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四話 災難

「はっ!やあ!」

アルハイトは鋭くアンナの懐に入り込み拳を突き出す。

するとアルハイトの背中からジュジュの触手が伸び時間差でアンナを攻撃する。


「わっ!とう!」


アンナの使い魔、アーマーゴーストをその特性で体に装着しているアンナは使い魔の盾でアルハイトと触手の攻撃を防ぎ、そのまま盾を構えて突進する。


しかしジュジュにはいくつもの触手がある。その一つがアンナの右足をアーマーゴーストの鎧ごと巻き取り、宙に浮かせる。


『我が身を唯その激情にゆだねる。赤熱の(ヒートアーマー)


しかし、アンナの詠唱により、アーマーゴーストの鎧は赤く変色し、熱を放つ。その熱は、鎧はもちろん剣や盾にまで及ぶ。

ジュジュはその熱に耐えきれず、触手を離すがアンナの体勢を崩すことには成功した。


「そっちが魔法を使うなら容赦しないぞ!こっちはヌメッた触手も使うからな!」


アルハイトは叫ぶ。

アンナに気を遣って、服を汚してしまう粘液塗れの触手は使わないようにしていた。

しかしこの粘液、なかなか温度が上がらず蒸発しづらい性質があることが判明している。


つまり高熱の鎧を纏い、手が出せなくなってしまったアンナに対して有効なのだ。


「ごめんなさい。参りました。」


アルハイトの言葉にアンナは潔く負けを認めた。


場所は中庭、時間は早朝である。入園式から一か月が経過したが二人は未だに周囲から孤立していた。


ならばせめて能力がなければこの学園では生きていけないと二人は自主的に訓練を毎日行っていた。


学園だけではない。アンデルセン家嫡子兼下着店オーナーであるアルハイトの醜聞は多方面に影響を及ぼす。


アルハイトの醜聞が広まってから、アルハイト下着店王都支部には悪質な客やクレーマーなどが増え、客足も減少傾向にあると報告を受けた。


さらにアンデルセン家は武の威光によって領地の安寧を得ている家柄、臆病者を当主にするわけにはいかない。現在、優秀だからこそアンデルセン家後継としての地位にいるもののアルハイトの地位は儀式の醜聞によって危ぶまれていた。


なによりアルハイトには四つ下の異母弟がいる。その弟は正室とアルハイトの父の子だ。血統の上では弟の方に優位性がある。当然長男であるアルハイトにもまた正統性はあるのだが、アルハイトの名声を取り戻さなければ血で血を洗う凄惨な当主争いがアンデルセン家内で行われることになる。


アルハイトは一刻も早く自身の名声の回復に努めなければならなかった。


とはいえ、学園を卒業するまでアルハイトの後継たる地位は安泰だろう。そもそも今まで国内最高峰の学園たるシャンディア王立王都魔法学園に入学できた者はアンデルセン家内にはいなかった。卒業するまで様子を見てくれることだろう。

それまでに何かしらの手柄、成果を上げればよいのである。


そのための早朝訓練であった。


「ふう。疲れたぁ。でもアルとジュジュ、大分連携がとれるようになってきたね。」


アンナが使い魔の装着を解除しながら訓練の感想を口にする。


アルハイトとジュジュの間には未だ魔法回路は開通していない。しかし、ジュジュに高い知性があり、人間の言葉を理解できるようになったため意思の疎通が取れるようになった。ジュジュが言葉をしゃべるわけではないが、アルハイトやアンナの言葉に対して触手が反応する。YESなら縦に触手が振られ、NOなら横にといった具合だ。

普通、使い魔と召喚者は言葉がなくとも意思疎通できるものなので他の人々より大分遅れていることに変わりはないが…。


だが言葉でのコミュニケーションが取れるようになったことで、戦闘における連携は目覚ましく良くなった。

それにアンナにみだりにヌメッた触手を近づけなくなったのでアンナも近くに寄ってきてくれるようになり良い事だらけだ。


「今回は魔法禁止の訓練だろ?先に言ってくれればこっちも準備するのに。」

「ごめんってば。熱が入っちゃってつい。」


アルハイトの苦情にアンナが謝る。

魔法を使うならアルハイトとて武器や防具を使用する。

ジュジュの触手の全方位攻撃を、魔法を使わずにいなせるようになりたいというアンナの希望での戦闘訓練だった。

魔法を禁ずるとアルハイトは無手にならねば戦闘力の差が開き過ぎて訓練にならない。アルハイトは体が細いとはいえ、武の名門アンデルセン家の嫡子だ。弱いはずがない。アンナも優秀ではあるのだが、10歳の域を出ない。だからこそ武器も持たずに戦っていたのだが急にアンナが反則をしてきた。苦情の一つも言う。


