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4.異世界の日々

クラメルさんは、私に満足な暮らしを用意してくれた。


可愛らしく豪華な部屋に、美しいドレスや宝石。

美味しい料理に、専属の優しくて優秀なメイドさん。

魔力が無くても何も困らない、穏やかな生活。


私はクラメルさんの近くに居れば充分らしく、余剰魔力とかいう怖いものは、ひたすら私に流れていくそうで・・・この広い屋敷で、私は彼とたまにしか会う事も無く生活していた。


そうして、暇を持て余した私は・・・冒頭のシーンに戻るのである。


◇◇◇


「・・・チサ。こちらの世界が受け入れがたいのは分かる。だが、戻れない世界にこだわってばかりいても仕方が無いだろう・・・。」


クラメル・・・いや、ノルムさんに渋い顔で諫められ、私は俯くしか出来ない。


「・・・チサ。・・・言いたい事があるなら言え。そうやって、何も言わずに俯かれても、私には分からない。」


・・・。


「・・・言いたい事はありません。・・・貴族とか使用人とか、分からずに余計な事をして、すみませんでした。」


ノルムさんを困らせる気も、メイドのクレアを困らせる気も無かった。ただ・・・暇で・・・体を動かして、気を晴らしたかったのだ。


当たり前だが、現代人で学生だった私は・・・何もせずに、日がな一日、のんびりと過ごすなんて生活を送ってはこなかった。・・・そして、その暇が、どんどん私の心を蝕んでいく。


またしても、ノルムさんの溜息が聞こえる。


「・・・チサ。暇ならば本でも読むと良い。何か贈ろう。・・・公爵令嬢は、掃除などしてはならない。・・・まさか、そんな事も知らないとは・・・。お前を人前に出す気は無かったが、早々に教師役が必要だな。」


・・・人前に出す気は無かった、か。

だよね。


自分が長生きするために必要なゴミ箱だもん。

そんなのを公爵家の者として、披露なんてしたくないよ・・・ね。


「・・・すいませんでした。もう必要とされない事はしませんし、人前にも出ませんから大丈夫です。・・・本は、好きなので、用意していただけると嬉しいです。・・・小説とか。」


そう。


『落ち人』はこの世界では言葉に困らない。日本語とは全く別の言語なのに、こちらの世界にも、何種類も言葉があるのに、不自由しないのだ。


ノルムさんによると、『落ち人』とは『神の使い』の様な存在だからなのでは無いかと言われた。

「呪いを受けた私たちの一族を救うために、神によってもたらされた存在だから、言葉には不自由しないのでは無いだろうか?神とはどんな言語の祈りでも聞き届けられるんだろ?」だそうだ・・・。


私は・・・神の使いなんてものでは無いと思うのだけれども。


そんな訳で、私も読もうと思えば、ノルムさんの図書室にある、大量の難解な魔法の専門書だって読むことはできた。理解できるかは、別だけど。


数日前に、暇を持て余し、数冊ペラペラと捲っては見たが苦痛なだけで、たいして読む気にはなれなかった。


ノルムさんの図書室には、私が元の世界で好んで読んでいた様な、推理小説やらサスペンスなんかは無かった。・・・いわゆる、純文学みたいな小説は数冊置かれてはいたが、それも、あまり私の好みでは無かった。


「小説・・・か。生憎、私はあまり小説の類は読まないので、知り合いの本好きのご令嬢にでも見繕ってもらおう。」.


珍しく、ノルムさんの目元が緩む。

・・・『本好きのご令嬢』とやらは、ノルムさんがお慕いされている方なのかも知れない。


・・・いいな。


ノルムさんは、この世界で、私を手に入れた事によって、厄介なゴミ箱付きではあるが、普通の生活が送れるようになったのだ。


・・・好きな人と、結婚したりだって出来るだろう。


現代の日本ならいざ知らず、この広いお屋敷ならば、お邪魔虫を一匹、片隅で飼うことくらい出来るもんね。


思わず、ため息が漏れ出す。


「チサ・・・何が不満なんだ?」


・・・別にノルムさんに不満なんて無い。

ただ、羨ましいなって、思っただけで・・・。


そうだ。

せっかくだし、聞いてみよう。


「ノルムさん・・・私は、結婚したり出来ますか?」


そう尋ねると、ノルムさんは目を見開く。


「・・・誰か気になる人でも・・・いるのか。」


「いえ。そういう訳では・・・。特に知り合いもいませんし。・・・ただ、ノルムさんは身分の高い貴族様ですし、お家の存続?とかもありそうだから結婚はするのかなと・・・。なので、私の場合はどうなるのかなって。」


「私は・・・その、結婚は・・・チサの許可を貰うつもりでいる。だから・・・黙って事を進めたりはしない。」


・・・え。私が、許可するの???


た、たしかに私はノルムさんの生命線かも知れないけどさ、そこはさすがに、好きなお相手と結ばれて貰って構わないんだけど・・・???


そんなとこ配慮されてもな。・・・連れ子ってわけでも無いし。


「あの。・・・私、大丈夫です。許可しますよ?」


「・・・そう、なのか?」


「ええ。ノルムさんの好きに進めていただいて大丈夫です。・・・あの、ご迷惑かけないようにしますし。」


ノルムさんは私を見つめて、しばらく考え込む。


・・・私が『自分だけ幸せになるなんて、許せない!』とでも怒ると思っていたのだろうか。・・・確かに、この世界で、普通に暮らすノルムさんは羨ましいけど・・・私は、それを妬むほど、落ちぶれては無いつもりだ。


「なるほど。・・・では、良いのだな?」


「はい。結婚したいんですよね?・・・私なら気にしないで頂いて大丈夫です。色々とお世話になってるし、私はこれでもノルムさんの幸せを願ってますから・・・。」


ノルムさんに、かなり良い暮らしはさせていただいているのは本当だ。私を酷く扱う訳でもない。放置気味ではあるけど・・・。


だから、ノルムさんには、幸せになって欲しいと思っている。


もっと心の支えとなってくれていたら、嬉しかったけど・・・。だけどそれは、私の詰まらない願望とか我儘で・・・生活の面倒は見てくれているんだから、それで満足しなきゃいけないよね。


ノルムさんだって、長生きできないと言われて、今まで生きてきた訳で・・・苦しんできていたはずだ。だから、幸せになったってバチは当たらないだろう。


「・・・そうだな。チサがそう言ってくれるなら、婚約の手続きをしよう。ついでに、お前の教師役も手配せねばな・・・。」


ノルムさんはそう言うと、急いで部屋から出て行ってしまった。


・・・私はそれを、少しだけ羨ましい気持ちで見ていた。





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