8話 「不安」
上から町を見下ろしてみる。
5メートル程の高さのある厚い塀で囲まれた要塞の様な町だ。
「あそこに……いるのか」
町の入り口は、開いている所と閉まっている所の二つ。
閉まっている方はかなり大きい。
吊り上げて開閉するタイプの扉で、横幅が広い。普段何に使っているのだろうか。
『死の荒野』方面に向いているからそれほど需要は無さそうだが……
開いている方は冒険者達が出入りをしているのが見える。
ここの近くに魔物が居るからか、五人もの門番。
一人一人荷物検査をしている。
かなり厳重だ。
シンクレアとリヴァイアドの方へ目を向ける。
彼らは冒険者の服を着て腰に剣を刺している。
見た目は完全に人間だ。
しっかり見てもドラゴンだとは思えない。
準備万端だ。
◯
「次ぃ!!」
検問をしているのは魔族。
人と形が同じだが肌の色が違う者、犬の顔をした者など様々な魔族がいる。
もちろん人間はいない。
少し……嫌な予感がするな。
「ほう、人間か」
犬の魔族が出てくる。
顔にはニヤリとした笑み。
「人間は荷物を全て没収と俺は決めている」
やっぱり。
人間は何処に行ってもこんな反応をされる。
魔族と共にいる時もだ。
俺だけ不遇。
パーティーに入っていた頃散々受けてきたからもう慣れてるけど。
「どうします? ……やりますか?」
リヴァイアドが剣をちらつかせる。
「いや、ここで騒ぎを起こすのは面倒だ」
中に魔族の兵士がどれだけいるかは分からない。
だが、もし数百人もいたら例えSランクの冒険者を倒せる俺達でも手の打ちようがない。
数は力よりも強いのだ。
「よぉーし、先ずは服からだな」
「ケヒヒッ」
周りの四人の魔族も近づいてくる。
その視線の先にあるのはシンクレアだ。
こういう時には定石がある。
そう、俺はいつも逃げていた。
だが今は逃げることは選択肢から無くなっている。
この町の中のアイツらを逃がす訳にはいかない。
「しょうがない。少し騒ぎになるのを覚悟して――――」
「ほう、人間か!! 歓迎するぞ!!」
誰の声だ?
「シャガール隊長!! お疲れ様です!!」
五人の魔族が一斉に敬礼した先――塀の上へと目を向ける。
……人間だ。
魔族が人間に敬礼をしている。
こんな光景初めて見た。
「おいお前らぁーー、また人間に対して嫌がらせしてんのか?」
「いえ、何もしておりません!!」
シャガール隊長と呼ばれた男は塀から飛び降り、ドシンと音を出し着地する。
デカい。
塀の上にいた時は気づかなかったが、2メートル以上身長がある。
「君たち!! 大丈夫かね」
少し錆びた鉄の鎧をガシャガシャと鳴らしながら近づいてくる。
「はい」
「そうかそれは良かった。
我が名はシルバー=シャガール。ここの軍の隊長であり、剣に生き、剣に死ぬ男だ」
濃い髭を生やし微笑みを浮かべる男には柔和な雰囲気が漂っているが、顔に見られる複数の傷痕には歴戦の数々を感じさせられる。
隊長という言葉も嘘ではないだろう。
「俺はグレイ」
「私はシンクレア」
「……リヴァイアドです」
シャガールは俺達をまじまじと見ると、自身の顎に手を当てた。
「ふむ。人間がここに来るとは珍しいな。君たちもあの『国家特別クエスト』を聞きつけたのか?」
「こんな場所で国家特別クエストが行われるのか?」
国家特別クエストというのは国が一般人、冒険者を問わず参加者を募集し、大多数の人数で遂行するクエストだ。
行われるのは数百年に一度と珍しい筈だが……
「何か変な宝石があるらしくてな!! それを求めてこの町に魔族達が集結しておるのだ」
「宝石……」
脳裏にジャンの言葉が浮かぶ。
『それが、あなたの運命なのですから』
これは、偶然なのだろうか。
……ジャンの言ったことは正しかったのかもしれない。
俺達が追っているパーティーの行った町で国家特別クエストが行われる。
それも宝石に関する。
この町に来たということは、恐らくゼラ達も参加しているのだろう。
俺達にもクエストに参加する理由が出来てしまった。
ジャンの奴……何か隠してるのか?
