07
「よっ、皐月!」
「平池君」
「家上がるぞー」
「ちょ……」
まだ入っていいって言ってないのに。
それにしても日曜に何の用だろうか?
「皐月、夏休みになったらプールに行こうぜ!」
「あ、祐君と約束してるから」
「……一緒に行ってもいいだろ?」
それは彼に聞いてみないと分からない。
おまけに祐君からプレゼントされた水着を平池君の前でも見せるなんて恥ずかし死しそうだ。
「祐にメッセ送信! あ、すぐに返信……駄目だとぉ!?」
う、うるさい……けど最初みたいに怖くはならないけど。
「くそっ……じゃあさ、祐とは違う日でいいから駄目か?」
「お金がない……」
「俺が払うから! あ……行ってくれたらコー○をまとめて買ってやるよ」
「ほんとっ!?」
「うぉ!? は、離れてくれ……」
僕の価値は恐らくコー○よりも低い。
せっかくテンションも上がったし、物も買ってくれるからって乗り気だったのに、平池君は何やらぶつぶつと呟いている。
「お前、コー○を買ってもらえるからって何でも了承したら駄目だぞ?」
「ん? 分かってる」
たとえ変な人から言われても何も響かない。
今回のは平池君とか祐君とか好きになれそうな人だったから。
「心配になるなあ……」
「平池君はもう朝日のこといいの?」
僕への欲望を抑えるためだって聞いてたけどそれは言わずに質問させてもらう。
「いいんだ、終わったことだから」
「そうなんだ」
「それより今日は1日中家にいるつもりなのか?」
この後の予定は特にないので「うん」と答えておいた。
「皐月さえよければ、俺もいさせてもらいたいんだが」
「べつにいいけど」
「お前……いい奴だな!」
平池君といたら『綺麗』にまた触れられるかもしれない。
泣く以外の方法でどうすればそれを引き出せるのかは分からないけど。
「なあ……そろそろさ、名前呼びでもいいんじゃないのか?」
「それもべつにいいけど、渉君と呼べばいい?」
「何でお前ってこんな……ああ、頼むよそれで」
素直に従えば「何で」と言われる……難しい。
「渉君、綺麗に触れたい」
「は、は? 今日は泣かないぞ?」
「早くっ」
「だから無理だって!」
スキンシップがしたいというわけでもないのに、曖昧なものに触れたいと強く思っている。
涙に? それとも単純に色々理由を作っているだけで、渉君に触れたいと思っているのだろうか?
祐君より大きくてがっしりとしていて、顔は純粋に格好良いそんな男の子。
朝日に惹かれた理由は彼女が『綺麗』だったからだろうか?
それに比べて僕は『綺麗』でも『可愛い』でもない、と。
「僕はどっちでもないから、綺麗に触れたかった」
「どっちでもないって?」
「綺麗でも可愛いでもない、から」
「いや、お前それ嫌味だろ。俺、お前が人気あるの知ってんだぜ? 記憶が曖昧なものになる前はよく告白されてたしな」
「僕に? 多分それはロリコンなだけ」
自分でも認めるしかないくらいにはちんまりとしている。
だから多分誰も僕のことなんて純粋に好きだとは思っていないと考えていた。
「ロリコンと切り捨てるのは酷えだろ」
「僕はどうして断ってた?」
「し、知らねえよそんなの……だから手掴んだりしてくんなって!」
大きいのに渉君も『可愛い』なのかもしれない。
別に今だって少し大きい手が気になって触れただけでこの反応、初なのだろうか?
