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君は僕の、座敷童  作者: 歩芽川ゆい
11/13

11:最後の戦い

 それは巨大な蛇のような、竜のような妖だった。部屋の半分はあるだろうその妖は、どうやら周りの妖の能力も喰い、その大きさまでなったようだ。今までは部屋の奥にいたのが、全てを食い尽くしながら手前に出てきたらしい。

 

 流石に最後まで残っているだけあって、そのあまりの強さに、堅固な上級結界術を使っても一人だけでは支えきれず、文目と秀麿の二人ともが守護術に回った。この術は外側からの攻撃は跳ね返すが、内側からの攻撃術は通す。結界内に守られた三匹の妖たちが、内外からの攻撃術を繰り広げるが、あまりの強さに手を焼いた。


 攻撃は丸一日に及び、幼い二人は体力が限界になってしまった。


「あやめ、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶ! 秀麿君は?」

「僕もがんばれる!」

『さすがに強いな。うろこが硬すぎて直接攻撃しか通用しないが、お前たちの結界から出るとアイツの毒に当てられてしまう』


 しっぽが3つあるキツネが愚痴る。


『俺の爪と牙は何とか通じるが、アイツ、回復術までもってやがる』

『アレは吸収型の妖を何匹も食ったわね。それで回復も攻撃も防御も出来るんだわ』

 

 トラのような妖に、鮮やかな色でしっぽの長い鳥のような妖も言う。

 

「どうしたらいいの?」

『あのうろこが邪魔なのよ』

『ああ。だがどこか切り裂ければ、そこから内部を攻撃できる』

『そう思って攻撃すること丸一日、まさかの回復技でまったく打撃になってないがな』


 文目の質問に鳥と狐が答える。


『しかも攻撃が強い。この結界から出たら、毒霧攻撃でこちらがやられてしまう』

『私が風で弾き飛ばしてはいるけれど、私をめがけてしっぽ攻撃が来るしね!』

『それを弾きながら腹の一点を攻撃しているんだがな』


 もしも二人の子供の結界が無かったら、上級妖の三匹でもアレには太刀打ちできなかっただろう。一日粘れているのも、この結界のお陰だ。

 三匹は粘り強く、地道な攻撃を繰り返していた。いくら回復が出来るとはいえ、いつかは相手の妖力も弱まる。攻撃が回復力を上回れば打撃を与えられるはずだ。

 持久戦しかないのだが、これだけ長引くと三匹の妖力も危うくなってくる。それよりも子供たちが限界に近付いている。

 術を維持しながらもフラフラの文目。それを励ましながらもこちらもフラフラの秀麿。だが守護結界は二人にしか使えないのだ。


 気力だけで呪文を続ける文目と秀麿に、足元で心配そうに跳ねていたウニが、同じように飛び回って文目を励ましていた鳥二匹と、フワフワ丸々な妖二匹を集めて何かを話合い始めた。


 三匹も文目たちもそれを横目で認識していたが、戦いに精一杯でそれどころではない。必死に呪文を唱え、トラと鳥が結界から出て攻撃を加え、キツネが妖術で電撃を食らわせる。


 文目の頬にふと暖かいものが触れた。ウニ以外の四匹が、一匹ずつ文目の頬にその体を一瞬擦り付けたのだ。文目はぼうっとした頭で、なあに? と声をかける。次の瞬間、文目の悲鳴が響き渡り、寝落ちかけていた秀麿と三匹が文目を見た。正確には、文目のすぐ隣にいるウニを。


 ウニがその体をほとんど口にして、残り四匹を食べていた。

 一瞬で口に消えていく四匹に、文目と秀麿は呆然とする。すべてを食べ終わったウニは、むくむくと大きくなり、文目と同じ大きさまで膨れ上がった。思わず文目が後ずさる。

 ウニはそのまま結界の外に飛び出し、あたりを自由自在に飛び回って、ものすごい速度で、巨大な相手の口の奥に飛び込んだ。


 次の瞬間、相手の動きがすべて止まった。

 『今だ!』という思念が、白いキツネから放たれる。呆然としていた幼子たちはそれですべてを悟り、瞬時に結界を解き、ありったけの力で、全員で攻撃魔法を叩き込んだ。文目も秀麿も、気力の限り叩きつけた。


