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七話 襲撃2

「うべっ!」


寝入っていたアルハイトの口をジュジュの触手が強打する。

跳び起きたアルハイトは周りを見回し、未だ暗いことを確認すると顔をしかめ、寝ぼけた頭で文句を言う。


「おい。ジュジュ。まだ夜だぞ。起こすなよな。」


そう言うとまたベッドに倒れ込もうとする。それを阻止するようにジュジュの触手は動く。

アルハイトの体からベッドにまっすぐ触手を伸ばし、ついたてのようにしてアルハイトを横にさせない。


「どうしたんだよ。なにかあったのか?」


さすがに訝しく思い、ジュジュに質問する。このようなことは今までになかったことなのだ。


ジュジュはアルハイトの言葉に触手を縦に振る。YESという事だ。そのまま木版に文字を書き始める。


『ミネルバピンチはやく』


ジュジュは学園の防犯装置すら欺く隠者の魔力の揺らぎを感知していたのだ。


アルハイトはジュジュの文字を見ても半信半疑であったが、間違いでもミネルバの寝間着が見れると思い、準備を整え、寮を出た。


学園内では赤い光線が縦横無尽に張り巡らされている。それらは侵入者を知らせる学園の防犯装置である。


アルハイトはその赤い光線を避けて通る方法を考えていたのだが、その隙にジュジュは動いた。


迷いなきジュジュの動きにアルハイトはこの場をやり過ごす秘策があるのかと期待する。

しかし…。


ジリリリリリリり!

ジュジュの触手が赤い光線を遮り、侵入者を知らせるベルが鳴り響いた。


「おい!!」


自分から防犯装置にかかっていくジュジュに辟易としながら、仕方なくミネルバの研究室に向かってアルハイトは走った。


そして研究室にたどり着く。そこは至って静かであった。


「ジュジュ。先生のピンチって気のせいじゃないか?こんなに静かなんだし…。」


しかしジュジュはなにか確信でもあるのか激しく触手を横に振る。


「わかったよ。」


ドアをノックし声をかけるも反応がない。どうしたものかとアルハイトが悩んでいると。


ドン!


