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001  作者: Nora_
8/18

08

 月曜日。

 そろそろ期末テストがあるので祐君の部屋で勉強をしている時、僕は聞いてみることにした。

 渉君みたいに怒られるかもしれなかったけど、聞いておかないと気持ち悪かったからだ。


「祐君」

「どこか分からないところがあった?」

「違う、こうして2人きりの時に、他の男の子の名前を出されたら気になる?」

「どうして急に?」

「昨日渉君に怒られた」


 そう言ったら祐君は手を止めてこちらを静かに見た。

 その表情は少し驚いているようにも見えるし、少し怒っているようにも見える。


「……名前で呼ぶようにしたんだ。それに昨日って日曜日だよね? どこで会ったの?」

「部屋、渉君が来たから」

「何してたの?」

「え? プールに誘われて、好きかどうか聞いて、手を握って甘えて、水着姿を見たいと言われて、お金がないし奢って貰うのも申し訳ないって言い続けて、でも祐君の名前を出してたら怒って帰った。男心は分からない」


 炭酸で釣られそうになったのは本当だけど、そこまで思わせぶりな発言はしていなかったと思う。

 僕からしてみれば嵐がきて嵐が去っていったようなもの、怒る理由がよく分からない。

 だって祐君の名前を出すのはあれからやめたというのに、最後は勝手に自爆して怒っただけだから。


「何で好きかどうかを聞いて手を握るって流れになるの? それにどうして僕の名前を出してたの?」

「人に好きになってもらえば面倒くさい自分を捨てられると思った。祐君の名前を出していたのは、何回も渉君が言ってきたから。『祐に許してるんだろ』って。『体に触れさせたり髪の毛を撫でさせてるんだろ』って」

「髪の毛を撫でてもらったの?」

「うん、手を握っていたらお母さんが恋しくなって、そういう意味で言ったわけじゃなかったけど渉君は撫でてくれた。下手だったけど心地良くなりかけた時に祐君にしてもらっているって言ったら『祐のこと好きなのか?』って聞いてきて」

「何て答えたの」

「違うって言った」


 嘘をついても仕方がない、それに僕はどうやら下手くそらしいしどうせ見破られたことだろう。

 先程と違って祐君は勉強を再開し、もうこちらになど意識を向けてはいない。

 祐君も怒ったなら正直それでいいと思う。

 奢ってくれるから付いていくなんて友達ではないと感じるから。

 対等じゃなくても同じくらいの立場にいたいと考えていた。

 それから数十分続けて17時を過ぎた頃「今日はもう終わりにしようか」と祐君が言った。

 どこか色々な意味で“終わり”のような気がしたけど、靴に履き替えて家の外に出る。

 何も喋られないけどこうして送ってくれるのは、最後だからだろうか?