「渉君」
「な、何だ?」
「僕のこと好き?」
「ぶっ……ごほごほ!!」
これはからかう行為ではなく純粋に気になっていたことだ。
僕が部分的にでも忘れたことを「それはないだろ!」と怒っていた渉君。
そんな彼がこうして休日にまで遊びに来るようになったということは、多かれ少なかれ心境の変化があったということだと思う。
だけど、どうしてこうなったのかが分かっていないから、こうして聞いてみたという次第だ。
「お茶飲んで」
「……っぷはぁ……いきなりそんなこと聞く奴がいるか!」
「だって……人に好きになってほしいから」
そうすれば面倒くさい自分も変われるかもしれないから。
何でもかんでも「興味ない」と切り捨ててきた自分はもういらない。
「好きだよ」
「ありがと」
「おう、って……何のプレイだよこれ……」
これで少しは甘えられるような気がする。
だから試しに大きな手を握って「渉君」と呼んでみることにした。
「甘えられてる?」
「あ、甘えてんのか?」
「実は結構怖がりで寂しがり屋、隣にいられて落ち着ける人の側にいると心地良くなる」
だけど手を繋げば繋ぐほど、母の手が恋しくなった。
「お母さんが大好き、お母さんはよく髪を撫でてくれる」
「し、しろって?」
「ん? いや、べつにそうは言ってな――渉君は下手くそ」
そんなおっかなびっくりといった感じで触れなくても、汚くなんかないのに。
「んー……」
「髪さらさらだな」
「朝は悲惨だけど」
「母さんがしてくれるのか?」
「たまに祐君も――うん? どうしたの?」
せっかく心地良くなりかけてたのに手を止めて固まってしまっている渉君。
僕の手を握り返しつつ彼が言う。
「お前さ、祐のこと好きなの?」
真剣な顔と真剣な雰囲気、どうして気にするのかは分からないけど「違う」と答えておく。
「でも祐には許してるんだろ? 触れたりすること」
「ん? 今回は渉君にも許してる」
ちょろいようで、そこまでホイホイと触らせる自分ではない。
本当に嫌な相手になら触れさせないし、そもそも家及び部屋にすら入れさせないだろう。
「分かんないってよく言うけどさ、俺は皐月が1番よく分からねえよ」
「僕だって渉君が近づいて来るようになった理由が分からない」
人として好きになりかけてるから分かる、この気持ちをすぐに忘れることはできないな、と。
朝日のことをずっと好きでいたはずなのに、振られたらあっさり忘れることなんてできるのだろうか?
何かどうでもよくなるくらいの相手と出会えたとかだったらありえるのかな?
「それは皐月が危なっかしいからだ」
「祐君も言ってた」
「なあ、祐の名前出すの止めてくれないかっ?」
何で怒るんだろう……寧ろ優しい祐君に似てるということはいいことだと思うけど。
「優しいと褒めてる、なのにどうして怒る?」
「……皐月の母さんは鋭そうなのに、どうして娘はこうなんだ……」
「僕は普通にしているだけっ、僕だって怒る時はある!」
その言い方では母がろくに世話もできないみたいじゃないかっ。
母を馬鹿にされることが1番許せない、それが遠回しな言い方であっとしても。
「怒ることができるのはいいことだよ。だけどな、皐月は何も分かってない」
「だからなにが……」
段々と言葉尻が小さくなっていく。
実際にその通りだったから全てを言えなかった。
怒られても、笑いかけられても、優しくされても、求められても分からないのだから、渉君の発言は的を射ている。
「細かいことは気にしなくていい、だけどせめて2人の時だけは他の男の名前を出さないでくれ」
「渉君が言うなら」
振られた原因は直接的にでなくても祐君だし、喧嘩をしてしまったままなのかもしれない。
今になってそういえば最近は2人が揃っているところを見てないなと思いだしていた。
少し前なら渉君、朝日、祐君の3人が一緒にいて、僕の方が寧ろ傍から眺める側だったのに、少しの出来事で日常が変わってしまうんだなと不思議に感じる。
「……そういえば皐月は水着あるのか?」
「ゆ……ない」
自分から名前を出さないでくれと言っておいてそれはないだろう。
ないのは事実だからよかったものの、もう少しで祐君の名前を出して怒られるところだった。
「買ってやろうか?」
「申し訳ないし、いい」
「……見たいんだよ」
彼といい祐君といい幼女趣味というか貧相趣味なのかもしれない。
こんなぺったんこを見て満足できるというのなら幾らでも構わないけど……。
あ、ちなみにもう手は離してあって、少し距離も作っていた。
信用できなくなったとかではなく、少し暑かったからだ。
「Tシャツと短パンでいい」
「上にシャツ着ていいから、それでも駄目か?」
「それじゃあ意味ない、買わない方がいい」
「……なら見せてくれ」
「朝日の方がスタイル――痛い、なんでベットに押し付けるの?」
「朝日はどうでもいいんだよ!」
「じゃあ鏑木?」
これでもないようで押し付ける力が強くなる。
何を求めているのか口で言ってくれないと分からない。
「あっ、悪い……」
「べつに」
「でもさ……何でお前はそうなんだよ……他の女なんかどうでもいいんだよ今は」
「こんな体で水着着ているところを見て、男の子は楽しいの?」
「楽しいとかじゃねえんだってっ」
楽しくないのに求めるのをやめるつもりはないようだ。
「お金もないし水着もない」
「だから奢るって言ってるだろ?」
「奢る奢らないで続く関係なんてやだ。公平でありたい、どっちかがお荷物じゃだめ」
「……祐とは行くのに俺とは駄目なのかよ……」
「名前出さないでって言ったのは渉君、どうして出す?」
「もういい!」
そもそも期待を持たすようなことは言ってなかったと思う。
けど渉君は不機嫌になって出て行ってしまった。
「難しい」
女心だけじゃなくて男心も分からない。
でも、果たして分かる必要があるのだろうか?