06
体を起こして時間を確認すると朝の9時過ぎだった。
んーっと伸びをしてベットの下を見ると、綺麗にたたまれた毛布だけがそこにある。
頭をガシガシとかきながら1階に向かって洗面所へ。
「おはよっ、って、髪の毛凄い跳ねてるね!」
「おはよ……これは寝すぎた弊害」
1つ屋根の下に男の子がいるのって不思議な感じだ。
顔を洗って歯も磨いて、髪を櫛で梳こうとしたら「僕がやるよ」と祐君が言ってくれた。
「痛くない?」
「んー」
母以外にされるのも不思議で、でも緊張もしなかったから目を瞑ってなすがままに。
優しく揺れているせいで眠くな……る。
「終わったよ」
「ぐー……あ……ありがと祐君」
リビングに戻って母作のご飯を食べて(朔だけに)、まったりとした時間を過ごす。
横に座って心地良さそうに目を瞑っている祐君をちらりと見てみた。
幼馴染でずっといたということ、自分は祐君のことを好きだったんだろうかという疑問。
鏑木曰く付き纏っていたみたいだしありえないことじゃないけど、やっぱり今でも好きにはなれない。
でも、今のこの顔や雰囲気は矛盾だけど好きかもしれなかった。
「ふぅ……そろそろ帰ろうかな」
「あ……送る」
「じゃあお願いしようかな」
とは言っても家はすぐそこだし全然会話もできない内に着いてしまう。
「ばいばい」と言って帰ろうとした時、いつになく優しい力でこちらの腕を掴み「家に寄らない?」と祐君が言ってきた。
これは岬さんに会いたいだけ、そう言い訳をして入らせてもらうことに。
「お邪魔します」
「え……やだ、不良娘が帰ってきた!」
「ふぇ……」
「ごめんごめん、だって皐月ちゃん全然来てくれないんだもーん!」
最近も色々あったと説明して抱きしめから解放してもらう。
「岬さん、記憶が曖昧なものになる前は、どうだった?」
「皐月ちゃん? うーん、何だかんだ言いつつもいつも祐といたよ? 皐月ちゃんは『僕がいてあげないと祐が寂しがる』っていつも言ってた」
何だその自惚れ女は……恥ずかしすぎて俯くことしかできない。
だってその頃祐君は朝日のことが好きだったわけで、優しくしてくれていたからって有頂天になっていたんだろうなと僕は思って、全力で祐君に謝罪をした。
僕がいなければ朝日と祐君は付き合えていたわけだし、やらかしてしまった罪は物凄く重い。
「……ごめん祐君」
「何で? 僕は皐月が必要としてくれてて嬉しかったけど」
「僕がいなければ朝日と付き合えてた」
「でも昨日分かったでしょ? 特別なのは皐月なんだよ」
彼は「どちらにしても振られてたよ」と気持ちの良い顔で笑ってくれた。
そういえばちゅーされたことをすっかり忘れてたから朝日は美人なんだよなーと考える。
別に僕だって男の子だけ、なんていう拘りはないと思う。
大切なのはその子と相性が合うかどうか、側にいて安心感を抱けるかどうか、かな。
残念ながらあの時のがまだ印象深く残ってて、朝日に安心感は抱けそうにないけど。
「祐君、祐君は僕のこと好き?」
「ちょ!? ……す、ストレートすぎない? 好きって言われたらどうするつもりなの?」
「え、聞きたかっただけ、だからどうもしない」
“好きじゃない”から聞けること、答えてくれるだろうか?
「幼馴染として好きだよ」
「ん、僕も好き」
「あれ? 好きになってくれたの?」
「さっきの祐君は好きだった」
「か、過去形……」
それでも進歩ではないだろうか?
