まぁ、こんな日常も悪くないよな…
俺は彼女、柳の神様の次の言葉を待っている自分に少なからずの驚きを感じていたんだ。
最初に出会った時は正直にいって面倒ごとに巻き込まれた気がしていたが今はなんだか…話が聞きたくて仕方ない自分がいる。
何でだろうな…懐かしい気がするんだ。
それは本当に不思議な感覚だった。
「あの人って言うのは?」
なかなか話し出そうとしない神様に俺は我慢できずに思わず自分から聞いてしまった。
「…っ?」
俺の言葉に少し驚いた表情を浮かべる神様。
けれど、何かに気づいたのか嬉しそうに微笑んだんだ。その笑顔は本当に嬉しそうだった。
「そういうことだったんですね」
神様の言葉の意味は分からないが何だか気になる。どうしたんだ、俺は一体……けど、悪くないな。
「話してくれるか?」
俺の問いに神様は小さく頷いた。
「あの人と出会ったのは、えっと人間の時の流れですと、あぁ数十年前になりますね--ついこの間のように感じますけど、ふふふっ」
数十年前がついこの間か……やはり神様だな。人間とは時間の感覚が全く違うみたいだ。俺はそんなことを目の前の柳の神様を見つめながら思った。
「あの人は見えるわけないわたしの存在に気付いたのか、じぃっと見つめていたんです」
懐かしそうに遠くを見つめる神様の横顔。
その横顔を見つめながら疑問が過る。
「柳の神様を?」
当たり前のように俺には見えてるが普通の人には見えるはずがない。けど、もし俺と同じ見える人がいたなら…会ってみたいな。
「はい。見ることが出来ないはずの人間に見つめられて驚いてしまい、わたしは…わたしは思わず」
俯きながら口を閉じる。
暫しの沈黙に俺は堪らず唾を飲み込む。
「思わず…どうしたんだ?」
意を決して尋ねてみるが神様は少し思案げに考えて、何故か頬を紅色に染めながら呟くように答えた。
「その手に持っていたご飯を求めてしまいました」
はいっ?今、何て言った?
あぁ、あれだな。この神様ただの食い意地の張った幽霊だ。真面目に聞いて損したな。
うん、頭がいたい。
呆れ顔で額に手を添え盛大に溜め息を洩らす。
もういい加減に眠りたくなってきた。さっきの妙な空気感は気のせいだ。完徹間近で思考が停止してるんだ…きっと。
自分に言い聞かせながら神様に目を向けると神様も俺をじぃっと見てやがる。
「うんっ?どうした?」
「いえ、あの、そういえば名前を聞いていなかったと思いまして良ければお名前を教えてもらっても?」
その瞳は何かを期待するような、それでいてそんなはずはないだろうという諦め、それらが混ざり合った不可思議な瞳。
ただ、その瞳は真っ直ぐに俺の…手元を見つめてる。…おいっ。まぁ、いい。それよりも。
「なんで名前を知りたいんだ?」
手元の弁当からチラリと俺の瞳に視線を向ける。
「確認したいんです」
意味が分からず小首をかしげる俺。
「なにを?」
俺の姿にクスリと笑みを溢す神様。
「それはあなたの名前を聞いたからです」
う~ん、なんだろうかねぇ。
ってか、名乗っていいのか?
まぁ、なんだ関わっちゃったからなぁ…うん。
「如月隆太だ…」
「如月ですか?違った…でも、なんででしょう。あの人と同じ気配に見えますのに…あぁ、そうですよね。人の寿命は儚く短いものでしたね」
不思議そうな表情を浮かべる柳の神様、でもどこか楽しそうで俺はどうしても神様のあの人が誰なのか気になった。
「神様のあの人の名前を教えてくれるか?」
俺の問いに少し考え込む柳の神様は何か思い付いたように嫌な笑み-まぁ俺にはだけどな-を浮かべた
「条件があります」
「条件?」
真剣な瞳で真っ直ぐ手元を見つめてる時点で条件なんぞ容易に想像はつきますけどね。
さぁ、言ってみなさいな。
「身体を貸してください!」
ほぉ~らね。だからこそ。
「断固拒否する!」
でも知りたい。
「でしょうね…ですが、もしかしたら貴方に関係があるかもしれないとしたらどうですか?」
口許に微かな笑みを浮かべながらこちらを見つめる瞳は今度はしっかりと俺を見ていた。
うんっ、俺の心を読んだのか?
