2.異世界の保護者
『落ち人』である私を保護した事を、騎士の人がどこかへ連絡すると、次の日には私の保護者となる『終末の魔道士』という人がやって来た。
それが、ノルムさん・・・だ。
初めてお会いした時に、私は、あまりに冷たそうなその印象に、尻込みしてしまった。
・・・彼は、少し気難しそうに見えたのだ。
サラサラとした銀色の髪に、深い紫色の瞳はやや切れ長で、なんとなく冷たい印象を与えるし、意志の強さを感じさせる眉は、やや顰められており、難しそうな顔で私を見つめている。
たぶん・・・かなり整ったお顔なのだろうけど・・・。
やたらと怜悧に感じる印象は・・・保護者というだけに、優しくて温かそうな方を勝手にイメージしていた私にとって、あまり嬉しくは感じられなかった・・・。
・・・もう、親にも友達にも会えないのだ。
そんな私の保護者代わりになってくれる方だ・・・。親しみやすさを求めてしまっても、仕方ないのでは無いだろうか?
私は、ノルムさんの、あまりにとっつきにくそうなその印象に、この人と上手くやっていけるだろうかと言う不安ばかりが大きくなってしまった。
「はじめまして。私はノルム。ノルム・クラメルと言う。『終末の魔道士』と言われている。・・・この世界での、お前の保護者と決まった。・・・よろしく頼む。」
クラメルさんはそう言うと、ニコリともせずに手を差し伸べた。・・・私はそれを、おそるおそる掴む。ヒンヤリとした冷たい白い手に、ズンと心が重くなる。
・・・手も冷たいんだな。この人は。
「はじめまして。藤原 知佐都です。・・・こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
「・・・名は?名はどちらだ?」
「あ・・・。チ、チサトです。」
ノルムさんは、顔を顰める。
「呼びにくい名だな。・・・チサ、で良いか?・・・今日からお前は、チサ・クラメルだ。・・・我、クラメル公爵家・・・私の養女となる。・・・公爵家の名に恥じぬ様、よろしく頼む。」
・・・え・・・公爵家?
そ、それって貴族・・・とか、だよね???
「あ、あの・・・。クラメルさんは、公爵様なんですか?え、えっと・・・?わ、私・・・貴族になるんですか???」
「ああ。・・・そうか、チサの故郷には貴族が居ないのか。そうだ、そうなるな。・・・『終末の魔道士』と言うのは、王家の呪いみたいなものだ。昔、魔王を倒した勇者の末裔が王族だからな。倒された魔王が、勇者の血を呪ったのが始まりと言われている。だから、『終末の魔道士』は、王族かその近縁に当たる公爵家くらいからしか出ない。・・・チサは私の養女とはなるが、特に貴族としての振る舞いやら、公爵家の者としての在り方に期待はしていない。とは言え、クラメル家の名を汚す振る舞いだけはせぬ様に。」
・・・期待・・・してない。
その言葉に、心がますます沈んでいく。
確かに、お嬢様育ちでも無い平凡な私に、公爵家や貴族として振る舞っていくなんて・・・出来ない。だからクラメルさんが言っているのは、当然の事で・・・だけど、会った途端にそんな事を言われたら、なんだか、悲しいと言うか、苦しいと言うか・・・。ああ、辛いって言えは良いのか・・・この気持ちは・・・。
これが、この世界の・・・私の保護者・・・。
・・・貴族だし、公爵家の養女だ。きっと生活に困ったりはしないだろう・・・。だけど・・・。なんだか、ちっとも嬉しくは無かった。
「・・・分かりました。極力、クラメルさんのご迷惑にならないようにいたします。」
「ああ。理解してくれると助かる。」
クラメルさんはそう言うと、少しホッとした顔になった。
◇◇◇
それから、私とクラメルさんは、立派な馬車に乗って、お屋敷に行く事になった。クラメルさんの魔法で転移もできるらしいが、魔力無しにはキツいらしい。・・・私が落ちた、この田舎街から、クラメルさんの住む王都は少し離れているらしく、馬車だと数時間かかるそうだ。
馬車の中には、私とクラメルさんの二人っきりだ。
クラメルさんは、何かの書類に目を通しており、こちらに気遣う素振りすらない。・・・お世話になる身で、贅沢なんて言えないよね。・・・私は諦めて、馬車の窓から外を眺める。
窓の外には、見慣れない景色が広がっており、胸のザワザワが広がってゆく。・・・私は、そっと馬車のカーテンを閉めた。
「あ、あの・・・クラメルさん。『終末の魔導士』さんは、どうして『落ち人』といると、寿命が延びるんですか?」
不安がこみ上げてきて、話さずにはいられずに、私はクラメルさんに質問というかたちで声をかけてみる。
私に聞かれると、クラメルさんは書類から顔を上げ、淡々と答えた。
「それは魔力無しに、余剰魔力が流れてくれるからだ。」
「魔力が少ない人では、ダメなんですか?」
魔力無しは居ないけど、限りなく魔力が低い人はいると騎士の人たちも言っていた。
「ああ。魔力の低い奴らでも、居ないよりはマシだが、魔力無しには敵わないな。・・・1と1000には、1000倍の差があるけど、0と1には無限の差がある・・・そう言ったら、分かるか?」
「なんとなくは・・・。」
「つまり、1でも魔力があると、有限にしか流れていかないのだ。0なら無限に流れる。無限の差があるからな。」
それだけ言うと、またクラメルさんは書類に目を戻した。
「・・・あ、あの、余剰魔力って、まずいんですか?」
思いきって私が聞くと、クラメルさんは面倒くさそうに、書類から顔を上げて、溜息まじりに答える。
「余剰魔力が過ぎると、魔物が生まれる。そして、魔物を生み続けると『終末の魔導士』は精神が崩壊し『魔王』になってしまう。そういう呪いだからな。だから、魔力無し・・・つまり『落ち人』を持たない『終末の魔導士』は魔力を使い続けなくてはならない。・・・それは生命力を削る程に、だ。」
・・・え。
「そ、それは、クラメルさんが、魔王になると言う事なのですか・・・?」
私が恐る恐るクラメルさんに聞くと、彼は馬鹿にしたようにフッと笑った。
「・・・そうならない様に『終末の魔道士』は、魔王にならない為に、魔力と生命力を使いきって死ぬ。・・・私もそのつもりだったし、魔王になりたい奴などいない。・・・だが、私は幸運にもチサが手に入った。これで、余剰魔力など気にせずとも良くなる。つまりは、有害な余剰魔力の捨て場ができたのだ・・・。」
・・・。
そうか・・・私はクラメルさんの、余分な魔力を捨てるゴミ箱みたいなものなのか・・・。
・・・そう、私・・・ゴミ箱なのね・・・。
「チサ、これから、お前が生活に困る事は、何もない様に私が取り計ろう。・・・だから、私の元にあって欲しい。」
クラメルさんはそう言って軽く微笑んだが、私の重たい心は、少しも笑えそうに無かった。




