脱出
さて、牢屋敷から月の下に出たわけだが、もうあと数分でこの敷地を後にできるだろう。そもそもここは城ではない。牢と屋敷と大きな倉庫があるくらいだ。塀はそれほど高くなく、はしごや縄があれば侵入できないこともない。脱出に至っては、塀のそばの大きめの登りやすそうな木があったので簡単に逃げられる。少女から渡された護身用の刀も使う事無く終わりそうだった。
少女が木から塀に飛び移ったのを確認し、俺も木に登り始める。兵が少なすぎるように思うが運がいいと思うことにする。考えても仕方がない。
そして俺も木から塀に飛び移り、塀から降り、無事敷地を後にすることができた。兵に見つからなかったおかげで囮に使われずに済んだのは幸運だった。
さてこれからどうしようかと考えていると、少女が声をかけてきた。「これからどうするつもり?」と。帰る家もないし、向かえのおばちゃんに頼るわけにもいかない。重罪人が軽々しく誰かに頼ることはできない。関係ない人を巻き込むわけにはいかない。せめてどうするか考えてから脱出するべきだった。
行く当てがないと正直に伝えると、少女は、どうしたいか、なにをしたいかと尋ねてくる。
少女の素性がわからない以上、皇帝を殺したい。なんて言うべきではないのかもしれない。しかし目的が何であれ命の恩人に嘘をつくのはあまりいい気がしない。正直に話すことにしよう。
「皇帝を__殺したいと思っている。」
少女が何らかの理由で襲い掛かってくるかもしれない、と刀を素早く抜けるように手をかけ警戒しながらゆっくりと言葉を発した。
「そう。」
少女は驚くわけでもなく、馬鹿にするわけでもなく、ただ静かにそういっただけだった。とりあえず俺を逃がしたのだから当たり前といえばそうなのだが皇帝の味方では無さそうだ。
すると少女は俺の目をしばらく見つめ、俺の体を頭のてっぺんから足の先までなめるようにじっくりと観察しはじめた。不快感より羞恥心が大きく、耐えられなくなり言葉を発そうとした俺にかぶせるように少女は言った。
「とりあえず、私の家に来ない? 君、才能ありそうだから。」
「___は?」
「どうする? 来る?」
いきなり家に来るか聞かれてはい、いきますなんて言うやつはいるのだろうか。
ついていったら解剖されるか食われるか売られるか何をされるかわからない。説明がなさ過ぎる。
だが行く当ても実際ない。その辺をうろついていたら捕まるか追いはぎに遭いそうだ。覚悟を決めろ。
「_行きます。」
少女は軽く頷き歩き始めた。ついて来いということだろう。俺も後を追って歩き始める。
だが。少女は異常に歩くのが速い。歩く少女において行かれそうになる兄のようで何とも言えない気分になる。結局小走りと早歩きを混ぜつつ後をついていくことにした。
十五分くらい歩くと(走ると)町の端の方にきたようで家がほとんどなくなってきた。左に曲がり、林を右手側に見ながら傾斜のある道を上っていく。上り坂でも相変わらずの早歩きで息が切れてきたところでやっと坂を上りきれた。右には林が広がり、左は緩やかな崖。俺が殺されても気づかれないだろう。
少女は正面にぽつんとある家に向かって歩いて行く。ここまで来たんだ。迷う意味はない。嫌な想像を頭から追い出し、少女が待つ扉の前へと歩いて行った。
しまった……。秋絵さんをどう登場させるか考えてなかった…。
次の話で冬真さんが出てきます。というか冬真さん回。