少しの間、少しのシチュエーションだけであっても好きになったのだから。
でも、今見せてきている情けない顔は嫌いで、「酷いよ」と言った祐君がもっと嫌いになる。
「情けない顔は嫌い、心地良さそうにしてる祐君が好き」
「学校では見せられそうにないね」
「じゃあ嫌い。岬さん、この人をなんとか変えてほしい」
にこにこしながら聞いていた岬さんに言ってみた。
答えは「いちゃいちゃしてて入りにくかったよー」だった。
嫌いと言うのは岬さん的にいちゃいちゃ行為となるのだろうか、ふむ。
「でも良いんじゃない? 皐月ちゃんの前だけで見せる祐の一面ってことで」
「……へらへらしているところを見るとイライラする、見たくないからいたくない」
「ん~? どうして祐がへらへらしているとイライラするの?」
「分からないけど……」
「それってさ、自分以外の人と楽しそうにしているからじゃないの?」
「ち、ちがっ……そんなのじゃない!」
「怒らないで怒らないで。ふふふ、でも皐月ちゃんはやっぱり可愛いね~」
可愛くなんてない!
分からなくて気持ち悪い感情と戦っている僕を岬さんは抱きしめてくれた。
少なくともそれだけで落ち着くのは確かで……。
「岬さんはお母さんと同じくらい好き」
「えっ? や、やった……ついに娘ができた!」
「お母さんの方が好きだけど」
「それは当たり前でしょっ、朔ちゃんは皐月ちゃんを大切にしているんだから!」
母と同じくらいこちらから言葉を引き出すのが上手いと思う。
イライラしていた理由が実はそんなのだったとしたら、……考えても分からないか。
だけど1つ分かっていることもあった、それは「人を好きになるのは無駄なことだね」とか言っていた自分が人のことを好きになっていることだ。
「祐君」
「どうしたの?」
「誰か特別な人ができたとして、その人を好きになるってどんな感じ?」
他の人と楽しそうにしていたら胸が痛んで、会えない時間が続いたら切なくなるのだろうか?
祐君は「うーん、僕はこの人の側にいたいって思ったかな」と優しそうな笑みを浮かべてそう言った。
「でも祐君は距離を置いた、違う?」
「そうだね、それで最後の告白をして振られたよ」
「矛盾してる」
「これが案外していないんだよ皐月」
「え?」
「ま、昔のことはもういいよ。部屋、行こうか」
せっかく付いてきてくれた岬さんを部屋に入る前に追い返して僕だけを入れてくれたんだけど、正直リビングでも十分だったし何故あのタイミングで部屋へ誘ったんだろうと不安になっていた。
「皐月と2人きりが良いんだ」
聞く前に祐君がネタバラシをしてくれる。
「まあ何をするってわけでもないけど」
「そろそろ夏休み、連休が始まったらプールに行こう」
「本当に絶妙に空気を読んでくれないよね皐月は、だけど誘ってくれたし行こうか」
「水着は着ないけど」
「え? 勿体ないよっ」
僕は胸を見下ろす。
こんなぺったんこを晒すなんてどんなプレイだろうか。
下手をすれば小学生よりも貧相な体をしていそうだった。
「僕は見たいけど」
「そもそも水着がない」
「なら終業式の日に買いに行こうか」
「センスがないから分からない」
「シンプルなので良いんだよ、それだけで十分可愛いからね」
行きたくないと遠回しに言っているのを分かってくれないようだ。
変に祐君に勧められた物を着用するというのも気恥ずかしい話だろう。
「皐月の水着姿が見たいんだ、駄目かな?」
「変態なの?」
「違うよ、更に可愛い君を見たいだけだよ」
「お金がないから無理」
母は優しいけど優しくない。
それにお小遣いもコー○に使ってしまうので全然貯金もできていなくて。
水着なんて高価な代物、僕には不釣り合いと言う他なかった。
「ぷ、プレゼントってことでどうかな?」
よくこちらが微妙オーラを出しているのにここまで頑張れるなー。
「Tシャツと短パンでいい、申し訳ないし」
「……もしプレゼントさせてくれたら、コー○を箱買いしてあげようかなー?」
「ほんとっ!?」
「う、うん……か、顔近いよっ」
コー○は安いようで安くないのでそれなら大助かりというものだろう。
……約束なので羞恥プレイにも耐えてあげようとも思った。
もっとも、炭酸をしっかり貰ってからだけど!
「……皐月はさ、もう少し自分の可愛さに気づいた方が良いよ」
「どうでもいい、それより約束」
「うん、守るよ皐月」
少し含みのある言い方だった気がするけど、多分勘違いだと僕は切り捨てたのだった。