13:帝の呼び出し2
久しぶりになりました。ぼちぼち更新していきます。
「どう思う?」
二人の姿が見えなくなった時点で、帝は控えていた陰陽たちに尋ねた。そのうちの一人が答える。
「恐れながら、あれは、ただの霊力の強い子供だと見受けました」
「妖と合体してなどいないと? 先ほどの術は?」
「はい。ただの子供です。あの術は陰陽の術です。しかもあの幼さで簡単にやってのけた。実力は本物かと」
「あの顔は?」
「化粧をさせているのだと思います」
「なるほど。この私に堂々と嘘をつくとは、焔乃山とやら、良い度胸だ。取り潰せ。あの子供だけは保護して、のちに陰陽院に入れよ」
流石に一流の陰陽師たちをごまかすことは出来なかったのだ。その帝の命を受けて、控えていた部下が動こうとしたときだ。
ガタンガタン! という音と共に、部屋のすべての障子が閉まった。とっさに護衛が帝の周囲を囲み、陰陽師たちが構える。
「な、何事だ!」
「お家取り潰しは困るから、止めてください」
甲高い声が部屋の中に響く。だが姿が見えない。
「誰だ! どこにいる!」
「ここだよ」
帝の正面にいる護衛の言葉に答えがあった瞬間、護衛の前に子供がいた。
咄嗟に護衛が刀を抜いて切りかかる。
「無駄だよ。本体はここにはいないから」
そう言いながら護衛を見上げたのは、おかっぱ頭で目に赤い縁取りが、頬に蔦のような文様のある、赤い目をした子供──文目だった。
「な、何者だ!!」
護衛が何とか帝を逃がそうとするが、どこの障子も開かない。
「妖です! 我らにお任せを!!」
陰陽師の一人が叫び、全員が印を結ぶ。一斉に炎や式神が文目にとびかかるが、全ての攻撃がすり抜けた。
「無駄ですよ。ぼくの本体はここにいないから、効きません」
文目が冷静に答える。それに全員がおののいた。
「お前は何なんだ!!」
「初めまして。ぼくが本物の文目です。さっきのはぼくの友達。彼はあなたたちが言っていたように、ただの人間です」
「お主が、あやめ、だと!?」
「はい。ぼくはあの屋敷から出られないんです。あの当主が余計なことをしてくれたおかげでね、だからあの子がぼくの代わりにここに来たんですよ」
「屋敷をでられないのに、どうやって!」
「ぼくの声と姿を写せるように、力を込めた石をあの子に持たせました。ほら、これ」
そう言って文目は障子の近くに転がっている石の近くにととと、と歩いて行って、指さした。
「何が目的だ!」
「あの家に悪い事が起きると、あの子が殺される。だから、あの家に手を出さないで欲しいんです」
「どういうことだ!」
「ぼくはあの家を存続させるためだけに、こんな体にされました。母様と弟も殺された。あの家に何かがあったら、ぼくをこんな風にした術者が、あの子を殺してぼくの残った家族も皆殺しにするそうです。だから、あの家には手をださないでください」
文目のその赤い目が薄暗い部屋のなかで鮮やかに光る。護衛や陰陽師が大人しく話を聞いているわけもなく、何度も切りかかり術を掛けているが、文目に攻撃は一切効かなかった。
「あの家に手を出さないで。その代わり、ぼくが帝を妖から守ってあげます」
「なんだと?」
護衛に羽交い絞めにされて守られていた帝が、それを聞いて皆を止めた。
「陰陽師の方々なら、今ぼくが使っている術がどれだけ大変なものかわかりますよね」
「た、確かに、声と映像を送るなどという術は聞いたこともない」
「もしやるにしても、大掛かりな術具が必要なはずだ。そんな小石一つで出来るわけが……」
「ぼくの身体には100体近くの妖の力が入っています。いまこの都にいるどの妖よりも、ぼくのほうが強いんですよ。だから帝を守る位は簡単に出来ます」
「……随分子供らしくない発言だな。その姿は本物なのか?」
文目は苦笑して肩をすぼめた。
「僕の中には妖がいると言ったでしょう? その中には何百年も生きていた妖で、人よりも知識を持っているものもいたんですよ。その知識が僕に流れてくる。だから多少、子供らしくないかもしれませんね」
「な、なるほど……」
「そんな力があるのに、あの家を出られないのか?」
信じられない、という響きを含んだ陰陽師の言葉に、文目は目線を落とした。
「ぼくだけならさっさと結界を破壊して飛び出しています。あの当主も殺せる。でも無理やり家を出ても、子供じゃあ生きていけないから、あの家にいるしかないんですよ。まあそんな事はどうでもいいんです。それで、ぼくの提案を聞いていただけるんですか? いただけないんですか?」
「提案に乗らなかったら、どうなる?」
陰陽師の質問に、文目はにこりと笑った。
「あの家に手を出した瞬間に、ここにいる全員を殺します。もちろん、あの家の誰も殺させない。僕にはそれだけの力がありますから」
「それを信じろと?」
「試してみますか?」
