魔王と新月
凱旋だ。
魔王が城へと戻る。
鋼鉄で作られた巨大な扉が開かれると、そこには城の住人たちが待っていた。
彼らは、己の敬愛する主を間近で見ようと詰めかけた人々。
魔界は弱肉強食。
されど、この場内に置いての非道は禁止されている。
安寧を与えた魔王オルバは、この地に住まう人々にとって救いの神に等しき存在。
いずれも狂信者とすら言える忠誠心を持った者たち。
彼らの出迎えを受けながら、オルバは城の最奥へと進む。
城の奥に辿り着いたとき、僅かな者達に出迎えられた。
いずれも魔王オルバに仕える腹心達。
『あの者たちは手ハズ通りに扱え』
「お任せ下さい」
そう命じられた青髪の男は軍務卿。
狂信じみた目で魔王オルバ見送った。
更に奥。
魔王が入ったのは広い部屋であった。
光源や窓など無いにもかかわらず、薄暗さは一切感じられない。
それどころか真昼のような明るさすらある。
魔王は歩く。
部屋の中心へと。
何かがあるわけではない。
この部屋には壁や天井以外は何も無い。
灰色の空間があるのみ。
それでも歩く。
部屋の扉を閉め数秒で変化が出始めた。
一歩、二歩──歩くたびに体が崩れていっていた。
石像が崩れるかのように、砂が足元に散らばる。
歩くたびに崩れるスピードは早くなるも、魔王が足を止めることはない。
崩れる体を意にも返さず歩き続け、魔王は封じられし本性を解放した。
*
魔王ちゃんです☆
えっ?
さっきまでとテンションが違うって?
普段から頭の中はこんな感じですよ。
ただ、あの体のときは勝手に言葉が編集されちゃっています☆
おかしいですよね。
変ですよね。
ぷぷぷっっていう感じですよね。
でも現実なんだから仕方がないよね!
言葉の編集なんですけど、原因は頭のおかしな邪神にあるって思います。
私の生まれた所は変な所でした。
白い砂がどこまでも広がっていて、空はいつも真っ黒。
そして変な生き物がわんさかいました。
この変な生き物の一匹が私だったわけなんですけどね(涙目)
後から聞いたのですけど、”終の領域”っていうヤバイ所だったみたいです☆
大昔に神様同士が集団で争って、負けた方が封じられたとか。
今では勝った方が正神と呼ばれていて、負けた方が邪神と呼ばれているみたいなんです。
あっ、邪神の魔力から終の領域の魔物は生まれたみたいだから私の親みたいなもの。
ですから敬称をつけて邪神様って呼ぶことにしますね☆
もちろん私が封印された邪神っていうわけじゃありません。
私自身は、終の領域に発生したモンスターなんだと思います。
その邪神様なんですけど、これまた頭が悪い。
封印されておかしくなっちゃったのか、みんな溶けて一つになって終の領域を徘徊するようになりました。
この事が原因で、弱肉強食が常の平和な終の領域が大変な事になっちゃったんです。
そして、弱肉強食仲間のモンスターが次々にお腹の住人になっちゃって、ついに私の番になっちゃったんですよね!
でも当時から硬さに定評のあった私。
邪神様に何をされても全く効きませんでした。
どういう体の構造をしているんだろうって思わなくはないのですが、硬過ぎて解析すら出来ないので今は諦めています。
それで邪神様。
なにも効かないことが頭に来たのか、命を代償に発動する魔法を使っちゃいました。
あの時は驚きました。
真っ白になって気付いたら何も無い黒い空間を漂っていたのですから。
どうも、その時みたいなんですよね。
勝手に言葉が翻訳されるようになったのって。
それまで言葉なんて全く分かりませんでしたし使う機会もありませんでした。
ですから編集されているとはいえ、十分にありがたかったですね。
ついでに、私が邪神様を倒したっていうことになっちゃったみたいなんです。
神殺しっていうんでしょうか?
