家族になる魔法 ~家を召喚できる世界で異端扱いされてたけど、どうやら現代日本家屋を呼び出していたらしく偶然訪れた美少年と同棲することになりました~
心温まる異世界恋愛を目指して書いてみました。
よろしくお願いいたします。
この大陸には、家魔法を使う家族という人間たちが住んでいる。
私たちイエ族の人間はみな、生まれた時に土地神様からこの家魔法を授かるのだ。
家魔法がどんな魔法かって?
そりゃあ当然、家が出る魔法だよ。
とある呪文を唱えればポン、とあら不思議。
一瞬でドドーンと不思議なお家が飛び出てくるのだ。
魔法って言っても、別に難しいモノじゃない。
莫大な魔力も、特別な儀式さえも要らない。
口を開けて起動呪文をたったひと言、『ビルド!』って唱えるだけ。
だけど、一度召喚して出てきた家は一生変わることはない。
もっと言えば、どんな家が出て来るかも土地神様しだいなのだ。
それがちょっと……いや、だいぶ不便なところなんだけど……。
土地神様に見放されてしまった私は、帰ることの出来る普通の家を持っていない。
だから周りからは――宿借り――と呼ばれながら生きている。
◇
この大陸を治めているヴァルト王国。
私はその国の王都で生まれ、十六歳になった今でもずっとここで暮らしている。
お父さんは何故かもう居なかったけれど、私には大好きなお母さんがいた。
お母さんはとっても美人で、城のメイドとして働くぐらい優秀な、私の自慢のお母さんだった。
『ポルテちゃん、あなたもお母さんと同じ黒髪に黒目だから、将来はきっと美人になるわよ!』
そんなことを言って、私の頭を優しく撫でてくれたお母さん。
……だけど、数年前に流行った伝染り病でお母さんは呆気なく死んでしまった。
唯一の家族を亡くしてからは、私はずっと一人であの暗い家に住んでいる。
私は今日もヴァルト城での日雇いの仕事を終えて、街の外へと向かって歩いていた。
この国では、自分の家を建てられる場所は家のランクで決まっている。
何も取り柄のない私の家は、街の外れにある川辺のヒマワリ平原の中にしか建てることが出来なかった。
まったく、今日はツイていない日だった。
お母さんの伝手で紹介してもらった王城でのお仕事も、今日限りでクビになってしまった。
なんでも昨晩、王城に盗賊が侵入したらしい。
秘宝か何かを盗まれたらしく、身分のしっかりした者以外はお城に出入りするのを禁止されるからだそうだ。
いくら私が母の代から働いていると身の潔白を訴えても、城の偉いお役人さんは首を縦に振ることは無かった。
お陰様で今の私は、職無しの一文無し。
ロクな家も持たない自分が、明日から一体どうやって生きていけばいいのかも分からない。
……よし。せっかくだから、少しだけ道草を食っていこう。
今日の夕飯のために、道端に生えている食べられそうな草を探しながら帰ってみる。
――だけど今日はやっぱり、さっさと家に帰っておけばよかった。
幾つか食べられそうな雑草を採取できてホクホク顔で歩いていたら、その前を数人の少年少女たちに阻まれてしまった。
「よぉ、ポルテ!! 俺たちに見せてくれよ、お前のレアな家魔法をよ!!」
「きゃはははっ。相変わらず貧相な身体をしているわね、『宿借り』オンナ!!」
「今日も黒髪女のヘンテコな家を見に来てあげたわよ!!」
「はーやーくー!! クフフフッ!!」
顔を上げると、眼前には私と同じ歳の少年とその取り巻きが、ニヤニヤと笑いながら私のことを見下ろしていた。
(――はぁ、またアイツらが来た。どれだけ今日は運が悪いのよ私は)
彼らは私の元友達だ。
お母さんが居た頃は彼らも近所に住んでいて一緒に遊ぶこともあったけれど、私の家魔法がショボいことを知った途端、手のひらを返すようにして私をイジメるようになった。
それから大人になった今でも、こうやって私を見掛ける度に絡んでくる面倒な悪ガキ共だ。
(自分たちの家が少し良かったからってイチイチ私に構うなんて、ホンっと暇な子たちね。せっかく今流行りのガラス工房とか雑貨屋とかを引き当てたんだから、そっちの修行でもしていればいいのに)