「そういえばまだ答えてなかったよね、名前を出されたら怒るかって質問に」

「うん」

「別に気にならないよ、だって僕は皐月の彼氏ってわけじゃないんだし」

「そっか、答えてくれてありがと」


 僕だって祐君や渉君の口から他の女の子の名前が出されても気にならない。

 特別な関係じゃない、あくまで友達になりかけているところだから。


「だから部屋で集まるのはもうやめよう」

「うん、祐君が言うなら」

「あと起こしに行くのもやめるし、一緒に帰るのもやめようか」


 想像通りの展開になっても僕は「うん、祐君が言うなら」とだけ答えていく。

 母が言ってたけど、祐君と会えなくても他にも人は沢山いるわけだし、問題視する必要はない。


「じゃあ今日までありがと、ばいばい」


 ならこうして送られているのもおかしいだろうから、別れを切り出して歩きだした。

 変わり始めていたと思っていたものの、何も傷つかないし悲しいとも思わないのかと苦笑した。

 何だかんだ言っても僕は僕ということだろう。

 鍵を差し込んで扉を開けて家の中に入る。


「ただいま。……ん? お母さんいない?」


 仮にどこかへ出かけるとしても僕が帰った時には必ずいたのに今日はいないようだった。

 17時を過ぎているのにいないのは気になる、だけど追ったところで場所は分からない上にすれ違いになる可能性があるので、大人しくリビングで待っていることにした。

 ただ、18時を過ぎるとそわそわし始め、19時を過ぎた頃には大人しくなどしていられなくて、終わりを告げられたことよりもよっぽど、僕の心を壊しかけてくれていた。

 心の拠り所だった。

 大して傷つかずに済んだのはきっと両親がいてくれればいいと思っていたからだ。

 20時を過ぎて涙をボロボロ流しつつ膝に顔を埋めていたら、先に父が帰ってくる。


「ただいまー! おっ、皐月……泣いてるのか?」

「おどさんっ……お母さんがっ」

「あー母さんは今日帰ってこないぞ?」

「え……」

「母さんスマホを忘れたから公衆電話で今日は帰れないって電話をかけてきたんだよ。ちょっと実家に帰るんだって言ってた」


 家にだって連絡してくれればいいのに……祐君の家に寄ってよりみちしていたから怒ったの?


「いや……喧嘩したんだよ母さんと。だから見たくないって、皐月が学校行ったら元々帰るって言ってたんだ本当は。ごめんな、皐月は俺よりも母さんといたかったのにな」


 お母さんの嘘つきっ、理由がどうであれ“消えてる”じゃないかっ。

 だけど1人よりはずっとよかった……お父さん――父だって同じように大切な存在なんだから。


「……お父さんがいてくれればいい、今日は一緒に寝たい」

「分かった。ご飯は食べたか?」

「食べてない……」

「外に食べに行くかっ。母さんのご飯も恋しいけど、あんまり行ける機会なかったろ?」

「……お母さんっ、うぅ……」


 その言葉は鎖のようなもので、聞けば聞くほど涙が溢れる。

 父は「ごめんな」と言って僕を抱きしめてくれたけど、涙が止まらなかった。

 結局もう遅いのと僕の様子を見て食べに行くのはなしになって、お風呂に入ることに。

 父は渋っていたけど離れたくなかったから一緒に入ってもらった。

 湯船に浸かって未だに流れる涙を流す。


「何か年頃の娘と入っているのはいけないことをしているみたいだな……」

「……なにも問題ない、離れる方がネグレクト」

「そ……うなのかな? あ、祐とは最近仲良くしているか?」

「ん、大丈夫」


 今の父の気持ちは微妙だろうし、僕は少しだけ嘘をついた。

 心配をかけたくなかった、さっきまで泣いていて矛盾しているようだけど。

 こういうところは進歩ではないだろうか?


「皐月も高校二年生でもう夏と……好きな男とかいないのか?」

「いない。それにお母さんとお父さんがいればいい」

「そうは言っても……俺は母さんみたいに家にずっといてやれるわけじゃないからな、皐月を守ってくれる男にいてもらいたいんだよ。勿論、変なのだったら俺が追い返すけどな」

「浮気だめ! お母さんを傷つけたらお父さんでも許さない!」

「してないししないよ。……じゃあ許さないってことか……皐月のために出て謝るわ、あいつだって皐月に会いたいだろうし」

「お母さんに会いたいけど、お父さんがいてくれれば大丈夫だよ?」

「くっ!? 皐月、お前良い子に育ったなあ……うぅっ、出て電話をかけるわ!」


 父は「俺らが揃わないと、皐月の完璧な笑みを引き出せないからな!」と笑って言った。

 渉君には何度も「何でお前はそうなんだよ」と言われたけど、父的には違うのだろうか。

 僕も少ししてお風呂から出てタオルで髪の毛とかを拭いていく。

 その途中、鏡に映った自分を見て中途半端な気持ちになった。

 何もつけていないためいつもより貧相さが伝わってくる自分の裸体。

 仮に水着を着たとしてもほぼ変わらないのに、どうして2人は求めてきたんだろうと。


「あ、祐君とはなし、だった」


 向こうから言われたのは初めてだった。

 終わりなら終わりでいいけど、相手から言われるのは少し嫌だ。

 癪というかむかつくというか、僕だって複雑な気持ちになることくらい、人間だからあるわけで。

 というか、この調子だとどちらとも行かないでつまらない夏休みとなりそうだった。

 家にいれば母はいるし父も連休があるので特に気にならないけど。

 しっかりと着てとりあえず自室へ戻ることにした。

 あんまり勉強に集中できていなかったし、問題でも解いて時間を潰そうと思ったからだ。


「……落ち着かない」


 母がいないから? それとも……祐君との関係が終わったから……。

 違う、そんなわけがない、だって傷つかなかったし悲しい気持ちにはならなかったのだから。

 

