3、秀麿くん5歳
焔乃山秀麿と読みます。主人公その1です。
「秀麿、用意は良いか? 出かけるぞ」
「はい!」
焔乃山秀麿くん(5歳)は両親に連れられて、お父さんの親戚が経営する、京都の旅館に泊まりに行くことになっていました。ゴールデンウイークを利用したその旅行を、秀麿くんはとても楽しみにしていました。自分が今いる北海道から京都まで、飛行機を利用しての旅行です。飛行機が描かれている長袖トレーナーに、紺色のズボン、白いパーカーを羽織って、頭には野球帽。
午前中に飛行場に着き、初めての飛行機に秀麿くんは興奮を隠せませんでした。そうは言っても空港や飛行機内で騒ぐわけにはいきませんから、静かに、目を煌めかせながら空港や飛行機の機内、飛行機からの風景を、お母さんの側で目に焼き付けていたのです。
そうして静かだけれど楽しかった旅路を経て、みんなでちょっと京都の町を散策して、オヤツを食べてから、タクシーで目的の旅館に着きました。
大きな平屋建て。立派な門構えに、広い日本庭園。秀麿くんは初めて見るものばかりで、開いた口を閉じるのもすっかり忘れて、周りを見回します。北海道ではまだ咲かない、ここでは遅咲きの桜が沢山咲いていて、とても綺麗です。その頬を興奮で真っ赤に染めて、背負った飛行機型のリュックの肩紐を握ったまま秀麿くんは目を輝かせていました。
「おう、来たか」
「兄さん、お世話になります」
「うん。その子が、秀麿くんか」
「はい。おい秀麿、ご挨拶を」
いつの間にか和服を着たでっぷりガッチリとしたおじさんが両親の側にいて、秀麿くんは慌ててこんにちは、と挨拶をしました。おじさんは冷たい目で、でも口元だけ笑みの形を作って、ちょっとざらついた声で秀麿くんに言いました。
「こんにちは。今日はよろしくね」
「はい! よろしくおねがいします!」
何がよろしくなのか分かりませんでしたが、秀麿くんはそう元気よくお返事をしました。そうして部屋はこっちだ、というおじさんの後に付いて、両親と旅館の中に入るのでした。
平屋建てとか、畳とか長い廊下とか雨戸とか、秀麿くんには旅館の中も新鮮なものばかりで、ここでもお口を開けたまま、あちこち見回します。たくさん障子が並んでいて、お部屋が分からなくなりそう、と思った所で、おじさんが止まりました。
「ここだ」
おじさんがガラッと障子を開けた畳敷きのその部屋は、秀麿くんのイメージする普通の旅館とはちょっと違いました。
オモチャだらけなのです。部屋の壁沿いすべてに、子供向けのオモチャが並んでいます。ぬいぐるみが中心ですが、絵本やご本、そしてゲーム機がちらほら。しかも同じものが何台も! まるでオモチャ屋さんのようです。
秀麿くんは、両親の方針でまだゲーム機を持っていませんでした。友達は持っているそれが、目の前にある。秀麿くんはお口を開けたまま、キラキラ真ん丸お目目でお父さんを見上げました。
「ゲーム機は駄目だ。他のは好きに遊んでいいぞ」
やっぱりゲームは駄目なのか、とちょっとがっかりしましたが、遊んだ事のないゲーム機を一人でやるのも分からないし、つまらなそうだ、と思いながら、秀麿くんはとりあえずオモチャに近づいてみました。
きれいなぬいぐるみ、だいぶ汚れた物。絵本もきれいなのもあるけれど、汚れている物もあります。秀麿くんは絵本数冊と、自分と同じ位の大きなキツネっぽいぬいぐるみを取り上げ、何もない壁際に連れて行き、それに凭れかかりました。一度やってみたかったのです。
背中のふわん、という感触、自分の両肩に乗るぬいぐるみのフワフワした手。お尻の下のキツネの足もフワフワしていて気持ちがいい。背中側にある3本もあるしっぽがちょうどいいクッションで、秀麿くんは満面の笑顔を浮かべました。両親はそんな秀麿くんを見て、ニコリと笑ってくれました。
秀麿くんはそのまま一緒に持ってきた絵本を手に取り、読み始めました。ご本が大好きなのです。夢中で読みはじめた秀麿くんには、すでに両親とおじさんの声は、聞こえていませんでした。
「最近はどうなんです?」
「たまにしか現われないな。みんながっかりして帰っていくよ。おかげで予約も減ってきた。今日は久しぶりに隣の部屋以外の、10室が埋まっているけどな」
