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君は僕の、座敷童  作者: 歩芽川ゆい
12/13

12:帝の呼び出し


 敷地からは出られなくても、家には帰れなくても、表向き文目の日常は戻った。ただ自分の見た目を気にして、あまり部屋からでなくなった。そんな文目を秀麿は人払いをした庭に文目を連れ出して遊んだり、部屋に遊び道具を運び込んで一緒に遊ぶなど、片時も離れなくなった。

 食事も二人だけで部屋で取った。その際も部屋の外まで使用人に運んでもらって、彼らが立ち去ったのを確認してから、二人で部屋の中に運び込んだ。


 だが昼間にひんぱんに庭の人払いをすると使用人の仕事に支障をきたすし、知らずに庭に出てくる者もいる。

 次第に文目は皆が寝静まった夜に縁側に出て、月の光が満ちた時だけ庭で遊ぶことが多くなっていった。

 もちろんそこには秀麿と3匹の妖もいて、しばしの時間を楽しんだ。その頃から文目は秀麿に頼まれて、呼び捨てで名前を呼ぶようになった。



 二人は陰陽師としての術はすでに習得したが、文目はなぜか全ての術が使えなくなっていた。唯一使えるのは、妖への回復術だけだった。

 それを聞いた師匠は、きっと体質が変わってしまったからだろうと言った。落ち込んだ文目の手を握りながら、秀麿は言った。


「大丈夫だよ。文目が力を使う必要はない。僕は上級の攻撃術も使えるから、文目と3匹は、僕が守るから!」

「……ありがとう」

「安心して。もう二度と、一人にしないから」

「うん」


 当主には逆らえないけれど、それ以外からは絶対に守ると、秀麿は文目の手を取って約束した。


 秀麿は先の約束通り、その両手に文目の物に似せた文様の入れ墨を師匠に入れてもらった。それは師匠が厳選したもので、本来はもう少し形が違うのだが、文目の物と似せて入れたのだ。針を刺される痛みに耐えてその文様を手に入れた秀麿は、自慢げに文目にそれを見せ、ニッカリと笑って、お揃いだと並べて見せた。


 その後、誰かが文目の文様を揶揄おうとすれば、秀麿がすかさず自分の手を掲げてそれを阻止した。

 秀麿は顔にも文目と同じように文様も入れようとしたが、文目が止めた。秀麿くんのかっこいい顔にそんなの入れたらぼくが嫌だ、と。

 師匠の前で文目にかっこいいと言われて秀麿が真っ赤になったのは、後々までの笑い話となった。


 のちの秀麿の研究で、文目の両手の文様は、妖らの怨念を文目の体に閉じ込める為のものである事が判明する。足は人と妖の気を結合させるための物だった。これらを消せば、文目の体に封じ込められた怨念は解ける可能性があった。だが残念ながらこれを消す術は、秀麿が生存中は見つからなかったのだ。


 師匠が秀麿に入れた入れ墨は、妖の毒気を跳ね返すための文様だった。文目の体に入れられた妖気は、そのちいさな体に収まりきらずにあふれ出し、漂っていたのだ。常に文目の近くにいる秀麿に悪影響を及ぼしかねない。だからせめて少しでも跳ね返せるようにと入れてくれたのだ。それを秀麿は、師匠が没してしばらくしてから、知ることになる。


 文目に掛けられた術は、『蠱毒こどく』だった。


 普通は動物で行う。狭い部屋に百匹ほどの獣を閉じ込め、共食いをさせる。そして最後に残った一匹に、死んでいったものたちの怨念を吸収させることで呪詛の媒体に用いるという、禁術だ。

 動物でも禁忌なのに、焔乃山の当主はそれを文目で行ったのだ。文目に高い陰陽の能力があったことが切っ掛けだった。


 もともと当主は強い使役を作りたいと考えていた。そしてそれに焔乃山家の繁栄を手伝わせたいと。

 だが、ただの蠱毒では呪術の媒体として使うことはできても、繁栄の手伝いをさせる事など出来ないし、何より意思の疎通が出来ない。そこで人間を使う事を思いついた。だが人と動物では前例がなかった。人が最後まで生き延びられるようにするなら、材料はおとなしい犬や猫だが、そんな大量の野良犬も猫を噂にならずに集めることは難しかったし、ネズミ程度では心もとない。しばらくの間、計画はそこで頓挫していた。