「あっ!やばいよアル!時間が!」

「うわ!本当だ!もうこんな時間!」


どうやら訓練に熱中しすぎていたのはアンナだけではないらしい。気付けば授業開始数分前。

二人は慌ただしくそれぞれの部屋に戻り着替えを済ませ、教室へと向かった。



そして放課後、二人はいつものようにミネルバ・レイヴンオウル導師の研究室を訪れようとそこに続く廊下を歩んでいた。


「今日は嫌がらせが少ない日だったわね。」


アンナは穏やかな表情でそう話しかければアルハイトも同意する。


「確かに。魔法実技の授業で流れ弾を装って攻撃してくる奴がいなかった。」

「私も今日はトイレで水をぶっかけられなかったわ。」

「ああ、あれえぐいよね。俺は貴族だからその被害にはあったことないけど。」

「まあ、『赤熱の鎧』を使えばすぐに服は乾くけど。それに今日はその被害もなかったし。」

「そっか。今日は良い日だったね。」

「そうね。」

「「ははははははは。」」


壮絶な学園生活を笑顔で語り合う二人。

二人はたった一か月でこのイジメられっ子生活に順応してしまっていた。


ただ周囲は二人が反応を示さなくなってきたことにある者は苛立ち、ある者は舐め始めていた。要は調子に乗り始めていた。


少しづつイジメの内容がエスカレートされつつあり、イジメの規模や頻度が増してきた昨今、本日のように物理的な干渉をされない日は二人にとってこの上なく平和な日なのだ。


そんな台風の前の静けさととれなくもない、今日という日を二人が笑顔で語らっていたところで遂に研究室が見えるところまで来た。


もうすぐナイスバディなミネルバ先生に会えるとアルハイトが胸を弾ませていると…。


バタン!


ミネルバの研究室から荒々しく出てきて、ズカズカと歩き去る少年がいた。年の頃は13歳か14歳くらいだろうか。学園指定のローブに金の刺繍が施されているところから貴族の子息だという事がわかる。残念ながら家紋までは見えない。


少年は相当に興奮していたのか、耳を真っ赤にしており、鼻息も荒い。一時はアルハイト達とは逆方向に進んでいたものの、急に立ち止まり、逆にアルハイト達の方へと歩き出し始めた。

