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十一話 プロイセン家


プロイセン宮廷子爵は財務官僚を多く輩出してきた家柄である。数字と向き合うことが多く、激務ゆえ、他家との繋がりを疎かにしてしまいがちな財務官僚でありながら、顔が広い。外務官僚には及ばぬものの、多くの貴族と縁を結び、付き合いがある。


そのネットワーク目当てに特に辺境・地方の小領主貴族はこぞってプロイセン家と友誼を結ぶ。日頃王都にいることが出来ないためプロイセン家と交流を持つことで王都中央の情報を得ているのだ。


そんなプロイセン宮廷子爵家の当主ともなれば国内でも無視できぬ影響力を持つ権力者であるのだが、現在そのプロイセン宮廷子爵、ガイル・プロイセンは己の屋敷で子供に頭を下げていた。


その子供というのは当然アルハイトのことである。


「愚息がご迷惑をおかけした。」


現プロイセン宮廷子爵のガイルが謝罪の言葉を口にする。


「そればかりか、当家に対する心配りまでしていただいたようで。」


心配りというのはプロイセン家とジイルの縁を切るのを待ってから奴隷に落したことを言っている。


貴族の子息が奴隷に落ちる場合は大体そのような手続きが取られる。なぜならその家の子供が奴隷になったというのは外聞が悪い。決闘という正当な手続きを踏んでいても逆恨みし報復に打って出る貴族が過去にいた為、形式的にではあるが、貴族籍からジイルを排除するのを待った後に奴隷にした。


しかし、今回の決闘事情は特殊だ。未成年であり、上級貴族の後継であるアルハイトにジイルは成人した格下貴族次男の分際で決闘を挑んだのだ。


その時点でプロイセン家にとっては十分な醜聞なのだが、怒ったアルハイトがジイルの貴族籍を抹消せずに奴隷に落していたとしてもプロイセン家は文句を言えた筋合いではない。


正確には言えるが、言えば最後アンデルセン家の報復に始まり、他貴族からも糾弾を受けることになる。何せ大元を辿ればジイルに原因があるのだから。


そのような事情があり、アルハイトはプロイセン家の屋敷に謝罪の為招かれたのである。


アルハイトはアンデルセン家嫡子として正装を身に纏い、護衛も着けず、単身プロイセン家の屋敷を訪れた。


自らが奴隷に落した人間の親と面会するにしては無防備な訪問にも思えるが、そんなことはない。アルハイトもプロイセン家がアルハイトを害することはない確信があったし、ばあやに頼んで万が一の備えもしている。


アルハイトの単身での訪問は、その肝の太さと敵対されても構わないという自信の表れである。


『プロイセン家は私とアンデルセン家を敵に回したい訳ではないですよね?敵対されても構わないけどね。』という意思表示だ。


「いえ、気にしないでください。決闘は互いに合意の上ですし、御家に恨みがあるわけでもありませんから当然でしょう。」


にっこりと微笑み、気にしていませんよと微笑むアルハイト。

しかし、当然これはただの社交辞令。要求があるからわざわざプロイセン家の屋敷まで足を運んだのだ。


本来ならプロイセン家の者がアルハイトの元へ足を運ぶのが礼儀だろうが、学園に居住しているのでそれはかえって迷惑になる。故にプロイセン家はアルハイトを呼びつけざるを得なかった。それもまたガイルを恐縮させる一因になっている。


「いやいや。そうおっしゃいますな。当家といたしましては何かアルハイト殿のお力になりたいと…。」


当然ガイルはアルハイトの見え透いた社交辞令は理解しているし、この明確な借りを早く返してしまいたい。


貴族の間ではこの無形の貸し借りが重く、トラブルの元にもなるためガイルは早くこの借りを返してしまいたかった。


またガイルは辺境貴族と仲が良いものの、アンデルセン家のように自領に引き籠っている貴族家との交流は皆無である。往々にして辺境に位置する貴族家は魔物や外国などの外敵に対抗する為に武装する強靭有力貴族か、中央のコネを頼りに何とか生き延びている零細貴族の二つに分かれる。そして自領に引き籠るのは他を頼る必要のない力ある有力貴族だけだ。


アンデルセン家は前者の中でも特に有力でその脳筋自領引き籠り型ともいえる辺境貴族の取りまとめ的存在である。後者の零細貴族としかつながりのないガイルはアンデルセン家を通じてその人脈を広げたいと考えていた。


アンデルセン家を通じて得ることのできる情報はガイルの、プロイセン家の力をより一層盛り立てることだろう。


ジイルの暴走は必ずしも悪いことばかりではなかったと、ガイルは心の中で呟く。こうしてアンデルセン家と縁を結ぶ機会を得たのだから。


とはいえ災いを福に転じさせるには現在目の前にいる少年の機嫌を損なうわけにはいかない。


「そうですか?そこまでおっしゃられるのであれば…。そうですね。」


白々しくアルハイトは口を開いた。


「プロイセン家は人脈が広く、耳が良いと聞きます。」

「そうですな。人脈は我が家の大きな力ですから。他家との交流を通じて様々な情報が入ってきます。」


アルハイトの言葉にガイルは言葉を返す。


「実は我が下着店が放火されまして、お恥ずかしい話ですがまだ犯人が見つかっていないのですよ。その犯人探しにご協力願えませんか?」


「なるほど。しかし、何故我が家に協力を?すでにそちらでお探しになっているのでしょう?すぐに見つかるのでは?」


「ははは、御冗談を。卿ならお分かりのはずです。」


アルハイトは柔らかい微笑みから一転、真剣な眼差しで口を開く。


「私は今回の件、中央貴族を疑っています。」


アルハイトはガイルの目をじっと見て言うのだ。


「どうかご協力願います。」


その少年の言葉にガイルは思考する。


(おおよそ予想通りの要請だ。この少年はやはり放火犯捜索の捜査網を広げるべくジイルの決闘を受けたのだろう。理性的な子供だ。それに子供とは思えない落ちついた態度……。)