 二人と3匹は、とうとう巨大な最後の妖を、倒したのだ。


 相手が地響きを立てて倒れ、妖気をまき散らしながら、その体が塵と化して消える。完全にその姿が消えてから慎重に周りを探っても、大鳥とキツネとトラがあたりを探ってきても、もう他の妖はいなかった。


 勝ったのだ。


 幼子二人と、三匹の妖は、勝ち残ったのだ。


 小さな五匹は低級の妖で、それぞれでは文目を守る力も、相手を攻撃する力もなかった。

 だがウニは能力吸収強化型の妖だった。三匹が内部から攻撃するしかないと言っているのを聞き、自分が他の四匹を吸収することで全員の能力を強化すれば、相手の動きを止める事が出来るはずだと考えた。

 その作戦をウニから聞いた四匹はそれに同意して、文目に最後の別れをして、ウニに吸収された。

 ウニは鳥の飛行能力で飛び回って速度を上げ、口の奥に飛び込み、ウニのトゲで口内と喉を傷つけた上に体を固定して、そこで自爆した。フワフワだった二匹の体液は麻痺系の猛毒だったので、ウニによってさらに強化された毒を口内にまき散らし、少しの間だが、蛇のような妖の動きを止めたのだ。

 自爆されて口を閉じられなくなり、衝撃で動けなくなった蛇は、さらに麻痺のお陰で回復も出来なくなった。それを悟ったキツネの一言で、全員が口の中に向けて攻撃をすればどうなるか。


 五匹の捨て身の作戦のおかげで、文目は勝ち残れたのだ。


 彼らの犠牲に、文目は泣き崩れ、そのまま意識を失った。秀麿も体力の限界で、檻越しに文目の手を握って、同じように意識を失った。


 もう他の妖はいないかどうかを確認したキツネも鳥もトラは、文目の周りに集まって、眠る文目を守るように寄り添った。


 二人はよほど疲れていたのだろう。一昼夜寝続けた。最後の五日間の戦闘は、本当に過酷を極めていた。文目と秀麿だけでは、到底生き残れなかった。文目が五匹の妖を保護したからこそ、それに興味を持って仲間になってくれた三匹がいたからこそ、なんとか生き延びられたのだ。


 五日間、食事も睡眠も最低限しかとらなかった二人は、食べるよりも寝続けた。三匹が心配になって時折触って確かめるくらいに深く寝続けた。


 二十九日目の夕方、ようやく秀麿が目を覚まし、まだ寝ている文目を残して、食事を取りに行った。


 昨日一日現れなかった秀麿がいきなりお勝手に現れたことで、心配していた使用人たちから歓声が上がった。驚く秀麿に、用意しておいた食事を運びやすいように箱に詰めて風呂敷で包んでおいてくれた。その背中には着替えを背負わせ、濡れ手ぬぐいを何本も持たせた。それに竹筒も持てば大荷物になったが、秀麿は嬉しそうにお礼を言って、戻ろうとしたその時。


「驚いたな、まだ生きていたのか……!」


 後ろから当主の声がした。秀麿はぎっと睨みつける。


「杜若のも、生き残っているのか?」

「はい」

「おおお……!」

「明日が約束の三十日目です! 文目を出してください!」

「今、妖は何匹残っている?」

「全部倒しました! だから、文目を出して!」

「本当か!?」

「本当です! 文目を出してください!」

「……わかった、明日朝、術師を連れてくる。それまで待て」

「本当でしょうね! 文目を出してくれるんでしょうね!」

「ああ、出すとも」


 にんまりと笑う当主に、秀麿は嫌な感じを受けながらも、頭を下げて、大荷物で部屋に戻った。文目は起きていて三匹と遊んでいた。


「秀麿くん、おはよう」

「うん、おはよう。でももうお外は夜だったよ?」

「ええ? そうなの?」

「お腹空いたでしょ、早く食べよう? 着替えももらってきたし、濡らした手ぬぐいも、もらってきたよ」

「ありがとう、いただきます」


 文目はふにゃりと笑い、手を合わせて秀麿から差し出された握り飯を美味しそうに頬張った。食べながら、秀麿は父親に会ったこと、明日には出して貰えることを、文目に伝える。文目は喜んでいた。そうして、三匹に、外に出ても友達でいてほしいと頼み、三匹も快く了解した。そうしてつかの間の穏やかな夜を、二人と三匹は過ごした。