興奮故に道を間違えたのだろう。


赤髪を几帳面に七三に分け、眉にしわを寄せている。身長は高いが細身だ。


少しづつアルハイト達と少年の距離が近づいてくる。


少年の雰囲気がやたらとトゲトゲしかったので、目を合わせて因縁を付けられても困ると思い、アルハイトとアンナは少年から目を逸らして横を通り過ぎた。


そのため二人は少年に睨みつけられていたことに気付かなかった。

恨みのこもったその視線に…。


「さっきこの研究室から興奮した上級生が出てきたんですけどなにかありましたか?」


研究室に入って早々アンナがミネルバに質問する。


「ん?いやよくあることだ。気にしないでくれたまえ。それよりジュジュだ。アルハイトこっちにこい!」


アンナはミネルバからちゃんとした答えがもらえず不満に思いつつも、他人の事に踏み込み過ぎるのは良くないと自重した。しかし表情には不満がにじんでいた。


それに気づいたミネルバは苦笑しながらアンナの頭を撫で、アルハイトにジュジュを要求した。


「はっはっは!ジュジュはすごいな!ついに文字を書けるようになったのか!」


ミネルバは興奮しながら、ペンを触手で絡め、紙に文字を書いていくジュジュを褒める。


「すごい知性だ。たったの一か月で言葉を解するだけでなく、文字まで書けるようになるとは!人間の知能を超えているんじゃないか?」


ミネルバの絶賛にジュジュは触手をより一層くねらせる。照れているのかもしれない。


「いやあ、実に珍しい。しかし、これほどの数の触手を操るのだ。脳が発達して然るべきなのかもしれんな。もしくは魔法的何かが…。タコのように触手ごとに神経節が…。」


ジュジュに熱い視線を向けながら思索にふけるミネルバ。

ここ一か月、ほぼ停滞することなく次々と新たな発見がある。そのため寝る間も惜しんで研究しているのだが、それに比例して目の下の隈も深くなっていく。


「あの、ミネルバ先生。体調にも気をつけてくださいね。顔色も悪いですし。」


アンナが心配して声をかける。


「なるほど気を付けよう。確かに近頃肩が凝って仕方がない。研究に支障が出て困るよ。」


アンナの心配とは多少ずれたミネルバの返答だが、体調に気を遣おうとは考えているようだ。あくまで研究の為というのがミネルバらしい。


豊満な胸の下で腕を組みため息を吐く。本当に困っている様子であった。


そんな二人の話を聞いて目を輝かせた男が一人。ここぞとばかりに口を開いた。


「ミネルバ先生!肩凝りがひどいのなら良い物があります!」


いつになくテンションの高いアルハイトの口調に疑問を感じつつもミネルバは尋ねた。


「ほう?肩凝りが治るものがあるのか?」

「はい!ブラジャーを付けましょう!」


アルハイトの元気な声は本日一番の声量で部屋に響いた。

ミネルバは訝し気に首を傾け、アンナは顔を赤くしている。

ミネルバはブラジャーが何なのかを知らないのかもしれない。


「ちょ!ちょっとアル!何言ってるのよ!女性に対してそんなこと!」


動揺しつつもアンナはアルハイトを叱責する。

異性相手に下着の話をするのはどこの世界でも失礼な行為だ。破廉恥な行為だ。セクハラだ。アンナも動揺する。


しかし、アルハイトはずっとミネルバにブラジャーの着用を提言するタイミングを虎視眈々と狙っていたのだ。


ローブの上からでもわかるその豊満な膨らみはしかし、同時に重力の影響を強く受け、垂れやすいということでもある。


一世を風靡するアルハイト下着店のオーナーの目を持ってすれば、その女性がブラをつけているかどうかなど一目瞭然。

アルハイトの審美眼はミネルバの体のラインはブラを付けていない女性のものだとすぐにわかった。


ミネルバの見事に実った双丘をキレイなまま保ち続けて欲しいと願うのは、男の本能といっても良いだろう。


ブラさえあればあの張りのある巨乳を永遠のものに!アルハイトはそう考えた。


しかし、それを言い出すタイミングがなかなか訪れなかった。

だが、今こそがその時だ。逃すわけにはいかない。


「失礼ですが、ミネルバ先生はブラを付けていませんよね?反応を伺うに存在も知らないと見える。違いますか?」


急に生き生きと饒舌に話出すアルハイトに困惑しつつも、ミネルバは頷きを返す。


「ブラジャー略してブラは女性の胸部を保護する下着です。効用としては胸の形をキレイに見せたり、大きく見せるなど様々ありますが、先生に関係するのはずばり!」


興奮で顔を上気させながらセールストークを展開するアルハイト。

長文を一気に喋り、勿体付けながら話を続ける。


「肩凝りの軽減です!胸の大きい人はその重量故に普通よりも肩が凝りやすいのです。」


『胸の大きい人』を『胸の小さい人』ではなく『普通の人』と比べたところがアルハイトの気遣いである。主にアンナに対しての。


「ブラジャーはその胸の重量を肩紐で軽減してくれます。また動きまわるとき胸が擦れたり、付け根が痛くなることがありますよね。その軽減にもなりますので是非ブラジャーを!」


アルハイトの懇願を受け、ミネルバは少し考えた末に口を開いた。


「確かにそのブラジャーというのは私の悩みに有効であるように思える。どこに売っているのだね?」


その質問に待ってましたとばかりに本日一番の笑顔でアルハイトは答えた。


「アルハイト下着店に!」


そうしてアルハイト、アンナ、ミネルバの三人は週末の休日にアルハイト下着店を訪れることが決まった。


「アンナの分の下着も選ぼうか?」


もののついでとばかりにアルハイトは提案する。


顔を真っ赤にしたアンナに何を思ったのか、笑顔で話を進める。


「ん?まだ胸が小さいのを気にしているの?大丈夫。寧ろブラジャーは成長を始めた胸にこそ必要な物なんだ。脇などから無駄な肉を胸に閉じ込めることなどで良い胸に…。」


いつの間にかうつむいて体を震わせていたアンナは、堪忍袋の緒が切れたのか、顔を上げ、キッとアルハイトを真っ赤な顔で睨みながら口を開いた。


「ばか!」


罵声と共に、ビンタされた。


頬に紅葉を作ったアルハイトは、反省する…。


(顔を真っ赤にしたアンナの「ばか」とビンタいただきました!)


