」
「お金があらへんのやろ、知らんけど」
「え、だってお前、幸運の妖怪なんだろ? お金位すぐに溜まるんじゃないのか?」
「ちゃうよ、ぼくはそないな存在やあらへん」
「俺の記憶をいじったり、こんな明かりも出来るのに?」
「まあ、あの温泉出したのも、ぼくやしな?」
「えっ! そんな事も出来るのか!?」
「昔な、風呂が小さくて。冬はすぐに冷めるし、でっかい風呂に入りたかったさかい、温泉筋をちょーっと引き寄せてな。出さしたんや」
エッヘン! と胸を張る座敷童。
「へえーーー! すごいなお前」
「凄いやろ、もっと褒めてもええで~~」
にんまりと笑った座敷童が可愛くて、秀麿はその頭をポンポンと叩いた。
「なら、宝くじでも当たらせてやれば、鯉だって買えるだろう? 温泉だって、枯れかけているのを復活させるとか、屋敷だってもっと立派に……」
「ここに客来いひんのは、基本的な集客術があらへんさかいだし、温泉は単なる寿命や。一人で入る分位は十分に出るけど、温泉宿としてはもう無理や。他から引っ張ってくる手もあるけど、そないなものはな、なんらかの代償と引き換えに手に入れるもんや。当主に差し出す物があったら別やけど、その気も無さそうやし。そないな幸運勝手に転がり込むのを待ってるのが気に入らん」
「まあ、それは同意するが……」
「そないしたら、この屋敷の現状に関しての話はおしまい。さ、頑張って掘り出してや」
そして座敷童は少し離れた所に行ってしまった。お喋りはここまでか、と秀麿は玉を掘り出すことに集中することにした。
「で、でた……!」
「やった……!」
さらに掘ること30分ほど。ようやく玉が掘り出せた。白く輝くそれは、ガラス細工のようで、よく今まで無事に埋まっていたものだと秀麿は思った。座敷童はそれを秀麿から受け取り、大切そうに触っている。
「おおきに、あと2つ、頼むわ」
「へいへい」
そして記憶をたどって、2つ目を掘り出す。1つ目でコツは掴んでいたので、今度は1時間ほどで掘り出せた。3つ目は灯籠の中だったので、慎重に取り出すだけだ。3時間掛からず、3つの玉が揃ったのだ。
「やっと……、やっと、手に入れた……!」
座敷童が、感極まったような声で言った。
「それ、どうするんだ?」
「うん。キツネさん、トラさん、鳥さん」
座敷童が虚空に向かってそう言うと、ドロン、と座敷童の後ろに3匹の何かが現れた。秀麿は思わずざさざざざざざざと後ずさる。
座敷童の言った通り、白くて3本のしっぽがあるが、どう見てもキツネ。ちょっと違うが、茶色のトラっぽいもの。そして白に黒い模様の入った大きな鳥が、座敷童の後ろに現れたのだ。しかもでかい。3匹とも、秀麿よりはるかにでかい。なんだこれ、これも妖怪か! と動揺する秀麿を尻目に、文目は3匹にそれぞれの玉を渡した。
「本当にいいのか? 契約も破棄することになるぞ?」
「ええよ。君たちも、もう自由になってな」
「俺たちはお前から離れるつもりはないぞ」
「新しく契約したっていいのよ。しなくても側にいるけどね」
「……おおきに。取り敢えず、計画通りに行こう?」
キツネ、座敷童、トラ、鳥、座敷童の順でそんな会話を交わし、3匹はそれぞれ、先ほど玉の埋まっていた位置に着いた。座敷童は秀麿を旅館のロビーに連れて行き、そこで合図するまで待っていて、ある言葉を言ってもらうから、と言って、姿を消した。
一人、薄暗いロビーに残されて心もとなく思っていると、すぐに頭の中に直接、座敷童の声が響く。
『カウントダウンすんで。そしたら『焔乃山秀麿が希う、あやめと式神をこの地から解き放て』って言うて。ええ? いくで! 3、2、1!』
秀麿はわけもわからず、それでも言われたとおりに叫んだ。
同時にパン! と何かが壊れたような音がした。だがそれだけだった。何か劇的な事が起きるのかと思ったが、とくには起きなかったのだ。何だかなーと思っていると、フヨン、と座敷童が現れた。
「おおきに、成功したで」
「それは良かった。なあ、もしかして、あやめって、お前の名前か?」
座敷童はちょっと目を見張った。ああ、赤いその目がとても美しい。秀麿は思った。
座敷童の文目は、花がほころぶように微笑んだ。
「……もっと、呼んで?」
「……あやめ」
「うん」
「あやめ」
「もう1回」
「あやめ」
「うん」
その目に涙を浮かべ、ほほ笑む座敷童の、あやめ。いつの間にか先ほどの3匹が、あやめの後ろに集まっていた。あやめは振り向いて彼らに言った。
「みんな、長い間ありがとう。これでみんな、自由だよ」
「俺たちは、俺達の意思で、これからも文目と共にいるよ。ま、せっかくだからあちこち遊びに行くとは思うけどな!」
「そうね、大空を自由に飛べるのも、久しぶりだものね」
「俺も山を駆け回ってくるかな!」
「うん、行ってきて。楽しんできて」
「文目、ここを出る時は必ず呼べよ? いいな!」
「分かってる。ちゃんと声をかけるよ。安心して行ってきて」
そして3匹はドロン、と姿を消した。
「あの3匹は何なんだ?」
「彼らはぼくの式神や。あの玉はその契約の証。それを壊したことで、彼らはぼくから自由になったんや」
「契約の証なのに、自分で見つけられなかったのか?」
「ちょっと訳ありでな、あれを見つけられるのは君だけなんや」
「よく分んねえけど、壊せば良いんなら、掘り返してる時に壊せば早かったんじゃないのか?」
「そこは手順っつーものがあってな。同時にやらなあかんのや」
「あの言葉も?」
「そう。せやさかい、君がどないしても必要やったんや」
「……彼らが自由になったら、お前はどうするんだ? やっぱり、ここを出ていくのか?」
もしかして自分は大変な事をしてしまったのではないか。秀麿は内心ドキドキだった。座敷童は解放してやりたいけど、そうするとこの旅館はつぶれる。そして解放したのは自分なのだ。親や当主とやらにバレたら……!
