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11.異世界の花

・・・あれから、ノルムさんは前より少しだけ、私に会う時間を増やしてくれた様だ。毎日、短くても顔を見せには来てくれる。


だけど、それでも・・・関係や心境に変化も無く・・・。


私はサイモンさんがやって来るまで、恒例となった東屋でのお茶の時間を過ごしながら、ノウゼンカズラを見つめる。この花が終わって、また咲いたら・・・この世界とはお別れできる。


オレンジ色の花が、暖かな風に揺れた。


「・・・チサ様は、その花がお好きなのですか?」


ボンヤリと花を見つめる私に、珍しくクレアから声をかけてくれた。


「なんとなく・・・目に入るだけです。夏の花、なんですよね。」


気候的には夏なのだろう。日本の夏よりだいぶ爽やかで過ごしやすいが・・・。


「・・・こちらのお庭には、たくさんの花が植えられているそうです。・・・少し、勉強しましたので、ご案内いたしましょうか?」


・・・。


クレアさん、私なんかの為に勉強してくれたのか。フッと心が温かくなる。・・・もしかしたら、ノルムさんに何か言われているのかも知れない。・・・だけど、それでも何だか嬉しかった。


せっかくだし・・・案内していただこうかな。別にそんなにお花が好きな訳ではないけど・・・。


「よろしくお願いします。」


私がそう言うと、クレアさんは嬉しそうに微笑んだ。


◇◇◇


クレアさんは大変に花に詳しくなっていた様だ。


植物園みたいに広い庭を、日傘をさして歩く。

私が花に目を留める度に、クレアさんは花の名前を教えてくれた。


私の為に、こんなに覚えてくれたのかと思うと、喜びが溢れてきて、私は感心を声に出した。


「すごい・・・ですね。」


「いえ。・・・魔術の一種なのです。鑑定の魔術を使っているのですよ。・・・ご主人様に教えていただきました。」


・・・なんだ、そうか。


別に私の為に花の名前を覚えてくれた訳でも無いし、ノルムさんにでも「寂しがっているから、少し相手にしてやれ」とでも、言われたのかな・・・。


私は手近にあったルドベキアと呼ばれた花を手に取る。

黄色い花は集まって咲いており、ザザッと風に揺れた。


「お切りしましょうか。」


「ううん。良いです。・・・この花は、ここに居たいのでしょう。友人や家族と一緒に。」


私がそう言うと、クレアさんは、もはや何も言わなかった。

いや・・・言えなかったのかも知れない。


私たちが通り過ぎた後も、ルドベキアは固まって咲き、楽しげに風に揺れていた。


従者が、サイモンさんが見えた事を私たちに伝えに来た。


◇◇◇


「チサちゃん、こんにちは。」


「サイモンさん。今日もよろしくお願いしますね。」


私がそう言うと、サイモンさんは穏やかな笑みをくれた。


・・・星を見に行く約束はダメになってしまったが、私たちの関係は悪くなったりしなかった。・・・デートのお誘いだった訳じゃないし、当然と言えば当然、だよね。


「庭にいたの?」


「はい。・・・クレアが花の名前を教えてくれて・・・。」


私たちは、歩きながら図書室へとやって来る。

・・・ここで、本を見ながらサイモンさんに教えて貰う事が多いのだ。


「チサちゃんは、何か知りたい事はある?」


「そ・・・そうですね。」


そこまで言うと詰まってしまい、後が続かない。


サイモンさんは、ゆるく笑って「せっかくだから、植物つながりで、薬草の図鑑でも見ようか。」そう声をかけてくれた。


ノルムさんは、回復魔法と薬草のスペシャリストだそうで、図書室には沢山の薬草の本が並んでいる。


「そうだな・・・これとかどうかな。」


そう言って、サイモンさんが可愛らしい絵柄の図鑑を広げる。図鑑の中には色とりどりの草が描かれていた。


・・・随分とカラフル、だな。


私がお茶を飲む庭には、普通の植物が多かったけど・・・派手な色の草が、薬草って事なのかな?


「ずいぶん、派手な色合いなんですね。・・・庭の花とはだいぶ違って見えます。」


「あ・・・いや、多分違うよ。どちらかと言うとあの庭が特別かな。あの庭は、昔の王様が『落ち人』だったお妃様の為に用意した庭だから・・・。まあ、普通の植物は、ここまで派手な色合いじゃないし、緑っぽいのも多いんだけど、こういうのも割とあるんだよね・・・。」


・・・そうなんだ。

その言葉にズシッと心が重くなる。


『落ち人』と『終末の魔道士』は結ばれる運命だと言われているようで・・・。


「チサちゃん?・・・大丈夫?」


私の顔が曇った事に気づいたサイモンさんが、声をかけてくる。


・・・サイモンさんみたいな人が、私の『終末の魔道士』さんなら、もう少し違ったのかな。


「だ、大丈夫です。先を教えて下さい。」


私はそんな事を考えながら、笑顔を作って答えた。


◇◇◇


その夜、一人で夕食を食べていると、ノルムさんが慌てて食堂へ入って来た。


「・・・どうされましたか?」


何か急用でもあったのだろうか?


「い、いや。・・・一緒に食事をと・・・。」


・・・。


一人で食べても二人で食べても、どうせ無言になるのだから、そんな気遣いなんて、今さら要らないのに。


ノルムさんは給仕に言いつけると、私の正面の席に座り、食事をする私を見つめる。


・・・貴族に見せて恥ずかしくない程、私はマナーに自信なんてないし、落ち着かないから見ないで欲しいんだけどな。


「あ、あの。見られてると、食べにくいんですが。」


「・・・あ。すまない。・・・その。あまり食べないのだな、と思って。こちらの食事は口に合わないのか?」


・・・。


日本食が恋しくないかと言われたら、それは恋しくはある。

しかし・・・ここの食事だって、そう悪くは無い。

ただ、何を食べても、心から美味しいって思えない・・・それだけだ。


「いえ。美味しいです。・・・ただ、あまり食欲が湧か無くて。」


「・・・そうか。」


給仕が入ってくると、ノルムさんの前に皿を置いていく。

ワイングラスにもワインを注いだ。


・・・あ。お酒・・・。


私の視線に気づいたのか、ノルムさんは首を傾げる。


「・・・なんだ、飲みたいのか?・・・異界の者は酒を好まないと聞いたが・・・。」


・・・。


そんなの、人によるんじゃないだろうか。


「私は異界の者ですが、お酒は好きです。」


知らない異界人の誰かと比べられている様で、何となくムッとして答えると、ノルムさんは少しだけ苦笑して、私にもワインを用意するように申し付けてくれた。


・・・ワインなんて、久しぶりだな。


グラスに揺れる、赤い液体を見つめる。


そもそも、そんなにお酒が強い訳ではないが、なんだか酷く飲みたい気分だった。




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