いや、悦んでいた。



「アル、本当に一緒に来る気?」

「当たり前だろ!俺の店なんだから!」

「でも女の子の下着選びに男子同行って!」

「私は別に構わんが。女の子という年でもないしな。」

「先生!」


アルハイト下着店、厳密にはアルハイト下着店王都支部だが、そこに向かう道中でアンナが比較的常識的な苦情をアルハイトに言う。しかし下心ゆえなんとしても同行したいアルハイトには通じず、ミネルバも気にしていない為にアンナの苦情は虚しく散る。


ミネルバからしたらアルハイトは異性とはいえ子供だ。裸を見られようが下着を選ばれようが羞恥を覚えるものではないのだろう。


アルハイトを中心に横一列に並んで街道を歩む三人。


数歩後ろにはアンナの使い魔であるアーマーゴースト。名をフリードという。飾り気のない無骨な鉄の鎧が盾を背に背負い、剣を脇にさして歩いている。なかなか物騒な絵面である。そして不思議なことにガチャガチャとした金属の擦れる音はなく、静かどころか無音で移動している。


アルハイトの背中にいるジュジュは周りの迷惑にならぬように触手を内側に畳んでいる。周囲への配慮の結果なのだが、まるで肉のつぼみのようで不気味だ。


ともあれ本日はアルハイト下着店に美女と美少女を連れていく約束をした夢の日だ。アルハイトにとってそれは栄光を約束された日に等しい。


少しでも長い一日とする為約束の時間を朝一に指定したのも彼の期待の現れだ。


今日という日はアルハイトにとって忘れることのできぬ、全てが桃色に輝く甘く優しい一日になるはずであったのだ。


見るも無残に焼け焦げた、アルハイト下着店王都支部、その残骸を目にするまでは…。


「うわあ。火事現場か。煙もまだ上がっているしこれ消火されて間もないよね。ってアル!どうしたの?!」


未だ煙が立ち上り、野次馬も多いその現場をみて、アンナは素直な感想を口にする。

しかし急に立ち止まり、口を開け呆然とするアルハイトに嫌な予感を覚えて、声をかけた。


「察するに、この火事現場が君のいっていた『アルハイト下着店』ということかな?」


アンナに声をかけられてもなお呆然としていたアルハイトにミネルバが核心をつく。


「え?いや、ははは、まさか、そんな…。」


やっと再起動を果たしたアルハイトであったが、現実を直視できない。


すると、そんなアルハイトに声が掛かった。


「坊ちゃん!ここにおりましたか!すみません。このような事に。」


長い茶髪を団子にまとめた女工のような年配の婦人が必死の形相でアルハイトの元へ駆け寄ってきた。


「昨夜、気付いた時には火をかけられておりまして、従業員に死傷者はおりませんが、雇った傭兵に死者が二名でてしまいました。想像以上に火の回りが早く、商品の回収もままなりませんで…。」


女性の言葉がアルハイトに現実を突きつける。アルハイトの店は全焼したのだと…。

儀式の醜態、学園での孤立に続いて店の全焼。災難続きだ。しかも今日は楽しみにしていた反動で余計にショックも大きい。


「責は代理責任者である私が…。」

「いや、ばあやは良くやってくれていた。傭兵二人は残念だったけど、従業員にケガがなかったのは不幸中の幸いだ。責任はこの件の犯人に取らせよう。」


ばあや。本名はジニー。家名はない。アルハイトの乳母であるが、もともとは呉服屋の娘であったことからアルハイトに請われて下着店の職人としての仕事をするようになった。アルハイトのデザインだけの下着をきちんと形にした苦労人だ。彼女なしに現在のブラジャーとパンティーの流行はなかった。


アルハイトが入学する数か月前に開店した王都支店の代理責任者としてアルハイトが名指しで指名したほどに優秀な人物だ。


そんな人物を処罰するわけにもいかないし、そもそもタイミング的にアルハイト自身の醜聞が無関係とは思えない。


もともとアルハイト下着店に対して良く思っていなかった輩がアルハイトの醜聞を聞いて、こんな奴が責任者なら大丈夫だろうと行動に出たのかもしれないのだ。


店を失った喪失感やら、休日の楽しみを奪われた無念やら、全てこの事件を引き起こした犯人への怒りとなってアルハイトの中で燃え上がる。


「ばあや、従業員を集めて。犯人を特定し……、報復する。」

「畏まりました。」


ばあやに指示を出した後、アルハイトはミネルバとアンナに向き直る。


「すみません。今日下着選びは難しそうです。そのかわり、うちの従業員に体のサイズを計測させていただければ後日お体にあった物を差し上げます。ですので今日の所は…。」


「君は積極的に私の研究に協力してくれている。」


アルハイトがアンナとミネルバに「今日のところはお帰りください」と退場を願おうとしたところでミネルバが言葉をかぶせてきた。怪訝な表情を浮かべるアルハイトを無視してミネルバは言葉を続ける。


