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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

3分読み切り短編集

なんか言ってよ

作者: 庵アルス

「まぁ、今日は午後から雨が降るのねぇ」

 朝のニュース番組を観ながら妻が言う。

「あなた、傘忘れないでね」

「わかっ」

「持って帰るのも忘れないでね。あなた帰り晴れてるといっつも忘れるんだから」

「う、うん⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」

「わぁ、これ美味しそう! 今日の夕飯はこれにしようかな」

 コーナーが変わり、旬の食材を使った一品料理が紹介されている。

 僕の返事など必要ない妻は、帰りに卵買わなくちゃ、とスマホにメモしている。

 僕はもそもそとトーストを齧って、コーヒーで流し込んだ。あんまりのんびりしていると、電車に乗り遅れてしまう。

「あっ、占い! あ、えー、うお座十一位!」

 妻の星座の運勢が悪かったらしい。

 僕が食器を台所へ下げ、ジャケットを羽織りながら見やると、彼女は食卓に鏡を置いて、出勤前の化粧をしながらテレビに文句を言っている。

「思わぬところで転んじゃうかもー、って、転ぶときは大抵、思わぬところで転ぶもんよね」

 同意を求めていそうな言い方だが、完全な独り言だ。

「少しは黙ったら」

「えー、黙ってるのは好きじゃないのよ」

 肩越しに振り向いた妻は、化粧の完成度半分といったところで、妙に肌だけが白くて不気味だった。

「あっ、アイライン失敗した」

「喋りながらやるからじゃない?」

 僕の知る限り、二、三日に一度、なにかしら失敗している。

 お喋りで陽気な妻。

 ちょっとおちゃめなところも可愛いが、落ち着いてほしいものだなぁ、と今朝も思いながら家を出た。




 僕のスマホに警察から連絡が来たのは、職場に着いてすぐのことだった。

 奥様が――――から始まった報せに、僕は半狂乱となって職場を飛び出した。仕事なんて知るか、それどころではない。

 タクシーを拾って飛ばしてもらい、着いたのは病院。

 受付で、妻が、妻は、と繰り返し、通された先で、妻は眠っていた。

 霊安室で、眠っていた。

 警察官らしい人物となにか会話をしたが、まるで覚えていない。

 ただひとつ覚えているのは、妻は事故死だということ。歩道橋からの転落で、後頭部を強く打ち、即死だったらしい。

「⋯⋯アイライン、上手く引けたんだね」

 死に顔は綺麗だった。

 僕が褒めると、妻はいつも照れ笑いする。

 なのに、なにも返事はない。

「あ、傘置いてきちゃった」

 文句のひとつも返ってこない。

「静かすぎるよ」

 自分の呼吸すらはっきり聞こえる。

「黙ってるのは好きじゃないんだろ」

 これは独り言じゃないのに。

「なんか言ってよ⋯⋯」

 物言わぬ妻の顔を見つめ僕は、うるさいくらいに声を上げて泣いた。

2020/09/30

お出かけの際は、お気を付けて。

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