ある女子高生の帰り道。
夕暮れの電車はどうして寂しいのだろうか。
タタンタタンと揺られる車内。夕焼けに照らされたオレンジ色の車内には寂しさで満ちているようだった。
今日は、特に。
ゆっくりと瞬きをすると、スマートフォンに目を落とす。1番よく使うメッセージアプリを開くと、クラスのグループが10分前まで盛り上がっていたようだ。ああ、まただ。ため息をついてもう一度茜色に照らされた街並みが流れていくのを見つめる。いつもそう。いつだってタイミングが悪い。もう少し早くスマートフォンを見ていれば…
いや、本当にそうだろうか。会話が盛り上がっているその瞬間にアプリを開いたところで、私は発言できるのだろうか。
そこまで考えたところで、自宅の最寄駅に到着した。もうずいぶん耳慣れたメロディを聞きながら立ち上がる。人の流れに沿って改札まで向かう。もうお手の物だ。人の流れに逆らうような道順を辿るヘマはしなくなった。
でも、こういう日に限って、定期がすぐに見つからない。人の流れの中で取り残されるように、少し横にずれて鞄の中を必死に漁る。その間も人波は流れ続ける。ガサゴソガサゴソしていると、しわくちゃになったプリントの間に、高校に入る前に友達とお揃いで買った定期入れがあるのをようやく見つけた。
安堵の息を吐きながら、定期を手に取る。その瞬間。
「美佳、久しぶり!」
「あ・・・汐里・・・!」
「駅で会うの初めてだね!嬉しいなぁ。」
ニコニコ笑う汐里の顔を見て、喜びで胸がいっぱいになった。中学の時にいつも一緒だった汐里。半年前にお揃いの定期入れを買いに行ってから、2人で遊びに行くことはパタリとなくなったが、メッセージアプリでのやりとりはずっと続いていた。
「本当、嬉しい!久しぶりだね。」
言いながら改札を通り抜けようとした時、気づいてしまった。汐里の手に持つ定期入れが、お揃いのもので無くなっていることに。一瞬顔がこわばったが、バレていないだろうか。
口まで出かかった「なんで?」を押し込めて、ピッという電子音を聞く。
後ろに続いた汐里が、何か言ったように思い、歩きながら振り返る。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない。それより今日はどうしたの?部活ないの?」
「あ、そうなんだ。今日からテスト前だから、部活ないんだって。」
「え、もうテストそんなに近いの?私のところは再来週からだよ。」
なんか変な感じ。2人で言い合って笑う。それから、同じクラスだった子たちがどんな高校生活を送っているのかひとしきり噂話を披露しあった。クラスで1番人気だった男の子はやっぱり高校でもモテモテらしくもう新しい彼女ができたらしいとか、実はあの子は受験に失敗して全然知らない東京の学校に通っているらしいとか、そんな話をたくさん。その間も、私の頭の片隅には、定期入れがいた。
汐里の家と私の家との別れ道まできた時、どうしても話し足りなくて、思わず足を止めた。
「ね、汐里、高校ではどう?」
今までお互い避けているかのように話さなかった"今"の話。
「あ…うん、そこそこ、楽しいよ。」
汐里が今楽しくて嬉しい。嘘ではない。それでも。
「そっか、よかったね。」
うまく笑えているだろうか。
私がいないと寂しいとか、友達が出来なくて困っているとか、そんな汐里が悲しむような状況にいて欲しくないはずなのに。
「美佳は?」
「私は…」
口まで出かかった弱音を飲み込む。
「私も、そこそこ、楽しいよ。」
嘘だ。中学の時のようにクラスで大声で笑えない。今日係の子がプリントを配っていた時に私の名前を覚えてくれていないことがわかってしまって悲しかった。仲良くしてくれる子はいるけれど、まだ汐里みたいになんでも打ち明けられる友達じゃない。
中学校の時だったら全部言えていたはずの弱音が、急に口に出せなくなったことに気づいて、そのことが1番悲しかった。
「あ、やっぱり?最近高校の友達と遊びに行った写真ばっかあげるから、ちょっと嫉妬してたんだ。でも、友達増えるのは良いことだもんね。」
寂しそうに笑う汐里に、咄嗟に返事ができなかった。
「いや、でも、中学校の時と比べたら、全然だよ。」
「えーでも、キーホルダーも、もう変えちゃったんでしょう?」
言われて思い出した。高校に入ってしばらくしてから、4人組で仲良くなった、子たちと、初めて遊びに行った時に買ったうさぎのキャラクターのキーホルダー。
みんなでお揃いでつけようね、と言い合ってその場でリュックから外したのは、汐里たちとお揃いで卒業記念に遊びに行った時に買ったキーホルダー。
汐里の鞄を見ると、あの時みんなで笑いながら選んだ緑色のカエルが間抜けな顔で笑っている。あー、と、意味のない声を発する。
「ごめん、でも、高校の友達とお揃いねって・・・」
友達付き合いだししょうがないよね。そう言って笑う汐里に、じゃああなたの定期入れは?と、言いたくて、言えなかった。
そのまま、またなんとなく色々な話をして、最後に今度遊ぼうね、と言って別れた。
1人になってからスマートフォンを開いてみると、メッセージが届いていた。タップして開こうとした瞬間に、車が目の前を通り過ぎてハッとする。この道はなぜか夕方の交通量が1番多いのだった。いつももっと遅い時間に通るようになっていたから忘れていた。
なんとなく気が削がれて、スマートフォンをカーディガンのポケットに入れて歩き出す。
家に帰ってベッドに寝転がり、もう一度スマートフォンのロックを解除すると、メッセージが2件来ていた。
一つは今のグループの子たちとのグループに。一つは汐里から。どちらも内容は、今週末遊びに行かないか、という誘いだった。
そして、私は、私は、アプリを開くと、開いて、そして、返信を、した。