TS娘が告白される話
銀雪舞い散る公園で、僕は親友に呼び出されていた。
女の体になってもう随分と経つが、変わらず僕と付き合ってくれている人間はあいつだけだ。アイツといると楽しくても心がウキウキして、なんだかずっと隣に居たくなる――。それはアイツと僕の気が合うからだ。
……まぁ、気の置ける親友であるからにして、夜もそこそこ深い時間に呼び出されても、さして抵抗感は覚えなかった。むしろ、バカをするのかな、なんて考えて、ワクワクしながらここまで来た節もある。
「よ、待たせたか?」
「遅い。十分待った」
そっか、十分か。つまり公園についてからずっと、僕はコイツのことを考えていたことになる。……ちょっとホモっぽいかな。まぁ、仲がいい奴のことなんだから当然なのだろう。
すまん、と頬を掻きながら謝る悪友。黒く、優しげな目は、僕の小柄な体を映すほどに澄んでいた。そこになんだか見慣れない色を見つけてしまって、ふと疑問に思った。
どうしたんだ、と喉元まで出そうになった言葉を飲み込んで、親友の言葉を待つ。なんだか、親友が必死に言い出そうとしていたからだ。
「あのな、その」
「……?」
「俺、さ。お前とはずっとバカやってきたよな」
「そうだなぁ。あ、あれなんか楽しかったぞ! 花火やってて偶然麻薬のブローカー見つけちゃった事件!」
あの後、麻薬のブローカーが逮捕される場面は愉快以上の何者でもなかった。思い出すだけで、笑みがこぼれてしまう。
「あれも、楽しかったなぁ」
つられて笑みを浮かべる親友。だよな、と僕も堪えきれない笑みをこぼし始める。
「でもさ、最近な。なんだかそれって、違うんじゃねぇかなって思い始めたんだよ」
「…………。なんだよ、急に。確かに高校卒業も近いし。ほら、お前って、就職先が憧れの警察庁だっただろ? 確かに、馬鹿やるのももう『馬鹿らしい』けどさ」
「――違う。そういうことじゃない」
今までの雰囲気が、変わる。
楽しげだった雰囲気は、まるで糸を張ったような重い緊張感が漂う雰囲気へと変わる。
そんな親友に戸惑ってしまう。……それになんだか、こういう親友も…………なんというか、悪くない、と思う。
「……な、なんだよ」
「警察庁。どこにあるかくらいは、知ってるよな?」
「バカにするんじゃねぇよ。僕だってそれくらいは知ってる。東京だろ?」
「おう。……どういうことか、わからないか?」
どういうこと、とはどういうことなのだろう。
「これから俺達はそれぞれ忙しくなる。俺は就職で、お前は進学で」
「……そうだな。寂しくなるな。だって、お前は東京に――……」
ふと気づく。僕は福岡県の地元大学へと進学する。対して親友は――東京だ。さらに、聞いた話では、長い研修期間が存在する。
つまり、それは。
「……かなり長い間、会えないことになるな」
「………………俺は、それが嫌だと思っている節がある。長年の夢だった、警察庁へ行くことも投げ捨ててもいいと思うくらいに」
「なんでだよ。なにかこっちに未練でもあるのか? 恋人とかか?」
「……当たっているけど、当たってない」
「は? めんどくせえな、さっさと言えよ。帰るぞ」
そう言いながら踵を返す。もちろん帰る気なんてないが、フリをして公園の出口へと歩いていく。雪が降り注いで、ちょっとだけ寒さを感じた。――瞬間。
僕の手が強い力で引っ張られて、暖かい何かで包まれた。それが一瞬、なんだかわからなかった。
「――お前のことが、好きだ」
……今、なんて?
親友は、今誰に向けてその言葉を発した? まさか僕以外にこの公園に誰かいたのか? ……まさか。いるはずもない時間帯だ。じゃあ、誰に?