本当は自滅なんですがね。
私に神格が移動して、今や神様です(エッヘン)
そのときに、この姿になれるようになりました。
艶やかな腰まである黒髪。
同じく黒いクリッとした御目目。
着ているのは、なぜか巫女装束(日本風)。
ついでに足には飴色のブーツ。
ちなみに10歳前後。
あの騎士に”幼女騎士”なんて言いましたが、私自身も幼女をようやく抜けた程度の見た目なんですよね!
でも戦いにおける心理戦っていうことで無罪放免、免罪、赦免っていうことで。
ところで、なんで巫女装束何でしょう?
前世の私は、神格を得てまで巫女装束を着たいと感じるフェチな方だったのでしょうか?
ショックですねえ。
辛いですねえ。
ガッカリですねえ。
でも似合っているので万事OKということで。
あっ、こんな事をしている暇はありません。
数十年ぶりに仕事をしたのですから、仕事帰りのお楽しみが待っています☆
*
魔王オルバの力に耐えた騎士たち。
彼らの回復は早かった。
特にセルフィという幼女騎士は、一時間もしないうちに話せるまでに回復している。
城の一室。
厳重な警護をされた部屋。
幼女騎士は、青髪の男と向かい合って座っていた。
「現在13確認されている塔のうち3つを踏破し、最終的には堕天使の塔を登り切って頂きます」
向かい合う席。
どちらも心の内を見られないように、表情はわざとらしい笑顔で塗り潰されていた。
「断ったら?」
笑顔での返答。
だが返した内容は、会話の主導権を少しでも奪い返すための揺さぶり。
「断れば戦争が始まるだけです。あなた方々の首を故郷に送り返した後に」
妥当なところだと納得する。
魔王とて王に変わりないのだ。
その王に剣を向けたのだから、死罪となってもおかしくはない。
この軍隊の派遣は実りの宝珠を手に入れるためだった。
上から”野蛮なる魔族を倒し、みごと宝珠を持ち帰ってみせよ!”
このような事を言われたのを覚えている。
名誉ある仕事──に見せかけた厄介払い。
何かしたというわけではなく、権力争いの邪魔になっただけ。
実りの宝珠は必要だった。
名前の通り植物の成長を助ける宝珠なのだ。
食料が不足している彼女の国にとって、喉から手が出る程に欲しい宝物だと言える──本来であれば。
だが上の連中は、民が死ねば食料が余るとほざいているのだ。
自分達が魔界に派遣されたのが、民のためと考える方にこそ無理がある。
「手は貸さない。私も仲間も好きにするといいさ。できれば拷問は勘弁して欲しいがな」
この国に着くや否や魔王が出てきたのは誤算だった。
再度述べるが魔王とて王なのだ。
王を殺そうと軍隊を派遣したことになったのだから、どのような反撃を受けようとも正当性は自分達の側には無い。
魔王が真っ先に出てきたのは、この状況を作ることが目的だった。
そう見るのが妥当だろう。
幸いというべきか。
自分の大切な人間は既にいない。
戦争になろうとも、どうでもいいという気持ちだ。
尽くしてきた国に切り捨てられた。
信じていた物は全てまやかしだったという事だ。
なら、これまでの自分達の苦労はなんだったのか?
信じる物はすでに無く、そのせいで全員が自分の命が惜しくなった。
自己犠牲を誇れる信仰心はもうないのだ。
命は惜しい。
だがそれ以上に疲れた。
そのような想いが彼女の心を支配していた。
しかし、それでも譲れない物がある。
「幼女騎士……おっと睨まないで下さい」
「次言ったら殴る」
心が折れても、幼女騎士という蔑称は許せない。
手元に剣があれば、間違いなくバッサリとやられていたことだろう。
だが今の反応で確信が持てた。
同時に”偉大なる我が魔王陛下はすでに見通していらしたのだ”と、さすが魔王様を心の中でする。
偉大なる主の慧眼に畏怖しながらも、彼は幼女騎士にある提案を持ちかけた。
「我が国には、発育を促す秘宝がございます」
「なん……だと?!」
幼女騎士こと聖騎士セルフィ・アーチス19歳。
20歳を目前にした、己の幼児体型に深いコンプレックスを抱く乙女。
この瞬間、絶望視されていた彼女の二次性徴に希望の光が指した。
もちろん、幼女騎士との交渉は無事に終了した。