 そこに流れの術師が現れた。能力だけはずば抜けて高いが、その人間性で一門から破門にされた、はぐれ術師だった。大掛かりな術を得意とする彼は、それなら人と妖を閉じ込めようと言い出した。それでもただの人間では一瞬で妖に喰われ、やはり意思の疎通は危うい。だが陰陽の能力の高い者ならば。


 途中で喰われても、怨念の中に人としての心が少しでも残れば、意思の疎通も可能なのではないか。そんな甘言にひかれ、白羽の矢が立ってしまったのが、文目だったのだ。

 秀麿でも良かったのだが、文目が失敗した時の予備として、秀麿は檻の外に置かれたのだ。


 流石に二人とも幼すぎたので、檻の外からの秀麿の介入を許可したが、誰も文目がひと月生き残るとは思っていなかった。

 秀麿を同じ部屋にいれたのは、文目が中で死ねば、それに衝撃を受けて自我を失うかもしれない。それを最後の仕上げの時に、そのまま檻の中に放り込めば、その体で術を完成させることが出来るかもしれないと考えていたからだ。


 しかし秀麿の手引きで陰陽師としての術を檻の内部で習得したその子供は、その身に倒され喰われた妖たちの巨大な怨念を吸収させても、多少見た目が変わった程度で、自我を保っていた。


 奇跡的な成功に、術師は舞い上がった。この前例があれば、自分はこの国一番の術師になれる。


 文目が幼子だったのもよかった。心が柔軟だったうえに、自分の今の能力も理解せずに、焔乃山家に服従した。最強の守り神の誕生だった。これを宮廷に売り込もう。術師は野心を燃やした。


 秀麿の師匠は、秀麿の話を聞いてすぐに『蠱毒』の可能性に気が付いた。だがまさか禁忌を犯す上に、人を用いるという外道を働くとは、本気で思ってはいなかった。それに二人は幼子だ。可愛そうだが文目はすぐに喰われ、きっとこの計画は破綻するとも思っていた。だが二人は術を学び、使って生き延びた。これなら「蠱毒」を完成させずに終わらせることが出来るのではないだろうか、と師匠は考えを変え、二人に術を授け続けた。


 しかし、焔乃山家の野望は師匠の考えを上回っていた。そうして蠱毒は完成してしまったのだ。


 師匠はすぐに陰陽院に連絡をし、外道を行った術師を都から追放した。そうしてほかの術師がまねをしないように、帝にお触れを出して貰った。


 しかし焔乃山家に対しての処罰は何もなかった。いや、できなかったのだ。

 『蠱毒』である文目を使われたら、宮廷がひっくり返る可能性がある。腫れ物に触るように、誰もが焔乃山家に接した。外道を行った罰で、昇進はさせないというのが精いっぱいだった。


 それならと、当主は文目を直接、帝に売り込もうとした。この子なら帝をあらゆる災いから守れますよと言えば、帝は文目を擁護する焔乃山家を重用してくれるに違いないと考えたのだ。

 普通なら、焔乃山家の身分では帝に目通りなど出来るはずもないのだが、文目の存在はすでに宮中では話題になっていた。それを擁護する家の当主が会いたがっているのならと、予想以上に早く、当主は帝との謁見を許された。

 しかし帝が会いたいのは文目であって、当主ではない。文目をここに連れてこいと命じられた当主は困った。文目とその式神には敷地内から出ないように強力な呪いをかけてある。何とかならないかと術師に相談したが、結界を解いたら文目と式神は逃げ出すだろうと言われ、断念するしかなかった。

 だが文目を連れて行かなければ出世できない。当主は文目と秀麿を自室に呼びつけて言った。


「帝が文目に合わせろとおっしゃっている。だが文目がこの屋敷から出ることは、この私が許さん。そこでだ、秀麿。お前が文目として、帝にお目通り願うのだ」

「僕が?」

「そうだ。お前も妖が見えるし、術も使える。私も同席するから、私の言うとおりに受け答えし、帝から言われたら簡単な術をお見せすればいい。拒否したら……わかるな?」

「……はい」


 秀麿は悔しそうに、しかししぶしぶ頷いた。今の自分は当主に逆らえない。従うしかないのだ。

 下がっていいと言われて二人は自分たちの部屋に戻った。


「秀麿、みかどが何で僕に逢いたいのかな」

「よくわからないけど、術でも見たいんじゃないのかな」

「ふうん……」

「そうだ、お師匠様が言っていたよ。お師匠様や僕たちみたいに妖がはっきり見える人って少ないんだって。それに僕たちは子供だけど術が使えるでしょ? それってすごく珍しいって」