いや、もうわかっている。……これは僕への告白だ。
「冗談だろ?」
「本気だよ。お前のためならば、俺は夢を捨ててもいい」
「っは、そんなセリフは、女に言ってやれよ。僕は男だ」
そういった瞬間、僕の両肩ががっしりと掴まれた。掴まれた手にがっしりとしたものを感じて、一瞬だけドキッとしてしまった。あれ、なんで僕――。
「……違う。お前は女だ」
「…………なんだよ、遂にお前まで僕をそんなことを言うのかよ」
「ほんとは、秘めておくつもりだった。だってお前が悲しむ顔を見たくなかったし、嫌われたくなかった」
「…………続けろ」
「じゃあなんで、そんなことを思うようになったんだろうって、俺は考えたんだ。そしたら、男の時のお前の顔じゃなくて、今のお前の顔が浮かんだんだよ」
それは、毎日顔を合わせているから、頭がそちらの姿を思い浮かべやすくなっただけだろう。そこに特別な意味などない。ないったら、ないのだ。
、そう、これはきっと気の迷いだ。友人として、親友として、それは正さねばならない。それが親友のためだ。
「なぁ、今ならハンバーガー一個で許すし、水に流す。それ以上はやめてくれ」
「……やだね」
「…………………じゃあ、僕は家に帰る。今度は冗談じゃない、本当に――っ!」
振り返り、走って公園を出ようとする僕の手を、親友は離さなかった。離せ、と口汚く叫びながら、力いっぱいに手を振り回す。でも、僕の手は動かなくて。
白くて細い腕と、日焼けに少し黒くなっている、血管が浮いたゴツゴツとした腕。僕と親友の腕には、そこまでの違いが存在していた。
「好きだ」
僕の腕を掴みながら、親友はなおも続ける。
「僕は嫌いだ、お前なんて」
「本当に?」
は?
「本当に、お前は俺のことが嫌い、なのか?」
ここに来て初めて、少しだけ気弱そうな表情を見せる親友。いきなりそんな表情になったせいか、僕も心に少しの空間ができてしまう。慌てという名の、隙だ。
「本当に、お前が俺のことを嫌っているなら、俺はすっぱりと諦めよう。許してもらえるかはわからないけど、お前の好きなものをどれだけでも奢って、謝り倒して、お前と友達でい続けよう」
「――待てよ!」
……知らず、自分の口から声が出てしまっていた。
このままだと親友が、僕の近くから離れてしまう。その事を考えると、どうしても埋めきれない隙間ができてしまう。……いつの間にか、僕の中で親友の存在は大きくなりつつあったらしい。
……思い返せば、俺はずっと親友のことしか考えていなかった。それは親友だから?
………………違う。ずっと一緒にいたい、なんて僕が親友に抱く感情ではないし、十分間以上も、途切れることなく考え続けるのは、もちろん親友だから、なんて理由じゃない。
じゃあ、一体なんなんだよ。なんなんだよこの気持ちは!
「なぁ、教えてくれよ。お前は、僕の中に巣食う気持ちgsわかってるんだろ? ならさ、教えてくれよ……! クソ、なんなんだよこの気持ちは……!」
「…………簡単だ」
親友の、太くてたくましい腕が、僕の体を包み込む。そのことに驚きはするが、嫌悪感は抱かなかった。ふんわりと、大切なものを守るように抱きしめられる。――どうしようもなく、この感覚に、安心できてしまっていた。
ああ、僕はいつから、この感情に目を背けていたんだろう。……でも仕方ない。僕は男、男なんだから。でも、違うらしい。この感情に気付いてしまった以上、僕は僕たり得ず、ボクはボク足り得る存在になるんだ。
僕が友情であるならば、つまりボクは――。
「それが、恋っていう気持ちだと、俺は思っている」
「…………ああ、そうかよ。……あたりだよ。――じゃあ、ボクはどうしたらいいんだ。ボクは男でも女でもある。気色悪い存在だぞ?」
「それがお前だ。俺はそんなお前だからこそ――恋してるんだ」
そっか。そうなんだ。この気持ちは、そう言えばいいのか。
ボクは、その時、初めてこの感情を知った。甘くて、苦くて、手に掴めないけれど、何よりも大切で、失いがたいこの感情を。
「…………その、だな」
「……おう」
「……ぅ、やっぱり恥ずかしいな」
「…………? どうした?」
えぇい! ままよ!
「僕も、君の事が好きだ! 大好きだ!」
「俺もだ。……ありがとう、これで夢を追いかけられる」
「……そうだと思ったよ。お前はそんなやつだ。僕を放って、いつの間にか先を歩いてるのはお前だもんな」
「……あながち間違ってない、な。だから、さ」
親友が、僕に顔を近づけてくる。顔が真っ赤になって、鼓動がひどく早くなる。
「待っててくれ。迎えにいく」
「……。おう、待ってるから、待ってるからな」
ゆっくりと、僕と親友の顔の距離が近づいていく。銀雪が一層しんしんと降り始め――重なった二つの影を、銀色のヴェールで覆い隠した。
僕の唇には、誓いの味が残っていた。