 次の朝、目が覚めて秀麿が朝食を取りに行く。お勝手では食事とともに、旦那様の伝言を使用人が伝えてくれた。秀麿は食事をもって戻り、文目に言った。


「朝ご飯を食べ終わったころに、術師と一緒に当主さまが来るって。そうしたらここから出られるよ!」

「やったあ! よかった! 早くお母様に会いたい……!」


 文目はわずか五歳なのに、ひと月も家族から離されていたのだ。涙ぐみながら食事をし、着替えて、当主が現れるのを待った。

 ほどなくして当主が秀麿の父と、術者と共に部屋に現れた。


「本当に生き延びている……」


 思わずといった口調で術者が漏らす。


「早く、文目を出してください!」


 秀麿は術者に噛みつくように言った。すると当主が


「その前にやることがある。秀麿、お前は外で待っていなさい」

「嫌だ! 文目と一緒にいる! 一緒に、ここを出る!」

「分からないやつだな。お前はいらないのだよ。さっさと外に出ろ」

「嫌だ! 文目と一緒に出るんだ!」


 叫ぶ秀麿に、当主は父に合図を出した。父は、秀麿を後ろから抱えて持ち上げた。


「放せ! 放せえええ!」

「さっさと連れていけ! この部屋に戻らないように見張っていろよ!」


 当主が吐き捨てる。父はそのまま暴れる秀麿の口を手で押さえ、片手で軽々と押さえて、部屋から出てしまった。秀麿は悔しくて悲しくて泣きながら暴れた。また文目を傷つけるつもりだ! 僕が守るって言ったのに! 力の限り暴れてもしょせん幼子の力、大人にはかなわず、そのまま庭に乱暴に放り出された。ゴロゴロと転がって、植木にぶつかってようやく止まる。

 土埃まみれの痛む体を泣きながら起こせば、縁側に仁王立ちになった父が、冷たく秀麿を見下ろしていた。


「ここで待っていろ、ガキが」

「文目の所に戻ります!」

「うるさいんだよ!」


 秀麿が縁側に戻ろうとすれば、父は容赦なく蹴り倒した。悔しいが大人の力にはかなわない。それならと秀麿は向きを変え、家の外に飛び出した。師匠なら、師匠ならきっと文目を助け出してくれる、そう思ったのだ。そうして飛び出したところに師匠がいた。


「お師匠様!」

「秀麿! 無事だったか! 文目は!?」

「無事です! でも、まだ出して貰えないんです!」

「なんだって?」

「やることがあるから、って。僕は邪魔だから外に出ろって! お師匠様、文目を助けて!」

「……文目で術を完成させるつもりか! 外道め! 分かった、間に合うかどうか行ってみよう!」


 師匠が家に入ろうとしたその時、


 空気が震えた。


 音にすれば ドン! だろうか。重苦しい巨大な妖気が、焔乃山の家の上空に現れた。辺りは暗くなり、そうしてそれは渦を巻きながら、屋敷の上部に集まってくる。そのあまりの瘴気に、使用人たちがバタバタと倒れていく。師匠が咄嗟に結界を張り、それを式神たちが強化したため、秀麿は影響を受けなかった。


 何かとてつもないことがあの中で起きている。そしてそれに、文目がかかわっている。そう思った瞬間、秀麿の脳内に文目の悲鳴が響き渡った。


「文目、あやめーーーーーーー!」


 絶叫して駆け寄ろうとする秀麿を、師匠は抱き留めた。


「だめだ! 今ここから出たら、ただじゃすまない!」

「文目が、文目が!!」

「一般人なら気を失うだけで済むだろうが、お前は下手をするとあの中に取り込まれる! だめだ!」

「文目、あやめーーーー!!」


 助けるって言ったのに! 僕が守るって言ったのに!!