文目の言葉と同時に、目が光った。
「ぐうぅぅぅぅうう!!」
「がっ!!」
その場にいた全員、帝もいれて十五人が、一斉に首をかきむしりながら床に転がった。見る見る間に顔が腫れあがり紫色になる。
首や畳をかきむしり、口からは泡が吹きだす。息が出来ないのだと把握し、意識が遠くなった瞬間に、いきなり呼吸が戻り、全員が激しくむせた。
それが少し収まるのを待ってから、文目は言った。
「息を出来なくしてみたけど、どうです? これで信じてくれました? もっとやれというのなら、この宮中にいる全員に同じことをしてみますけど?」
「も、もう、いい、わか、った、やめ、くれ!」
陰陽師の一人が息も絶え絶えに答えた。こんな大人数にいっぺんに術を掛ける――しかもその場にいないのに――など、人間に出来るわけがない。
これは本物だ。そこに居た全員がそう思った。
同時に先ほどの子供の言葉も思い出した。
『何もしていないのに祓われたら怒ります。怒ると悪い事をします。だから、悪い事をしていない妖を祓って、怒らせない方が良いです』
目の前にいるモノは、家に手を出さなければ、この強大な力で帝を守ると言っている。それならば味方にしたほうが得策だ。
冷や汗と、呼吸が出来なかったことによるよだれと、涙を流しながら、帝が掠れた声を上げた。
「お主の言うとおりにする! あの家には手を出さない! あの子供にも! あの男も出世させてやろう! それでいいか!?」
「あの子は陰陽院に入れて欲しいけど、当主を出世させる必要はありません。ぼくは当主とそんな約束はしていませんから。家に手を出さないでくれればそれでいいです」
「わ、分かった!」
「ありがとうございます。それなら、この石を肌身離さず持っていてください。人や妖に襲われたら、それが守ってくれますから」
「この石はお前の姿を写すためのものじゃないのか?」
「ふふ、これはただのお守りです。ぼくの姿を写すのに、本当はここにいる小さな妖たちの力を借りていたんですよ」
「はあ?」
陰陽師たちが慌てて周りを見回すと、確かに部屋の四隅に同じ種族らしい妖が居り、そこから力を感じる。
普通ならすぐに気が付いたのだろうが、あの子供の霊力と、この映像から感じられる妖気に紛れていたらしい。
「さっきあの子が言ってた、帝の後ろの黒い妖も、ぼくが頼んで帝の周りに漂う悪い気を食べてもらうために来てもらっています。これで少しは、帝も元気になると思いますよ」
「ほ、本当か!?」
最近の帝は具合があまりよくなかった。どことなくからだが重く、疲れやすく、食欲もない。もちろんそんな事は公にしていないし、ここにいる陰陽師の一部しか知らない事だ。それがまさか、その"黒い気"とやらのせいだったとでもいうのだろうか。
「どこかの術師が弱い呪いをかけているんだと思います。弱いから陰陽師にはわからないかもしれません。あの子は気が付いたけど。弱い呪いとはいえ、そのままだったらそのうちに死んじゃいますけど、その黒い妖がいれば大丈夫です。ソレにとっては美味しいご飯だから、喜んでたべてくれます。それを掛けた術師はいつまでたっても呪いの効果が出なければ諦めるか、力の使い過ぎで自分が死んじゃうかだから、放っておいても大丈夫です」
「焔乃山のが来る前から、準備をしていたのか!?」
「ぼくは家から出られないけれど、小さな使役にお願いして様子を見てもらう事はできます。それじゃあもう帰ります」
「ま、まて、お前を呼び出したいときはどうしたらいいんだ!?」
陰陽師の手におえない何かがあった時など、ぜひとも力を借りたい。そう考えて帝は尋ねた。だが文目はゆるゆると頭を振った。
「その石で大概の事からは身を守れます。呪いからは黒い妖が守ってくれる。もうぼくに会う必要はないので」
「なぜ会う必要がないのだ!?」
「焔乃山を通せば、そのたびにあの子が僕の代わりに来ることになります。それにそんな事をすれば、あの男がつけあがる。きっとぼくにもあれこれ指示してきて、そのうちには帝を呪えとかいうかもしれません」
「うっ」
「その石を持っていれば、攻撃からは帝の身は守れる。呪術は効かない。妖がくれば陰陽師の方々が祓える。祓えないような妖は、今この地にはいない。ね、僕の出る幕はないでしょう?」
「だ、だが」
「僕を呼び出すことで事態が悪化する可能性が高いんです。それで納得してくれないなら、その石も、黒い妖も引き上げましょうか?」
「そ、それは困る!」
「ならそう言う事で。焔乃山も僕も呼び出さないでください。特別扱いしてくれる必要もない。ただ放っておいてくれればそれでいいんです」
文目はそういうと、ニコリと笑って一礼し、姿を消した。
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