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1.異世界の魔導士

「何をしているんだ。・・・そんな事をさせる為に、君をここに連れて来た訳じゃない・・・。」


溜息まじりにそう言われ、私は「彼」を見上げる。

プラチナブロンドの髪に紫色の目、割に整ったその顔が苦々しげに歪められている。


・・・ああ、また「彼」の気に障る事をしてしまったんだ。

私は持っていた雑巾をギュっと握りしめて俯いた。


・・・なんかもう、嫌だな・・・。


胸が熱くなって、グッと感情が込み上げてくる。

・・・だけど、泣いたりなどしたら、もっと「彼」に嫌がられてしまうだろう・・・。


「チサ? 君に付けていたメイドのクレアは何をしている? ・・・何故、お前を止めなかった?」


そう指摘され、私はサッと青ざめる。


「あ・・・。・・・ち、違うの! ク、クレアさんはダメって言いました。だ、だけど・・・私が無理にやらせてってお願いしたから・・・。あの・・・どうかクレアさんを叱らないで下さい・・・。」


ど、どうしよう。


私が余計な事をしたから、クレアさんが怒られてしまう・・・。焦って弁明すると、「彼」は呆れた顔で見つめ・・・また、溜息を吐いた。


・・・あまりにも暇を持て余した私は、最近、私のお世話をしてくれているクレアさんに、つい「私にもお掃除を、手伝わせて下さい。」なんて言ってしまったのだ。

・・・クレアさんは困った顔をしたけど、「じゃあ鏡台を拭いていただけますか?」そう言って、私に雑巾をくれたのだ。


そうして、鏡を拭いていたら・・・「彼」がやって来てしまった。


ノルム・クラメル。


このお屋敷の主人で、公爵様でもあり、この国で有数の魔力量を誇り、類いまれなる力を持った『終末の魔導士』である、この人が・・・。


クラメルさんは、イライラした様に私を見つめて、キッパリと言う。


「・・・チサ、『クレアさん』じゃない、『クレア』だ。使用人なのだからその表現は適切ではない。そして、君は掃除などすべき人間では無いんだ。・・・分かるな。」


「・・・はい。・・・クラメルさん・・・。」


使用人でない私は、どんなに暇を持て余そうとも、掃除などすべきでは無いと言いたいのだろう。・・・分かる。分かるんだけど・・・。だけど・・・ただ座って、優雅にお茶を飲んでいるのも辛くて・・・。


「・・・。君の姓も『クラメル』だ。・・・私の事は、ノルムと。」


またしてもクラメルさん・・・いや、ノルムさんはそう言って、溜息を吐いた。


・・・。


違う・・・私の姓は『クラメル』なんかじゃない。私の姓は・・・『藤原』だもの・・・。


じわりと涙がこみ上げてくる。

さっき、なんとか取りなしたのに・・・。


「チサ・・・?」


私が返事をしない事に、さらに苛立ったのか、ノルムさんの声が更に低くなった。


・・・確かに、()()()()で、私はノルムさんの庇護がなくては生きられない・・・だけど・・・。


私は『チサ・クラメル』なんかじゃない・・・無い。


私の名前は『藤原 知佐都』だ・・・!


◇◇◇


そう、私の名前は、藤原 知佐都。


大学生として生活していた、21歳の時に、この世界に落ちて来てしまった、れっきとした日本人だ。


私は、まさに平凡な人間で、美人でも不細工でもない普通の容姿に、良くも悪くもない凡庸な性格で、標準的な人間関係・・・まさに平凡な人生を送ってきた。


・・・こんな事になるまでは。


落ちる・・・とは、まさしくその通りで、大学の帰りに寄ったコンビニから出た途端に、足元が消えて、気がついたら、この世界にある、とある街の公園の噴水の前に、ドサリと落ちて来たのだ。


簡単に説明すると、ライトノベルによくある異世界転移って奴をしたらしい。


落ちて来た私に、すぐに気づいた親切なオバさんが、街の騎士団の方をを呼んできてくれ、私はすぐに、保護された。・・・この世界で騎士は、どうやら『警察』みたいな役割もするそうだ。


彼らは、騎士団の詰所私を連れていくと、たまに、異界から落ちてくる人・・・『落ち人』がいる事、『落ち人』が帰ったという話は、聞いた事がない事、しかしながら、『落ち人』を支援する人たちがいるから、この世界で安心して暮らせる様に、サポートしてもらえる事、それらを教えてくれた。


私は、ものすごく混乱していたけど、これが現実なんだってのは、すぐに理解できた。


だって、とってもリアリティがあったから。


落ちてきた時に打った足は痣になっていたし、街の人たちはみな外人さんみたいな顔立ちだったけど・・・それでもお話の中みたく、美形ばかりという訳ではなくて、太っていたり痩せていたり・・・とにかく、生活感を感じさせる、普通の人ばかりだった。


そして街も・・・。


街はヨーロッパの街並みをイメージさせる、異国情緒あふれる街並みではあるが、埃っぽさとか、裏路地から漂ってくるくるゴミの臭いやら、はしゃぎまわる子供の声に、やや渇いた空気・・・すべてが、現実なんだって思わせてくれた。


だから私は、もう帰れないと知って・・・ひたすらに泣いた。


だって、平凡な大学生の私には、平凡だけど大切な家族や友人や・・・頑張って入学した大学やら、楽しみにしていた映画の公開やら、大好きだった本の発売日に、アルバイト先のちょっと気になっていた先輩・・・他人から見たら、たいしたものでは無いのかも知れないけど・・・それでも、それらすべてを失った事は・・・大きすぎた。


騎士の人たちは、『落ち人』に慣れているのか、特に何も言わず、そのままにしておいてくれた。


そして、私が落ち着くと、この世界について説明してくれた。


・・・この世界には魔法と言うものがあると。


この世界で暮らす人には、少なからず魔力がある。だから、日常生活を送るには、必ず魔力が必要になるそうだ。


・・・しかし、『落ち人』には魔力が無い事が多いらしい。たまに、魔力がある『落ち人』もいるらしいが、それはとても珍しい事だそうで・・・。


私も直ぐに調べてもらった。・・・もちろん、平凡な私がそんな珍しいタイプな訳も無く・・・結果は、魔力なし、だった。


・・・この世界で、家電製品は、電気ではなく魔力で動いている。家の鍵なんかも魔力でかける。ペンもインクではなく、魔力で描くそうだ・・・。もちろん、普通のペンもあるらしいけど・・・。


すなわち、魔力の無い『落ち人』は、日常生活にすら不自由してしまうらしいが、そんな『落ち人』を必要とし、何から何まで支援してくれる人たちがいるから、何も心配はいらないと言われた。


それが『終末の魔導士』と呼ばれる人だそうだ。


『終末の魔導士』っていうのは、この世界に十数人しかいない、魔力がものすごく高い代わりに、長生きできない魔道士さんたちの事を言うそうだ。酷い話だが、末期という意味あいで、『終末』と付いているらしい。・・・彼らは、早いと20代後半、遅くても30代の半ばには命が尽きてしまうそうだ。


でも、そんな『終末の魔導士』さんたちは、なぜか『落ち人』・・・つまりは、魔力無しと一緒にいると、寿命が劇的に延びるそうで、こぞって支援してくれているから、生活には困らないと騎士の方たちに励まされた。





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