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6.異世界の小説

シャルロッテさんが用意してくれた小説は面白かった。


特にお勧めされた冒険小説がとても読みやすく、シャルロッテさんの本好きというのは、伊達じゃないなと感じた。


逆に、私が読みたいとお願いした推理小説やサスペンスものはイマイチで・・・この世界の貴族の風習や庶民の暮らしぶりに疎い私には、ピンとこなかったり、理解出来ないところも多いし、知らない名詞(多分、地名や誰もが知ってる有名な人なんかの名前なんだと思う。)も頻発するので、読んでいるうちに、どんどん嫌になってしまった。


私は現実から逃避するように、冒険小説の世界にのめり込んだ。


冒険小説は、遺産として宝の地図をもらった、少し我儘でプライドの高い没落貴族のご令息が、忠実で優しい家臣と共に、家の復興の為に宝を探す旅に出るお話で、冒険を通して人間的に成長しながら、地図を読み解いて、宝探しに明け暮れるというストーリーだった。


貴族のご令息・・・少年向けの物語なのかも知れないが、なかなかボリュームがあり、次から次へとドキドキする展開が続き飽きさせない。主人公も最初は少し鼻につく少年なのだが、少しずつ成長してゆき、仲間思いの素晴らしい青年になっていくのも魅力的に思えた。


元の世界でも、本は好きではあったが、友達と会ったり、学校やアルバイトに明け暮れる中で、ここまで本に浸るなんて事は無かった。・・・だけど、何もないこの世界で、私にとってこの冒険物語は、ある意味、現実よりも価値があった。


「チサ様。そろそろお休みになられては?」


メイドのクレアに声をかけられて、私は顔を上げる。

窓の外はいつの間にか真っ暗になっていた。


「はい。」


本当ならもう少しキリの良い所まで読みたいが、メイドのクレアに迷惑はかけられない。

シャルロッテさんが本と一緒に贈ってくれた、繊細なレース編みのしおりを挟み、テーブルへと置く。


・・・このしおり、シャルロッテさんの手作りかもな・・・。なんて考えながら。


貴族のご令嬢方は、レース編みや刺繍をよく嗜まれるそうで、暇を持て余す私に、クレアが以前、勧めてくれたのだ。


もちろん、どちらも経験が無いため、お断りしてしまったけれど・・・やってみても良かったかも知れない。


「湯あみされますか?」


クレアに聞かれて首を振る。


この世界に風呂やシャワーは無い。


魔力が豊富であれは、浄化の魔法で済ます事も多いし、そうで無い場合は、お湯を汲んだもので軽く体を清めて済ます事が多いそうだ。


ただ『落ち人』は湯あみを好む者が多いという話を聞いたノルムさんが、私の為に小さなバスルームを用意してくれているのだ。


だからクレアは、いつも湯あみを勧めてくれる。


だけど・・・細身のクレアが何往復もして、バスルームにお湯を運ぶのを見ていると・・・さすがに毎日頼むのは、申し訳がなく・・・。


そう、このお屋敷の使用人は、ノルムさんの事情で総じて魔力が低いのだ。魔力が低い者にも、少しだけなら余剰魔力が流せるから・・・。

私が来た事で、その必要は無くなったが、長年仕えてくれていた者たちを簡単にクビになどはできない。ノルムさんは、冷たそうには見えるが、冷酷な方では無いのだろう・・・。


だから、魔法のあるこの世界ではあるが、お屋敷の使用人さん達は、人力で作業する事が多いのだ。


・・・うん。昨日、湯あみはさせて貰ったし、今日は我慢しよう。


お風呂やシャワーの文化があまり無いだけあって、ここは割にカラリとした気候だ。お湯で体を拭くだけでも、だいぶサッパリはできる・・・。


私は小さなタライにお湯を汲んでくれるようお願いし、バスルームへと向かった。


◇◇◇


バスルームにある椅子に座り、ボンヤリと小さな浴槽を眺める。ロマンチックなお話に出てくるような、猫足のバスタブだ・・・。不自由させないと言っただけあって、ノルムさんは本当に良くしてくれている・・・。


ガチャリとドアが開いて、お湯を汲んだクレアが戻って来た。


「チサ様、お手伝い致します。」


クレアはそう言うと、私が服を脱ぐのを手伝ってくれる。


・・・。


これも最初は嫌で仕方なかった。

だが、「お一人で湯あみさせるなど、ご主人様に叱られてしまいます。」と言われ、今や慣れたものだ。


「・・・チサ様、また少しお痩せになりました?」


体を拭かれながら、クレアに言われ・・・ああ、そう言うのをチェックする意味もあるんだな・・・と漠然と考える。


「あまり動かないから、お腹が空かなくて・・・。」


言い訳がましくそう言うと、クレアが苦笑いする。


「最近、シャルロッテ様から頂いた本に夢中になられてますものね。」


「・・・はい。とても面白くて。また面白い本を教えて頂きたいです。」


クレアは私の身体を素早く清め、清潔な夜着に着替えさせる。


「それは良かったですね。」


・・・。


私たちの会話はいつもこんな感じで終わり、そう長く続かない。


使用人と主人側の人間はそう親しくするものでは無いらしいから、仕方ない事なのだろうけど。


・・・寂しいな。


私はクレアに分からないように、小さなため息を吐くと、ベッドルームへと向かった。


◇◇◇


ベッドルームはまさにベッドルームで、ベッドしかない部屋だ。


現代日本人のど庶民の私には考えられない、贅沢な部屋の使い方をしている。


そのベッドに上がり込み、ベッドから窓を眺める。


真っ暗い庭はまるで見えずに、ガラスには豪華で大きなベッドの真ん中に、ちんまりと蹲る平凡な私が映っている。・・・全然、この部屋に似合わない私は・・・まさに異物だ。


・・・。


私は、このベッドもあまり好きではない。


目覚めるとすぐにシーツなどが交換され、完璧にベッドメイキングがされてしまう。それはまるで一流ホテルみたいだ。・・・昨日誰かが眠ったかを想像させない、そんな完璧ぶりで・・・。


私は・・・私の部屋の、私の匂いが染み込んだ枕やら、くったりと使い込んだ毛布が懐かしくなって、こうして暫く蹲っているのだ。こうしているだけでも、不思議と少し落ち着けるから。


・・・眠らなきゃ。


暫くすれば、ちゃんと眠っているのかクレアが確認に来るだろう。

溜息を吐いて、サラリとしたシーツに潜り込む。


でも、眠るのは嫌いじゃない・・・。


虚しいと分かっていても、夢は元の世界を見せてくれるから。


・・・私は静かに目を閉じた。



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