アルハイトの要請を受けるのは既定路線だ。しかし、要請を受けるにしても最もプロイセン家の利益になる形、もしくは損の少ない形で受けなければならない。それがプロイセン家当主であるガイルの責務であり、それは非がプロイセン家にある現状でも変わらない。


もっとも、今回の最も大きな目的はまず、アンデルセン家に謝罪し、敵対する意思がないことを示すこと。次にアルハイト越しにアンデルセン家と友誼を結ぶことである。つまり、アルハイトの要請に余程の無理がなければ丸のみしてしまって構わない。


そしてアルハイトを直に見て、優秀な跡取りであるように思える。


「わかりました。協力を約束いたしましょう。」


そう考えたガイルはアルハイトの要請を受けることに決めた。


「ありがとうございます。今度お会いするときはジイルも連れてきますよ。」


ガイルの了承の言葉を聞き、アルハイトは笑顔でプロイセン家の屋敷を退去した。



「親父。アンデルセン家のガキはもう帰ったのか?貴族の面汚しってんで有名だよな。一度面を拝んでみたかったぜ。」


アルハイトが屋敷を出て数時間後、ガイルの息子、ジイルの兄にあたるレイルが客間に顔を出した。ガイルはアルハイト帰宅後、ずっと客間で今後のことを考えていたのだ。


ガイルはレイルの言葉に顔を上げ、険しい表情で口を開く。


「アンデルセン家の嫡子に対して何事か!口を慎め!」


レイルはガイルの怒声を気にした様子もなく、ガイルの対面のソファに腰掛ける。


「くそうぜえ弟を始末してくれたんだ。礼を言いたかったんだよ。」


レイルの言葉になお眉間のしわを深くし、一つため息を吐くガイル。


アルハイトと顔を合わせれば余計なことを言い、新たな諍いの種を産むだろう。そう考えたガイルはレイルにアルハイトの訪問中部屋での謹慎を命じていた。


幸いその命令には従ってくれたが、その分、荒れているようだ。


長男だからと言って甘やかしすぎた。


レイルは能力がないにも関わらず、無駄に自信と行動力のあるダメな人間の典型になってしまった。それでも長男であり、やはり可愛く思っていたから最大限の譲歩をしてきた。それが次男のジイルの反感を買ってしまっていたことも知っている。


「どこで間違えた…。」


ガイルはレイルの素行の悪さに思わず呟く。


努力をせず甘やかされて育ったレイルは現在もプロイセン家で気ままに生活をし、努力家で優秀であったジイルは奴隷に落された。


親としての自身の在り方に疑問を持つももはや遅い。


「アルハイト殿に寄与することで少しでもジイルの待遇がよくなればいいのだが…。」


レイルはそう呟き、またため息をこぼした。



プロイセン家を辞して数時間後、アルハイトは学園に向かう馬車の中。ばあやと向かい合い座っていた。


「プロイセン家の協力を得ることが出来たよ。傭兵団ヤマアラシを唆し、隠者を雇った犯人を特定するのも時間の問題だろう。本当は傭兵団ヤマアラシもうちで処理したかったけど実家に譲ろう。嫡男の店への襲撃に加えて、グリム領出身者だ。自分たちで解決しないと面子に関わる。」


アルハイトはばあやに伝える。


「それで、何かわかり次第店に連絡を入れてもらうことになった。取次を頼む。連絡があり次第報復を実行したい。準備しておいてくれ。」


「はい。畏まりました。」


「それとあの家に見張りをつけておいてくれ。」


アルハイトの指示にばあやは苦笑する。


「はて、あの家とはどの家のことでしょうか?」


「とぼけないでくれ。お義母様のご実家のことさ。わかるだろ?」


「……。」


ばあやは困ったように目じりを下げた。彼女はアンデルセン家に仕える身。アンデルセン家に連なる者を疑うようなことは口にできない。しかし、否定しないということは彼女がアルハイトの推測を肯定しているということ。


「血縁関係にある貴族家に、伯爵家とはいえ後継に過ぎない俺。大っぴらに報復なんて出来ない。なら相手の弱みに付け込むしかない。」


「畏まりました。人をつけて入念に調べておきます。」


「ありがとう。」


頭を下げるばあやにアルハイトは鷹揚に頷くと窓の外へと視線を移した。


「まあ、時間の問題とは言ったけど、一月や二月程度じゃ報告は来ないでしょう。気長にやろう。隠者が健在なのは不安だけど学園の警備は更に厳重になった。国からミネルバ導師にはさらなる国宝が与えられる。暫くは安全とみていいでしょう。ばあやには悪いけど俺はまた学園生活を楽しませてもらうよ。」


伯爵家後継の顔から一転、年相応の表情になるアルハイト。


「お任せください。坊ちゃんは存分に学園生活をお楽しみ下さい。」


アルハイトは忠臣に感謝を告げ、これからの学園生活に思いを馳せた。


沈む夕日に目を細める。眩い光が地平線の彼方に消えて、夜が来る。


「もうイジメられないといいなぁ…。」


アルハイトは窓渕で頬杖をつきながら、切実に呟いた。


出来れば一週間後に投稿したいと思います。

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