 秀麿は絶叫する。師匠は黙って、秀麿を抑え続けた。


 焔乃山家上空の妖気がどんどんと濃くなり、そうして、雷が発生したかのように、稲妻が光り、ひときわ大きなドーン! という音がして、いきなり明るくなった。


 異常に気が付いた近隣の住民も恐る恐る寄ってくる。その中に、杜若家の人もいた。


「秀麿ちゃん!」

「あ……! 文目の母上様!」


 文目の母親が、秀麿を見つけて、文目の小さな弟、しょうの手を引いて、走ってきた。


「なんだか雷が落ちたみたいだけど……。おうちは、文目は大丈夫なのかしら……。秀麿くん、文目と一緒にいたのよね?」

「文目なら、元気です! でも、中に……!」


 その時、家の中から秀麿の父が出てきた。


「おお、杜若の。ちょうど呼びに行こうと思っていたところです」

「あの、雷は大丈夫だったんですか? それに文目は……」

「雷ですか? そんなものは問題ありませんよ。文目君も元気にしていますよ。どうぞ中へ。弟君もどうぞ? あと秀麿も、来い」


 秀麿は父を睨みつけつつも、師匠にうなずいてみせて、父の後を付いていった。そのあとを文目の母と弟が続いた。

 迷路のような廊下を進んでいくうちに、秀麿にはもの凄い妖気が一点に集中しているのが感じられた。ひと月の間、確かに文目の居た空間には妖気が籠っていた。もの凄い数の妖がいたのだから、当然だ。


 だがそれはその狭くも広い空間全体に広がっていて、ここまで濃いものではなかったのだ。だが今はどうだ。濃縮され尽くされたような濃い妖気が、ひと所に固まっているように感じる。文目は無事なのか、秀麿は父を追い越して駆けだした。父に一度名前を呼ばれたが、制止はなかった。

 秀麿は全力で走り、バン! と襖を開けた。そこには当主と、術師が檻の前に立っていて、檻の向こうには文目がいた。


「文目! 大丈夫!?」


 秀麿は一直線に文目の元に走った。檻に手をかけて叫ぶ。文目は檻からは少し離れた場所に、正座をして上を向いていた。そのせいで顔が見えない。


「文目! 文目!」


 ずっと一緒にいたキツネとトラ、そして鳥の姿が見えない。その名前を呼びたかったが、術師に聞かれたくなくて、秀麿は必死に文目の名前だけを呼んだ。その呼びかけが聞こえたのか、文目の顔がゆっくりと動き、正面を向く。


「あ……あやめ……?」


 薄暗い室内でも、なぜかよく見えた。


 文目の奇麗な肩までの黒髪は、ほうじ茶のような茶色に代わり、そのほうじ茶のようだった瞳の色は、赤くなり、目元や頬、額には赤い文様が浮かんでいる。


 そしてその体から漂う妖気。


 もの凄いなんて言うものじゃない。思わず秀麿の体に震えが走るほどに、すさまじい妖気だ。ここに閉じ込められていた妖、全部の妖気を文目がまとまっているといっても過言ではない濃さだ。


「文目、文目、お願い、声をきかせて!」

「……秀麿……くん」


 弱々しくも聞こえてきたその声は、文目の物だった。良かった、無事なんだ! と秀麿は檻に顔を入れんばかりの勢いで、喜んだ。


「文目、文目! 今、出して貰うから! 当主さま! 早く文目を出して!!」

「出してやるが、もう少し待て。あまり騒ぐなら、また連れ出すぞ!」


 秀麿はぐっと詰まった。一刻も早く文目を出してやりたいが、また自分が連れ出されている間に文目に何かあっても困る。おとなしくしているしかない。


 文目はなぜか離れた場所で座ったまま、動かない。秀麿は少しでも触りたくて、必死に檻に入れた手を伸ばすも、まったく触れない場所にいるのだ。


「文目、文目、こっちへ来て。もう出られるんだから、こっちへ来て!」

「でも……、僕、なんか、変でしょ……?」


 文目がその両手の甲を秀麿に向ける。そこには、黒い文様が浮き出ていた。


「ちょっとお目目が赤いし、頬っぺたにも赤いのがあるけど、文目は文目だ! 変じゃない!」

「でも、でも……」


 文目の声が涙声になる。ああ泣かないで、僕が守るから! もう、離れないから! 秀麿は必死に、文目を呼んだ。


「文目!?」

「……お母様」


 女性の声が響いた。文目の母が到着したのだ。母親が駆け寄り、秀麿の隣で檻を掴む。


「ああ、何と言う事なの、何なのです、この檻は! なぜ文目はこの中にいるのです!」

「杜若の。ご子息は無事にひと月の修行を終えられた。まったく、大した子供だ」


 焔乃山家当主が腕を組んだまま、鷹揚に言う。


「もう、文目をお返しいただけるのですよね!」

「残念ながら、文目を杜若家にお返しするのは、無理です」

「何故です!?」

「この修行は、この焔乃山家の繁栄と存続に尽力してもらうためのものなんですよ。その為に、文目にこの屋敷にいてもらう必要がある。なに、ご協力いただいた杜若家も繁栄を保障しますよ。焔乃山家と一緒に、永劫に存続できるようにね」