秀麿の背中を冷たい汗が流れた。
「あんなぁ、座敷童っちゅーもんは場所に憑くものなんやで。そこがええ所やったら、出て行きはしいひん。出ていくってことは、そないな事や。自分たちの行いを見直せってな」
「だけど、お前が居なくなるのが俺のせいだってバレたら、怒られるのは俺じゃねえか!」
「あー……。いける、君は怒られたりしいひん。安心しとって」
「っていうかお前、そんな子供の姿をしているけど、本当はものすごくジジイだったりしないだろうな!?」
「実は2千歳とか? あらへんあらへんw そこまでちがうんあらへんあらへんww」
「そこまではってことは、やっぱりジジイなんじゃねえのか!?」
「ちっちっち、ぼくは子供やでー。」
「信じられねえ! どう考えても、その口調、5歳じゃねえだろ」
「……お兄ちゃん、ぼくのこと、信用してくれへんの?」
両手を口元に持っていき、上目使いでその大きな目を潤ませて見つめられ、秀麿は思わずウッ、と詰まった。
「なーんてなー 」
「……ってめえ!」
思わずその体を掴んで抱き上げる。予想より軽くて、勢いよく、持ち上げてしまった。
「きゃー、高い高いー」
「喜ぶなーーー!」
そうしてあやめを抑え込んでその髪をワシャワシャとかき混ぜたり、逃げ出したあやめを追いかけたり、秀麿は童心に返ったようにはしゃいだ。庭中駆け回って文目を追いかけ、追いかけられ、キャッキャウフフと遊びまわった。
散々遊ぶと、そのうち文目は満足したのか、秀麿の腹に抱き着いて、高揚してキラキラ輝く目で秀麿を見上げた。
「ああ、面白かった、おおきに」
「なんだよ、もういいのか? もっと遊べるぞ?」
「うん、せやけど、もうそろそろ夜明けや。君も少しは寝ないと」
「えっ?」
秀麿が周りを見回せば、確かに空が白み始めていた。なんという事だ、どれだけ遊んでいたのだろう!
「な?」
あやめは残念そうな顔で、腹にしがみついたまま、見上げてくる。秀麿はその手を離させ、あやめの前にしゃがみ、抱きしめた。小さなその体。子供なんて抱きしめたのは初めてなのに、とても懐かしい感覚。
「また、会えるか?」
「うん、必ず」
「そうか。ああ、当主とかに伝言あるか? NGワードとか」
「うーん……。玉と、式神の事は黙っとってほしい」
「分かった。伝言は?」
「そうやな……。あ、なら、これ」
あやめがそういってしゃがむと、履いていた草履を差し出した。
「前も草履だったな」
「せやから同じでええやろ。あと、そうやな……」
あやめはしばらく考えて
「そうや、ぼくの名前を伝えて。あやめからこれを貰うた、って。それでええやろ」
「わかったよ」
秀麿は文目から草履を受け取ると、開いていた雨戸から廊下に上がった。
「あやめは来ないのか?」
「うん。ここでバイバイ」
「……またな?」
「うん。また。ほなな」
「ああ、ほなな」
「関西弁下手やな~~」
あやめはキャッキャと笑いながら、手を振って庭の奥へ消えていった。
秀麿は自室に戻った。すでに食事が片付けられ、敷かれていた布団に倒れこむように横になる。貰った草履は辛くも枕元に置くことが出来たが、そこで力尽きた。ふとぬいぐるみの山を見れば、キツネとトラと鳥のぬいぐるみはない。あの妖怪3匹があのぬいぐるみだったのか。彼らも今頃、遊びまわっているのだろうか。あやめも少しは楽しく思ってくれただろうか。
秀麿はそのまますうっと眠りについてしまった。
秀麿は夢の中で、あやめの後ろにいた、あの3匹の事を想った。
3匹はずっと文目に付いていてくれたのか。良かった、寂しがり屋の文目を、たった一人で寂しい思いをさせずに済んだようだ。契約を解除したこれからも、文目と一緒にいてくれるらしい。
本当に良かった。自分がもっとしっかりしていたら、もっと早くに3匹も文目も解放してやれたのに。ずっと一緒にいると約束したのだ。今からでも、その約束を果たしたい。
今度こそ、ずっと一緒に。
3匹と、文目と、一緒に。
お読みいただきありがとうございます。続きはまた明日の夜に・・・。