「お義兄さんは、会った事がないのでしたっけ」
「ええ。当主は必ず子供の頃と、ここを継いでからの2度は逢うものですが、私は一度も会ったことがないんです」
「兄さん、本当にいるのですか? 世話係の狂言ではなく?」
「証拠を見せろと言えば、見せてくるからな。いるんだろうよ」
「ならなぜ、兄さんには姿を見せないんです?」
「本人曰く、その必要がない、だそうだ。まったく生意気なクソガキだよ。だから、あの子が俺の代の、最後の希望だ」
「あまり期待はしないでください。あの通り愛想のない子です。幼稚園の友達も少ない」
「いいんだよ、アイツの姿さえ見られれば。まあ伝言でも貰ってくれれば最高だけどな。お前たちもこの部屋でいいか? 隣の部屋も空けてあるから、使ってもいいぞ?」
「秀麿だけの方が、アレが現れますかね?」
「さあなぁ、言い伝えだと、周りはあまり関係ないようだ。どっちでもいいぞ」
「流石に5歳の子を一人でというのは不安があります。この部屋をお借りしてもいいでしょうか?」
「いいですよ、お好きにくつろいでください」
そんな会話が秀麿くんの頭の上を流れていきましたが、秀麿くんは絵本に夢中でした。幼稚園や家にもたくさんありますが、ここの絵本は見たこともない話や、すでに読んだことがあるものでもその展開が違うなど、面白いものばかりでした。背中のキツネも座り心地最高で、秀麿くんは本に夢中になりました。
「秀麿くん、ごはんよ」
母親の声に我に返れば、開いた障子から見える外は真っ暗で、いつの間にか部屋には電気がついていました。秀麿くんが慌てて本を閉じると一気に嗅覚が戻り、部屋中のいい匂いが空腹感を刺激しました。すでに部屋の中心にある大きな座卓には、料理が所狭しと並んでいます。
母親に手招きされて、ふかふか座布団に座った秀麿くんの前によそったご飯が並べられ、3人で夕食となりました。いつも両親は忙しく、3人での食事など、こうやって旅行に来た時位しかありません。仕事の忙しい両親が、それでも秀麿くんがご飯の時だけでも寂しくないよう、どちらかが必ずいてくれるので、秀麿くんは満足していました。でもやっぱり3人で食べる食事は、凄くおいしいです。いつもは食べない野菜もとてもおいしくいただけました。お肉も美味しくて、あまりの食べっぷりに、お母さんが少し分けてくれた位です。
ご機嫌の食事が終わると、お父さんとお風呂に行きました。温泉が湧いているというそのお風呂は、とても広くてお湯も気持ちが良いものでした。運よく他のお客さんがいなかったので、広い湯船で少しだけ泳いだりもしました。初めての露天風呂にドキドキしながら、お外でのお風呂も楽しみました。
湯あたりする前に、とお父さんに言われてホカホカの体で温泉を出るころには、秀麿くんはもう眠くなってしまいました。お父さんに手を引かれてお部屋に戻った時にはすでにウトウトしていて、そのまま先ほどのキツネのぬいぐるみに抱き着いて、秀麿くんは寝てしまいました。
夢うつつで両親が何か言っているのが聞こえましたが、秀麿くんは意味までは分かりませんでした。
「ちょっとあなた、この子寝ちゃったわよ、大丈夫なの?」
「知らないよ。それに今起こしても無駄だろう? 少し寝かせて、それから起こせばいいさ」
「そうね。でも本当に出るのかしらね」
「さあなあ、兄さんはああ言うけど、子供の頃には会っているらしい。覚えてないんだとさ。それに客はアレに逢っている人がいるのだから、出るのは確かなのだろうさ。まったく、今時本家も分家もあるものか。人を巻き込まないでもらいたいものだ。まあ宿泊費もタダだし、折角だから楽しんでいけば良いんじゃないか」
「そうね。私たちも逢えたら、お金持ちになれるのかしら」
「どうかな。逢えたら宝くじでも買うか」
「そうね」
そんな会話が流れている中、フワフワのキツネは、まるで秀麿くんの体を抱き留めてくれているようで、秀麿くんは気持ちよく深い眠りに落ちたのでした。
**
「ねえねえ、キツネさんが、もう離してくれないかな、重い、って言ってるよ」
誰かの声がします。両親でも、さきほどのおじさんの声でもない。誰だろう?