「何を言っていらっしゃるのか分からないのですけれど」

「私に任せておけばいいんです。杜若さんも出世したいでしょう? 文目は、修行に寄ってそのための存在へと生まれ変わったんです。いや礼は要りませんよ。お互い様ですからね。ただねえ、まだ文目が焔乃山家に忠誠を誓ってくれないのですよ。だからね、奥方さん、文目がウチに忠誠を誓うように協力してください」

「忠誠って……! 文目はウチの跡取りです! 勝手に焔乃山家の子供にされるわけにはいきません!」

「でも見てごらんなさい、文目を。申し訳ないが、修行のせいで見た目が変わってしまった」


 母親はその言葉にもう一度文目を見て、一瞬息を飲んだ。だが、


「見た目がなんですか! 文目は文目です! 私の子です! 連れて帰ります!」

「分からない人だな。修行であんな見た目になってしまったあの子を、うちが責任を取って引き取ると言っているのですよ。あんなの、外を歩かせられるとお思いですか?」


 いつの時代でも、他と見た目の違うものは生きにくいものだ。髪だけならともかく、目やあの顔の文様では、使用人すら露骨に嫌がる物も出るだろう。母親は途方に暮れて、その場に座り込んだ。長い髪が畳に広がる。そして当主が文目に呼び掛けた。


「文目。焔乃山家に忠誠を誓え」

「ちゅうせい……って、なあに?」

「ああ、焔乃山家の為に、その力を使うのだ。焔乃山家に決して逆らわず、おとなしく言うことを聞く事だ」

「……ぼく、おうちに帰りたい」

「お前みたいな化け物が通りを歩いてみろ、都中が大騒ぎになってしまう。お前はここで生きていくのだ」

「いやだ、ぼくは、おうちに帰る! ひと月修行したら帰れるって言ってたじゃないですか!」

「ひと月生き残ったら、ここから出してやる、と言ったのだ。帰すとは言ってない」

「いやだ! 帰る! ちゅうせいなんて、誓わない!」

「そうか。ならば」


 ビシュッ……!


 当主の言葉と同時に妙な音がした。今まで当主と文目だけに注目していた文目の母も、文目も秀麿も、全員がその音の方を見て、息をのんだ。


「可愛そうに。お前が誓わないから、こんなことになってしまった」


 秀麿の父の手には刀が握られていた。そして、その血に染まった刀の先には。


「菖ちゃん……?」


 文目の弟が、血だまりに倒れていた。


「いやーーーーーーー!」


 文目の母親が絶叫を上げ、倒れている弟に駆け寄り、その体を抱き上げる。しかしのど元をかき切られた幼子は、すでに息をしていなかった。


「イヤーーーーーーーーーーー!!!」

「文目。焔乃山家に忠誠を誓え」


 絶叫する母親を無視し、当主は再び文目に言った。文目はただただ、呆然としていた。それにちっと舌打ちをした当主は、秀麿の父に顎で指示を出す。そうしてニヤリと笑った秀麿の父が、再び刀を振りかざし。


