3話 「トカゲ使い」
「行くか」
目の前には岩と土だらけの世界が広がっている。
王都『シュスト』から20キロほど離れた外れ。
死の荒野と呼ばれている場所だ。
かつて、『煌龍』と呼ばれる龍の主が治めていた地域。
その頃は緑が果てしなく覆う豊穣の地だったと言われているが、そんな面影は消え失せ、
植物はほとんど無く、
地面はひび割れ、
目を覆う程の高さのある崖や、雲を突き上げるほどの高さの山脈の乱雑する場所である。
さらに、幾年もの間人間が介入していなかったせいか、Sランクレベルでも手こずる魔物が数多く存在している。
その一例が龍。
彼ら、いや、彼ら彼女らはここを住処にしており、時たまSランククエストの対象になっている。
◯
「……やっぱり歩き辛いなここは」
岩ばかりで、高低差がかなり激しい。
ここの入り口付近には何度か来た事があるが、ここまで奥地に入ったのは初めてだ。
植物はほとんどない。
たまに岩に張り付いたコケのようなものがある程度。
こんな所で俺が魔物に襲われたら死は確実だ。
ここが死の荒野だなんて呼ばれている理由がよく分かる。
そう考えると、俺をこんな所で追い出したアイツら……最初から俺を殺すつもりだったのだろう。
俺は胸から吐き出しそうな感情を噛みしめながら、シンクレアの後をついていく。
「ん? この気配……」
10分程歩いた所で、シンクレアが急に止まった。
俺は咄嗟にシンクレアの視線の先を追う。
「……ッ!!」
龍だ。
今のシンクレアの5倍以上の大きさの黒い龍が岩陰から身を乗り出している。
あの大きさをしていながら、俺には気配が全く感じとれなかった。
シンクレアが居なければ……気づくことすら出来ず、死んでいただろう。
「リヴァイアドか!! 久しいな!!」
「し、知り合いなのか!?」
ま、まぁ、シンクレアもドラゴンなのだし、ドラゴンの知り合いがいるのは当然だろう。
「…………」
リヴァイアドと呼ばれたドラゴンは答えない。
……何かおかしい。
あのドラゴンの目……漆黒だ。
目の奥を探っても、感情が無いように見える。
「ギ……ギャアァァァァッッッッ!!!!」
「う、うおっ!?」
ドラゴンの咆哮が辺りに響き渡る。
シンクレアのように意思がない。
これが同じドラゴンなのか?
「やはり……ダメか」
シンクレアは悲しそうな声でそう呟く。
「シンクレアさん、あのドラゴンについて知っている様ですが、何があったんです?」
「……『悪い奴』がいるのだ」
悪い奴……?
「冒険者ではない。魔族でも、人でもない。また別の……何かだ」
「ガギァ、ガキィッッッ」
ドラゴンは苦しんでいる様だ。
『悪い奴』……そいつがリヴァイアドを……?
「私もあの様にされた。だが、咄嗟に体を小さくしたのだ。トカゲ使いが現れるのに掛けてな」
「お、俺を……?」
「何故かは分からないが……『あれ』は、トカゲ使いの能力を使えば治癒が可能なのだ。私は偶然グレイに捕らえられ、こうして戻ることができた」
俺の能力が、か。
「どうか……リヴァイアドも助けてくれないか?」
幼い頃から無能だと言われ続けていた。
魔族からだけではない。
人間からもだ。
「ギ、ガキ、ガギッ」
でも、この能力で……あのドラゴンを元に戻すことができる。
しかし、今までこの能力を使い、成功したのはシンクレアの一例だけだ。
「グレイ!! 襲ってくるぞ!!」
「ギャガァァァァァァァ!!!!」
でも。
俺はあのパーティーメンバーとは違う。
他人を決して見捨てず、必ず救う。
「ふうっ」
俺は一つ、息を吐いた。
能力の使い方は簡単だ。
俺は襲いかかってくるドラゴンに向かって飛び出し、頭に触れる。
一か八か。
そのまま触れた手に魔力を込めた。
「ガ…………ギャ……………」
「お願いだッ!!」
俺の周りに大きな竜巻が起こる。
「う、うおっ!? やっぱり失敗したか!?」
そう言った瞬間、竜巻は、弾け飛ぶようにして消えた。
「あ、あなたは……?」
竜巻の中心――ドラゴンがいた場所に、一人の黒髪の男が跪いていた。
「グレイ様。このリヴァイアドが無礼な行いをしてしまい、大変申し訳ありませんでした」
どうやら成功したようだ。