「お腹空いた……」


 いつもだったら母が作ってくれた美味しいご飯を食べて、比較的好きなお風呂に入ってゆっくりしている時間なのに、少し変化が起きたことでこんなに変わるなんて現実は面倒くさいと思う。

 残念ながら僕と父に美味しいご飯を作る能力などないため、1階に行って冷蔵庫の中を漁ろうとした時のことだ、チャイムが鳴ったのは。

 もう21時を過ぎているし少し怖かったけど、玄関の扉を開ける。


「皐月っ、ごめんなさい!」


 少し息が乱れている母がそこに立っていて、涙がまた出始めて。


「おか……ばかっ!」

「ごめんなさい」


 離したくないから抱きしめる。

 安心できる母の匂い……先程までの落ち着きのなさなどはどこかへいってしまっていた。

 僕を抱いてリビングに入った母はソファにゆっくりと座った。


「……喧嘩したのなんて久しぶりだったのよ? 本当にしょうもないことで喧嘩して、皐月が学校に行った後、家を出たの。元々言っておいたわ、こそこそするのも嫌だったから」


 出ていく時は何も言わないような気がするけど、どこか母らしいと思う。


「でも、皐月には言えなくて……お父さんから電話がかかってきた時にはもう駅についてたのよ。正直、喧嘩したことなんかよりもあなたのことが気になってた……あれだけ私べったりになっていたのに放っておいたら泣いちゃうんじゃないかって不安になってて……泣いていたのでしょう?」

「だって……帰ってこなかった。いつもならいる時間にいないから……祐君の家に寄り道したのを怒っているかと思った」


 父が帰ってくるまでは何かあったんじゃないかって本当に不安だった。

 事件に巻き込まれたとか、事故にあったとかじゃないのって凄く不安で。

 元気に生きてくれていると知ることができただけで僕の悲しみは吹き飛んだけど、今度は寂しさが込み上げてきて。

 何よりも大切だったんだ、母は分からないかもしれないけど……。


「別に用事があるなら、皐月がそうしたいならそっちを優先していいのよ?」

「もうしない。今日言われた、部屋で会うのも一緒に帰るのもやめようって」 

「……祐君からそんなことを言ってきたの? 初めてよね?」

「渉君も不機嫌になった、やっぱり人を好きになるなんて時間の無駄」


 もやもやしか残らないし、分からないことだらけで気持ち悪い。

 聞けば怒られる、普通にしてても怒られる、頑張ろうとしても怒られるとあっちゃ、とてもじゃないけどやっていられない。

 感情があるから面倒くさい。

 記憶があるから面倒くさい……。

 こういうことかと僕は自分が願った理由に1歩近づけた気がした。

 フラットであったなら、その人と純粋にゼロの気持ちのまま関われたなら、気持ち悪いとすら感じず僕は生きていけるのだろうか?