土地神様より与えられる家魔法の中には、ただ住む為だけの家ではないものがある。
鉄を鍛える竈が併設されていたり、家具を作るための道具が設置されていたり。
珍しいものではオシャレな店舗型の家があり、それは王都の街でも大人気の喫茶店となっている。
(……まぁいいか。ちょっと見せてあげれば、いつも通り直ぐに帰っていくでしょう)
「……ビルド」
早々に諦めた私はそう呪文を唱えると、自分の家を召喚した。
◇
「はぁ……何も生卵を投げつけることは無いじゃない。ヴァルトの国で家への攻撃は重罪だって分かっていないのかしら?」
やっと帰宅した私は、ヒマワリ平原に建つ自分の家の壁を雑巾で一生懸命に拭いていた。
本当は家を再召喚すれば外壁も内装も元通りになるのだけど、さすがに卵の白身がベットリとついた壁は……何となく嫌だ。
基本的に、イエ族は建物を建てることはない。
やっぱり手入れの必要が無い自分の家が一番便利だし、家族になれば家を繋げることが出来るから。
だからイエ族は家と家族を何よりも大事にする。
それを傷付けるものは、誰であろうとも絶対に許さない。
――だけど、私は私の家が大嫌いだ。
「はぁ。なんで私の家ってこんなにヘンテコなんだろう。家具が使えない家なんて住めないじゃない……」
夕焼け色に染まった家を見上げながら、深くて長い溜め息を吐く。
掃除を終えた私はバケツの水を捨てると、隣りにある川で綺麗な水を汲み直す。
よいしょよいしょと重たくなったバケツを抱えながら、家の扉を開けて帰宅する。
見た目だけは凄く立派な私のおうち。
見惚れるほどに真っ白な外壁に、透明な窓。
雨漏りなんてしないし、誰も見たことの無い家具だって置いてあった。
初めて召喚した時は、周りの人も驚いていたっけ。
だけど生活するのに必要なランプもついてないし、料理の為の竈もない。
窯がついてないからお風呂なんていつも冷たいし、井戸も無いからこうやって川の水を持ってこないと料理もできない。
……いったいコレのどこが家なのか。
どうして私だけ、こんな家に住むことになってしまったの。
だけどその問いに答えてくれる人は、誰も居ない。
◇
今日も苦いだけで美味しくもない夕ご飯を食べ終わった。
明日から食べるものをどうにかして手に入れなくっちゃだ……でも、どうやって?
疲れた身体でそんな考え事をしていたら、いつの間にかキッチンの椅子で座ったまま、ウトウトとうたた寝をしてしまっていたらしい。
――トントントン。
「う……ん……?」
まだ幸せだったころの夢を見ていた。
お母さんが居て、一緒にご飯を作って食べている夢。
やっぱり一緒に食べるご飯はおいしいね、って言おうとした瞬間。
私は玄関の方からドアをノックする音で目が覚めた。
「……誰かしら」
もしかしたら盗賊かもしれない。
こんな何もない私の家を襲ったってしょうがないと思うけれど、ここに私の味方は居ない。
だから出来る限りの用心は必要だよね。
納戸に置いてあるモップを片手に、そろりそろりと物音を立てないように忍び足で玄関へ向かう。
もし本当に盗賊だったらこんなのじゃ敵うわけもないけれど、無いモノはしょうがない。
「……どちらさまですか?」
取り敢えず、扉の向こう側に居るであろう人物に話し掛けてみる。
「すみません、旅の者ですが。行く当てが無くて……少しだけ軒先を貸しては貰えませんでしょうか」
……あやしい。
返ってきたのは、若い男の声だった。
一見丁寧な語り口調だけど、この男が言っていることは矛盾だらけ。
だって旅人は旅の間も自分の家に泊まるのが普通だし、いくら街の外だからって少し歩けば王都がある。
だから行く当てがないからって、わざわざ私の家に訪れる理由にはならないのだ。
これ以上関わり合いになるのはお断りしよう。
だけど、彼にすみませんが、と言い掛けたところでドサッという何かが落ちる音がした。
「え? な、なに??」
……が、何の反応もしなくなってしまった。
果たして彼に何が起こったのか?