「だから会ってみたいのかな」

「そうなんじゃないかな」


 秀麿の言葉を文目はしばらく考えていたが、おもむろに立ち上がって、障子を開けて庭に出た。昼間なのに珍しいその行動に秀麿も慌てて庭に降りる。周りの使用人も驚いた顔で二人を見ている。

 文目は裸足のまま庭をすすみ、植木の根の近くに落ちていた、小さな丸い石を拾い上げ、追いかけてきた秀麿とすれ違うようにそのまま部屋に戻っていく。秀麿は目を丸くしながら慌てて追いかけた。


「なに? どうしたの?」


 先に部屋に入った文目の背中に話しかけた秀麿に、文目がくるりと振り向いた。どことなく文目らしくない表情に秀麿が戸惑っているのを知ってか知らずか、石を一度ぎゅっと握りしめてから、秀麿に渡した。


「みかどって人に会うときに、これを持って行って」

「え? これを?」

「小さいから袖の中に入れれば当主様にも見つからないと思う。それであっちに着いたら部屋の中のどこでもいいから、落としてきてくれればいいから」

「え……? どういうこと?」


 秀麿が首をかしげる。こんな小石が何だと言うのだ。そう思いながら手のひらの上に乗る小さな小石を見ていると、その小石からかすかな妖力が感じられた。


「お守りだよ。秀麿を誰かが襲った時、それが守ってくれるように」

「え?」

「今、えっと、キツネさんの気を入れてもらったから、大丈夫、ね?」


 最後の言葉は部屋の隅で丸くなって寝ていた、文目の式神となったキツネに向かってだった。キツネは面倒くさそうに眼を開けて、フン、と鼻を鳴らしてまた目を閉じた。

 秀麿は、いつキツネがそんな事をしたのだろう、と少しだけ思ったが、文目が言うのだからそうなのだろうと思った。そして分かったよというと、その石を袖のなかに入れた。


 当主が文目(に扮した秀麿)を連れていくと返答すると、すぐに御殿に参上するようにとのお達しが出た。

 当主は秀麿の顔に、文目の文様に似た化粧をさせ、家にある一番良い着物を着せて連れ出した。

 秀麿はすでに前髪を真ん中から分けた髪型の深曾木だったが、文目はまだおかっぱだったので、それも揃えさせた。そして頭から布をかぶせ、周りの者に顔が見えないようにして牛車に乗せて宮中へ出向いた。



「お前が文目か」

「……はい」


 御簾越しに帝と面会をする。宮中に入った時点で頭の布は取っている。

 当主の斜め後ろで、絶対に指示されるまでは顔を上げるなと言いつけられた秀麿は、下を向いたままで返事をした。


「妖怪をその身に降ろしているとか。どれ、面をあげて見せろ」


 帝の言葉に、当主が小声でそうしろ、と言ったので、秀麿は顔を上げて正座しなおした。


「ほう、顔に文様がうかんでおるな。噂どおりじゃ」

 

 満足そうに言う声を聞きながら、秀麿は文目から預かった石をどうやって置こうかと考えていた。


「妖が見えるのだろう? 今、ここには何がいる?」

「……大きいものだけで良いですか?」

「小さいものもいるのか!?」

「小さいものでしたら、そこここに。今、わたしの前にも、2寸くらいの鳥が着物を着ている妖がこちらを見てうろうろしています」

「ほ、本当か! 大きいものは、どこにいる!」

「形の崩れた黒いものが、帝の後ろにいます」


 秀麿の言葉に、御簾が揺れた。帝が立ち上がったらしい。


「は、はやく祓え! 祓ってくれ!」

「それは祓わなくても大丈夫です。帝の周りに漂う、悪い気を餌にしているので、それがいてくれた方が良いです」

「そ、そんな妖もいるのか!?」

「悪い感情のかたまりを食べたがる妖は多いです。ここにいる妖たちは、陰陽師の方々が大丈夫だと判断したものたちですから、悪い妖はいません。悪い事をしていないのに祓うのは、かわいそうです」