 ということは僕なりに踏み込もうとしていたのかもしれない。

 だけど、僕のやり方では他人の不満や怒りの感情を煽っていくだけで。


「面倒くさい、人の気持ちが分からないから」

「そんなこと言わないの」

「だって……なにをしても怒られるっ」


 わざとじゃないけど……他人からすればそう捉えられるだけの毎日。

 結局味方なのは両親だけで、1歩外に出れば敵しかいない。

 平和な時間が過ごしたい。

 じゃあ、それを乱してくる他人との関わりなんていらないのではないだろうか。


「……そこは皐月次第だから好きにすればいいけど、親としてはお友達と楽しそうにしてほしいわね」

「無理、頑張っても全部無駄に終わる。だったら、最初からなにもない方がいい」


 もう1回、あと1回だけでいい、僕の中から記憶が消えてくれれば、そうなってくれれば、今度こそ上手くやれると思う。

 今ならどちらとも関係が切れてるし、記憶が消えた状態で朝日がアピールしてくれれば、多分きっと大切に扱ってくれるのではないだろうか。


「記憶が失くなればいいのに」

「こら! 駄目よそんなこと言ったら!」

「……ごめん、もう寝る」

「お父さんと寝るんじゃないの?」

「1人でいい」


 2人の近くにいたらまた泣いてしまうから。

 自室のベットに転がって再度願う。


「記憶が消えればいいのに」


 その呟きは静かな部屋によく響いた。




 翌日、起きて1階に向かうと知らない女の人がソファに座っていた。

 「おはよう皐月」と僕の名前を呼ぶ、綺麗な女の人。

 僕は何となく「おはようございます」と返して冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぐ。

 それを飲もうとした時、僕の腕を掴んでその人が言った。


「ねえ! 私のこと分かるっ?」


 と。

 僕が小さく首を振ると、力なく手を離してぺたんと座りこんでしまった。


「あの、大丈夫ですか?」

「……自分の名前は分かるの?」

「え、はい、綾野皐月、です」

「そう……あ、ご飯できてるから」

「あ、ありがとうございます?」


 よく分からないけど食べさせてもらうことにして、食器もきちんと洗ってから洗面所へ向かう。

 髪の毛はいつも通りぼさぼさだから気にせず、やることを済ましてリビングに戻った。


「あの……学校なので」

「ええ、行ってらっしゃい」


 帰るつもりはないようだから僕が家を出た。

 すぐに学校に着いて教室に向かう。


「皐月、おはよっ」

「え? あ、おはようございます」

「あなたまたっ……どうなってるのよっ」

「え? 僕がなにかしましたか?」


 綺麗な女の子が話しかけてくれたんだけど、すぐに表情が変わってしまった。


「何でもないわ。今回もまた朔さんやお父さんのことだけ覚えているのよね?」

「朝起きて1階に行ったら知らない女の人がいましたけど」

「え……今回は朔さん達のことも忘れているの? ふぅん……なるほどね」


 こちらは何も“なるほど”じゃないけど。


「あ、祐!」

「おはよう朝日……おはよ綾野さん」

「挨拶をしても無駄よ、また記憶が消えてしまっているもの。しかも今回は朔さん達のことまでもね」

「ちょっと待ってっ、また願ったってこと!?」

「何かあったんじゃないかしら、私はなにも知らないけれど」

「何かって……あ……」

「あなたが原因なのね? 話しなさい」

「ちょっとここじゃあ……また後でね綾野さん」


 僕が願った? 記憶が消えてほしいって?


「ん? え……な、なんで!?」

「ど、どうしたのよ皐月っ?」

「僕は祐君達の記憶を消したいと思っていただけでお母さんの記憶までなんて願ってない!」

「……どういうことよ皐月」

「え……あ、朝日?」

「祐君達、ということは私に関することも消したかったということよね?」

「で、でも、こうしてすぐに戻ってきた!」


 色々捨てたかったのは確かで、願ったのも本当のこと。

 だって何をしても上手くいかないことだらけで、リセットしたいと思っていた。

 そして都合よく成功例があったということもあり、縋ってみたわけだけど……。

 まあ上手くいかないのも現実って奴だと捉えている。

 慌ててお母さんに電話をかけて「ごめん」と謝っておいた。


「2度と願うんじゃないわよ皐月」

「う、うん……でも、人間関係が難しすぎてっ、消したいと思った! 普通にしているだけでもうやめようって祐君に言われたし、お母さんは夜遅くまで帰ってこなかったから。……嫌だった、僕じゃ上手くやる方法が分からないから。だからもう1回平な状態からやっていけば、今度こそ失敗しなくて済むかもしれないって、傷つくくらいなら平らな状態でいいと思って。普通にしてても怒られる……怒られるの嫌い。面倒くさいから消えてほしかった」


 この悩みは自分にしか分からないけど、全部吐露していた。

 何をしても怒られる自分の気持ちなんて、目の前の朝日や祐君が分かるわけがない。

 ましてや怒ってきた祐君にとっては尚更のことだろう。


「朝日が変なことを祐君に言わなければ忘れたままいられたのに」

「そうしたら朔さんのことまで忘れたままだったのよ?」

「うっ……それは、嫌だけど」


 大切な母にあんな顔にさせてしまったことは後悔していた。


「じゃ、じゃあ……朝日達が忘れてくれればいい。そうしたら気にならない」


 いつも忘れられる悲しさを与えてしまっているのなら、今度は自分が受ける番ではないだろうか?