ジュジュが勝手に研究室の扉をぶち破った。


「お。おい!」


ジュジュの突然の凶行にたじろぐも中の様子を目にして考えが変わる。


まず目に入ったのは倒れ込む複数の人影。一様に見ずぼらしい恰好で顔が見えない。

明らかにならず者であることが一目でわかる。


そしてさらに奥に目をやるとミネルバが棘付きのムチを振るって襲い来る不審な人物と相対していた。


その不審者は手に黒光りする刃物を持っている。


そのことを認識した途端アルハイトの身体は無意識に動きだしていた。


床の揺れがアルハイトを襲うも触手を壁、天井のそここに伸ばし、空中で姿勢を制御する。

閉鎖的空間においてジュジュの無数の触手は優れた立体起動装置となる。


アルハイトは今世でも前世でも命に関わる危機に直面したことはない。そのような場面に出くわしたのならきっと恐怖に身がすくむのだろうと情けなくも考えていた。


しかし、実際修羅場に瀕してアルハイトは不思議と恐怖を感じていなかった。


アルハイトが感じたもの。


それは高揚感。アンデルセン家の武の遺伝が生命の危機に敏感に反応したのか…。


それは怒り。絶世の美貌を誇るミネルバを害する行為は最大の禁忌。


それらは混ざりあい襲撃者への殺意となってアルハイトをつき動かす。


襲撃者はものすごい速度でミネルバに接近していく。


アルハイトの身体能力ではミネルバが刺される前に二人の間にはいることは出来ないだろう。


「ジュジュ!」


アルハイトは小さくそう呟き、ジュジュに指示を出す。


この時初めて一人と一体は使い魔と召喚者との言葉無き意思疎通に成功した。


ジュジュの触手が地面を叩き、アルハイトの体を前方へと飛ばす。それと並行し、別の触手は襲撃者のナイフへ、そしてもう一つはミネルバの体へと向かった。


ジュジュの補助により二人の間に入り込んだアルハイトは触手で襲撃者のナイフを受け止める。


もう一方の触手でミネルバをからめとり、後方へ移動させた。


襲撃者に目をむければ、覆面から唯一覗く両の目を大きく見開いていた。


そんな襲撃者の様子すら苛立たしい。

この人物は愚かにも、世の美を集めたかのような美貌と肢体を持つ世界の至宝を傷つけようとしたのだ。断じて許せぬ。


アルハイトは目を細め、襲撃者を睨め付けながら口を開いた。


「うちの先生に何してんだ?」


怒り故に陳腐な言葉しか出てこない。しかしその言葉に内包された怒りは隠者をわずかに怯ませた。


アルハイトが言葉を発している間にもジュジュの触手は襲撃者を絡め捕らんと蠢動する。


虚を突かれた隠者は迫りくる無数の触手に一瞬反応が遅れたものの圧倒的な速度で触手を迎撃していく。


ジュジュの夥しい数の触手による攻撃と隠者の一切の無駄を排した動きと速度は手数という点で拮抗した。


しかし、触手は生身である以上、短剣という獲物を持つ隠者に遅れを取らざるを得なくなっていく。


触手が切断されてしまうからだ。


ジュジュは痛みを感じないし、数日もすれば再生もする。だが即座に生やすことは出来ない。


触手が切断されていくということは手数が減っていくということ。


次第にアルハイトとジュジュは劣勢に追い込まれていく。


しかし。


「部屋が散らかるから使いたくなかったのだがな。」


アルハイトの後ろから妖艶で頼もしい声がする。ミネルバだ。


隠者とアルハイトの戦闘中に取り出したのだろう、銃のような、装飾された鉄筒を棘縛とは別の手に持っている。二つ目の宝具だ。


『無慈悲、無差別、散乱針』


直後ミネルバの持つ筒から無数の弾が散らばりながら高速で発射されたことが分かった。


部屋の至る所から破壊音が連続して響く。


その中で隠者は信じがたい事にその弾を短剣で弾いて防いでいた。

それでも体の至る所に擦り傷を作り、散乱針の弾が切れた時には肩で息をし始めていた。


「弾切れか?」


思わずと言ったように隠者はその独特な機械音声で呟く。


しかし、すぐにまたジュジュの触手とミネルバの宝具棘縛が隠者に向かってきていた。


距離を取ろうとするも、足元には先ほどの散乱針が隙間なく散らばっている。弾はマキビシのように針が幾重にも伸びていて行動を阻害する。

さらにはジュジュの触手が切られた後ものたうちまわり、滑りやすい粘液に床は塗れている。


ここにきて隠者は自身が追いつめられつつあることを悟った。


隠者の計画では人目に付く前にミネルバを殺害し、すぐに姿を眩ますつもりだった。

ミネルバの抵抗は想定していたが、突然の乱入者のせいで予定が狂った。


本来なら人目に触れればすぐに撤退するはずだった。しかし、アルハイトの幼い容姿と、それに見合わぬ戦闘力が隠者の判断を狂わせた。


結果、標的であるミネルバを殺すどころか、撤退すら危うい状況になりつつある。


逃げる算段を考え始めた時、研究室の壊された扉から警備兵が顔を出すのが隠者の目に移った。


「導師!救援に参りました!」


クロノスが呼んだ救援である。


その言葉にアルハイトもミネルバも一瞬気を取られる。


ただ目で救援を確認しようとしただけ。


その刹那に隠者はナイフを投擲した。即効性の毒が塗ってあるナイフだ。


そのナイフは標的であるミネルバ…ではなくアルハイトに向けられていた。


「な!くそっ…。」


アルハイトは突然のことに体が動かない。触手も全て隠者に向けられ防ぐことは不可能だ。


投擲されたナイフは毒液をまき散らしながら一直線にアルハイトの心臓に向かう。


「アルハイト!」


ミネルバは声と共にアルハイトを守るべく手を伸ばす。咄嗟の行動であった。


毒に塗れたナイフはミネルバの手を貫いた。


「先生!」