つい気になった私はチラ、と僅かに扉を開けてみることにした。
「ちょっ、大丈夫!?」
「ううっ……」
扉の隙間から見えたのは、壁に寄りかかるようにして崩れ落ちているボロボロな姿の少年だった。
◇
「……申し訳ない」
「いいのよ。結局、貴方は強盗じゃなかったみたいだしね」
私の目の前には、行き倒れの少年が川で汲んできた水を大事そうに飲んでいる。
どうやら彼は本当に迷い人だったらしい。
だけどなんで王都からやって来たばかりだというのに、こんなにも泥まみれになっているのだろう?
彼に事情を聞いてみたんだけど、本人は何も覚えていないって言うし。
それを信じるなら、今の彼はいわゆる記憶喪失の状態らしい。
見た目はこの国では珍しいサラサラの銀髪。
背は私より少し高いぐらいだし、歳もたぶん私と同じ十六歳ぐらいかな。
一体どこで何をしたのか、泥で全身が汚れていたけど、顔を雑巾で拭いてあげたら息を飲むほどの美形だった。
もしかしたら、王族か貴族の隠し子だったりして。
自分では何故か家魔法で家を出せないって言っていたし、私みたいに迫害されて追い出されちゃったのかも。
とまぁ、彼の介抱をしている間に分かったのがそんな感じのことだった。
そして、唯一の手掛かりが……
「レーベン。これは貴方の名前なのかしら?」
「……たぶんね。生憎と、そのドッグタグしか持ち物が無かったんだ」
キッチンのテーブルの上にある、一つのチェーンネックレスに二人の視線が集まる。
彼の首から提げられていたシルバーのアクセサリーが、我が家の唯一の明かりである蝋燭の火でユラユラと揺らめいていた。
「まぁ、分からないならそれでも良いわ。その様子だとお腹も空いているでしょ? 今から何か作るわ」
「――うっ。重ね重ね申し訳ない。実はもうずっと何も食べていなくて……」
良いのよ、と答えると、より一層レーベンは困ったような顔でポリポリと頭を掻く。
ふふふ。レーベンは歳の割に落ち着いた態度だし、悪い人でも無さそう。
それに目尻を下げて苦笑いをする彼は不思議な愛嬌があって可愛いしね。
私はついつい口元を緩めそうになるのを我慢して、奥にある食品庫へと向かった。
◇
「とはいえ、やっぱり我が家の財政状況はキビシーわねぇ……」
がらんどうになった食品庫の棚を手に持った蝋燭と一緒にぐるりと見渡す……が、見事なまでに野菜くず一つ無い。
「しっかし、どうしましょう。これじゃあレーベンに分けられる食べ物が無いわ」
ここに食料が無いとなると、他に思い当たる場所は二か所しかない。
だけどそこは開け方の分からない金庫や、開かない扉で封印されている地下室だったりする。
初めて我が家を訪れた大事なお客様だから、出来る限りのおもてなしをしてあげたかったのに。
「……キャアッ!?」
突如、近くに雷が落ちた時のような衝撃が私を襲った。
あまりのことにビックリして、手に持っていた貴重な蝋燭を落としてしまった。
だけど、今はそれどころじゃない。
落ちた衝撃で火が消えてしまった蝋燭をそのままに、私はレーベンの居るキッチンへ駆け出した。
「ちょっと、貴方!! どういうことなのよコレは!!」
猛ダッシュでキッチンへと戻ると、レーベンは何食わぬ顔で突っ立っていた。
私の焦りようなんて露知らず、キョロキョロと辺りを見渡しながら呑気に「これで大丈夫そうだね」なんて言っている。
ちがう、そうじゃないし、全然大丈夫なんかじゃない。
私にとって一大事が起こっているのだ。
「良いから早く、なんで私の家が明るくなっているのか説明してちょうだい!!」
◇
「……つまり、その“ぶれぇかぁ”というのをオンにしたらこの家が動き出したってことなのね?」