 ドサリ、と母親が倒れた。体の下に赤が広がる。


「お母様……? おかあさま!?」

「当主さま……! なんてことを……!」

「文目。早く誓わないと、次はそうだな、秀麿を殺すか」

「いやだ、いやだ……!」

「うん? 何が嫌なのだ? 忠誠を誓うのが、嫌なのか?」


 当主は言いながら秀麿に近づき、その体を持ち上げる。


「止めてやめて! 英秀麿くんを殺さないで!! やめてーーー!」

「なら誓うか。焔乃山家への忠誠を」


 笑いながら言う当主に、文目がうなずきかけた時、秀麿が暴れながら叫んだ。


「文目! だめ! そんなのだめ! 僕は殺されたっていい! 文目は自由になって!」

「誓う、誓います! だから、やめてやめて、秀麿くんを殺さないで!!」


 ドスン、と音がして、文目は思わず瞑った目を、おそるおそる開けた。そこには着られることなく落とされた秀麿がいた。


 良かった無事だった……。へなへなと座り込んだ文目の、その赤く染まった眼から涙が零れ落ちる。


「よし。今後は焔乃山の当主のいう事に絶対服従だ。……ああ、絶対に逆らわずに、いう事を聞け。いいな? 逆らったら、秀麿を殺すからな」

「……はい」

「文目、だめだ! 僕は殺されたっていいから、そんな約束しちゃだめだ!」

「ああ、秀麿。お前が私の言うことを聞かないとな、ソイツの式神を、殺すぞ」

「……え?」


 当主が今度は術者に合図を送ると、術者の横に、キツネとトラ、そして鳥が現れた。


「本来そいつらも文目に吸収させるはずだったのだが、そいつらが式神として文目の従者になるというから、特別に許可した。だがな、特別な術を掛けてあるから、秀麿、お前が私や焔乃山家に逆らったら、その術者が式神を殺すことになっている。さあ、どうする? 文目の式神を殺したいのか?」


 わなわなと秀麿は震えた。あの三匹を文目がどれだけ大切にしていたか。文目に大切にされていたかを秀麿は目の前で見ていた。当主は嫌な笑いでそんな秀麿を見ている。

 自分が死ねば文目を助けられるなら、自分は死んでもいい。でもそれは文目が止めた。そして自分が逆らったら、文目の式神が殺される。


 幼い子供達には、どうしようもなかった。二人で檻越しに手を握り合い、泣くしかなかった。


 そんな二人を尻目に、部屋にハハハハと当主の笑い声が響く。


「これで、これで焔乃山家は未来永劫、繁栄し存続し続ける! 文目がいる限り、焔乃山家は安泰だ!! ハハハハ!!」


 勝ち誇ったような当主を、秀麿は悔しさで涙の滲む目で、睨みつけた。


「当主さま、もう文目をここから出してください。約束でしょう?」

「ああ? ああ、もう少し待て。今出す準備をする」

「いつ、出してくれるんですか!」

「そうだな……。夕方だそうだ」


 術師とやり取りをして、当主は答えた。今度こそ出して貰える。二人は手を握り合った。

 

 そうして当主は、こと切れた二人の遺骸を秀麿の父と術者に持たせて、部屋を出て行った。


 静寂の戻った部屋には、文目と秀麿、そして三匹の妖だけが残った。檻の外に出た三匹は、檻の中には戻れないそうだ。この檻には強力な結界が仕掛けられていて、行き来が出来ないようになっているらしい。三匹と秀麿は、できるだけ文目の側に近付き、何も呆然としている文目を見守り続けた。


 当主たちが廊下を抜け、座敷に戻れば、杜若の当主と秀麿の師匠が庭に待ち構えていた。面倒なことになりそうだ、と当主は一つ舌打ちをした。



 秀麿は何度も時間を調べに外の様子を見に行き、その都度文目のために握り飯や飲み物をもって戻った。文目は何もいらない、と口にしなかったが、それを三匹の妖にあげてと言い、代わりに三匹が食べた。妖である彼らには人と同じ食料は必要ない。だが幼子の心を思い、彼らはそれを食べた。秀麿も食欲はなかったが少しだけ食べた。


 今日に限って時間が進むのが遅く感じる。

 外の日が傾いてきた頃、当主と術者が戻ってきて呪文を唱えると、開かずの檻に扉が出来て、ようやくひと月ぶりに文目は、檻の外に出たのだった。


「文目。この部屋からは出してやるが、この家の敷地からは出てはいけない。いいな?」

「はい」

「秀麿、お前は文目を敷地の外に連れ出そうとするなよ」

「……はい」

「文目は敷地からは出てはいけないが、あとは自由にしていていい。あの部屋に戻ってもいいが、文目の部屋は別に用意してある。今後はそこを使え。分かったな?」

「はい」


 二人は頷くしかなかった。そうして秀麿に連れられてひと月ぶりに出た縁側で、文目は呆然と夕焼けを眺めていた。



 文目がようやくあの檻から出たその夜。二人で体を清めようと秀麿は使用人にお願いして湯あみの準備をしてもらった。そうして風呂のお湯の温度を秀麿が確かめに一足先に風呂場に入っていると、秀麿くん、と震える小さな声で文目に呼ばれた。


 どうしたの? と振り返ると、文目が着物を羽織った状態でブルブルと震えながら、その目から涙をこぼしていた。秀麿は慌てて脱衣所の文目に駆け寄った。


「どうしたの? 寒いの? どこか痛いの?」

「違うの……。これ……」


 文目がその着物の前をはだけると、そこから出てきたのは、全身に浮き出た文様だった。さすがに秀麿も息をのむ。文目の白い肌にびっしりと色とりどりの文様が絡み合いながら浮き出ている。


