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5.異世界のお嬢様

その日は、とても天気が良かった。


私が落ち込みがちな事を知っているメイドのクレアは、「気分転換になりますよ。」と、庭でのお茶を勧めてきた。


当初の予想とは違い、私は別に部屋に閉じ込められている訳でも、この屋敷に閉じ込められる訳でも無かった。メイドのクレアとは一緒ではあるが、屋敷のどの部屋に行っても良いと言われているし、もちろん庭に出る事も禁じられてはいない。街へだって、夕刻までに戻るなら好き行って構わないそうだ。


・・・だけど、私は街へなど行く気になれなかった。


見慣れない街は、私をワクワクなんてさせない。ただ、不安をかき立てるだけだ。


そう。・・・この世界には、どこにも行きたい場所なんか無かった。


私がボンヤリと考え込んでいると、クレアが準備できましたよ、と庭へと私を促した。


・・・。


このお屋敷には見事な庭が広がっている。

沢山の花に彩られた庭の片隅にある東屋で、私は一人でお茶を飲む。


・・・つまらないな。


クレアは親切なメイドで、私を気遣ってはくれるけれど、よく立場をわきまえているらしく、お茶に付き合ってくれたりはしない。少しは無駄話に付き合ってくれる事もあるが、それだって、たわいもない事ばかりだ・・・。


花を眺めながらお茶を飲む私の横に、クレアは控えて立っていた。


「クレア、あの花の名前を知っていますか?」


私は東屋につたう様に生えているオレンジ色の花を指して、クレアに尋ねる。

・・・べつに興味がある訳では無いのだけれど。


「すみません。存じ上げません。・・・庭師に確認いたしますか?」


「ううん。・・・別に構わないです。ただ、なんて花かなーって思っただけなんです。・・・沢山咲いているから。」


・・・。


私はまた、庭に目を戻した。


「その花、ノウゼンカズラって言うのよ?」


不意に、明るく可愛らしい声でそう言われ、私が振り返ると・・・そこには、明るく豊かな金髪に緑色の大きな目の、ものすごい美女が立っていた。


「・・・?」


「はじめまして。貴方がチサさんですね。私はシャルロッテ。シャルロッテ・エルミートよ。ノルムとは、幼馴染なの。・・・えっと・・・お話は聞いているかしら?」


・・・もしかして、この方がノルムさんの結婚したい方?婚約するという方なのかな?


ノルムさんは愛想も無いし表情にも乏しいが、真面目というか堅い性格ではあるらしかった。・・・私の許可を貰ってから結婚はしたいと言っていたし、もしかすると、婚約する前に、私と彼女さんが会う機会を作ったのかも知れない。


本当に、そんな気遣いいらないのにな・・・。


「・・・えっと・・・はじめまして。チサトです。・・・すいません。詳しくは聞いていなくて・・・。」


あまりベラベラ話して、ノルムさんのご迷惑にならない様にせねば・・・。

私は貴族のマナーを知らない、異界の小娘だ。


「・・・そうなの?まあ、良いわ。・・・『落ち人』って、見慣れない容姿の者が多いけれど・・・やっぱりチサさんも、少し変わった見た目なのね。」


・・・変わった見た目・・・。


シャルロッテさんが明るく言い放ったその言葉には、別に深い意味なんて無いのかも知れない。だけれど・・・見た目すら馴染めないんだな・・・とか、やっぱり変な見た目って思われるんだな・・・とか、色々と考え込んでしまう。


特に、こんな金髪美人に言われては尚の事・・・。


「あ、ごめんなさいね。こんな真っ直ぐな黒髪って、珍しくて。」


そう言って、取りなすように笑う。

美人とは得なものだ・・・気を損ねた私の方が悪いみたいな気がしてくる。


「いえ。・・・私も、この世界の方とはだいぶ違う見た目だと思っていますから。」


私がそう言うと、シャルロッテさんはゆったりと笑って、私の正面の椅子に座り、クレアにお茶を用意させる。その様子は手慣れていて、当たり前なのかも知れないが、まさに貴族のお嬢様だ。


・・・ノルムさんとは、とてもお似合いかも知れない。


「チサさんは小説がお好きなの?・・・ノルムが、貴女に本を用意してあげろって言ってきて。・・・彼、ほとんど物語は読まないのよ。だから、小説なら何でも良いと思っているらしくて・・・。でも、チサさんにもお好みってあるでしょう?・・・私ね、本が大好きなの。」


シャルロッテさんは紅茶を優雅にひと口飲むと、私を見据えてそう言った。


・・・私の推測は合っていたみたい。

本好きのご令嬢・・・。ノルムさんの目元をゆるませる方・・・。


「あ、はい・・・。私、恋愛ものとか、純文学みたいなものは、あまり好きでは無くて。どちらかと言うと、推理小説とかサスペンス小説なんかが好きなんです。・・・この世界にあるか知りませんが。」


「ふふふ。・・・そういう本もありましてよ。令嬢方のお好みではありませんけれどね・・・。・・・あ、冒険小説などはどうかしら?」


・・・まあね、私はご令嬢じゃないですからね。


「・・・冒険小説も嫌いでは無いと思います。」


あまり読んだ事は無いが、ファンタジー物で冒険しながら敵を倒すなんてお話なら、なんだか楽しめそうだ。


「まあ!・・・では、何冊か見繕ってご紹介いたしますわね!」


「・・・お忙しいのに、ありがとうございます。」


シャルロッテさんが忙しいのかは知らないが、とりあえずそう礼を言う。


「いいえ。・・・私もやっと、婚約が決まったし、割に暇ですのよ?・・・花嫁修行なども少しはありますけど、結婚のお話が間近になる来年までは、そこまで忙しくも無いんですの。」


・・・そうか、ノルムさんとシャルロッテさんは、来年結婚するのか。・・・けっこう先、なのね。

貴族だと、色々あるのかも知れないな・・・。華やかな結婚式とか、家同士の繋がりとかもありそうだし、元の世界みたいに、すぐに結婚とはいかないのかも・・・。


私も・・・結婚式には呼んでもらえるのか・・・な???

一応、ノルムさんの生命線・・・だし、こうして許可も貰うくらいだもんな・・・。


そう言えば、教師役を手配すると言っていた。もしかすると、そういう場に数時間なら出しても恥ずかしくないくらいには、仕込むつもりなのかも・・・。


なんだか・・・気が重いな。


とは言え、嬉しそうにそう語るシャルロッテさんは、とても幸せそうで・・・。長年、死の恐怖に怯えて暮らしてきただろうノルムさんと、それを支えてきただろうシャルロッテさんが、こうして結ばれるのは良かったのかも知れない。


羨ましくはあるけど・・・。でも、誰かの幸せの役に立っているだけ、マシだと思おう・・・。


「婚約、おめでとうございます。」


私がそう言うと、シャルロッテさんは・・・本当に幸せそうな笑みを浮かべた。






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