「そ、そうなのか?」

「この町のどこにでも、妖はいます。みんな自分が住みやすい所にいます。悪い事をしたら祓われるのは当たり前ですが、何もしていないのに祓われたら怒ります。怒ると悪い事をします。だから、悪い事をしていない妖は、祓ったりして怒らせない方が良いです」

 

 秀麿は修行を始めた当初に師匠に言われたことを、帝に伝えた。それに自分たちは実際に妖と接した時も、そう思った。

 以前、文目と共に助けた河童がいたが、あれが怒ると水辺での事故が起きるという。文目はあれを助けていたから、あれから雨が降るとか川の水が増えるという情報を教わっていた。


「妖は悪い事だけをするのではなく、うまく友達になればいい事もしてくれます。ですから、いまここにいる妖たちは、祓わないでください」

「そ、そういうものなのか。分かった、そうしよう」

「ありがとうございます」


 秀麿は頭を深く下げた。一緒になって目の前の小さな鳥が、秀麿に頭を下げている。秀麿はふふふと笑って、その鳥に指を差し出すと、その鳥も手を出してきたので、ちょんと触れさせる。


「……それは何をしておるのだ?」

「ここにいる鳥を触っていました」

「おおお! 本当におるのか。わしも見てみたいものだ!」


 そう言われてももともと見えない人に見せる事は出来ない。もしかしたらそういう術があるかもしれないが、秀麿は知らなかった。


「時にお主、陰陽の術も使えると聞いた。何かやってみせてくれ」

「……はい」


 この要求が出ても絶対に攻撃魔法は使うなと当主に言われている。文目と相談して決めた術を披露することにした。


 秀麿は袖から紙を取り出す。すでに三寸程度の大きさの人型に切ってあるそれらを左手に乗せ、右手をその上に被せて、手の隙間からフッと息を吹き込んで、手を放す。

 当然紙は下に落ちるはずだが、秀麿の手から離れた紙は、秀麿の前に横に一定間隔に並んで立った。おお、と帝の感嘆が上がると同時に、その紙はその場で飛んだり跳ねたりといった踊りを踊り始めたではないか。


「おおお! すごいすごい!! それは何という術なのだ!?」

「ヒトガタに術を掛けて、式神にして、躍らせています」

「式神! 初めて見た!」


 帝は大喜びだった。


 妖と合体した子供の話など、全く信じていなかった。だがそんなものがいるとしたら、何をしでかすか分からないから、生かしておくわけにはいかない。陰陽師たちは口々にそう言った。だが帝は子供を殺す、という事をためらった。そこで控えの間に陰陽師たちを待機させ、その子供と帝が対面し、危険な存在だと帝が判断したらその場で殺すつもりだった。


 だがどう見ても、見た目は異常だが、あれはただの子供だった。今もニコニコと自分の式神が踊るのを楽しそうに見ている。

 もしかしたら『妖と合体した』というのは当主の嘘なのかもしれない。ただ妖を見たり、陰陽術を使える素質がある子供をそう言っているのかもしれない。

 しばらく様子を見よう。帝はそう判断した。


「文目とやら。なかなか面白い術を見せてもらった。褒美をとらせよう。……そうだな、元服したら陰陽院に入るがいい」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。それだけの実力があるのなら、役に立つだろう」

「ありがとうございます!」


 当主と一緒に秀麿は頭を下げた。陰陽院に入れば陰陽の研究が出来る。もしかしたら文目の術を解くことが出来るかもしれない。秀麿は心から嬉しく思った。


 当主はあまり面白くなかった。もっと派手な術を見せればいいものを、あんな地味な、子供っぽい術を見せるとは。それに陰陽院では、その他大勢の陰陽師と変わらないではないか。

 まあ帝の推薦があるのだから、出世は約束されているだろうが。とりあえずは帝と顔つなぎが出来た。今回はそれで良しとしよう、と伏せた顔でニヤリと笑った。


 そのまま二人は下がらされた。秀麿はぎりぎりで文目から受け取った石を畳の上に落とすことが出来て、ホッとして当主に付いて退出した。



お読みいただきありがとうございます。すみません全然宮中の事とか分かりません。「ふいんき」でお願いします!

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