私は今、煌々と光り輝くキッチンで地下室にあったブドウジュースとチーズをモグモグと食べながらレーベンを問いただしている。
あ、こっちの干し肉も絶品だわ。
「そうだよ。何故かは分からないんだけど、あのスイッチを入れればこの家で色々出来るって分かったんだ」
「ふぅん。まぁお陰様で明るくなったし、地下室も開くようになって私はこうして美味しいものを食べられているワケなんだけども」
理由なんてサッパリ分からないけれど、レーベンが“ぶれぇかぁ”を入れてからこの家は命が宿ったかのように色々なモノが使えるようになった。
あれだけ何をしてもうんともすんとも言わなかった蛇口からは川のように水が出るようになったし、オーブンの火もスイッチ一つで簡単に点くようになった。
だけど、それだけじゃない。
レーベンがスイッチを押せば箱の中に人が現れて知らない言葉を喋り出すし、別の箱からは涼しい風や温かい風が吹き出すようになった。
他にも今まで動かなかった家具たちが息を吹き返し始め、たくさんの事が出来るようになったのだ。
ちなみにレーベンには、地下室に沢山あったお湯で温める保存食を出してみた。
銀色の袋に入った怪しい食べ物で、中身は茶色の得体の知れない液体が入っていた。
作り方は絵で分かったんだけど、心配だからちょっと毒味……じゃなくて試食してもらおうと思って、それを彼に作ってみた。
食欲をそそるようなスパイシーな匂いだし、彼も美味しそうに食べている。
……よし。コレもあとで食べるリストに追加だ。
お湯を入れるだけで食べられるという“かっぷらぁめん”というのも食べてみよう。
ともかく、これらの使い方が分かるレーベンは、私にとって救世主だった。
きっと彼は天に居るお母さんが私に使わせてくれた、天使様なのだろう。
なにより、家に独りじゃないという安心感が、私の心をこれ以上ないほど満たしていた。
そうだ。
この時にはきっともう、私は彼を手放したくないと思い始めていたんだと思う。
◇
それから、三か月が経った。
レーベンはあの日からずっと、相変わらず私の家に居候を続けている。
変わったことと言えば、私の家はあのヒマワリしかない平原から王都の中央へと場所を移していた。
「はーい、ちゃんと列に並んでくださいね~!! ポルテ印のクッキーとケーキは王室御用達!! こちらは一日三十個の限定品ですよ~!!」
私はパリっとノリの効いた白シャツに真っ赤なスカートを履いて、両手にいっぱいのスイーツを運んでいる。
私の家の前に特別に設置された店舗型の家に、たったいま出来上がったばかりのスイーツをお届けするのだ。
レーベンが我が家に訪れたあの嵐の夜から、私の生活は一転した。
なにせ、使えないと思っていた私の家は、開けてみればビックリ箱みたいなものだったのだから。
地下室からは初めてみる食べ物や飲み物がわんさか出てきたし、それを料理するための道具もあった。
キッチンはオーブンから始まり、コンロや“でんしれんじ”といった未知のアイテムで溢れていた。
それをレーベンの助けを借りて試行錯誤をしていたら、とんでもなく美味しい料理の数々が生まれてしまったのである。
(お姉さんじゃないけど、確かにアレらは革命的だったわ……私も、二度とあの頃の生活には戻れないかも……)
もちろん料理関連だけでなく、トイレやお風呂、シャワーなどといったものも充実していた。
今からあんな不便なバケツ生活に戻るなんて、考えるだけでも恐ろしい。
だけどあの頃に戻りたくない一番の理由は何よりも、私の心を満たしてくれる存在がいるから。
(ふふふっ。今日のディナーは何にしようかしら。ビーフシチュー? それとも彼の好きなカレーオムライス?)
