28.異世界の魔力有の落ち人
それから数日して、『魔力有りの落ち人』がやって来たと連絡が入り、ノルムさんは出立の準備をはじめた。
「どうした、チサ。なぜ付き纏う。」
私はなんとなくノルムさんから離れ難くて、準備するノルムさんに付いて回った。
「危ない旅に出るんですよね。・・・だから不安で。」
「・・・不安に思う事などない。チサにはサイモンが居るだろう。」
・・・。
そう・・・だけど・・・。
「・・・サイモンから聞いた。『魔力有りの落ち人』と一緒に帰りたいのか?」
ノルムさんは手を止めて、近くのソファーに腰を下ろす。
「・・・。」
「私は・・・人の気持ちに疎く・・・あまり良いお前のパートナーにはなれなかった。・・・帰りたいなら帰っても良いぞ・・・。『魔力有りの落ち人』の性格にもよるが、チサやダイキみたいな奴なら、魔物や魔王を殺すのを躊躇うだろう。・・・ほとんどは、私やウィリアムで討伐する事になるだろうな。多分・・・かなり生命力を削る旅になる。戻ったとして、私はそう長くは生きられるとは思えない。・・・チサ、チサは自分の幸せを見つけろ。」
「ノルムさん・・・。」
ノルムさんは険しい顔で私を見つめる。
「・・・魔王を討伐した暁にはお前を魔法で呼んでやる。・・・行きたいなら『魔力有りの落ち人』を迎えに来るという、光の輪に入れ。帰れるはずだ。・・・別の『落ち人』も一緒に帰ったという記録も、かなり古いものだが見つけたよ・・・。」
「・・・。」
「まあ、まだ先だ。討伐にも時間がかかるだろうしな。・・・私の事など考えないで、好きに悩め。・・・こちらに残るなら、私亡き後は、サイモンを婿に取れ。やり方はあいつなら知ってる。・・・お前はこの公爵家の養女だ。私が居なくても、死ぬまで金には困る事など無い。サイモンも守ってくれる。」
・・・。
私は涙が目に滲む。
こんな遺言みたいな事を言われてしまったら、自分で自分の気持ちがわからなくなる・・・。
「・・・チサ。サイモンはチサを大切にしている。あいつだって、チサを見送りたくは無いんだ。・・・だけど、チサの為にと、私にこの話を持ちかけてきたんだ。・・・お前は、好きに幸せを選べばいいんだ。」
「ノルムさんは?!」
「・・・私?・・・私か・・・。私もチサが居ないと寂しいな。死ぬからではなく・・・よく分からないが、寂しいとは感じる・・・。」
ノルムさんは、私の涙に気付き、ハンカチを手渡してくれる。相変わらず、その手は冷たい。
「私・・・そんなに仲良くなくても・・・ノルムさんが死ぬのは嫌です・・・。」
「だが、戻ってもそう長生きしないなら、お前の人生すべてを犠牲にするなど意味などないだろう?・・・チサ、良く聞け。私とお前は『運命の相手』だ。チサは私を過酷な『終末の魔道士』の運命から救ってくれた。一時的だったかも知れないが、私は、それでもありがたかったと思っている。今度は私がチサを救おう。この世界に落ちたと言う、絶望からお前を救う・・・。」
ノルムさんはそう言って、冷たい手で私の頭を撫でると・・・部屋から出て行ってしまった。
そしてその後は、出立の前日の夜まで、主に研究をしていたという書斎から、ノルムさんが出て来てくれる事は無かった。
◇◇◇
出立の前日に、ノルムさんは私に収穫期のお祭りのパレードで撒く、大量の小瓶に入った塗り薬と、レア薬草の図鑑を渡してくれた。・・・手袋と一緒に。
「祭りのパレードの薬を楽しみにしている奴らがいる。祭りまでには、到底戻れないだろう・・・。お前がクラメル公爵家の者として、私の代わりにこれを撒け。」
「・・・はい。」
あれから1週間近く、1人で部屋に篭っていたのは、お祭りのパレード用の薬を急遽完成させる為だったのか・・・。
籠には大量の薬がこんもりと盛られている。
・・・ノルムさん、らしいな。
「それから、図鑑はな、いくら魔法で加工してあっても、手の油分や水分が薬草に良くない影響を与える。だから読むときはその手袋を使え。」
「分かりました。」
分厚い図鑑の表紙には、ノルムさんが練習して書いた金の飾り文字で丁寧に『希少薬草図鑑 ノルム・クラメル著』と書かれており、かなりの力作なのだろう・・・ズッシリと重い。
「サイモンも羨ましがってたし、たまには見せてやれ。手袋は忘れるなと言うんだぞ?!」
「はい。」
そう頷くと、私は俯いた。
・・・私だって同罪だ・・・。
ノルムさんが私を知ろうとしなかった様に、私もノルムさんを知ろうとしなかった。お互い様という奴だったのだろう・・・。ある意味、私達は似すぎていたのかも知れない。
サイモンさんは・・・私に好意を示し、知ろうとしてくれたから、知りたくなった・・・。
私って結構ズルい奴だったんだな・・・。
ボンヤリと、そんな事を考えてしまう。
「チサ。・・・顔を上げろ。」
「はい。」
「もう少し一緒に居たかったな。・・・魔王の討伐後にお前を呼ぶが、別れを惜しむ間は無いだろう。・・・短い間だが、世話になった。絶望させてすまなかった。・・・最後に・・・抱きしめても良いか。」
「はい・・・。」
ノルムさんは、私を緩く抱きしめる。
その少し低い体温と、スッキリとした整髪料の香りが、ノルムさんを強く意識させてくれる。
もっと早く、こうしていたら?不安だった時、こうしてくれていたら・・・きっと違った?
・・・いや・・・『寂しい』と本音を語らなかった私も、やっぱりダメだったのかも知れない。
「私のチサ・・・。さようなら。」
ノルムさんは、少しだけ寂しそうにそう言うと・・・私を手放した。
私は、その冷たい手を掴む。
「私・・・。・・・私、帰りません!・・・ノルムさんを待ちます。だから呼ばなくて大丈夫だし、さようならなんて・・・しません。」
ノルムさんが驚いた顔で私を見つめる。
「チサ・・・?」
「・・・ノルムさん、私、帰れません。・・・だから、どうぞご無事で・・・。サイモンさんと、ノルムさんのお帰りを、お待ちしています。」
ふいに顔を緩めるたノルムさんは、私をグッと抱き寄せ、感極まった様に言った。
「ああ・・・!・・・必ず帰る・・・。だから帰ったら、結婚しよう。やはりお前は私のものだ。私のチサ・・・。」
・・・。
・・・。
・・・。
「・・・えっと・・・それは・・・無理です・・・。」




