幼女騎士と魔王
2話目からコメディー路線に入ります。
※3話で終了
※この小説に関しては感想欄を閉じています。ごめんなさいm(_ _ )m
大地に触れた風が、死の臭いを吸いながら吹き抜けていく。
ここは魔界。
人の世に数多の災いをもたらしてきた魔物たちの故郷。
敗北した神々が封じられし場所。
魔の王が住む世界。
この世界で最大の規模を誇るのが魔王オルバの軍。
人の背丈など無意味なほどに巨大な城。
ここが魔王オルバの居城だ。
岩山を連想させるほどに巨大なオルバの城。
ここで2つの軍隊が向かい合っている。
一方は魔王オルバの軍。
もう一方は銀色の鎧に身を包む人界の軍。
魔王オルバ。
姿を一言で形容するのであれば、銀色の金属で出来た生物。
仮面のような頭部に目が5つあり、左右2対と額に1つある。
騎士団。
光り輝く剣や槍を持つ3人を筆頭に、23名もの精鋭が後ろに控えていた。
魔王軍。
こちらは魔王のみが前に出て、他は後ろに控えている。
誰も手を出す様子はない。
魔王オルバの指示だ。
彼は言った。
”この戦いは自分のみで勝利する”と。
『私と戦おうという無謀への称賛代わりだ。最初の一手は譲ってやろう』
平静かつ威厳の込持った声が響いた。
それは空気を震わせることなく頭の中に直接届く魔王の声であった。
「テメェッ」
槍を手にした騎士は挑発と捉えたのか。
感情を顕にして声を張り上げた。
「悪い癖が出ているぞ」
「チッ」
だが隣に立つ騎士に窘められる。
魔王を前に歴戦の騎士を思わせる冷厳な口調。
相当な使い手であることがうかがえた。
『そこのお前。戦場は子供の遊び場ではない。帰れ』
「キサマーーーーーッ」
「おいっ」
魔王の一言が見事にコンプレックスを刺激した。
先程とは違いこちらは完全な挑発だ。
先程の冷静な対応で、魔王の中に置いて彼女の評価が上がったのだろう。
さきほど窘めた騎士は、激昂し大剣を振り上げている。
その姿はまさしく悪鬼。
騎士にあるまじき姿である。
『貴様らは子守りを押しつけられて苦労しているのだろ? 労い代わりに一手ではなく三手を譲ってやろう』
ブチッという音が聞こえた気がした。
音の発生源は言うまでもなく、小学生にすら見えるか微妙な彼女だ。
涙を溜めた目は、恐ろしく暗い。
言葉が効きすぎて、彼女の闇を抉ってしまったらしい。
だが一周回って冷静になれた。
「その傲慢を後悔するがいい」
彼女の言葉には、有無を言わさぬ迫力があった。
これまでの過程を見なければ、間違いなく歴戦の英雄とも言える。
殺気すらも支配し、洗練され鋭さすら感じる闘気へと昇華させていた。
まさしく英雄の素養だ。
これまでの過程を見なければ。
『子守りなどした事はないが。来るがいい──幼女騎士よ』
「うおおあああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気の狂ったかのような叫びと共に、幼女騎士が突進してきた。
彼女を先行させ過ぎぬようにと他の騎士も走る。
そして背後。
待機していた騎士団が一斉に魔法を放った。
魔導師を軸にした編成か。
圧倒的な魔力がうねりとなり、天空に赤い魔法陣が展開される。
そして次の瞬間、周囲が火の海へと変わった。
計算され尽くされた段取り。
この状況を作り出すために、彼らは動いていたのだ。
当然、あの幼女騎士の怒りは演技──
「死ねえええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
──いや演技なんかであるはずがない、ガチだ。
手にした光り輝く大剣。
本来は神聖さを感じさせるのだろうが、今は禍々しい凶器にしか見えない。
間違いなく持ち主のせいだ。
先程、魔導師が放った炎が燃えがる大地。