我が家で今も頑張ってお菓子の生地を捏ねているであろう、銀髪の頼れるパートナーのことをウキウキの気分で想像する。
彼は極端に家の外に出るのを嫌がるから、中で出来る仕事を手伝ってもらっている。
まぁあの家はすっごく快適だし、外に出たくなくなるのも分かるけどね。
(本当は外でデートっていうのもしてみたいんだけど……)
「あ、そういえばポルテさん」
「えっ!? はっはい、なんでしょう!?」
「王城からポルテさん宛てに、縁談の手紙が来ていますよ!!」
◇
「困ったわ……王子様との縁談だなんて、まさか私に来るとは思ってもいなかったのに」
「そうだね。でもこの国は家主義なところが強いみたいだから」
「どうして!? 今まで散々、私のことを『宿借り』って馬鹿にしてきたんだよ?? 何で今頃になって、そんな手の平を返すような真似なんか……!!」
「そりゃあ、この家の凄さを知らなかったんだから仕方がないよ。それに、それはポルテだって一緒だろう?」
「ううっ。そ、そりゃあ……そうなんだけどさぁ……」
(だって、あんな所にスイッチがあるだなんて知るわけが無いじゃない……)
何年もこの家に住んできたけれど、まさか掃除用具が詰まっていた納戸にあんなパネルが隠されていたなんて。
むしろアレに気付けたレーベンの方がオカシイのだ。
ちなみにレーベンの記憶は未だに戻って来ていない。
だから何で彼が“ぶれぇかぁ”のことを知っていたのかは、相変わらず分からず仕舞いだ。
だけど私は、今のレーベンのままで良いの。
だって、過去の記憶が無くたって彼は彼だから。
(まったく、もう。私がここまで言っているのに、彼はいつまで経っても私に好きって言ってくれないんだから。……あーあ。レーベンも自分に家が無いことを気にしているだけで、私に好意が無いわけじゃない……と思いたいんだけど)
「ポルテ、食べないんだったらキミの分も……」
「あげません!!」
気付けば彼の皿にはもう何も残っていなかった。
ムキになってスプーンをギュッと握り直す。
私よりカレーを気にする男に負けまいと、ガツガツと皿を空にするのであった。
この時、私は大きな勘違いをしていた。
私が王城からの縁談さえ断ってしまえば、レーベンはいつまでも私と一緒に暮らしてくれると思っていた。
だけど、この日の夜。
ベッドの上に「今までありがとう。お幸せに」と書き置きを残し、彼は私の家から出て行ってしまった。
◇
「はぁ……」
私は使い慣れたキッチンで、魂が抜けるくらいの深い溜め息を吐いている。
もうすっかり日は暮れているけれど、晩ご飯を作る気力もない。
ただ椅子に座って、テーブルの上のカップを持ち……飲まずにまた下ろす。
さっきからずっとこの繰り返しで、カップの中の紅茶はすっかり冷めてしまっていた。
最近はずっと向かいの席に居たはずの同居人は、まだ帰ってきていない。
レーベンが出て行ったあの夜から、もう三日が経ってしまっている。
この家は昔に戻ってしまったかのように暗くなってしまった。
あれだけ美味しかったご飯も、独りで食べると全然美味しくない。
だけど、その理由は分かり切っている。
彼が居ないからだ。
――ドンドンドン!!
