10話 「離別」
「先ずは俺が一人で様子を見る」
俺は門の前に立つ。
「気をつけろ。確かに『九傑騎士』は最強の九人だ。だが、少し手が届かなかった二番手の奴は無数にいる」
二番手。
ジャンほど強く無ければいいが。
しかも相手は多数。手こずる覚悟をしないといけない。
「直ぐに戻ってこい。奴ら、どんな手を持ってるか分かんねぇからな」
「……ああ」
門の外の岩山。
人がいるとは思えないほど静か。
日が沈みかけ、岩と岩の隙間から赤い光が差す光景は逆に美しささえ感じる。
だが俺は見逃さなかった。
赤い光に紛れ、多数の血痕と岩にも見える肉塊があたり一面に広がっていることを。
間違いなく、いる。
「……それでは」
ドラン、シンクレア、リヴァイアドから心配そうに見守られながら俺は一歩、門の外へ踏み出した。
『ヒュンッ』
矢が一本、右前方から飛んでくる。
『パシュッ』
斬った。
直ぐに周りを見渡す。
「……」
……おかしい。
矢が飛んでくるのは想定していた。
だが、一本だけだ。
それに、魔力も何もこもっていない普通の矢。
まさか、ドランが嘘をついてるのか?
俺は門へ振り返る。
「おいドラン、これはどういう――――」
「そいつはフェイントだッ!!!!」
俺はその言葉を聞き、思い出した。
『九傑騎士』の戦い方を。
ジャンの戦い方を。
俺は咄嗟に前へ顔を向ける。
だが、遅かった。
『パコォォォォンッッ!!!!!』
落雷と似つかわしい轟音と共に、光の柱の様なものが俺の体を貫く。
「カハッ……」
俺は門の中へと吹き飛ばされた。
シンクレア達が俺に向かって何か言っているが、鼓膜が破れたのか聞こえない。
腹部に違和感。
「っ……!!」
丸く、こぶし大の穴が開いている。
危なかった。
『超再生』のおかげで何とか生き伸びているが、ドラゴンは心臓が破壊されると死んでしまう。
ドランがフェイントだと言ってくれなかったら、俺は死んでいた。
「ハァ……ハァ……」
鼓動が激しい。
『弓使い』はこんなにも強いものなのか。
土煙の中立ち上がる。
俺の吹き飛ばされた所には小さなクレーターができていた。
「グレイ!! 大丈夫か!!」
「ああ……」
音が戻っている。
『超再生』は便利だが、魔力を多く使うのが感じとれる。
簡単な怪我の時は控えないとな。
「まさか『光弓』を使う者がいるとは……」
ドランは驚いた表情をしている。
光弓は『弓使い』の中でも珍しいものなのだろうか。
ただ、対策方法は分かった。あれは魔力の塊。
魔力の塊なら切れないこともない。
「シンクレア。リヴァイアド。飛んでくる矢を……全て、裁ききれるか?」
「!!」
「俺は『光弓』のほうに集中したい」
「……はい」
剣をあまり使わないシンクレアが少し心配だが、人間ではなくドラゴンだ。
リヴァイアド程ではないもののSランク程度の動きはできている。
「おい、俺はいいのか?」
「ドランは俺達のことを信じていればいい」
「いや、てめぇらが戦って俺だけ戦わねぇっつうのもなんか嫌だろ」
口ではそう言っているが、彼からは先程と違い何か真っ直ぐな決意を感じる。
なぜこんなに『宝石』を求めているのかは分からない。
何が彼を突き動かしているのかも分からない。
口調も悪いし態度も悪い。
だけど、どことなく優しさを感じる。
「……死ぬなよ」
「おう」
四人で四角く陣を作る。
もちろん俺が前。
光弓を相手どる。
それが役目。
「行くぞ」
ドラン、リヴァイアド、シンクレアは剣を抜き、両手で構えた。
緊張が走る。
「すぅ……はぁ……」
深呼吸。
……心を平静に保て。
必ず、誰も死なずに成功させる。
◯
夥しいの数の矢が多方面から放たれる。
『パコォンッ』
それに、先程とは違い威力が高く、地面に深く突き刺さっている。
まともに受けたらひとたまりもない。
「こっちだ!!」
俺達はその中をドランの指示に従って突き進む。
普通はこれほど一点集中はしないだろう。
警戒されているのだ。
俺があの『光弓』を受けてなおこうして生きているから。
「くっ…………」
『光弓』は打ってこない。
恐らく一発に時間がかかるのだろう。
まずはリヴァイアドがドラゴン特有の剣術で矢の多くを叩き斬る。
修練の積み重ねなのか、剣の動きに迷いが無い。剣に慣れないシンクレアをサポートしつつ動けている。
しかしそれでも掻い潜る矢もある。いきなり矢が曲がったり、消えたりする矢だ。
いわゆる魔力が込められた矢なのだろうが、これだけは仕方がない。
俺とドランで対応する。
今のところは四人で何とか凌いでいるが、猶予は日の入りまで。
完全に暗くなればドランは道が見えず立ち往生することになる。
「ここを真っ直ぐ行け!!」
「ああ――っ!!」
矢が俺をかすめた。
よく見ると、ドラン、シンクレア、リヴァイアドにも複数の傷痕がついている。
一発一発は切り落とせる範囲の威力だが、段々と全てを捌き切れなくなっている。
度重なる戦いで全員が体力を消耗している。
息をつく暇もない。
「うっ!!」
さらに数発。
それに、毒か何かが含まれているのか治りが悪い。ドラゴン対策専用の矢だろうか。
「グレイ!! 日が沈むぞ!!」
「く、クソっ!!」
既に太陽は端が見える程度。
薄暗く、足元すら見えづらい。
しかも向こうは『光弓』を持っている。
光弓……光だ。
矢自体が明かりとなり、俺達を照らすことができる。
逃れることはできない。
何かいい案はないか……
その時だった。
「私が『弓使い』達を止めるから先に行け!!」
後ろから聞こえてきたのは、シンクレアの声。
それと同時に服も飛んでくる。
服を脱いだということはまさか……ドラゴンに……なるのか?
「……一段落したら匂いで追跡する」
「シンクレア!! ダメだ!!」
俺の言葉は届かず、俺達を中心にして周りに大きな竜巻が起きる。それと同時に飛んできた矢が吹き飛んだ。
「グレイ、今の内に……行くぞ」
「でも……!!」
「『ギャガァァァァ!!!!』」
大きな的となったシンクレアに、体力の矢が突き刺さり血が吹き出る。
「お前はゼラとやらを追ってるんだろ?」
「……」
「それに、彼女が一番消耗していた。お前に当たったのも全て彼女が捌き切れ無かった矢だ」
「『ガァァァァ!!!!』」
「ドラゴンになったのも何か、グレイに役に立ちたかったんだろう。お前はその思いを……無視するのか?」
「っ…………」
「……行くぞ」
俺はシンクレアのほうへ向き、言う。
「頼んだぞ」
シンクレアの緑の目にはどこか、悲しそうな影があるように見えた。