銀色の髪が怒りを体現したかのように揺れている。
血走った目には、不倶戴天の敵を見据えるかのような殺気。
その姿、やはり悪鬼。
このような容貌の者が、手心を加えるなどあり得ない。
横一閃に大剣を振った。
戸惑いなど皆無。
慈悲など微塵も無い。
騎士の剣としてあるまじき邪悪さ。
この姿を見れば誰もが断言するハズだ。
お前は騎士失格だと。
しかし──。
『遠慮せず全力で斬ってくれても良かったのだぞ?』
「くっ」
首を狩りとろうと振られた剣は、寸止めをしたかのように音も無く止まった。
完全防御などと呼ばれる能力。
理を捻じ曲げて、一切の攻撃を防ぐ能力。
触れたハズなのに、音もなく剣を止められたのだ。
幼女騎士が驚くのも無理もない。
『なかなか早いではないか』
「チイッ」
幼女騎士の影に隠れるように放たれた、槍による疾風の如き一突き。
それもまた完全防御により防がれている。
「つまらんな。雑兵共も含めて既に三回目だが──特別にあと一回だけ無防備に受けてやる。そこの斧使い、試してみるか?」
背後。
光り輝く大斧を振り上げている、大柄の騎士へと告げた。
「ああ、だがせっかく無防備に受けてくれるというのなら、最高の一撃を受け止めてもらおう」
”避けたりしないよな”という言外の意思を感じさせる挑発的な笑みを浮かべている。
『魔王の希少なサービスだ。存分に活かすといい』
大斧の騎士にあるのは大義名分ではない。
己の積み上げてきた技の全てを、目の前の強者にぶつけたいという想い。
戦士としての本能だ。
「手を貸せ」
大柄な騎士の元に、幼女騎士と槍の騎士が集まる。
そして彼らを囲むように陣を敷く騎士団。
しばらくコチラの様子を気にしていたようだが、そんな余裕は無くなったようだ。
今では全員が儀式に集中している。
こちらに意識を裂く余裕のない程の大儀式。
儀式魔法。
儀式魔法は神話をなぞる事が多い。
史実であれ、物語であれ。
神話をなぞる事で曰くを顕現させ、理を超えた奇跡を引き起こす。
それが儀式魔法。
曰くが降り、騎士が持つ大斧が強い光を放ち始めた。
儀式が進むにつれ、更に光は強まり、大斧が持つ存在感が増していった。
この存在感の増大こそが降りた証だ。
「待たせたな」
絶対の自信があるのか。
大斧の騎士が浮かべる笑みは獰猛そのもの。
血に飢えた狂戦士。
その素養があるからこそ、彼は上位の騎士なのだろう。
騎士道などと言う仮面を被ろうとも、人を殺すのが仕事なのだ。
お行儀のいいお坊ちゃんを連想する方がどうかしている。
『せっかくのレアな魔王のサービスだ。もっと時間を掛けても良かったのだぞ』
「ふん。十分に時間はもらったさ……行くぞ」
大斧を握る手に更なる力を込めると頭上高くにまで振り上げた。
同時に斧が纏っていた光が、尚いっそう強まる。
魔界に複数いる魔王。
その中でも、この魔王を狙ったのなら調べてあるハズだ。
いかなる者とて決して破れぬ、絶対の守りを持っていることを。
故に顕現させた曰くは、強大な物となるハズだ。
「しっかりと受け止めてくれよ。魔王様」
大斧が巨大な光の塊となって迫る。
圧倒的な熱量で魔王を喰らわんと。
「おおらああぁぁぁぁぁぁぁっ」
斧が放つ眩い光。
その中に感じたのは高位天使の力。
儀式魔法の中でも特に危険な類だ。
天使は信仰心を集めやすい。
集まった信仰心は、天使の曰くを強めていく。
強まった力は更なる信仰心を集める。
そうやって高まりの連鎖が生じるのが、天使に関する曰くだ。
視界を白一色に染めながら極光が迫っている。
とうぜん止まる事はない。
天使に関連した曰くは、魔の者に特別な効果を発揮することが多い。
これも間違いなくその類だ。
だが見覚えがあった。
過去に似た物を受けたのだ。
天使に大斧を振り下ろされて────そして砕いた。
『なかなか面白かったぞ』