「参加するのならば急げ。締め切りは明日の朝までだぞ」
明日……か。
それも何か意図したものを感じる。
俺はこのままジャンの言う通りに従っていいのだろうか。
……いや、俺は俺自身の考えでゼラ達を追っている。
それは間違いない。
それだけは俺自身が決めているのだ。
「助けて頂きありがとうございました。またご縁があれば何処かで」
「うむ」
俺は一抹な不安を覚えながら、町の中へ歩みを進めた。
◯
「匂う!! 匂うぞ!!」
俺達は今、町中を走り回っている。
というのもシンクレアが匂いが急に強くなったと言い出したからだ。
「ち、近いのか?」
「ああ、直ぐそこだ」
レンガ造りの建造物が立ち並ぶ道を、数多くの冒険者達にぶつかりそうになりながら駆け抜ける。
どうやらレンガ造りと木造の家で魔族と人間が別々で住んでいるらしく、レンガ造りのこの辺りは道ゆく者は殆どが魔族だ。
「この先に!!」
シンクレアは大通りを抜け、小道に入ると前方にある曲がり角を指差す。
本当に……いるのだろうか。
アイツらが。
俺は剣に手を掛ける。
「ここだ。うーむ、旨そうな肉の匂いがプンプンするな!!」
「…………えっ」
曲がり角を曲がった先にあったのは、ゼラ達ではなくただの屋台だった。
「おい……ふざけてる場合じゃないんだぞ」
「ち、違う!! これには理由があってだな……私は体が小さかったから満足に食えずお腹が空いているのだ!!」
「……」
「そ、そのせいで力が戻らなくて……」
……まぁシンクレアの言うことには一理ある。
今からでもゼラ達と戦うことはできるが、念には念を入れておこう。
返り討ちになったら元も子もないからな。
「……仕方ない。自由に食べいいぞ」
「よしっ」
ま、少しぐらいならいいだろう。
つかの間の休息だ。
店主は珍しく人間で、魔族にも対等にちょっとした料理を振る舞っている。
もちろん、店主が魔族だったらぼったくられるか、そもそも入店拒否される。
「それじゃあ、コレと、コレと、コレと、コレ!!」
シンクレアは壁に貼られた絵を指差す。
どうやら文字の見えない人にも分かるよう設計されている様だ。
「そんなに食えるのか?」
「もちろん」
「一応言っとくと……俺が金を払うんだからな」
「わかっておる」
少し経った後、料理が出てきた。
タレがかかった鶏の足肉。
野菜が沢山入ったスープ。
豚肉のステーキ。
牛肉のステーキ。
幼虫のような何かが入った青色の液体。
どれも旨そ……いや最後の何だ?
「旨い!! 旨い!!」
シンクレアは気にも留めずガブ飲みしている。
「グレイ、何ぼーっとしておる。これ、飲んでみろ」
目の前に差し出されたのは青色の液体。
これ……食べれるのか?
「リヴァイアド……これ――」
「はい? 何でしょうか」
リヴァイアドもいつの間にか飲んでいた。いや、既に飲みほしていた。
口の周りに青い液体がついている。
「すみません。もう一杯」
「あいよ」
ま、まじかよ……
俺はドラゴンのとんでもない一面を見てしまったのかもしれない。
◯
「ズガァァ……ズガァァ……」
シンクレアは見た目にそぐわないいびきを出して寝ている。
起こすのも悪いし、日も沈んできた。
今日はもう何処かに泊まって休もう。
初めての戦いで慣れていないのもあるが、ちょっとだけ身体が重い気がする。
実際にはドラゴンと体力があるから問題はないんだが、
ゼラ達のことも合間っていつもより精神的疲労……だろうか。たまるのが早い気がする。
あの青色の液体が美味かったのも疲労のせいだ、そうに違いない。
追うのは……明日からだ。
俺はシンクレアを背負い、宿へ急ぐ。
首飾りが光を放ち始めた事にも気づかずに。