手を抑え、痛みに蹲るミネルバ。駆け寄り、支えるアルハイト。すでに隠者のことは目に映っていない。それほどまでにアルハイトは動揺した。


ミネルバの手はすでに毒で青くただれ始めている。顔からはすでに血の気が引いている。


「襲撃者を囲め!救護班は導師を救護室へ!早く!」


警備兵の指示が聞こえる。


「先生!先生!」


アルハイトは呼びかけるも、ミネルバはぐったりとして反応を返さない。


「アルハイト…。なるほど。お前がアンデルセン家の異端児か。噂とは違い優秀なようだ。お前の名前、覚えておこう。」


隠者はそう言葉を残し、姿を消した。


煙玉を使用したありきたりな逃げ方であったが、隠者の魔法と合わさり、容易く逃亡に成功していた。


そんな騒動すらも視界の外にしてアルハイトはミネルバに応急処置を施していた。腕をきつく縛り、毒が体に周らぬようにする。


「君!あとは我々に任せなさい!」


救護班の人物がアルハイトに声をかける。その間にも別の救護員はミネルバに何やら魔法を使用している。


「毒の巡りを遅くする魔法だ。大丈夫任せなさい。」

「…。よろしくお願いします。」


救護員の言葉にアルハイトはそう返答するしかなかった。



ミネルバは幸い、一命をとりとめた。


救護員が優秀だったことはもとより、隠者の毒は即効性を重視した毒であると同時に解毒も容易な毒であったからだ。


もともと人目に付く前に始末する予定だったのだ。解毒の容易さは問題にならないはずだった。


しかし、利き腕である右腕には麻痺が残ってしまった。


「先生…。すみません。何と言ったらよいか…。」


ミネルバの病室でアルハイトは頭を下げる。

アンナと共にミネルバの見舞いに来ていたのだが、アルハイトの頼みで今は席を外し、アルハイトを待っている。


研究者の利き腕はその頭脳の次に大切な物であろう。思考を紙面に残す作業に始まり、実験などにも影響が出る。更に、アルハイトの知らぬことだが、ミネルバは魔法陣を産みだすことが出来るほどの芸術家でもある。その腕もまた頭脳と同じく国の宝であるはずだった。


「ああ。構わん。確かに多少面倒だが私の研究に支障はない。それに君には一度命を救われている。気にすることではない。研究材料も手に入ったしな。」


ミネルバは本当に気にしていないようで、ベッドの上でジュジュの触手を弄り回していた。

研究材料とは隠者が斬りおとしたジュジュの触手の事だ。退院次第解剖する予定らしい。


「あのナイフの動線上に手を出したのは私の判断によるものだ。君に責はない。」


なお暗い顔をしているアルハイトにミネルバは苦笑する。


ミネルバ自身なぜあそこで手を出してしまったのかわからない。

研究材料の保護、危機を救われた恩、教師の情、理由となり得るものは多々上げることは出来るが、実際あの場でなにか考えて行動したわけではない。勝手に身体が動いてしまったのだ。そうである以上、その行動の責は自身に帰属し、アルハイトが謝罪すべきことではないと考える。


「でも…。」


アルハイトは少し悩んだ様子を見せた後また口を開いた。


「先生が襲われたのは私の責任です。」


隠者には逃げられてしまったが、隠者に殺された傭兵団ヤマアラシの死体はその場に残っていた。

警備兵に回収され身元も判明している。

その傭兵達は、元はアルハイトの店が雇っていた傭兵達である。世間では暗殺者のミネルバ襲撃はアルハイトの自作自演ではないかという推測すら出回っている。


そんな噂が真実でないことをミネルバは知っているが、しかし原因がアルハイトにあることは明白であった。


「君に協力すると言い出したのは私だったはずだが?」


「それは…。」


ミネルバの言葉にアルハイトは言い淀む。


「自分を責めたいのであれば止めはしないが不毛だぞ?それにおそらく君は今回の件とは別のことで罪悪感を抱いている。」


ミネルバの言葉に唇を噛みしめ、握る拳に力が入るアルハイト。彼には隠していたことがあった。


「罪悪感を抱くことはない。君も貴族だ。隠し事の一つもあるのがふつうだよ。私としては君が今まで通り研究に協力してくれれば他に望むことはない。」

「…はい。」


ミネルバの言葉にただただ頷くアルハイト。


「それにな。」


いたずらっぽく、まるで宝物を自慢する子供の様に笑いながら、ミネルバは続ける。


「私を襲ったあの暗殺者。隠者と呼ばれているんだが…。奴は私の知らない魔法を使用していた。実に興味深い。奴は私の魔法陣を欺き、自身を攻撃の対象外としていた。私の魔法陣は重さと魔力でもって攻撃対象を定める。推測だが、奴は魔力で魔力を隠すという矛盾を成した上で、体重すら誤認させることが出来るという事になる。そんな魔法を扱う使い魔は国の記録にない。君のおかげで面白い経験をした。礼を言いたいくらいだ!」


はしゃぐミネルバにアルハイトも顔を綻ばせる。


「そんなわけで本当に気にするな。とりあえず、毎日ジュジュを連れてきてくれれば何も文句はない!」


その言葉にアルハイトは頷き、病室を出た。



「その…大丈夫?」


落ち込んだ様子で病室から出てきたアルハイトを病室の外で待機していたアンナは気遣う。


「うん?ああ先生は元気そうだったよ。襲撃者が先生の知らない魔法を使ってたってはしゃいでた。」

「そう。それは良かったわ。」


質問とは違う主旨の返答が返ってきたが、話したくないのかと思い、そのままアンナは流した。


アルハイトはいつも通りを装いながら、寧ろ普段にも増して饒舌に学園の廊下を進む。その様子にアンナは不安を感じずにはいられない。無理をしているように見えるのだ。


そして、アルハイトの心情を吐露してもらえない自分にひどく落ち込むのだった。


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