少女との出会い
俺は、もうすぐ死ぬ。
腹は減っているが、飢餓ではない。腐りかけた屋根から滴り落ちてくる濁った雨水を飲んでいるから、喉が枯れて死ぬわけでもない。
理由はとても簡単だ。国で一番偉いやつに逆らい、おまけに殺そうとした。そして捕まり牢の中で死を待つ囚人となった。最初は脱走を企てようとしていたのが懐かしく感じる。今は他の囚人と同じように死んだ目でただ何もせず、かつての日々に思いをはせることしかできない。生きた屍とは俺のことだろう。
この国は貧富の差が激しい。否、裕福な暮らしをしているのは王様に媚びて甘い蜜を吸っている奴らだけだ。平民は多重の税をかけられ、働いて働いてやっと手にした金、食料、布などをほとんど国に持っていかれ、残ったものを生活に回すのでやっとだった。税を納められなければ奴隷のように働かされるか、捨て駒の兵となって死ぬか、処刑されるかだ。
まだ田畑を持っていればましだ。食料にはそれほど困らず、作物は平民にとって何よりも大事なのだから多少高くても売れ、物々交換でも価値が高い。だが俺の家は田畑もなく働き手も少なかった。どうしようもなかったんだ。
父親は兵として死んだ。母親は病で寝たきりだった。子供は俺と、二つ下の妹と五つ下の弟。
俺は早朝から夜まで働き、妹は十三の体で身を売ることもあった。弟は十で家事と看病を懸命にこなしてくれていた。だが所詮俺たちは子供。病の母の薬代も稼がねばならない。それに加えて重い税など払いきれるわけもない。逃げるにも、寝たきりの母を連れて遠くに行くことはできない。役人が税の不足に気づき、捕えに来るのは時間の問題だった。
税を納められなくなってから数週間で役人はきた。家族は皆捕まったが、俺だけは役人ではなく向かいの家のおばちゃんに捕まっていた。つまり命を救われたのだ。だがその救われた命も無駄にしてしまった。
母も妹も弟も、皆戦力にも労働力にもならないという理由で見せしめとして処刑された。この目で処刑されるところを見たんだ。家族が処刑されておきながらのうのうと生きることなんてできるはずがない。結局無謀な暗殺を仕掛け、三人斬ったところで捕まった。そして数日内には家族と同じように処刑されるだろう。税を払わなかったどころか国の長を殺そうとしたのだ。死刑は免れない。
自分がしたことに後悔はしていない。もっと稼げていれば。もっと強ければ。それだけだ。
夜が更けてきた。硬くひんやりとした石の床に横になり、目を閉じる。
春になったとはいえ、昼も日が当たらない牢に擦り切れた布一枚でいるのは流石に寒い。まだ風がない分いくらかましではあったがなかなか眠れない。
__その時。
扉が開く音がした。こんな夜中にいったいなんだ、と思いながら体を少し起こす。淡い月の光の下に立っていたのは桃色の服を着た、小柄の少女だった。牢にいったい何の用だ? とても役人や兵のようには見えない。役人の子供だろうか? 死んだ妹と年はあまり変わらないように見える。よく見てみると刀を持っていた。小さな少女と刀の組み合わせがますますおかしかった。
少女は辺りを見渡し、はきはきとした声で囚人たちに呼びかけた。
「命が惜しい者、やり残したことがある者、復讐を果たさんとする者よ。まだ生を諦めぬのなら私がこの牢から逃がそう。さあ、覚悟を決めたものは立ち上がり一歩前へ。」
突然の言葉に囚人らは戸惑う。それはそうだ。どこの誰かもわからない、しかも少女に牢から逃がすと言われても信用できるはずがない。捕まって地獄を見るのがおちだ。そもそも牢から逃がすとしか言っていない。当然だが町まで逃げられる保証もないのだ。きっと少女が逃げるための囮に使われるに違いない。
こんな餓鬼の言葉に踊らされる奴は馬鹿だ。だが俺は救われた命を綿密に計画を立てることもせず、無謀な暗殺で捨てるような大馬鹿だ。囮だろうが何だろうが家族の、俺の恨みを果たせるかもしれないなら乗ってやる。どうせ死ぬのなら最後まであらがって死んでやる。
覚悟を決めた俺はゆっくりと立ち上がり、前を向き、大きく一歩踏み出した。
周りの囚人たちの視線を感じる。尊敬の視線ではなさそうだ。そうなると大体どういう風に思われているかは想像がつく。少し居心地の悪さを感じるが覚悟を決めたのだから仕方ない。
少女がこちらにまっすぐ歩いてくる。牢に忍び込んでいるのにもかかわらず堂々とし、怯えや緊張が見られない。少なくともこれが初めてではなさそうだ。そう考えているうちに少女が持っていたらしい鍵で牢の扉がキイ、と小さく音を立てて開いた。
少女を見ると、もう大丈夫ですよ、とでもいうようなにこやかな笑顔をしていた。近くで見て思ったが整った顔をしている。薄暗く冷たい牢屋敷だが、その笑顔は美しかった。
そして俺の運命はここから大きく変化する。少女__小春との出会いをきっかけとして。