何だかんだで策士だな。あぁ~、分かったよ。俺の敗けだな?だってさ知りたいからな。
「分かったよ。身体は貸してやる。けれど、先にあの人の名前を教えてくれよ」
その言葉に満面の笑みを浮かべる柳の神様。
「分かりました、約束ですよ?」
言質を取ることも忘れない。
強かだけれど、悪くないな。俺は素直に頷く。
「あの人の名前は樫原和人さんですよ」
その名を聞いて俺は呆気に取られた。
なにせ、その名は良く知る名だったからだ。
「えっ?それって…ははっ、マジか」
悪戯っぽい笑みを浮かべる柳の神様、あぁ確信犯だぁ。そりゃそうだ。だってさ、樫原和人って俺の母親方のじいちゃんだもの…。
世間は狭いなぁ、まぁ、色々と視える人間が少ないから必然って言われればそんなもんかな。
ってか、じぃちゃん視えてたんだな。全く知らなかったよ……けど、あぁ、何だか合点がいったよ。
俺は小さい頃から人には見えない存在が見えていた。誰も信じてくれなかったけれど、じぃちゃんだけは俺の話をニコニコと笑みを浮かべながら聞いてくれてさ。俺の唯一の理解者だった。
まぁ、大分前に死んじまって柳の神様からじぃちゃんの名前が出るまですっかり忘れていたな。
「そっか、じぃちゃんも視えてたのか…だからか」
色んな記憶が甦って思わず感傷的になりそうだ。
「ふふふっ、和人さんのお陰で身体と弁当を手に入れることができました。ではでは、えっと隆太さん。お約束ですから身体を貸してくださいね」
柳の神様がすっと立ち上がり、俺の頬に両手を添えてゆっくりと顔を近づけてきて……ピタリと止まった。
「では、失礼しますね--」
そっと俺の唇に神様の紅色のふっくらとした唇が重なる…事もなく俺の意識は柳の神様に押し出されるように身体から抜け出した。
「おぉ、これは…すごい体験だな」
だってさ--俺は今、自分の背中を見てるんだ。
不思議としか言いようがないだろ?
まぁ永いこと生きてきたのだからこれぐらい見逃してやろうかね。なにせ、旨そうに弁当を食ってるし。
確かに旨い弁当だと思うし、俺も感動したけど……そうか、涙を流すほどか。ただな…俺の身体で涙を流しながら、しかも真夜中の人っ子一人いない公園でわざわざ柳の木の下で正座しながら弁当を食べる。
勘弁してくれ。いや、ホントに。でもさ…。
「そんなに旨いか?」
「はいっ!とっても!」
振り替えって頷く俺の顔と柳の神様の顔が一瞬ダブって見えた。コンビニ弁当一つでここまで喜んでくれるなら、まぁ良いよな。
チラリと腕時計に視線を向けると時刻は午前四時、この歳で完徹確定だな。だってな、じぃさんの話とか聞きたいじゃないか。だから彼女、柳の神様が食べ終わって満足したら話をしようと思うんだ。
だから完徹だ。まぁ、眠くても社畜人生うん十年を舐めるなよ?きっちり仕事はこなしてやるさ。
旨そうにコンビニ弁当を掻き込む俺の身体に憑依した柳の神様を眺めながら何故か笑みが溢れたんだ。
俺の話はこれでお仕舞いだ。
どうだった?怖かった?楽しかった?それとも呆れたかな。はははっ、まぁ人それぞれだからね。うんっ?この後は神様の関係はどうなったかって?う~ん、それはね----。
------その後。
いつものように終業間近に仕事を押し付けられて仕事を終えたのは日付を跨いだ丑三つ時---。
俺はコンビニ弁当片手にいつもの公園のあの場所、ポツンと佇む柳の木のもとへと向かう。
誰もいない真夜中の公園で俺はネクタイを緩めながら柳の木に向かって声を掛ける。
「おぉ~い。幽霊、弁当食わねぇかぁー?」
うん?わざとだよ?わかってるだろ?
あいつが何を言ってくるかなんて--。
柳の木の下で夜空を見上げていた彼女は俺の言葉に頬を膨らませて振り返り俺を睨み付けるように見つめてくる。
そして、紅色のふっくらとした唇が紡ぎ出す言葉を予想して俺は微かに口元を緩ませる。
「わたしは幽霊なんかじゃありません!」
ねっ、想像通りでしょ?
fin
最後まで読んでいただきありがとうございます
m(__)m
思い付きと勢いだけで書き始めた今回のお話もなんとか期限までに書き上げることができました。
今回、遥彼方様主催の「紅の秋」企画に参加させていただきとても楽しませてもらいました。
かなり伏線を張っていましたが回収できず(苦笑)
企画の期限は今夜零時…いけるか?(笑)
書けそうでしたら閑話的な物で書きたいと思います。あまり期待はしないでくださいね
では、皆様の小説人生に幸あらんことを願って…。




