羽音【 百目奇譚 七人ミサキ 】
「 幽霊を見たんです 」
男はそう言ってコーヒーカップに口をつけた。
「 ほう 何処でですか 」
「 登山道ですれ違いました 登山道と言ってもそんなに奥深い山ではありません ハイキングコースみたいな感じです 小中学校の遠足などにも使われているようです 」
「 サヤさん私パスしていいですか 」
同席していた若く可愛いらしい女性が年長の女性に訴える。
「 俺も出来ればパスしたいっス 班長1人で聞いて下さいよ 」
もう1人の同席者の男性も若い女性に賛同する。
「 何言ってるんだお前たち 私1人で聞いたら怖いだろう 」
「 私は3人で聞いても怖いですよ 」
「 そもそもオカルト雑誌の編集者が幽霊を怖がってどうする 」
ここは東京都内のオフィスビルの一角にある オカルト雑誌百目奇譚の編集部である。応接用ソファで1人の男性から話しを聞いているのは副編集長兼記者である三刀小夜とカメラマンの海乃大洋 そしてアルバイトの鳥迫月夜の3人だった。
3人に向い合わせで話しをしている30代の男性は山代一鷹と名乗った。テレビ局スタッフで先日、仕事で一緒になった海乃大洋に相談があると持ちかけたのだ。
「 班長も今怖いって言ったじゃないっスか 」
「 幽霊だから怖いに決まってるだろう ただ職業柄怖がっちゃダメだって言っているんだ 」
「 だって私バイトだもん 」
「 あのぉぅ 続きいいですか それでですね 」
なに勝手に話し始めててんだよ。と鳥迫月夜は思うのであった。
「 追いかけてくるんです 」
「 ひぃぃぃッ 」
「 ツク 変な声出すな ビックリするだろう 」
「 それはたまたま背後を振り返った時に気づきました 誰かが来てると 後方に動く物がちらっと見えたからです 最初は単なる登山者が後ろにいるんだと思ったんですが 」
山代はマイペースに話しを続ける。
「 どうも違う 私は頸辺りがゾワゾワっとする感覚を覚えて脚を早めました 追いつかれちゃダメだと思いました 」
「 その話の時間は何時頃の事なんですか 」
「 まだ4時前だったと思います 日差しは明るいんですが昼間のそれとはあきらかに違います 何が違うのかはよくわかりませんが 」
「 私 なんか分かる気がします 休日なんか午前中と昼間と夕方前だと同じ明るさなのに雰囲気違いますよね 特に夕方前の明るさは物寂しい感じに思うことがあります 」
「 休日と言っている時点でツクの場合は気分的な問題のような気がするがな それでも光の向きや角度から本能的に日が暮れて一日が終わろうとしていることを察知しているんだろう それでどうなったんです 」
三刀小夜が山代に話しの続きを促す。
「 気がついたら殆んど駆け足になっていました なのに振り払えない 着いて来るんです いや 追って来るのです おかしな話だとは自分でもわかっています 一本道の登山道で後ろから人が来ただけです 過去に後ろから来た速歩きの人に挨拶を交わし追い越された事など何度もあります なのに怖いんです 追いつかれたらダメだと思ってしまうんです 」
「 本能的にそう思ってしまうんですね 」
「はい するとすぐ後ろで声がしました もうすぐそばまで来ている 私は焦りました その時少し先に腰の高さほどの何体かの地蔵が並んでいるのが目に入り私は急いで駆け寄り地蔵の裏に身を隠したんです 馬鹿だと思います 地蔵の裏に隠れているのが丸見えなんですからね 」
「 丸見えなのですか 」
「 はい 見ての通り私は大柄ではないがそれでも大の大人が隠れきれるほど地蔵は大きくない 丸見えのはずです 」
「 頭隠して尻隠さずな状態なのですね 」
