しょうがないよな…知っちまったんだから
お互い一歩も譲らず緊迫とした…いや、違うな。なんとも言えない気まずい雰囲気のなかで結局どうなったかと言うと…。結論を言えば……。
くたびれたスーツ姿のおっさんが--もちろん俺の事なんだが--なぜか柳の木の下で正座しながらコンビニ弁当を食べているんだ。
しかも、涙を流しながら…。
「ぐすんっ、美味しいですぅ。味のある食事は美味しいですかぁ~。もうね、この肉汁が口の中で広がった瞬間なんて思わず昇天しそうで焦っちゃったですよぉ」
神様だよな…。昇天するって、わたし幽霊ですっ!と言ってるようなものじゃないか。
俺の身体に憑依した柳の神様が嬉しそうにバクバクと弁当を食べる後ろ姿を見つめながら俺はなんとも言えない感想を心の中で呟く。
身体を貸すことを断固拒否するつもりだったんだけどなぁ…こいつの話を聞いちまったらさ。なんだか、あれだ。同情しちまったんだ。
俺が結局、柳の神様に身体を貸してやったのは土下座して俯いたままポツポツと語り始めた身の上話を聞いたから---。
◇◇◇◇◇
「どうしてもだめですか?」
神様は悲しげな表情で俺を上目使いで見つめてきた。お、おぅ、可愛いじゃねぇか。女性に上目使いで見られるとドキッとするな。
しょうがないか………。
「ふぅ……わけを聞かせてくれ。身体を貸すかどうかはそれから決めることにする」
断固拒否のつもりが神様の悲しげな上目使いに心が揺らぎ始めちまったんだ。まぁ、理由だけ聞こう。
それに何で土下座までしてまでも弁当を食べたがっているのか知りたいしな。
あ、あれだぞ?別に好みの顔した女性が俺のことを上目使いで見つめてきて動揺したからじゃ決してないからな!違うったら、違うんだ!
こほん、失礼しました。
そんなわけで俺は柳の神様の話を聞くことにした。
「わたしは神といっても人間に奉られるような高位の存在ではありません。永き時の中で自我に目覚めた憑喪神に近い存在です」
あれだな、長く愛着を持って使ってきた道具なんかに魂が宿るってやつだな。樹木だと樹齢何千年って大木が神社とかで奉られて神木なんて呼ばれたりする。
そういえば柳の神木って聞いたことがないな。
「わたしが自我に目覚めた頃はこの辺一帯はのどかな田園風景が広がっていました。あっ、この公園の名称の由来はご存じですか?」
えっと、柳川公園だったかな?昔はこの近辺に大きな川が在ったって聞いたことがある。
「柳川公園だよな?たしか近くに大きな川が流れていて、それがこの公園の名前になったんだろ?」
俺が答えると神様は寂しげに小さく頷いた。
「はい、柳の木のすぐ近くを大きな川が流れていました。当時はわたしの他にも多くの柳の木が植えられていて、かなり壮観な景色だったんですよ。けど、時代と共に河川は埋め立てられて人の街が建ち始めると他の柳の木は次第に枯れていきました…」
柳の木は湿地を好む樹木で根が深くまで延びるから昔は水害対策で植えていたって聞いたことがある。
俺は周囲の景色を眺め、深夜ですら明るさを失わない街並みと見上げても星一つ見つけ出すことすら難しい空へと視線を向けて瞳を閉じてみる。
けれど、今の景色を知る俺にはこの場所が昔は田園風景が広がっていたなんて想像すら出来なかった。
しかも、川まで流れていたなんて…でも、この神様は全てを見てきたんだよな。どんな気分だったんだろうか、仲間達が枯れていく姿を見つめ続けることしか出来なかったなんて…辛かっただろうな。
当時の辛かっただろう神様の心情を察して、俺は感傷的になりながら彼女に視線を向けた。けど……直ぐに自分の浅はかさに後悔させられたよ。
何故かって?だってさぁ…。
「まぁ、でもですね。他に樹木が植えられなかったお陰で周囲の豊富な栄養を独り占めできて、わたしにとっては最高の環境になりましたけどねぇ~」
当時を思い出すかのように遠い目をしながら頬を紅潮させ恍惚とした表情を浮かべる神様の姿を見たからだ………おいっ、今すぐ俺の純粋な気持ちを返せ!
俺は頬をピクピク小刻みに震わせながら、やり場のない感情をどうしてやろうかと思ったのだけど…。
けど、すぐに気づいた。神様が無理してるってことに…。明るく振る舞おうとしていても、その表情の片隅には影があることに俺は気づいてしまったんだ。
黙って神様を見つめているとポツリと呟いた。
「あははっ、やっぱり分かりますか?そうですよねぇ、やっぱり一人は……寂しかったです」
作り笑いを浮かべながら悲しげな瞳で遠くを見つめる神様の表情がなんだか色んな感情を混ぜ合わせたみたいに歪なものに見えた。
そりゃそうだろ…ひとりぼっちで何年も、いやもっとかもしれないな。そんな永い年月を一人で過ごす…俺にはとても耐えられそうにない。
人は一人じゃ生きていけない。それは当たり前の事だけど、神様だって同じなんじゃないか?って今の神様の表情を見てそんな風に思えたんだ。
そんな少し暗くなった雰囲気に神様は何かを思い出したかのように微かに笑みを浮かべた。
それは、闇の中で見つけた一筋の希望のように神様の心を一瞬で暖かな気持ちへと呼び戻したかのように俺には見えたんだ。
「でもですね…。わたしが一人きりになってどれくらいの月日を過ごしてきたかわからないある日、わたしはあの人に出会ったんです」
あの人と呟いた時、神様の笑みが輝きを増した。
さっきまでの作り笑いなんかじゃなくて、心の底から本当に嬉しそうに笑ったんだ。
その笑みに俺は不覚にもドキッとさせられた。
大切な想い出なんだろうな…。
でも、何故だろうか…。
彼女が見せたその微笑み--。
柳の神様が見せたその表情に俺はなぜだか懐かしくて、まるで忘れていた古い記憶を呼び起こされた様なそんな不思議な感覚に襲われたんだ…。
次ラストです
コメディかシリアスか、それが問題です(苦笑)
すいません、訂正です
柳の神様の言葉
五百年前→年代を削除しました
ご迷惑をお掛けします