「手に、足に、腕に文様があるのは知ってたけど、全部なの……。ぼく、バケモノになっちゃった……」

「違うよ! 違う!  文目はバケモノじゃない。そんなのただの文様だよ、大丈夫! 文目は、文目のままだよ! なんにも変わってないよ!」


 秀麿は泣きじゃくる文目を必死に抱きしめた。手の甲と腕の文様は独立していて、あまり大きくはなかった。だが体の文様はどうだ。ツタのように全身に浮き出ており、色も手のような黒ではなく、赤や青、黒ともっと様々な色のそれぞれが絡まり、伸び、文目の白い体を覆っていた。秀麿は何とか文目を慰めようと、必死だった。


「かっこいいよ、文目。それ、かっこいいよ。手の文様もすごくいいし。体のも、きっと文目を守ってくれる文様なんだよ」

「……」

「ねえ、僕もその手の文様、同じの入れたいな。お揃いで。カッコいいと思う!」

「そうかな……」

「うん! かっこいいよ。大丈夫だよ!」


 何とか文目は泣きながらだが、かすかな笑顔を見せてくれた。。


 あの檻にひと月も閉じ込められ、目の前で母と弟を殺された。そのうえ自分の変化。これがもう少し現実を見える歳だったら、心が耐えられなかったに違いない。


 秀麿に宥められ、褒められ、文目はやっと着物を脱いで、風呂場に入った。

あの檻の中でも体は何度か拭いたけれど、風呂はひと月ぶりだ。たっぷりとかけ湯をして、秀麿がその体を、褒めながら洗ってやる。背中、腕、足、その体。くすぐったいと小さな笑い声をあげる文目を、お湯に浸した手ぬぐいで何度も拭った。


 そうして、秀麿は唐突に気が付いてしまった。

 文目の左胸にひときわ大きく描かれている文様。それは最後に倒したあの妖の姿を模したものだと。その周辺の文様もまた、終盤文目たちが倒した妖の姿を模したものだった。

 そうして秀麿は理解してしまった。


 この体の文様は、あの檻の中にいた妖たちなのだ。色もその個体の色なのだろう。あれらが文目の体に入り込んでいる証なのだ。手と顔は別のようだが。

 秀麿は文目に分からないように泣きながら、その体を念入りにこすっていった。


 ひと月分の汚れを落とし、文目が先に湯船につかり、続いて秀麿も自分を洗った。秀麿は師匠の所で禊をしていたので文目ほどではなかったが、念入りに洗って、湯船に入ろうとした時、また文目が泣いているのに気が付いた。


「どうしたの?」

「手と、体だけじゃなかったんだね……」

「何が?」

「この、文様。顔にもあったんだね……」


 ちょうど月明かりが湯船に落ちていて、それを掬おうとした文目が、自分の顔も湯船に写っていることに気が付いた。その日は満月だったし、風呂場には明かりが付けられていたから、それで見えてしまったのだ。


「本当に、ぼく、バケモノだ」

「……」


 泣きながら笑う文目に、秀麿はバシャン! と勢いよく湯船に飛び込んだ。

 その波紋で月も文目の顔も、揺らめいて見えなくなった。


「文目は文目だよ。その体はかっこいいし、その顔もきれいだよ!」

「秀麿くん、さっきぼくの目が赤いって言ったよね」

「きれいな赤だよ。とってもきれい」

「ぼくはバケモノなんだ」

「違うよ。文目は、文目のままだよ。何も変わらないよ。今までも、これからも!」

「……」

「文目がその文様気に入らないなら、僕が消してあげるから!」

「どうやって?」

「今は無理だけど、もっといろんな術を学べば、絶対に消せるから。僕が、消してあげる」

「……消えなかったら?」

「僕もお揃いの文様を体に入れる! 強そうでかっこいいもん、それ!」

「……強そう?」

「うん、すごく! 強そうで、きれい!」

「そうかな」

「うん!」


 鼻息荒く言う秀麿に、ようやく文目も笑った。そうして二人は額を合わせて、大丈夫、を繰り返し、長湯を心配した使用人が来るまで、湯船ではしゃいでいた。

まだまだ続きます。

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