「恩返しといっては何だが、今回の放火犯を突き止めるのに協力しよう。君には世話になっているからな。」


「あ、あたしも!人手は多いに越したことないと思うし。」


ミネルバの言葉にアンナも追従する。


「ですが…。」


アルハイトは難色を示す。

ミネルバとアンナの申し出は素直にうれしい。しかし、治安の良い王都で貴族絡みの店に平気で無法行為を行った人物もしくは集団だ。アルハイトは、これは明らかに貴族もしくは大商会が絡んでいると考えている。出来れば二人を巻き込みたくはない。

しかし、ミネルバはアルハイトの考えなどお見通しのようで…。


「我々に被害が及ぶのを恐れているのか?しかしそれは今更だ。王都でしかも貴族嫡子の名の付いた店を襲ったんだ。相当な権力者の後ろ盾があるに違いない。そんな人物が君の周りの人物を調べないと思うかい?人質要員として調べているに決まっている。まあ、私が人質になる心配はないと思うが、君と関わりのある人物はまとまって行動した方が良いだろう。自衛的な意味でな。」


ミネルバの言葉に納得するアルハイト。

しかし同時に違和感も感じる。ミネルバはこんなお人よしな人物ではなかったはずだ。

研究命で周囲の人間に対する関心が薄いものだと思っていた。

もしかしたらアルハイトの誤解で、本当は他人に、もしくは生徒には優しいのかもしれないと考えを改めようとしていたのだが…。


「何より君がこの件で煩わされていると、ジュジュの研究に時間が取れなくなるからね。全力でサポートするよ!」


ミネルバが自身の想像した通りの人物であったことにガッカリすると共に安心もしたアルハイト。


「わかりました。協力よろしくお願いします。アンナも変なことにまきこんでごめん。」


アルハイトの言葉にミネルバとアンナが頷いたと同時、ばあやが従業員を連れて戻ってきた。


「とりあえず、話はこの惨状を何とかしてからだ。」


火事現場となった自身の店を見ながらアルハイトは呟く。


燃え残った物の中に何か重要な物、価値のある物があるかもしれないし、犯人の形跡が残っている可能性もある。


「ふむ。その前にいいか?クロノス!」


ミネルバはアルハイトの言葉をまたしても遮り、彼女の使い魔である白いフクロウを呼んだ。いや、正確にはフクロウの『ような』使い魔だ。額に三つめの瞳のように赤い宝石があることと腹に奇妙な円形の文様がある所が普通のフクロウと違うところだ。


白いフクロウのような使い魔であるクロノスはもともとついてきていたのか、空中で姿を現し、ミネルバのくすんだ金髪の上に着陸した。


「早速私の有用性を教えてやろう。」


そういうとミネルバはおもむろに詠唱を始めた。


『我は知の探究者なり。見えざる者を見、聞こえざる音を聞き、触れざる物に触れることを願いし者。愚者たる我に真理の一端を示し給え!原始の究明!』


ミネルバの詠唱の終了と共にミネルバの瞳が薄らと輝き始めた、次いで耳も輝き始めた。その状態で火事場周辺を歩き出し始めた。


アルハイトは暫くの間黙って見ていたものの、従業員たちを待たせている手前、ミネルバに質問する。


「ええと。なんとなく想像はつくんですけど、一応何をしているか伺っても?」


「数時間前の映像と音を見聞きしている。すごいだろう?研究に重宝しているんだ。魔力効率は悪いがな。他の質問はあとで答える。気が散るからな。」


ミネルバは得意気にしながらもアルハイトの質問に顔を向けずに答える。


ばあやはミネルバの説明にはっとしたような顔をし、口を開く。


「坊ちゃん。あの女性はもしかしてミネルバ・レイヴンオウル導師ですか?史上最年少で導師号を取った。」

「そうだけど…。良くわかったな。まだ自己紹介もしてないだろ。」


アルハイトがそれがどうした?と相槌を打てばばあやは目を輝かせて語りだす。


「わかりますよ。時に干渉する魔法なんて扱えるのはレイヴンオウル導師位です。彼女の魔法が判明した時、ついに神の領域に人が踏み込んだって話題になりましたから。彼女のご助力があれば確かにすぐにでも犯人が割り出せるかもしれませんね。」


