その2 いや……幽霊だろう?
幽霊が視えるって何をバカなことを言ってるんだって?いやいや、本当なんですよ。
テンパって思わず敬語になっちまった。
だって、ほら見てみろよ。
あの柳の木の下にいかにも幽霊ですって感じの女の人がいるだろ?えっ、あっ、見えない?あぁ~、見えないかぁ。まぁ、普通はそうだよなぁ…。
だけど、何の因果か俺には昔から視えるんだ。
どうやら俺の母親の家系の遠ぉ~いご先祖様に何やら胡散臭い商売をやってた輩がいるらしく、その能力がこれまた何故か俺に遺伝したってわけ。
っんでね…今、目の前にいらっしゃるんですよ。
女の人の幽霊がね。
何で公園の片隅に柳の木があるのかは物凄く疑問を感じるんだけど…まぁ、それは置いておこう。
うん、考えたら負けな気がする。
だってさぁ、真夜中の公園の片隅に何故かポツンと離れた位置に植えられている柳の木の下でさ。目元まで隠れた長い黒髪、不健康そうな青白い肌…っんで、言いたくないんだが頭に白い三角布を着けて白装束の格好なんて……どんだけ、テンプレ過ぎんだよぉ~!
わざとか?わざとだよな?
なんなの、この人?あっ、こっち見た。
「あなた、私が視えるの?」
はいっ、気付かれました。
じぃ~っと見つめる恨めしそうな瞳、とりあえず逸らしてみようか……じぃー、じぃー。
なに、この圧迫感…。
じぃー、じぃー、じぃー。
し、しつこいなぁ…。
「分かったよ!視えてる!視えてるよ!お願いだからそんなにこっちを見ないでぇ…お願いします」
はい、あのどんよりとした視線に負けました。
えぇ、えぇ、ヘタレですとも。
だって仕方ないじゃないか…怖いんだもの。
「はぁ…全く疲れてるのに」
一口しか食べてない弁当をベンチに置いて深い溜め息をつきながら俺は渋々、柳の木の下へと重い足取りでじぃーっと見つめ続ける幽霊さんに近付いて行く。
ヤダなぁ、嫌だなぁ…うん?あれっ?
近付いて気づいたんだけどさ…。
この幽霊さんの服装ってあれっ?もしかして白装束じゃなくて、もしかして割烹着?
なんだろうか、そう思ったら…怖くない。いや、むしろイタい人に見えてきた。
「っで、何のよう?」
とりあえず訊ねながら足元を見てみる。
うん……幽霊だね。足がボヤけてるし何よりも身体が透けているのが何よりの証拠だ。
でも、不思議と怖くない。まぁ、少しだけ空気が冷たく感じるけど…気のせいだな、気のせい。
こういう場合はビビったら負けだ。
強気でいかなきゃな。
「本当に私が見えるんですね!?」
俺と視線が合って驚いたように瞳を見開く。
いや、やめて怖いから。長い黒髪の隙間から瞳を見開かれると物凄く弱気になっちゃうから。
「おっ、おぅ。残念ながら見えるみたいだ」
ぐいっと食い気味に俺の顔を覗き込んでくる幽霊に及び腰で若干、後ずさる。
「それで、俺に何か用か?幽霊さん」
「幽霊ぃ……」
俺の幽霊発言に頬をひきつらせる幽…いえ、えっとこの場合は何て言えば正解なんだ?よく考えろ、俺。
必死に最適解を模索する。社畜人生うん十年の真価を今こそ見せる時だろ?
「わたしは幽霊じゃないです……」
目の前の存在に何と呼べばいいか考え込んでいる俺にその存在は小さく、か細い声で呟いた。
けど、俺はその言葉を聞き逃してしまったんだ。
「えっ、何か言ったか?」
しかも聞き返しちまった。
「わたしは幽霊なんかじゃありません!」
そして心外だとばかりに叫ばれてしまったんだ。
時刻は深夜三時、もちろん明日も仕事です…。