今日はもう寝てしまおう。
そう思って椅子から立ち上がった時、玄関のドアが激しくノックされた。
「……もしかして!?」
帰ってきたのかもしれない。
一縷の望みを賭けて、私は廊下を走る。
「レーベン!?」
ドアの向こうに人が居るにもかかわらず、バンとドアを勢いよく開ける。
だけど、家の前に立っていたのは……彼ではなかった。
「なんだ、ガー坊か……って、どうしたのよ、その酷い怪我!?」
そこに居たのは、私のことを揶揄っていた悪ガキたちのリーダー、ガー坊だった。
彼は私がお菓子を卸している、王都の喫茶店オーナーさんの弟だ。
そして家魔法はガラス工房の家を引き当てたから、ガラス屋の坊主でガー坊。
昔からの仲間にはそう言われている……んだけど、今はそれどころじゃない。
「悪い……お前のこと、もう裏切らねぇって決めたのに……『宿借り』の同居人の居場所が、盗賊たちにバレちまった……」
「ちょっと、どういうこと!? と、とにかくお医者様を呼ばなきゃ!」
最近になって、私は悪ガキ達とも和解した。
だからまたあの頃のように、私たちは友達に戻れたと思っていたんだけど……。
「アイツ……レーベンって言ったよな? 最近、街で銀髪の男を知らないかって嗅ぎ回ってる奴が居るって聞いてよ……」
痛みを堪えながら、早口で捲し立てるように話すガー坊。
私が喫茶店の方でオーナーさんから縁談の手紙を受け取っている間、ガー坊は私の家にレーベンを訪ねて来ていたらしい。
その時に街で不審な男たちが探し回っているから気を付けろ、と忠告をしてくれた。
確かにガー坊は自作した食器とかをウチに持って来てくれることもあったから、当然レーベンのことも知っている。
「今日になって、その探し回っていた怪しい奴らが俺のところにも来たんだ。あいつら、城にも侵入した盗賊で……どうやら盗まれた品に関係していたのが」
「まさか……!」
「盗賊たちはレーベンを街の南へ連れていった……今ならまだ、衛兵たちに通報すればなんとか……!」
「南ね!! 分かった、私……行ってくる!!」
「おっ、おい!! そうじゃない、お前ひとりじゃ危ねぇんだって!!!!」
ガー坊には悪いけど、今の私にはそんな時間はない。
私はすっかり暗くなった道を走り出す。
「はぁ……はぁ……見つけた……!!」
日が落ちていたお陰で、小さなランタンの明かりでも見つけることが出来た。
真っ暗闇で暮らしていたお陰で、夜目が利くようになったのがこんな所で役立つなんて……。
「レーベン!!」
「ポルテ……? どうして来たんだ!! しかも一人で!!」
「あぁん? なんだ、この小娘は『バァン!!』うおっ、なんだコレぁ!?」
ふふふん、この“ろけっとはなび”の威力はどんなもんですか!!
コレは地下室にあったけど、怖くて使いどころが無かったとっておきのアイテムなんだから。
「クソっ……こいつ、変な武器持ってやがるぞ!?」
「火の道具だ!! お前ら、いったん引くぞ!!」
得体の知れない道具に恐れをなしたのか、盗賊たちはレーベンを置いて逃げていく。
川を渡って行ったからそのまま消えるのかと思いきや、自分たちの家を召喚して中へと入っていった。
いや、今はそれよりも。
「大丈夫だった、レーベン!?」
「どうしてボクなんかを助けになんて来たんだ!! ボクはキミの為にあの家を出て行ったのに!!」
私が一生懸命彼の手首に巻かれたロープを剥がそうとしている間も、彼は私に向かってそんなことを言う。
「なんで……ですって?」
「そうだよ! あのまま家も出せない無能なボクが居なければ、キミをこんな危険に巻き込むことも無かったのに!」
私はその一言で、完全に我慢の限界に達してしまった。
彼を解放するのも忘れて、衝動的に彼の襟首を掴み上げる。
「舐めないで!! 私が貴方を家の良し悪しで、一緒に居るかどうか決めるとでも思っていたの!?」
「だって……!!」
「私が欲しかったのは便利な家でも、お菓子の作れる家なんかでもない!! 家族だよ!! 私は! 他の誰でもない、レーベンと家族になりたかったの!!」
私は言ってやった。
このニブチンで究極のお馬鹿に、思ってたことを、全部。
レーベンの居ない家で食べるご飯の不味さや、寂しさとか、一緒に居るだけで心があったかいとか……
「私は……こんなにもアンタのことを「ごめん、分かった。分かったから!!」何よ、卑怯者!! 最後まで全部言わせなさいよ!!」
恥も外聞もなく、私は泣きじゃくりながら訴えた。
もうこの手を離すもんか。今度は私が引き摺ってでも家に連れ帰ってやる。
「違うよ。ボクだって男だ。その先はボクが言う。……ポルテ。愛している。ボクと、家族になって欲しい」
「……ぐすっ。ホントに……?」
脅したから告白されたなんて、イヤだからね?