「神の領域って…。」


アルハイトの想像以上にミネルバはすごい人物であるようだった。


更にもう数分して彼女は解析を終えたようで、フーと一息つきアルハイトに向き直った。


「解析が終わったよ。結果を話す前に聞きたいんだが、君達が店の護衛を頼んでいた傭兵達は今ここにいるかい?」


アルハイトとばあやを含めた従業員は嫌な予感を感じつつも周囲を見渡した。

数分前までは周囲にちらほらと護衛に立つ彼らが視界にいたのだが、いつの間にかいなくなっていた。


「坊ちゃん傭兵に雇った方は周辺にはいません。」


ばあやの言葉に頷きを返し、ミネルバに視線を向け直すアルハイト。


「いないという事です。わかったことをお聞かせ願えませんか?」


「ああ。」

アルハイトの言葉にミネルバは口を開く。


「どうやら君達はその傭兵共に裏切られたようだ。」



彼らは人通りの多い王都の中央通りを抜けて、人が少ないどころかいないうす暗い裏路地を駆けていた。


「おい!聞いてねえぞ!時の魔女がアンデルセン家の坊ちゃんと懇意だなんて!」

「俺だって知らねえよ!だから今から雇い主ん所に行くんだろうが!」


声を抑えながら怒鳴るという器用な真似をする男に別の男もまた声を抑えて怒鳴り返した。

彼らはアルハイト下着店王都支部の護衛に雇われた傭兵達であった。

しかし、彼らの言う雇い主は明らかにアルハイトの事ではない。


彼らは『時の魔女』とも呼ばれるミネルバが行使している魔法の説明を受けた段階で、周りの人間に気付かれぬように逃げ出していた。ミネルバの存在は彼らにとっても、さらに言うならその雇い主にとっても予想外のことであった。


過去を見るという彼女の魔法は有名だ。その魔法によって裏切りが露呈する前に逃げ出し、雇い主と合流しようと彼らは考えた。それによってまた別の指示が下される可能性もあるがそれならそれでいい。それよりも『時の魔女』の存在を報告することの方が重要だ。


彼らは各々の使い魔を引き連れて雇い主と取り決めた待ち合わせ場所へと向かっている。


本来使い魔というのは裕福な人間のみが大金をはたいて儀式を行い契約するもので、この傭兵達が手にすることが出来るようなものではない。しかし、優秀な者はその雇い主の好意や打算によって、使い魔召喚の儀式のお金を肩代わりしてもらえることがある。彼らもそうして使い魔との契約を果たしたのである。随分と昔の話ではあるが…。


うす暗い裏路地を複雑に曲がりくねって進んだその先に彼らの待ち合わせ場所はあった。


それは大きい、しかしツタの這う煉瓦造りの古い洋館であった。


その洋館の裏口で決められたリズムで扉を叩くと陰気な顔の侍女が扉を開け、中へと招き入れる。そのままその侍女に雇い主のいる部屋へと案内された。


いつもなら数時間どころか数日間は待たされるのだが、今日は運よく在宅であるようだった。


「どうした?今日君達に会う予定はなかったはずですが…。」


雇い主の言葉に傭兵達は答える。


「それが、アンデルセン家の坊ちゃんと時の魔女が懇意なようでして、我々の裏切りがバレるのも時間の問題と思い、退却してまいりました。」

「時の魔女が!それは驚きですね。あの方に報告しておきましょう。」


傭兵の言葉に雇い主は驚きの声を上げ、あの方なる人物に報告すると告げた。


傭兵達の雇い主も、また別の人物の命令で動いているのだろう。


「しかし、まさか時の魔女があのお坊ちゃんと…。彼女は外にほとんで出てきませんからね。知りませんでしたよ。報告ありがとうございます。暫くはこの洋館でお過ごし下さい。」


雇い主の言葉に傭兵達は侍女と共に部屋を出て行った。


「また、すぐに働いてもらうことになりそうですからね。」


誰も居なくなった部屋で一人、傭兵達の雇い主は呟いた。


「目的の為に死んでもらいましょう……。」


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