「 そうだと思います すると遂にそれは来ました ザクザクと足音を鳴らして 私は震えながら地蔵の隙間から覗き見してました それらは白い装束で全員 真っ赤に血走った目をギラギラさせていました 吐き出される白い息は辺りを一瞬で生臭くさせるほど臭います それらは地蔵の前でキョロキョロしながら何やら話しているのですが内容はわかりません 立ち止まったのはほんの数秒だと思います そして過ぎて行きました 」
「 ちょっと待って下さい山代さん それは1人じゃないんですか 」
「 はい 5人以上いたと思います 」
「 山代さんは見つからなかったんですか 」
「 気づかないはずないんですが見つかりませんでした 気配が完全に消えてから私は地蔵の裏から這い出して逃げるように道を後戻りました 後ろを気にしながらね 少し日が傾き辺りが薄暗くなり始めた時 前から1人の男が来ました その男は見た目はごく普通の若者なのですが左手に異様な物を持ち それを肩に担いでいました それは異様に長い剥き出しの日本刀のような刃物でした そして男はこう言いました
『 やあ どうしたんだい青い顔をして 七人ミサキにでも出くわしたのかい 』ってね 男とはそのまますれ違っただけです その後私は帰路に着きました 」
鳥迫月夜は山代の話を聞いて「 ン 」となった、なんだろうこの既視感のようなモノは、何かが引っかかる。
「 うぅぅん なんか要領を得ん話ですね 結局山代さんがすれ違った幽霊とはどっちですか 地蔵の前の複数のモノと最後に出くわした日本刀男と 」
三刀小夜は腕を組みながら山代に問う。
「 どっちもです でも始めのヤツは怖かったんですが最後の男は怖くわなかった むしろほっとしたくらいです だがどちらもこの世の物じゃない そう思えてしまうんです 」
「 その後 何かありましたか 」
「 いえ ただ趣味の山歩きはもう怖くて出来ません 結局自分でも何だったのかわからないので海乃君の雑誌の方に話を聞いてもらえば何か答えらしいものが得られるんじゃないかと 」
「 残念ですが期待に応えられそうにありません ただ七人ミサキは有名ですよ 七人組みの怨霊です これに出くわすと自分が七人目になってしまう 」
「 何言ってるんス班長 七人組みに出会って仲間になったら8人目じゃないっスか 」
海乃が小夜に突っ込んだ。
「 ミサキは常に7人なんだよ エグザエルみたいに増殖はしない 要はメンバー交代だ」
「 じゃあ山代さんは新メンバーってことっスか 」
「 えっ そうなんですか 」
「 いやいや 山代さんは怨霊になってないじゃないですか大丈夫ですよ 」
「 海乃君 脅かさないでよ 」
「 ツク なんか気になることは無いか 」
小夜に聞かれて鳥迫月夜は考えた。
「 本当に七人ミサキは山代さんを追いかけてたんですかねぇ 」
「 なぜそう思う 」
「 だってお地蔵さまの陰にバレバレに隠れてたのに見つかんなかったんしょ なんか変です 」
「 やはりそう思うか 私もツクと同感だ 実は追われていたのは七人ミサキの方なんじゃないのか 」
「 どゆこと 班長 俺意味わかんないっス 」
「 山代さん 七人ミサキ 日本刀男 この順で一本道の登山道を進んでいる 必然的に一番最後尾の日本刀男が追いかけている形だ 山代さんは日本刀男には対面している なのにすれ違っただけだ 故に日本刀男のターゲットは山代さんじゃない それなら七人ミサキしかいない 」
「 じゃあ逃げてたのは山代さんじゃなくて七人ミサキだったんですか 」
「 それが一番しっくり来る気がする そもそも先頭を行く山代さんなどハナっから眼中にないのだよ だから地蔵の陰に隠れた山代さんにも気づかない 山代さんは後ろから必死で逃げて来るミサキ達を自分を必死で追いかけていると勝手に勘違いしてしまったんだよ 必死で逃げる物など尋常じゃないオーラを発してて当たり前だからな 」
「 じゃあ7人組みの怨霊が必死で逃げなきゃなんない日本刀男って何者なんス そっちのが怖いっスよ 」
「 ただ山代さんはそんなに怖くわない印象を持っている 悪い物ではないんじゃないか 」
