6話 「演技」
動けない。
体が、一ミリも。
額から冷たい汗が流れる。
殺気だ。
体が本能的に恐怖を感じている。
「グレイ!! その男から離れろ!!」
俺はシンクレアの巨大な爪で前に引っ張られた。
「――ッ」
咄嗟に後ろを向く。
その男はやつれて頬骨が浮き出た顔を傾げさせ、相変わらず無気力そうな目でこちらを見てくる。
全く緊張感の無い雰囲気だが、なぜか悪寒と冷や汗が止まらない。
「なんで人間がドラゴンと共にいるのでしょうかねぇ。本来お互いにいがみ合う存在の筈ですが」
ジャンは丁寧な口調で喋りつつ、ニヤリと薄く笑みを浮かべる。
「しかも、先程の剣技。人間の剣技では無かった。普通に考えると……ドラゴンの剣技だといったところですか」
『九傑騎士』。
幼い頃本で読んだ事がある。
大昔、世界を滅ぼそうとした魔神を倒した九人。
目の前にいるのはその名を受け継いだ化け物だ。
「グレイ、私も加勢していいか? 復活したばかりでまだ全力は出せないが」
「この男は……非常に危険です」
シンクレアとリヴァイアドはそう言うと、人間の姿へ変化した。
「ほう!! そんなこともできるのですか」
ジャンはそう小驚きしながら、腰についた長い剣を抜いた。
刃が太陽光を反射し赤く光っている。
……あれは魔剣だろうか。
「ハンデとして、私の体に一本当てられたら負けを認めて手を引きましょう。私は余り人の殺生を好みませんし。ま、当てられたらの話ですがね」
ジャンはケラケラと枯れた声で笑う。
不気味だ。
「な、なんで九傑騎士であろう方が雇われてるのですか?」
「単なる生活費稼ぎですよ。しかし、人と戦うのは想定していませんでした」
「戦わないという選択肢は……ないと」
そう言った瞬間、ジャンの顔から薄気味悪い笑みが消えた。
そして、剣をこちらに向かって構える。
「戦いは、もう、始まっているんです」
刹那。
ジャンが消えた。
「あれっ? どこに――――」
次の瞬間、俺は突き飛ばされていた。
シンクレアに突き飛ばされたのだ。
背中に押された感覚がある。
俺は地面にうつ伏せで落ちた。
顔が痛い。
「あれ、ドラゴンのほうを斬ってしまいましたか」
「なっ!?」
俺は振り返り、シンクレアを見上げる。
シンクレアの首から上が無くなっていた。
足元には……赤く染まったものが落ちている。
「し、シンクレアッ!!」
俺の頭の中に両親の死体を見た時の記憶がフラッシュバックする。
嘘だろ……シンクレアがやられたのか?
初めて信頼できる「人」に出会えたと思ったのにっ……
「私は大丈夫だ。『超再生』で修復できる!! ジャンに集中しろ!!」
「えっ……は、はい」
俺は咄嗟にジャンを目で捉える。
ジャンは再び無気力な立ち姿で元の位置に戻っていた。
こちらで戦えるのは俺とリヴァイアド。
二対一だ。
しかし、先程の常軌を逸した動き。
俺たちのほうが圧倒的に下か、運が良ければ互角。それぐらいだろう。
油断は出来ない。
「さぁ、今度はそちらからどうぞ」
ジャンはもう一度剣を構える。
隙だらけだ。
普通ならば、そこは隙として成立するのだろうが彼の場合はそうもいかない。
あれは明らかな罠。
……ダメだ。
ドラゴンの剣技を持ってしても斬り込み方が分からない。
相手はシンクレアの首を一瞬で切り落とすことができる。
このままだと、全員殺されて終わりだ。
「リヴァイアド、一回引くぞ!!」
「……はい」
リヴァイアドと俺は一歩下がった。
ジャンは動かない。
「逃げてもいいですよ。そこのシンクレアとやらのドラゴンがどうなっても良いならば。
それに私は今、さっきの動きで結構疲れましてね……私と戦うのならば今がチャンスなのですが」
ジャンは頭がなく、動けないシンクレアを横目で見ながら、語りかけるように囁く。
これも罠だ。誘っている。
だが、逃げることもできない。
どうすれば……ジャンがシンクレアの首が元に戻るまで待ってくれるとは思えない。
しかし……
「今二人でいけば倒せます!!」
「なっ!?」
リヴァイアドが急に仕掛けた。
ジャンの脇に真っ直ぐ飛び込んでいく。
手にはさっきの冒険者から奪ったのか、剣が握られていた。
俺も咄嗟に後を追う。
ジャンの反応が遅れる。動きがかなりぎこちない。
罠では無かったのか?
「やはり!! この動きはドラゴンの剣技でしたか」
ジャンは紙一重で体を反らせ、避ける。
「だがッ」
俺はジャンが避けた瞬間に、剣を振り下ろした。
今のジャンの体勢ならば、これは絶対に避けられない。
受けるしかないだろう。
『キンッ!!』
ジャンと俺の剣がぶつかる。
案の定、ジャンはバランスを崩した。
「おっと」
ジャンは仰向けに地面へ倒れた。
剣は手から離れ、手は地面に着き、完全に封じられている。
チャンスだ。
「な、ひ、ひぃ!!」
ジャンは顔を歪ませている。
拍子抜けだ。九傑騎士であるのに、追い詰められるなんて。威圧感が嘘のように無い。
いける。
一太刀でいい。
リヴァイアドと俺の剣がジャンへ迫る。
ジャンは頭を手で覆っている。
勝った。
そう、勝ったと思い込んでいた。
「戦いの鉄則。油断しないこと」
その声は、後ろから聞こえてきた。