「よだれもついちゃうって、離してあげて?」
笑いながらのその声は、子供のようです。子供? 他のお客さんの子? でもなんでここにいるのだろう?
「起きないみたい? じゃあ、引っ張っちゃうよ? えいっ!」
ゴン! 頭が畳にぶつかりました。自分の下にあったフワフワが無くなったのです。さすがに痛くてびっくりして、秀麿くんは目を覚ましました。すると、目の前に子供がいたのです!
「わあ! 君だれ! なんでここにいるの!」
「君が下敷きにしてたキツネは僕の友達なんだよ。遊ぶのは良いけど、布団替わりはやめてよね」
お部屋は暗いのですが、キツネを抱いたその子の姿ははっきり見えました。
とてもきれいな子でした。自分と同じくらいの歳でしょうか。縦縞の黒っぽい着物を着て、肩くらいまでの茶色い髪。赤いお目目。お目目の周りにも赤い縁取りがあります。それがまたとてもきれいでした。秀麿くんは見惚れてしまいました。
そんな秀麿くんを無視して、その子はキツネのぬいぐるみをパタパタと優しく叩いて、ぬいぐるみの山に戻しました。
「あ、それ、すごく気持ちよかったのに……」
「一緒に寝る位ならいいけど、敷布団替わりはダメだよー」
「うん分かった、敷布団にしないから……」
その子は困った顔をして、キツネを見ていましたが、キツネに向かって一つ頷くと、また持ってきて、秀麿くんに渡してくれました。そしてぬいぐるみの山から、これも大きなトラのぬいぐるみを持ってきて、その子が抱えて座りました。
「トラは嫌い?」
「ううん、それすごくかっこいいよね。このキツネにするか、そのトラにするか、そっちの大きな鳥にするか迷ったのだけど、これが一番座り心地よさそうだったから……」
「あはは、だってさ、よかったね」
その子はぬいぐるみたちに笑いかけました。不思議な子だな、と秀麿くんは思いました。それよりも。
「ねえ、君、誰なの?」
「……ここの家の、子」
「なんだ、そうなんだ。でも昼間は見なかったよね?」
「うん」
「あ、じゃあもしかして、この絵本とかオモチャとか、全部君のなの?」
「うん、ぼくが貰ったもの。でも遊んでいいよ、たくさんあるから。このトラと、そのキツネと、あの鳥は僕の友達だけど。ねえゲームとかしないの?」
「お父さんがだめって。それに僕、持ってないから遊び方知らないし……」
「教えてあげるよ。少しだけ、それで一緒に遊ぶ?」
「でも、お父さんに怒られる……」
「大丈夫だよ。ほら、ぐっすり寝てるから」
言われて初めて気が付きました。部屋の中央には布団が敷いてあり、秀麿くんはそこで寝ていたのです。キツネを布団にしたままだったのは、そこで寝てしまった秀麿くんを、お父さんかお母さんが布団までキツネごと連れてきてくれたからでしょう。
秀麿くんの隣にはお母さん、その隣にお父さんが寝ていましたが、二人ともぐっすり寝ているようで、おしゃべりしている秀麿くんと子供に気が付いていませんでした。
「お母さん、お母さん、……お父さん」
二人の肩をゆさぶってみても、大きな声を掛けても、二人は目を覚ましません。
「良く寝てるね。きっと疲れてるんだよ。起こしたらかわいそうだよ?」
「そうかな」
「ゲームじゃなくて、お庭とかで遊ぶ? 家の中も広いから探検ごっこできるよ」
「……面白そう」
「あのね、ここの庭にね、3つの玉が隠されているんだ。それを見つけるのとか、どう?」
「あ、やってみたい! でもこんなに暗いのに、見つかるかな」
「今日は満月だから大丈夫。お庭に灯りもあるしね、行こう」
その子の目が、月に照らされて美しく光りました。秀麿くんはキツネを置いて、その子が差し出した手を取り、二人でお部屋から出ていきました。
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