僕とアンノウンちゃん
僕の名前は出口健人。
17歳の男子高校生である。
僕は死にたくてたまらなかった。
家ではいるだけで叱りつけられ、学校では成績最下位で留年の危機に陥っており、バイトではあとから入った優秀な後輩にシフトを押し付けられ…
僕の人生は凄惨たるものであった。
そんなある日、家にいるとどこかから少女の声が聞こえた。
「ボクがキミの苦しみを肩代わりしてあげようか」
僕は驚いてあたりを見回したが、誰もいなかった。
しばらくして、母さんがいつものごとく僕を理不尽な理由で叱りつけた。
僕は母さんにどうしても逆らえない。
幼少期にさんざん殴られたことがトラウマになって母さんに限りない恐怖を抱いているからだ。
「目を閉じてごらん、ボクが苦しみを肩代わりしてあげるよ」
またあの声が聞こえた。
僕は思い切って目を閉じた。
すると、次の瞬間には母さんの説教が終わっていた。
その晩、僕は夢の中で一人の少女に出会った。
その少女はあの時の声と同じ声をしていた。
「やあ、ボクは君の苦しみを分配するために生まれた別人格だ。名前はアンノウン。よろしくね」
少女はおかっぱでとても可愛かった。
そして、なぜか警戒色のマスクと真っ赤な襟付きコートを着ていた。
「よろしく、アンノウンちゃん」
僕はこれからお世話になるであろう別人格に挨拶を済ませた。
それからというもの、僕は都合が悪いときは目を閉じて苦しみをアンノウンに肩代わりしてもらった。
おかげで、僕は以前ほど生きることに苦しみを感じなくなった。
そして、僕はアンノウンとは夢でよく合うようになり、ともにレム睡眠の副産物を楽しんだ。
その結果、夢でアンノウンと会いたいがためにあまり夜更かしをしなくなり、健康状態も改善されつつあった。
生きることの喜びとやらをかすかに感じ始めるようになったころ、僕には心配事が一つできた。
このごろアンノウンの調子が悪そうなのだ。
原因は何となくわかっていた。
僕の苦しみをひたすらに肩代わりしていたからである。
しかし、あの時の僕はその問題を解決しようとしなかった。
それがのちの悲劇を生むとも知らずに…
ある日、僕は眠った直後に遊園地にいる夢を見た。
いつものごとくアンノウンも一緒だ。
僕とアンノウンはコーヒーカップに乗った。
「ねえ、ちょとだけキミの借りていいかな」
コーヒーカップがゆるりゆるりと回転している最中にアンノウンが提案してきた。
その顔は少し闇を感じた。
僕は何の疑問も待たずにそれを承諾した。
今思えば、あの時止まるべきだったのだろう。
体借用の許可をもらったアンノウンはコーヒーカップが止まるなり、すぐに現実とつながっているであろう遊園地の出口にまで駆けていった。
「私が帰ってくるまでは絶対に遊園地の外から出ないでね」
そう言い残して。
僕は遊園地をぶらぶらと歩きながらアンノウンを待っていた。
5分が経過した。
アンノウンは帰ってこなかった。
10分が経過した。
それでも彼女は帰ってこなかった。
15分が経過した。
さすがに僕は心配になった。
そして、ついに意を決して遊園地の出口へと走った。
目が覚めた。
母さんの死体が目の前にあった。
僕の手には血まみれの包丁が握られていた。
「おい…どうなっているんだよ…アンノウン…」
僕はおびえた声で別人格に問いただした。
「…ごめんね。自由になるにはこれが一番手っ取り早かったんだ…でも、ボクがいるから多重人格ということで罪には問われないはず…」
「バカヤロウ!」
僕は血の匂いが充満した部屋で今まで出したことのないような声で怒鳴った。
「どんな理由があろうとも、どんなに憎くても、どんなに殺したくても、死にたいという意思のない人間の命を奪うなんて言語同断だ!」
僕は、アンノウンが憎かった。
彼女は肉親の仇である。
それから僕は自分自身の手で警察に電話をかけ、逮捕された。
アンノウンの言った通り、僕は精神鑑定で多重人格と正式に認められ、無罪となった。
そして、精神病院に収容され、精神科医によって人格統合の治療を受けていた。
ある夜、僕はアンノウンと夢の中で久しぶりに会った。
あたり一面真っ白な平原で出会った。
「…ごめんね。ボクなんて生まれてこなきゃよかったね」
そういいながら、アンノウンはどこからともなくチェーンソーを取り出し、自らの首を斬った。
真っ白な平原がどんどんと血に染まっていった。
そして、その光景を見て僕は自分自身の罪に気付いた。
彼女にひたすらに苦しみを肩代わりさせていた僕もまた、母親殺しの共謀者ではないか。
それから数日後、僕は退院した。
新しい名前をもらい、新しい職を見つけて新生活を始めた。
親戚には皆縁を切られたため、なんのしがらみもなかった。
だが、僕の中にはあの時芽生えた罪悪感があった。
そしてそれは、日に日に強まっていった。
ある日、僕は包丁でたまたまけがをし、出血した。
その血を見た途端、罪の意識が急に湧き出てきた。
そして、無我夢中で両腕を包丁で切りつけた。
意識が遠のく。
もうすぐ僕は亡くなるであろう。
でも、それでいいんだ。