「ホントだよ。ボクはずっと前から……いや、一目見た時からキミのことが大好きだった。一緒に暮らしていて、記憶も家も無いボクを、いつも同じ目線で見ていてくれた。それが、とっても嬉しくて、心地良かったんだ」
「ううっ……私も、だよぉ……」
悔し涙が、一瞬で嬉し涙へと変わった。
だけど泣き続けている場合じゃないみたい。
「おらァ!! 俺たちを舐めんじゃねぇぞ!!」
川の向こう岸で、完全武装した盗賊たちが今にも向かって来そうだった。
たぶん誰かが防具屋や武器屋の家だったのだろう。
ゴロツキとは思えないほどの豪華な武装をしている。
「ポルテ……」
「うん、たとえ今ここで命を落としたとしても」
「ああ、ボクたちは家族だ」
荒々しい声を上げながら襲って来る盗賊たちを前に、私たちは家族になる誓いを果たす。
目を閉じ、彼の柔らかい唇が、私のそれと重なる。
彼の体温と一緒に何かが伝わってくる。
心と心がカチリ、と繋がる感覚がした。
「レーベン、貴方って……」
ゆっくりと目蓋を開けると、そこには少しだけ雰囲気の変わった彼が優しい春の風のように微笑んでいた。
「ああ、ありがとうポルテ。ボクが何者か、キミのお陰で記憶が戻ったようだ」
彼はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。
そこにはもう、盗賊たちが間近に迫っていた。
「へっ、なんだテメェ。大人しく捕まる気になったか?」
レーベンはゆっくりと首を振る。
「悪いけど、久しぶりだから手加減が出来ないと思う」
「おい、良いからもうさっさと奪っちまおうぜ!」
「っしゃあ!! やっちまえ!!」
盗賊たちは待ての出来ない獣のように、ギラリと光り輝く刀剣やナイフを持って一気に向かって来る。
「レーベン、危ない!!」
「大丈夫。見てて……『ビルド』」
「え……!?」
レーベンは両手を盗賊たちに向かって突き出すと、起動呪文を唱えた。
でも、彼には家魔法が使えないはず。
なのに、私の目には驚くべき光景が映っていた。
「ぎゃああああっ!!」
それはまるで、生きた大地だった。
盗賊たちはその土や石で、あっという間に身柄を拘束されていく。
気付けばものの数分で、彼らは一人残らず山となった地面に埋もれて見えなくなってしまった。
そう、これこそがレーベンの家魔法。
というより、これはもはや別次元の魔法だった。
「大丈夫かい、ポルテ」
「う、うん……」
呆然と立ち尽くしていた私を心配して駆け寄り、そっと抱きしめる。
どうやら彼の家魔法は記憶と共に封印されていたらしい。
そして彼の家は――
「貴方、この国の……いえ、この大陸の土地神様だったのね」
「そうだったみたいだね」
レーベンは誤魔化すかのようにハハハ、と目尻の垂れた困り笑いを浮かべる。
家族の誓いを交わした時、私にも彼の過去を断片的に見ることが出来た。
この大陸は元々、彼が家魔法で作ったものだったのだ。
……なんだぁ。
私が『宿借り』って馬鹿にされてきたけど、みんな宿借りだったんじゃない。
「ボクはその後、子孫たちにこの地の管理を任せて王城の地下で眠りについた。それを盗賊たちが何処かで知ったのか、何故かお宝じゃなくてボクを攫おうとして……」
「きっとお宝の在り処を知っている人間か何かだと勘違いしたのね。まったくはた迷惑な……」
でもそのお陰で私は彼と出逢えたんだから、ちょっとだけ感謝するけれど。
「ポルテ……」
「さぁ、帰りましょう、レーベン。私たちの家に」
私たちは手を繋ぎ、一緒にお家へと帰る。
帰る場所は何処だっていい。
彼といる場所が、私の心のお家なのだから。
御覧くださりありがとうございました。
お家と家族をテーマにした短編。
いかがでしたでしょうか。
コロナ禍でおうちで過ごす時間が増えた昨今、家と家族の在り方を見つめ直すキッカケになってくれればいいな、と思い筆を執ってみました。
大事な家族ともっと楽しい時間が過ごせるよう、落ち着いた世の中になりますように。
早いコロナの終息をお祈り申し上げます。
良かった、面白かった、と思ってくださった読者様。
もしよろしければブックマークや感想、☆☆☆☆☆評価などくださると大変うれしいです。