「 やあ月夜君 どうしたそんな顔をして 生理でも… ぐわッ
「 セクハラで訴えますよ 最低野郎 」
例の既視感はやはりコイツだったか。
「 店長 もしかして七人ミサキにストーカー行為なんかしてないですよね 」
「 いきなり人に正拳突きかまして何言ってるんだい 意味がわかんないよ 」
「 じゃあいいです 」
「 七人ミサキってあれだろ 集団幽霊 」
「 そんな集団窃盗団みたいに言わないでください でも七人はわかるけどミサキって何なんす 」
「 御先と書いたら神様のお使いなんだろうけど 七人ミサキのミサキは悪霊や怨霊などの死んだ人の幽霊なんだろう 」
「 なんで7人なんです 」
「 知らないよ 48人いたらややこしいからじゃないのか 」
「 でも怨霊が48人ぞろぞろと出て来たら怖いですよ」
「 そりゃ怖いけど目視じゃ数えられないよ 沢山ミサキとかいっぱいミサキになっちゃうよ 7人くらいが数えやすいから都合がいいんだろう まあ元になった話しがあるんだろうけどね 」
ここは東京都の外れに位置するコンビニエンスストア ”セブンスマート” 私、鳥迫月夜のもう1つのバイト先である。私と飄々と話しているこのいい加減そうな長髪の不良店員はセブンスマートの経営者で店長なのだ。
「 で 七人ミサキがどうした 」
「 この前編集部で追いかけられた人の話しを聞いたんですよ 」
「 追いかけられたら怖いだろうな 僕も追いかけたことならあるぞ 」
「 …… やっぱりミサキ追いかけ回したの店長なんですか 」
「 何言ってるんだ 僕が追いかけたのは万引き犯だよ 」
「 はぁぁ 山道で幽霊に追いかけられるのと万引きして店長に追いかけられるのじゃ全然違うじゃないですか 聞いた私がバカでした 」
「 そうでもないぞ そいつは20歳くらいの大学生風の若者だったんだが入り口の近くに商品を入れたカゴを置いて立ち読みしてたんだ カゴの中にはブリーチとおにぎりとあと数点入っていた 」
「 随分詳しいですね 」
「 怪しいと思ってたからな だいたい怪しいヤツは判るものさ 僕を舐めるなよ 」
「 で どうしたんです 」
「 警戒してたんだけどね 一瞬の隙を突かれた 普通にカゴを持ったまま平然と出ていったんだ 」
「 げっ 大胆な 」
「 カゴ逃げと言うやつだよ 僕は捕まえるの面倒いから事前に防ぎたかったんだけどね 」
「 それから 」
「 仕方ないから追いかけたよ ゴォラァァッ!てね そしたら相手も猛ダッシュをかけてね すでに10m以上差があるんだ しかも20歳くらい 追いつくわけないよ でも追いかけないわけにもいかなくってさぁ そしたらそいつが振り返ったんだ 刑事ドラマなんかで犯人役の役者が逃げる時 もの凄くオーバーな演技で振り返るじゃないか まさにあの時の顔だったよ 僕は人間ってこんな顔を本当にするんだってちょと感動したよ その顔は恐怖に歪んでいた 」
「 マジっすか なんか見てみたいような怖いような 結局 捕まえたんすか 」
「 いんや 50mくらい追いかけて膝に違和感を感じてね 」
「 あっちゃぁ 追いかけるのやめたんですか この根性なし野郎 」
「 仕方ないじゃないか どうせ追いつけないんだし 自分の膝のが大切だよ あの顔が見れて満足したし 負けた気はしないよ 」
「 ポジティブすぎます でもそんなに凄い顔したんですか 」
「 ああ 普通に生きてたら絶対しない顔だ 確実にトラウマになってると思うぞ 夢の中で一生僕に追いかけられればいい ヒャヒャヒャヒャ 」
「 どっちが悪者かわかんないですよ 」
「 でもね なんだかんだ言っても死んでる人間に追いかけられるより生きてる人間に追いかけられる方が僕は怖いと思うぞ 」
「 なんかわかる気がします 幽霊に憑かれて死ぬより生きてる人間に殺される方が怖いですもんね 幽霊より人間の方が怖いなんて恐ろしいです 」
