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3.異世界の我が家

3時間くらいだろうか、馬車にゴトゴトと揺られていると、いつの間にかだいぶ賑やかな街に入っていった。


そのまま、馬車は街の喧騒を抜けてゆく。そうして、街を抜けると、豪華な門をくぐり、大きな森の様な場所へと入って行った。


「そろそろだ。屋敷に入った。」


クラメルさんが、ボソリと呟くと、しばらくその森の中みたいな場所を走り、馬車が止まった。


「・・・ここが私の屋敷だ。」


馬車から降り立った私の目には、まるでお城の様に立派なお屋敷が飛び込んできた。それを・・・ポカンと見つめる。


玄関には多くの使用人さんたちが出迎えている。


「・・・お城みたい・・・。」


思わず、声に出てしまう。


「察しが良いのだな。そうだ、この館は元は王の離宮であったのだ。城と言っても過言では無いだろう。・・・馬鹿では無いようで、助かるな。」


・・・。


クラメルさんの何気ない一言に、私は勝手に傷ついてしまう。


・・・馬鹿では無い・・・か。結構頑張って、偏差値の良い大学に入ったから、馬鹿じゃないと思うけどな・・・。まぁ、この世界では関係ないか・・・。


「さあ、中に入ろう。」


そう言われ、腕を取られて屋敷の中へと促されると、不意に怖くなってきてしまった。


・・・この人は・・・魔力のゴミ箱が欲しかった。


だからきっと、ゴミ箱である私を大切にはしてくれるだろう。不自由させないと言う言葉にだって、きっと二言は無いはずだ。


・・・だけど。


この人は、私を人として、見てくれるだろうか?


「・・・あ。」


このお屋敷に閉じ込めて、もう出してもらえないのでは無いだろうか?


本当は・・・ゴミ箱なんかに、公爵家の名を語らせたくは無いだろう。・・・私はそもそも貴族ですらない・・・。見た目だって全然違う・・・。馬車からも確認したが、見かけた人々は、みんな外人さんみたいな見た目だった。・・・私みたいな、黒目黒髪のボンヤリとした薄い顔立ちの人なんて、一人も居なかった。


クラメルさんは・・・死ぬまで、私をここで()()気なのでは・・・ないだろうか。


思わず、取られた腕を払ってしまった。


「チサ?」


「・・・あ、あの・・・。・・・私は、藤原 知佐都です。・・・チサ・クラメルになんか・・・なりません。」


みるみるうちに、クラメルさんの顔が雲って行く。


「・・・チサ。君はチサ・クラメルだ。・・・私のものなんだ。こちらの世界で『クラメル』の姓は、お前の身分を保証するものだ・・・。」


・・・。


私は『もの』なんかじゃない!!!

ちゃんと意思も感情もある・・・『人』だ。


・・・考えてみると、私も保護者だと言われ、この人にノコノコついて来てしまった。・・・この人が私を知ろうとしなかったのと同じ様に、私もこの人を知ろうとしていなかった。


私は不快そうに歪んだクラメルさんの顔をマジマジと眺める。・・・綺麗だけど冷たさを感じるその目からは、まるで気持ちが読み取れない。


「私・・・『もの』じゃないです・・・。」


「・・・そう言う意味ではない。」


クラメルさんは、そう言うと、グッと私の腕を掴んだ。


・・・なんだか・・・怖い・・・!


「・・・お前の部屋に案内しよう。」


強く腕を掴まれたまま、私は屋敷に引き込まれる。

使用人さん達は、私たちをただ眺めるだけだ・・・。


・・・ああ、ここには味方はどこにも居ない。


戻れない事を知った時以上に、その気持ちは私の心を深く蝕んでいった。


◇◇◇


クラメルさんに案内された部屋は、リビングに寝室、クローゼットルームやら書斎にバスルームまで備えた、大変に広くて豪華なお部屋だった。


薔薇の壁紙に天蓋付きのベッド。

猫足のソファーセットに、凝った装飾の鏡台。

シーツやカーテン、クッションはピンクっぽい色合いで統一されていて・・・品がありながらも可愛らしい、お姫様とか、お嬢様のお部屋みたいだった。


「・・・女性の部屋など、よく分からないから、使用人に任せた。・・・気に入らなければ、好きに模様替えを命じて構わないし、すべて家具を入れ替えても良い。ここはお前の家だ。好きにするといい。」


私をソファーに座らせると、クラメルさんは正面に座り、私を見据えて、そう言った。


・・・気に入るも気に入らないもない。


だって、ここは私の家なんかじゃない。


もう・・・私は・・・帰れないんだ。

私の、本当の家には・・・二度と。


そう思うと、涙がまたしてもボロボロとこぼれ落ちてくる。


「チサ・・・?」


クラメルさんは驚いた顔で私を眺める。


・・・なんで驚くのだろうか?

帰りたいに決まっているじゃないか。


豪華な部屋に喜ばないから?


でもね、まだ、この世界に来て、たったの二日目だよ?

二度と帰れないと言われて、そう簡単に心の整理なんてつくわけが無い・・・。こんな素敵な部屋を用意してくれていても、だ。


「すいません。泣いてしまって。・・・でも、帰りたいんです。元の世界に・・・。」


「私には、どうしてやる事も出来ない。」


「・・・。」


静かにそう言われ、言葉が続かない。


・・・知っている。


この世界に落ちたのは()()()()()()()


誰のせいでも無い。


クラメルさんは、ただ単に保護してくれているだけだ。

需要と供給がマッチしている・・・それだけの理由で。

この人は、私がいれば早死になどせずに、普通の人生が送れる。・・・この世界で何も出来ない私は、この人がいれば、そこまで困らずに生きていける・・・。もう、私が思っていた普通の人生は送れないけれど・・・。


だけど、私たちは、ただ、それだけの関係なのだ。


だから、悲しいからって、その気持ちを彼にぶつけて良い訳では無い。自分で自分の気持ちに折り合いをつけていく・・・それしか無いのだ。


「チサ。この世界では、私がお前の保護者だ。・・・生活に困らせたりはしないし、欲しいものがあれば、何でも用意させよう。・・・近いうちに、この世界について学べるよう、誰か教師代わりを用意してやる。・・・とりあえず、心を落ち着けて、早く慣れるんだ。」


クラメルさんはそれだけ言うと、ソファーから立ち上がり、部屋を後にした。


私はその後ろ姿を、ボンヤリと見つめる。


クラメルさんがドアの向こうへ消えても、私はしばらく閉じたドアを見つめていた。


そして・・・それから・・・声を上げて、ひたすらに泣いた。

・・・このお屋敷は広いから、誰にも遠慮せずに大声で泣くのにはうってつけな所が救いだな・・・私はそう思った。






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