同じだった。
過去に喰らった大斧と。
「……馬鹿な」
驚愕に目を大きく開く騎士。
絶対の自信を持っていた曰く。
その一撃を額で受け止めた上に微動だにしていないのだから。
これが曰くの恐ろしいところだ。
曰くは伝説をなぞる。
良くも悪くも。
うまく扱えれば奇跡を引き起こせるが、扱いを間違えれば──。
「ぐ、おおおぉぉぉぉぉぉ」
大斧の騎士の右腕が砕け散った。
曰くの扱いを間違えたせいだ。
『あの天使も腕が砕けたよ』
騎士の目が大きく目開かれた。
理解したようだ。
自分が曰くの伝説をなぞった事に。
曰くは伝説をなぞって奇跡を引き起こす。
だが伝説で語られるのは、栄光ばかりではない。
敗北や絶望もある。
彼はなぞってしまったのだ。
曰くが持つ負の側面を
『私に斧を振り下ろしたアイツの腕は砕け、それでも抗った結果として死んだ。ここまで言えば、お前がどうするべきか分かるだろう』
残った左手で持っていた大斧から光が消えた。
ようやく理解したようだ。
曰くの選択を間違えた事が。
よりにもよって、目の前の敵に殺された天使の曰くを選んでしまったのだ。
このまま使い続ければ、伝説をなぞり彼は死んでいた。
曰くとは運命を武器とし奇跡を引き起こせるが、選択を誤れば運命に呪われ己や周りの者に死を招く。
『呆けていていいのか? サービス期間は終わったのだがな』
騎士は咄嗟にに後ろへと下がると、これまで以上の緊張感が辺りに漂った。
『一度だけ力を振るう。耐えることが出来れば投降を許そう』
これから使うのは、唯一のまともな攻撃方法。
防御力特化型──それどころか防御力以外に何も無い魔王。
彼がまともに扱える攻撃方法は僅か。
太古に存在していたとされる真なる神。
真なる神とも呼ばれる者たちが編み出したと呼ばれる秘術。
その中でも、最も低い階位に存在する術。
これ以外を使っても、まともな効果が出せない。
だが、これだけは。
この秘術だけは誰よりも使いこなせる。
<防御力を攻撃に転用>
それは、次の攻撃を防御力で行う秘術とでもいうべきか。
通常であれば、全身鎧を着た者が使っても、子どもが殴った程度の威力も出せない。
だが防御特化型の魔王が使えば──。
『生き残れるかどうかはお前らの実力と運次第。曰くなど用いずに己の運命を手繰り寄せてみろ』
これは彼が唯一持つ攻撃方法。
同時にあまりもの威力故に、絶対者と彼が呼ばれるようになった力。
その名は──。
<剣を力に>
向けた指先から衝撃が生じる。
それは絶望的なまでに純粋な力。
大地を砕き、空気は破裂したかのように震える。
人が耐えられるような物ではない。
彼らは精鋭だった。
いま使っている巨大な盾のような結界。
これがあれば、強大な力を持つ上級の竜が放ったブレスであっても防げたはずだ。
だが相手が悪過ぎた。しかし判断は正しかった。
衝撃を放つと同時に、彼らは防御を捨て去る。
巨大だった盾は小さくなり、個人を守る程度とした。
圧倒的な衝撃に巻き込まれ、彼らの体は紙切れのように宙へと舞わせる。
鎧を着た彼らの体は、重さゆえにすぐに地面へと叩きつけられた。
だが誰もが小さくした結界を使い、落下の衝撃を和らげている。
下手に抵抗をせず、衝撃を受け流したのだ。
称賛に値する判断だ。
そして感嘆するべき覚悟だ。
このような事をすれば、もはや戦いを続けられなくなる。
現に彼らは地面に伏して、まともに動くことすら出来ていない。
だが悪あがきなどではない。
魔王の言葉を信じたが故の蛮行だ。
いくら絶望的な状況とはいえ、敵の言葉を信じてここまで大胆な行動をとれる者などそうはいない。
『誇り高き騎士たちよ。魔王オルバはお前達を称賛する。投降を許可しよう』
動ける者は誰もいない。
だが命の危険が去ったのだということは、誰もが理解していた。