「 どうした月夜君 怖いなら僕が…
「 はいはい 」
やっぱまだ気まずい、意識しないように振る舞ってるんだが気まずい。実は少し前に私は店長と初体験を済ませたのだ。高校の同窓会で少しだけお酒を飲んでそのまま店長と。
店長は初恋の人でもある、3年前に会った時からずっと彼だけだ、こうしてお店でバカな話をしているだけで満足だった。時々カラオケにも行くし、ご飯にも行く、たまに一緒に遊びに行くこともある、週に何回かはお弁当も差し入れたりする。側から見れば恋人に見えるかも知れない、でも違うのだ。
好きなだけでよかった。それだけで…
なのに自分で壊してしまった。お酒の所為にして、その時は爆発しそうなくらいドキドキした、すごく痛かったけど我慢出来た、彼の息がかかるたび、彼の手が掴むたび、彼の舌が触れるたび、身体がビクンとなった。彼に抱きしめられて震えが止まらなかった。幸せだった。朝まで何度もキスをしてくれた、温かく柔らかい唇と舌先にとろけそうだった。
それなのに
それなのに私は無かったことにしたのだ。彼からの電話に出ずに普通にバイトに出勤した。いつも通りに振る舞った。あからさまな私の態度に彼もどうしていいかわからず、困った顔をしていた。ちゃんと話しをしようと言う彼を無視して普通に振る舞った。
そうするうちに彼も諦めたのか私に合わせて何も無かったかのように振る舞ってくれだした。
そんなはずないのに。
私はひどい女なのだ。
「 店長 お弁当一緒に食べて帰ってもいいです 」
「 ああいいぞ じゃあ味噌汁を作ってやろう 」
「 えェェェッ また廃棄商品汁ですか 食べれるやつにして下さいね 」
「 この前のプリンは豆腐みたいでいけたじゃないか 」
「 いやいや 甘いのはやめて下さい プリンはデザートで別に食べたいです 」
その夜は閉店後にバックルームで廃棄のお弁当と店長の作った廃棄商品汁を2人でお喋りしながら食べた。閉店までバイトした時は徒歩15分ほどの駅前のワンルームマンションまで店長がいつも送ってくれる。
1月の深夜の突き刺すような寒さにほんの少しだけ肩を寄せて歩いた。
これでいいんだ。私は私に言い聞かせた。
年明け早々にショッキングな事件がニュースで流れる、関東近郊の山中で7名の惨殺体が発見されたのだ。遺体は死後1カ月以上経過しており日本刀のような刃物で斬り刻まれていたらしい。
その中の1つがDNA鑑定の結果から昨年末、消息を絶っていた元マリリオン製薬株式会社社長御霊由良である事が判明した。
「 知ってますか 女王蜂は生殖虫って言ってね ただ子供を産む為だけに存在しているの 別に群を統べているわけじゃないのよ そしてその役割りを果たせなくなった時 働き蜂から巣の外に生きたまま捨てられるの なんだか悲しいわね 」
女は言った。
「 役に立たないのだから仕方ありません 昆虫は地球上で最も進化した生命です 人も昆虫のようにあるべきです 」
女に從う男が言った。
「 役に立たない御霊は誰が始末したのかしら 」
「わかりません 」
「 まあいいわ 御霊の研究データと道ノ端教授の頭脳は私たちホーネット医薬研が引き継がせてもらうわ ホーネットの羽音を世界に響かせる時が来たのよ 紅音古始めるわよ 」
「 かしこまりました岬さま 」
ホーネット医薬研本社ビル最上階で岬七星は1つしかない眼で世界を見下ろした。
『 呪術めいて〜 』のスピンオフとして始めた百目奇譚シリーズですが一〜七までやって結局前日譚になってしまいました。しかも新要素を加えてしまった。本当は下書きレベルの『 呪術〜 』を暇をみて加筆修正していくつもりでしたが猛烈に始めから書き直したくなってしまいました。と言う事で連載しようと思います。『 呪術〜 』の単なる焼き直しになるか、まったく別の物語になるかまだわかりませんが鳥殺しに再チャレンジであります。