 例えば母や父に「お前誰だ?」と言われたら泣く自信があるけど、悲しませてしまったわけだし仕方ないことだと思う。


「……なるほど、じゃあ綾野皐月に関する記憶が消えたらいいのに」

「ちょっ、朝日!? なに綾野さんに言われた通りにしているのさ!」

「……好きな子からこんなことを言われて悲しくないわけがないじゃない、だからそれすらも消したいのよ。それに、元はと言えば渉や祐が皐月に怒ったからじゃないのっ? こんなことを願うようになったのは! ……あなた達のせいでしょう?」

「そんなことは……」

「……朝日の言う通り、怒ってくるし……分からないから消したかった」


 1番悪いのは自分の弱さだけど、祐君達に原因はあって。


「だってさ、皐月に何かを言っても響かないし無駄だから虚しくなったんだよ、このまま関係を続けても悲しくなるだけだなってさ。渉としたことだって平気でぺらぺら喋るし、かと思えばこっちに戻ってきて思わせぶりなこと言うしさ! 皐月にだって原因はあるんだよ……違う、皐月に原因があるんだよ!」

「昨日は気にならないって言ってた、祐君は嘘つきなの?」

「これくらいが普通だよ、何でもかんでも言う君がおかしいんだ。普通聞かれたからって、答えないでしょあんなこと……手を繋いだとか、頭を撫でられたとか、好きだとか聞いたことも、そんなの聞かされたってどうしろって話だよ!」

「分からないっ、聞いてきたから答えだけ! 友達は隠し事をしない……ということは、僕は誰とも友達じゃなかったってこと? 僕1人が馬鹿みたいに騙されてたってこと?」


 もしそうなら本当にクソくらい無駄な時間を過ごしたことになる。


「……友達でもなんでもない人間の記憶が失くなるようにって願うのは当たり前なこと。僕は間違ってなかった、でも僕が悪かった。……いつだって怒るし、そのくせ細かく教えてくれないし……でも友達じゃないから普通のことでしかない」


 いつか恐れた表裏の差の前に僕は完全にやる気を失くしてしまった。

 自分の席に力なく座って突っ伏すことしかできない。

 ぼたぼたと木に水滴が攻撃していくけど、一向に抵抗する気配も攻撃が止まる気配もなくて。

 HRが始まって顔をあげたら先生に心配されて「保健室へ行くか?」と聞かれたものの、保健室に行くことはしなかった。

 どうせもう取り繕ったところでここに居場所はないし、淡々と授業を受けて家に帰ればいいのだから。

 HRが終わって鏑木がやってきた。


「どうして泣いているの?」

「どうして……分からない」


 そういえば何で泣いてるの?

 当たり前なことなんでしょこれは?


「私様見ちゃってたんだけどさ~皐月ちゃんって嘘つきだし自分勝手だよね~そりゃ長崎君も怒るよ、当たり前のことでしょう?」

「距離を置かなかったこと、怒ってる?」

「約束破るよね皐月ちゃんって」

「答えになってない、ちゃんと言って」


 これからは勘違いしないようにきちんとこうして逐一聞いていこう。

 だって同じような思いを味わわないために、僕は記憶を消してくれと願ったのだから。 


「怒ってるというかさあ……ウザいんだよね皐月ちゃんが。そうして泣けば興味を引けると思っているんでしょ? 案の定、長崎君だって食いついていたしね」

「食いついていた? あれは文句を言いたかっただけ」


 どうでもよくなった人のことを喋るのも無駄だけど、鏑木が聞いてきたのだから仕方ない。

 自分は逐一聞こうとしておきながら、他人からの質問に答えないなんてそれこそ自分勝手だと思う。


「そういうところがあるから関係を終わらせたいなんて話を、長崎君からされるんじゃないの?」

「友達じゃないからでしかない。僕1人が勘違いしていただけ、僕が馬鹿だっただけ」


 どうしてそれを鏑木が知っているのかを聞こうとは思わなかった。

 周りの賛同を得ていけば、以前のように祐君――男の子かれの方から来ることはなくなる。

 外堀を埋めていくとはこういう時のことを指すんだろうか。


「願うなら彼に言ってほしい。前だって彼のせいで約束破ることになった」

「分かった、じゃあまた後でね」


 よく分からない女としか言いようがない。

 あれだけストレートに言っておいてまだ関係を続けようと思うのが実に不思議だった。

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